サテライトルート10
ロウンもバイルも部下とは宿舎の場所からして違うという特別待遇だ。その為ロウンの報告を聞くまでは、彼女の部下がどうなったかバイルもよく知らなかった。まあ、エース級候補の教育隊ではあったし、大体生きて帰ってきただろうと考えていた。隊長への執着を見るに、一機取り逃がしたとか精々そんなところだと。
「中尉を残し全滅、隊長同士の決戦は引き分けに終わっただと?」
驚愕の内容に目を見開くマナケル。こればかりはバイルも同情する。下手したら処罰の形で責任を取らされる可能性もあるが、ロウンをもってして引き分けなら大抵の人間では歯が立たないだろう。完全に運が悪かった……いや、全滅を免れたことが不幸中の幸いだろうか。
「何をボケッとしている」
「は、はい? また私ですか?」
「お前しかいないだろう」
「そ、そうですよね」
少し人の事を考えていたら、いつの間にか話が変わっていた。一体何がどうなって俺しかいないんだ? 平静を装いつつ内心焦るバイル。
「あなたは二度交戦したのでしょう? 私より経験したことも多いのではないか」
パッと心の中に灯がともるバイル。そう言うことか。勿体ぶった咳払いを一つ。喋り始める。
「ああ、最初は奴らがどこかに向かう途中でしたよ。こちらの接近に気付くと母艦の中から三機飛び出してきました。隊長機はすぐに分かりましたね」
「ちょっと待て」
「はい? どうされましたかロウン中尉」
ようやく話に熱が込もるところだったのに、と思うも無論口には出さない。
「本当に三機だったんだな?」
「そうですとも! 射撃、近接と綺麗に別れてましたね。隊長機は旧式だったので私一人で対処しました」
再び黙って聞き入る二人。今度はいつ介入されても良いように合間合間に空白を挟む。
「ところが、奴の間合いに入ると右腕が軽くなったんですよ。何かと思って右腕を動かしても応答がない。もちろんそこで腕を見るほど私は安易じゃーー」
「要するに負けて帰って来ていただけだな」
「ちょっと、最後まで話させてくださいよ!」
こんなに突っ込むロウン中尉に何も言わないマナケル少将。正直この報告にバイルは意味を見出だせないのだが、二人が真剣に聞いている以上変に切り上げる訳にはいかなかった。誰にも教えずに仕入れといた酒が万一無くなってたらお前らのせいだぞ! と心の中だけでは強気で対応するバイル。
「しかしバイル中尉は自分を危険に晒さず、部下も率いて撤退するのが本当に上手いな」
「そうですか? 次はレージとノアの高層施設アテナイを襲撃した話になりますから、よく聞いていてくださいね?」
「バイル中尉、続けてくれ」
バイルにはロウンの台詞が皮肉かどうか解りかねていたが、とりあえず悪い気はしなかった。彼女の性格上そういう冗談は好まないのも知っている。
「あの時は敵軍のSOS……衛星軌道隊も居ない隙を突いて、もう少し……本当にあと一押しで攻略できたんですが、いつの間にか奴らの母艦が姿を現しまして。戦闘中で気付きませんでしたが、宙域で言うと深層……15から20の辺りから来たように思いますね。で、最初は隊長機の姿は見えなかったんですよ」
「その時の敵部隊の数は?」
鋭い眼光でバイルを見つめるロウン。正直なところ気付いたら出撃していたので、何人いたかはさっぱりだった。さすがにそのまま伝えるのはマズいので、とりあえず大袈裟に肩をすくめてから言葉を選びつつ話を続ける。
「さあ。元から乱戦だった上、こちらも少数で立ち回ってましたからね。隊長機を除いて何機か発進してきたのは見えましたが、数まではとても」
「部隊と交戦もしていないのか?」
「あー、一人追い詰めていた奴がいましたね。中々しぶといやつで取り逃がしましたが、まるで新兵でしたね。と言うか、戦いのセオリーを分かっていないようでした。民間人と言った方が正しいか……」
バイルは話に夢中でどんどんロウンの顔が険しくなっていくのに気付かなかった。いつ頃から地雷を踏んだ? 確かセオリーを分かっていないと言った辺り……
冷や汗が背中を伝うのを感じるバイル。取っ組み合いでロウンに負ける気はしないが、有無も言わせぬ迫力がある。少将をこれ以上待たせるのも気が引けるので、今まで以上に慎重に言葉を選びつつ話を進める。
「で、まあそいつを拘束していたら隊長機が来たわけですよ。最初同様赤い手甲に黒い刃をチラつかせてね。間合いに入ったら叩き切られると思い、そちらに意識を集中させて……させる為に、捕まえてた奴を逃がしたんです。既に中破はしてるだろうといった具合で、脅威にはならないと思ったんで……良いですかね、マナケル少将!」
隣にあまりに禍々しい気配を感じたため、叫ぶように上官へ呼び掛けるバイル。
「……続けて良いぞ」
驚きこそしないものの少々動揺した様子のマナケル少将。なぜ彼の仕事部屋はこのような異様な空間になってしまったのか。被害者が増えていくなか続きを語るバイル中尉。
「そこで彼はこう持ちかけて来たんです。お互い兵を引いて手打ちにしないか、と。こちらとしてもご存知の通り、莫大なコストを掛けた一手だったので引き下がりたくはなかったんですが、相手が相手でして。レージも何を考えてるか分からない奴ですが、力任せの彼と相性は最悪だと判断した訳です」
「それじゃあ何か。二度目は戦わずして帰ってきたのか」
ロウン中尉から同僚とは思えないほどの圧を感じるバイル。もう言うこと言ったので解放されるだろうと思った矢先だった。
「ああ……部隊の立て直しを考えて、戦うことを選択しませんでした。レージの機体も右腕を切断されてましたし」
そう、あの戦いにおいてミライはヌーフのエース級の腕を切り裂いていた。もっとも、バイルがそれを目撃したのは帰還した後だったが。バイルは整備士からの評判は高い。その日も軽い雑談ついでに機体の損傷について語っていたのだった。日頃の信頼が窮地を乗り切ることを今、バイルはひしひしと実感していた。
「腕を切断……そうか、腕を切断か。なるほど……」
ロウンは引っ掛かることがあったのか思考の海に沈んでいく。話が停滞する前に、マナケルが口を開いた。
「今しがた別の資料を確認していたが、深層宙域方面へ向かった小隊が一個分隊を目撃し、恐らく何人か捕虜に取られたという報告があった。その分隊が進軍とは違う何かの目的で動いていたのは確からしい」
「そう言えば、そいつらのことを懲罰部隊と敵が呼んでいたような、いないような」
「なるほど。……バイル中尉、本日二度目の報告感謝する。下がれ」
「失礼します!」
言うが早いか敬礼をした後扉を開き、少将からギリギリ見えなくなった所からはダッシュをして酒を取りに向かう。もういい、今日は俺一人で飲む!




