第六話 石の間の月毛
王家の裁定所は、冷たい石の間だった。高い天窓から差す光が、床に一筋の帯を落としている。
セドリックは、雇った証人とともに訴え出た。アデライドは血統書を偽り、粗悪な馬を軍馬と偽って売りつけた、と。証人は「その馬は脚に病を抱えていた。放っておけば戦場で崩れ落ちる欠陥馬だ」と、もっともらしく証言した。
私は、裁定官に願い出た。
「言葉で争っても、真は分かりません。馬のことは、馬に訊くのが早うございます。どうか、その馬を、この場へ」
騎馬隊の計らいで、シャンドルが石の間へ引かれてきた。慣れぬ場所に、月毛の牝馬は耳を伏せ、前掻きをした。蹄が石を打つ音が、高い天井に響く。証人が「ほら、この気の荒さ! これが欠陥馬の証だ! 御せぬ馬など、軍馬の名に値せぬ!」と勝ち誇った。
私は、手綱の銀の房を、そっとシャンドルの鼻先に触れさせた。ざらりと舌が房を確かめる。それだけで、牝馬は深く息を吐き、四肢を静め、静かに佇んだ。石の間が、しんと静まった。
「気が荒いのではありません。見知らぬ場所を、警戒しているだけです」私は言った。「この子の脚をご覧ください。繋ぎに古傷はなく、蹄は健やか。血統書にある父馬の証は、右後脚の三日月形の白斑です。どうぞ、お確かめを」
裁定官が、みずから膝を折って確かめた。血統書のとおり、右後脚に三日月形の白斑があった。偽りは、どこにもなかった。毛並みも、歯も、記された年齢と寸分違わぬ。
「証人」裁定官が、静かに問うた。「あなたは、この馬の脚の病を、どこで、いつ見たのです。病の名は。症状は」
証人は、しどろもどろになった。馬の脚を、まともに見たことすらなかったのだ。病の名ひとつ言えなかった。問い詰められ、彼はついに床に膝をつき、白状した。侯爵に金で雇われ、ありもせぬ病を証言したのだ、と。
石の間が、静まり返った。裁定官は、重々しく告げた。虚偽の訴えを起こしたロウェル侯爵に、相応の罰を。社交界からの謹慎と、領地監督の一部返上を。偽証を引き受けた者にも、相応の咎めを。
セドリックは、床に膝をついた。今度は、誰も彼を助け起こさなかった。
◇
その頃、傾いたロウェルの屋敷では、ミレーヌ嬢が荷をまとめていた。冷えた屋敷に、彼女の居場所はもうなかった。指にはめていた女主人の指輪も、いつのまにか外していた。去り際、彼女は一度だけ、女主人の椅子を振り返った。誰も座らぬその椅子は、ただ冷たく、埃をかぶっていた。
セドリックは、空の帳面を前に、独りごちた。屋敷が冷えると、あれを厭った。だが、冷えていたのは屋敷ではなく、あれの仕事を「道楽」と笑って、一度も見ようとしなかった、自分の目のほうだったのだ。羊毛の織元の名も、馬の脚の白斑も、自分は何ひとつ知らなかった。知ろうともしなかった。妻が毎朝、自分の机に帳面を置いていたことにすら、気づいていなかった。今さら気づいても、あの銀の房を舌で確かめる馬は、もうこの牧にはいない。あの算盤の音も、二度と、この屋敷には響かない。
後悔は、失ってからしか、形を持たない。手にしているうちは、それがどれほどの重さだったのか、誰にも量れないのだ。セドリックは、冷えきった書斎で、ただ一人、その重さを量り続けていた。
◇
裁定所を出ると、秋の陽が石畳に長い影を落としていた。冷えた石の間のあとの陽は、ことのほか暖かかった。
レイフが、門の前で私を待っていた。彼はいつもの不器用な面持ちで、けれど今日は、どこか思いつめた目をしていた。
「アデライド。……裁定は済んだ。もう、あなたを縛るものは、何もない。ロウェルの名も、離縁の傷も、今日で終わった」
彼は一歩、私に歩み寄った。灰色の瞳が、まっすぐに私を捉える。
「だから、今、言わせてほしい。ずっと、伝えたかったことを」
風が吹き、シャンドルの手綱の銀の房が、ふたりの間で、静かに揺れた。




