14.女王様がいない
ある晴れた麗かな陽射しの午後。
穏やかな時間が流れる昼の食堂で、そこに似つかわしくない雰囲気を出す二人の男女が涙を流しながら崩れ落ちていました。
「やっぱり、おかしいでしょ――――!」
以前は男言葉や態度が混じっていたのですが、なるべく女の子言葉を使うようにしているスズランさん。
鏡でご自分の姿を見るように言ってみたら、「女王様に調教されるなら、完璧な女の子にならなきゃ!」と自分の容姿を見て満足げに言っていました。
「なぜだ!みんなで俺を騙していたというのか!?」
と、カトレアが女王様態度で嘲ることをしなかったことにショックを受けるボニファーツ様。
「ふぇぇぇっ――――!」
叫びながら、戸惑っているカトレア。
悪役令嬢の仮面を剥がれる落ちる前に退避させることができなくて、あわてるカトレアの取巻きたち(当番制)。
食堂の一角で、濃い空気を醸し出している彼ら。
私はその空気を無視して、いつ出るか分からない限定メニュー『海の幸セット』を購入し席に着きました。彼らに気を取られている人多数なので、その隙に席を取ったのです。こういう時は、便利ですね。
夢と希望と願望をカトレアに木端微塵に粉砕されている身としても、スズランさんのいい分は納得できてしまいます。顔だけ見れば、あくまでも顔だけですが、あそこまで完璧な悪役令嬢兼女王様の顔を持つ人は、カトレア以外にいないでしょう。
あと、ボニファーツ様は勘違いをしています。
普通に考えれば、『みんなで騙している』とは考えないでしょう。クラスの弟妹を持つ人が、保護者根性を出した結果です。公爵令嬢としてみると、とても残念ですから...
なぜミルフィーユ公爵がカトレアを社交界に出さないかを考えれば、簡単に結論が出るはずです。
それに見ようによっては、社交界は面白いところです。ご婦人方や年上のご令嬢の話に耳を澄ますと、色々人様の弱みを握ることができたりします。それに、魔法省で作る新たなお菓子作りのヒントをそれとなく入手したり、参考にできます。お菓子の客層は、主に女性ですから。
昼食を食べ終えた私は、席を立ち濃い空気を醸し出している彼らに向かって「そんなことをしているとお昼を食べる時間がなくなりますよ」と言って、食堂を出た。
昼休憩後の授業は、マカロン先生の『算数』の授業です。
鬼気迫る勢いで、「授業なんて、教科書を読んでればいいのよ」と言って、いつもより高速で落ち着きがなく、半泣きになりながら授業を進めていきます。そして、本日の授業分を終えると、「カトレア・ミルフィーユのお昼の件を話し合います!」と、気合を入れて言いました。
でも、その原因はカトレアじゃなくて、スズランさんとボニファーツ様ですが?
カトレアはある意味、その根本的な原因ですが?
特定の原因は誰かと問われれば、困るものですね。考えないのが一番でしょう。
マカロン先生は、職員室で他の先生方に「カトレア様が原因で、ボニファーツ様が錯乱した。どうしてくれるんだ!」と問い詰められたと言いました。アレは、スズランさんによって開発された性癖が原因です。子どもたちにはとても困る議題なので私は、どうしようもならない真実をマカロン先生だけに告げた。
そうすると、マカロン先生は目を輝かせて教室を出た。「あのオヤジども、今度こそ狩って殺る」と呟きながら出ていった。その目は、まさに獲物を狩りにいく狩人の目でした。翌日、校長と教頭と学年主任が原因不明の腹痛で休んだのはきっと偶然ですね...
終礼後、教室を出るとヒロイン様が仁王立ちして待ち構えていた。
あれっ?完璧な女の子になると決意したはずでは?仁王立ちしていたらだめですよ。
「どうしよう、アイリス!」
私を見るとすぐに、仁王立ちを止めました。ものすごく、動揺しているようです。
「どうしたのですか?」
「もうすぐ例の本の締め切りなのよ!それなのに、女王様がいなくてインスピレーションの限界よ!あっ、もちろん例の新刊はあとペン入れをするだけだけど」
「それで、とりあえずどういう用件かを」
「そうよ。それが本題だったわ。原稿の締め切りが間に合わないから手伝って!『お昼ショック』で、締め切りに間に合うか分からないのよ!これじゃこの次、家族に仕送りできなくなるわ」
「何だとー?」
ボニファーツ様が急に湧いて出てきました。
「それは、本当ですか?師匠!」
「ええ、本当よ」
確か、スズランさんは二人部屋だったはず。『女王様の所有犬』の原稿なら、もう一人の方に知られずにできないといけないですね。
「スズランさん、」
「なに、アイリス」
「原稿を完成させるなら、私の部屋でしてもいいですよ」
「本当?ルームメイトに誤魔化しながらするの大変だったのよね。助かるわ」
「でもいいのか、アイリス嬢。メイドを実家から連れてきているだろう」
「大丈夫です。その間は、部屋にある転移魔方陣でメイドには実家に戻ってもらいますから」
「なるほど。俺も手伝おうか?」
「どうしよう?」
「ボニファーツ様はなんでも器用にできると評判ですので、大丈夫だと思いますよ」
「大丈夫だ。まかせとけ」
スズランさんとボニファーツ様が、寮の私の部屋まで来ました。
ボニファーツ様は女子寮まで来て大丈夫かと心配なさっていたのですが、私が寮長に「スズランさんの仕事をボニファーツ様と手伝うので許可をください」と言って、許可済みだというと安心なさいました。寮長も、スズランさんの家庭の事情を知っているので、簡単に許可をしてくれました。
私についてきたメイドのナズナとジャスミンは、学校が休みの三日間、家のメイドをしてくれるようお願いしました。その間の食事は、温めるだけでいいように作り置き可能な料理をしてもらいました。
はじめは渋ったのですが、「お母様がいるので、少しでも家にいるメイドの負担を減らしたいのです」と言うと納得して、家に戻って行きました。
これで、誰の目も気にすることなく『女王様の所有犬』の新刊の原稿を手伝うことができます。
これには、スズランさんとボニファーツ様もよかったと言って下さいました。
これからの三日間は、丁寧に必死に原稿にペン入れをし、なんとか仕上げました。
途中、スズランさんが「スクリーントーンがあれば、もっと簡単なのにー」と言ったので、「魔力ですればいいと思います」と言えば、「その手があったか!」と言って、さっそくスクリーントーンが必要なとこは、魔力でしました。
三日後にはすべてをやり切り、私たちは燃え尽きました。
スズランさんの家庭の事情があるので、私とボニファーツ様はアルバイト料を『女王様の所有犬』の新刊で手を打ちました。




