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8話

 



 タクシーを降りた二人が向かったのは、穴熊神社の境内だった。桜が嬉しそうに、朱色の鳥居が並ぶ狭い参道へと流星を促す。


 密に並んだ鳥居の隙間からは、初夏の木漏れ日が縞模様になって二人を照らしていた。


「ここ、私の家の近所でお気に入りの散歩コースなんです。なので是非とも流星さんと一緒に歩いてみたかったんです」


「なんだか心が清らかになる気がする」


「私は何度もこの神社に助けてもらいました」


「警察キャリアはかなりの激務だからね」


 桜は無言で微笑んで少し視線をあげた。


「千本鳥居と言うと京都の伏見稲荷が有名ですけど、実はここも、江戸時代から続く庶民の信仰が形になった場所なんです。鳥居は本来、願いが『通った』ことへのお礼として奉納されるもの。これだけ密集しているのは、それだけ多くの人の願いがここで成就したという統計的な証明でもあるんですよね」


 桜は鳥居の柱にそっと手を触れ、少しだけ声を潜めた。


「北から南へ通り抜けると邪気が払われるという伝承もあります。……今の私たちには、一番必要なプロセスだと思いませんか?」


「確かにその通りだ。けれど私たちは神頼みだけには頼らない」


「ありがとうございます……実はここ数日、恐ろしくて眠れない夜が何日もあったんです。ただの後輩である私のために、ここまで協力してくれるなんて………本当にありがとうございます」


「礼には及ばない。優秀な後輩が危機に瀕している時、最大限のリソースを割いて解決に協力するのは組織人として当然の判断だ。……それに、君のような警察官であっても警察に助けを求めづらいと感じてしまう、この硬直した相談システム自体に私は強い問題意識を感じている。変えていかなければならない異常な現状だ」


 流星は前を見据えたまま、淡々と、しかし確かな熱量を持って言葉を継いだ。


「ストーカー犯罪は、現場では未だに軽視されがちだが、私はそうは思わない。過去の統計を見れば、執着が臨界点を超えた瞬間に凄惨な殺人事件へと発展したケースがいくつもある。刺殺、絞殺、あるいは放火……。この種の犯行が内包する暴力性は、凶悪犯罪のそれと何ら変わりはないからな。軽視するなど論外だ」


 さらりと口にされた「殺人」や「刺殺」という生々しいワードに、桜がわずかに肩を震わせる。流星はそれに気づかず、さらに理詰めで言葉を重ねた。


「君は次代の日本警察を牽引していくべき貴重な人材だ。こんな些末な狂人のために心身を削り、職務に支障をきたすなど、国家的な損失と言っても過言ではない。一刻も早くこの事態を根絶し、君には万全の状態で本来の業務に戻ってもらう。……いいな、上原さん。これは日本の治安維持における、私の義務だ」


「ありがとうございます」


「まだ事件は解決していないのだから、そこまで感謝する必要はない」


 桜は笑った。


「どうした?」


「芦屋先輩らしいなって、そう思っただけです」


「私としては至極全うな事を言っただけなんだが………」


「なんだか甘いものが食べたくなりました。向こうに私の行きつけの鯛焼き屋さんがあるんです」


「分かった、そこに行こう」


「芦屋先輩は、甘いのは大丈夫ですか?」


「大丈夫だ。むしろ好物と言っていい」


「知りませんでした………なんだか本物のデートみたいですね?」


「どのあたりでそう思ったのか気になるな」


「いいんですいいんです、行きましょう!」


 束の間の、穏やかな時間。しかし、その甘い空気は一瞬で切り裂かれた。


「――りんりん、りんりん……っ!」


 桜のバッグに忍ばせた鈴が、激しく、執拗に鳴り響いた。




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