(初稿版)第三章・第二節:誰も“後片付け”とは言わなかった
1947年7月3日
ニューメキシコ州 ロズウェル郊外
撮影最終日/撤収当日
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朝焼けとともに、OIAの“撮影班”は静かに撤収を始めていた。
砂漠の風が、舞台裏の秘密を風化させる前に――
道具も役者も脚本も、すべてを“なかったこと”にするために。
だが、現場はまるで移動サーカスの解体現場のように、妙に騒がしかった。
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「長官、新聞社への“匿名投書”3通、すべて送信完了。うち1通はアーノルド名義ですが…」
「問題ない。彼はもう“目撃者”という役に就いている。自分が演技してる自覚は無いがな」
「…それが逆にリアルで怖いですね」
「“真実を信じる者”は演者より強い。だから最初に選んだのだ」
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一方、機材班のテントでは、怒号が飛び交っていた。
「何やってんだ! UFOの尾翼が逆だろ!」
「すみません、暑さで幻覚が…」
「俺も今、宇宙人と喋った気がした。夢か?」
「…夢であってほしいっす」
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ドロスはひとつひとつのテントを見回りながら、手元の撤収チェックリストを確認していた。
✔ 異星人の死体(偽):焼却済み
✔ 残骸金属片(失敗素材):既に某少佐へ“拾得”させ済み
✔ 撮影フィルム:ドロス私物として密封済み
✔ 現場全景撮影用観測気球:風下に墜落させ処分中
✔ “現地目撃情報”:地元記者に“未確認の通報”を匿名で流布済み
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「長官、例の気球、やっと発見されました。農場の牛に突かれて、ボロボロに…」
「牛か。…神の演出だな」
「気球の残骸、どうします?」
「軍が“機密素材の調査用だった”と発表する。逆に話題にすることで、“陰謀はない”という雰囲気を作れる」
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そのとき、輸送用トラックの脇で、兵士たちが「異星人の手首」を引っ張り合っていた。
「ちょっ…それラテックスの試作品だぞ! 破れたらリアリティが!」
「こっちこそ! 記念に持ち帰ろうとしてたんだよ!」
ドロスが咳払いをして近づくと、兵士たちは一斉に姿勢を正した。
「これらは全て、公式には存在しなかった演劇小道具だ。忘れるな。記憶すら燃やすのが任務だ」
「サー! …でも写真一枚くらいは…」
「…もし撮っていたら、10年後に“告白本”として売れ。OIAが内容を逆手に取って再利用する」
「さ、サー…?」
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やがて、最後の輸送機が滑走路に姿を現した。
機体の側面には「LFP-478」――
**“ライト・フィルム・パターソン”**の頭文字を捩った、冗談のような偽装部隊名。
ドロスはサングラス越しに空を見上げた。
「この飛行ルート、わざと人口密集地を通過させてるな」
「はい、目撃者が現れるよう“想定済み”です」
「よし。『正体不明な空軍機』という新たな物語を一つ、空に流しておけ」
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トラックが発進し、砂を巻き上げながら地平線の彼方へ消えていく。
誰も振り返らなかった。
あの熱と埃と、ゴムと金属の混ざった悪臭の中で作られた“神話の胎動”が、
これから何十年にも渡って語られることなど、
このとき、誰一人として信じていなかった。
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> 1947年7月3日、ロズウェル――
撮影終了。劇場閉幕。
OIAは、その日以降、決して“陰謀の現場”に戻ることはなかった。
だが、観客たちは舞台を探し続けた。
それこそが、彼らの“成功”だった。




