7話
六月、梅雨入り前の日差しが本駒込の古い一軒家を照らしていた。
リビングに集まっているいつもの三人。腕に「隊長」と書かれた腕章を付けた計太が椅子から立ち上がり、偉そうな口調で説明を始める。
「二人の今までの頑張りによって、職場である警察関係者が犯人である可能性は低くなった。というわけで、今度は上原さんの近所の住人がターゲットだ。ストーカーのほとんどは被害者の顔見知りだからね」
「理屈は分かるが、またあれをやるのか………」
流星はため息をついた。
「やるからには徹底的にやらないと」
「そうですね、頑張りましょう芦屋先輩!」
桜は拳をぐっと握り締めた。流星とは違って顔色も良く、やる気に満ちているようだった。
「まず最初に、これを渡しておくよ」
「鈴……? 呪術的なお守りか?」
「そう。これにはね、あの『指人形』のフェルトの切れ端を少しだけ編み込んでおいたんだ。あれには犯人の強い念が残っていたからね、それを利用させてもらう。犯人が半径五メートル以内に近づくと、勝手に共鳴して鈴が鳴るようになってる」
計太の言葉に、流星の目が鋭く光りました。
「なるほど、探知機というわけか。……これなら、人混みの中でも犯人を特定できる可能性があるな」
「そういうこと! 言うまでもない事だけど、この鈴は危険を知らせるサインでもあるわけだから、その時には油断しないようにね?」
「……わかった」
その意味を理解した流星にはエリート警察官としての冷徹な顔が戻っていた。
「というわけで今日は「日曜日のラブラブバカップル」大作戦でいくよ。犯人は上原さんに異常ともいえる執着心を抱いている。そこに『流星』っていう異物が割り込んできたらどうなる? 犯人の独占欲は一気に爆発して、耐えきれなくなって何らかのアクションを起こすはずだ。危険ではあるけれど、犯人をあぶり出す絶好のチャンスだ。準備は良い?」
「はい!」
「ああ………」
リビングに座る二人の装いは、あまりにも対照的だった。
桜は、柔らかなベージュのサマーニットに、風に揺れるロングスカートという、夏を先取りしたデート仕様の装いだ。普段の硬いスーツ姿とは違う、柔らかで華やかな女性らしさが、古びたリビングに不釣り合いなほど眩しい。
対して流星は、モデルのような体躯を活かした夏用の上着を羽織っているが、そのシルエットはどこか不自然に膨らんでいた。
「芦屋先輩、その上着の下ってもしかして………」
「防刃ベストだ。上原さん、君も着るべきだ。犯人が何をしてくるかが分からない以上、用心は必須だ」
流星が真顔で、上着をめくって厚手のベストを見せた。
「申し訳ありませんがお断りします。せっかくのデートファッションが崩れてしまいますから」
「何を言っているんだ、今はファッションどころじゃないだろう」
「これは私の我儘で言っているわけでは無く、目的通りに任務を遂行するためです。犯人をおびき出すためには、私達が普通のカップルに見えなければいけませんから」
「しかし………」
「大丈夫です!」
桜はいたずらっぽく微笑むと、足元に立てかけていた一本のステッキを手にした。漆塗りのような黒光りが高級感を感じさせる。
「これを持っていきます。特製のステッキです。先端の内側には金属が仕込まれているので、強力な武器になります」
「仕込み杖!?」
計太が素っ頓狂な声を上げた。
「はい。持ち手には滑り止めのゴムを貼ってありますし、私の体格に合わせてサイズも調整してあります。特注品なんです」
「……上原さん、それ、昨日今日用意したものじゃないよね?」
計太の引き気味な問いに、桜は誇らしげに答えた。
「はい。東京へ行く時に、兄が持たせてくれました」
「なんかすごそうだけど、使いこなせるの?」
計太の問いかけに、桜は自信ありげに胸を張った。
「お任せください!」
「……そういえば上原さんは剣道の全国大会出場者だったな」
「はい。ですけど私、剣道よりもどちらかと言うと、もっと実戦的な戦い方の方が得意なんです。実家が古い道場でしたから」
そう言うなり、桜は軽くステッキを振った。
――ヒュッ、ブンッ!
空気を震わせる、鈍く力強い音が室内に響く。
「……僕はどうやら上原さんのことを見誤っていたみたいだ。東大卒の警察キャリアってやっぱり、どいつもこいつも変わり者なんだね」
「一緒にしないでもらえるか」
流星は不服そうに首を振った。
「待ってろよ犯人、私達が絶対に捕まえてやる!」
力強い眼差しで流星と計太の顔を見た。
「それじゃあ行きましょうか!出発進行!」
桜は力強くこぶしを突き上げた。
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