4.わからせよう!
ルーカスに重たい愛をわからせる。
そうと決まれば、早速行動開始だ。
アリアとたっぷりショッピングを楽しんだ後、私は屋敷の自室でまずは腕輪の機能を使うことにした。
わからせるためには、同じことをすればいい。
つまり私もルーカスを四六時中腕輪で見て、ルーカスが「会いたい」と漏らそうものなら飛んで会いに行けばいいのだ。
ルーカスの都合など関係なく、突撃してやる。
そうすればさすがのルーカスも嬉しいと思う反面、困惑してしまうだろう。
そして私のように息の詰まる思いもするはずだ。
なかなかにいい作戦だ。
思いついた案に、口元を緩めながらも、腕輪から映し出されている映像を確認する。
すると映像には、いいところの商人のような男が青白い顔でソファに腰掛けていた。
部屋の雰囲気的におそらくあそこはヴァレンタイン公爵家の応接室で、ルーカスは仕事関係の話をあの商人としているのだろう。
『全く…。これではこちらの要求が全て反映されていないではないか。こんなもの、許すとでも?』
氷のように冷たいルーカスの声と共に、目の前の机にバサっと資料のようなものが数枚投げられる。
それを見た商人は額に汗を浮かべながらも、懸命に話し始めた。
『こ、これが、うちの限界でございます。これ以上はとても…』
『限界?笑わせる。まだ余力はあるだろう?俺がそこを見誤るとでも?』
『…っ』
ルーカスの声と、商人の表情。
腕輪からの情報だけでも、あの場がいかに重苦しい空気なのかわかる。
仕事中のルーカス、怖いなぁ。
きっとあの綺麗な顔で目の前の商人を凄んでいるのだろう。
美しいからこそ、取り繕うことをやめたルーカスはかなり冷たく、怖いものがある。
この状況で、私に「会いたい」など言うわけもなく。
早速、飛んで行ってやろう!と先ほどまで意気込んでいたが、とりあえずその気持ちは消えた。
……刺繍でもしようかな。
暇つぶしに、と映像を流したまま、刺繍の準備を始める。
そして棚から裁縫セットを出し、ソファへと向かう途中ーーー。
『…あぁ、会いたいよ、ゾーイ』
映像から信じられない言葉が聞こえてきた。
い、今ー!?
今、あの氷のように冷え切った場面で、私に会いたいって言った!?
ど、どうして!?あの会話の流れで何故!?
突然のことにあわあわして、手に持っていた裁縫セットをぶちまけそうになる。
だが、それを私はなんとか耐え、一度深呼吸をした。
お、落ち着いて。
落ち着くのよ、ゾーイ・アシュレイ。
私は今、婚約者であるルーカスをわからせようとしているわ。
そのまたとないチャンスが今、来たのよ。
…このとんでもない空気の仕事中に?
「…!」
ええい!ひよってる場合ではないわ!
私は気合を入れるために、パァンっと自身の左頬を叩く。
それからその辺にいたメイドにこう言った。
「今すぐ転移魔法の用意を!ルーカスに会いに行くわ!今すぐにね!」
「えぇ!?お、お嬢様!?あれは膨大なお金も技術も必要なもので、緊急時にしか使えない代物でございますよ!?ルーカス様に何かあったのですか!?」
「ええ!私に会いたいと言ったわ!」
「そ、それだけ!?それだけですか!?お嬢様!さすがにそれだけでは、いくらお嬢様のご命令でしても、そうやすやすとは…!」
私の要求に当然だが、メイドはたじたじだ。
それだけ私が無茶を言っていることは百も承知。
けれど、ここでこのルーカスよりも重い愛を実行しなければいつやるというのだ。
「緊急事態よ!」
「で、ですが!」
それでも私の権限ではやはり、転移魔法は簡単には使えないらしい。
「くっ。でも、私は諦めないわ!お父様!お父様ー!」
私は乱暴に自室の扉を開けると、そう叫びながらお父様の執務室へと向かった。
転移魔法を使う許可を得る為に。
*****
1時間後。やっとお父様を説得できた私は転移魔法を使う許可を得て、自室で転移魔法を展開していた。
足元に広がる魔法陣が青白く光っている。
あとはこの魔法を起動させれば、望む場所に転移できる。
やっと…。やっとだ。
この1時間、お父様を説得、転移魔法準備等で本当に大変だった。
そしてこの1時間でルーカスはずっとふとした瞬間に「ゾーイ」と私の名前を呼び、「会いたいな…」と何度も呟いていた。
どれだけ私に会いたいのだ、ルーカスよ。
愛が…愛が…重すぎる…。
いや、違う!
私がわからされてどうする!
ルーカスに愛の重さをわ・た・しが!
わからせるのでしょう!?
改めてそう強く決意し、転移魔法をやっと起動させる。
すると魔法陣はより一層、強い光を放ち始めた。
「お嬢様!どうか達者で!」
「頑張ってくださーい!」
メイドや従者たちが白いハンカチを健闘を祈るように振っている。
ーーー次の瞬間。
私はヴァレンタイン公爵家の応接室の天井へと移動していた。
すぐ下にはソファに腰掛けているルーカスがいる。
「…っ!?」
ここ!?
ルーカスの目の前へと移動しようと思っていたのだが、まさかの場所に移動してしまい、思わず目を見開く。
突然の私の登場に、商人も言葉を失い、あんぐりと口を開いていた。
だが、その中で、ルーカスだけは何故か平然としていた。
驚きはしたが、仕方ないので、私はそのまま天井から降るようにルーカスの膝の上へと乗ると、無理やり口角を上げた。
わからせてやる。
愛が重たいとはどういうことなのか。
「呼んだ?ルーカス?」
ルーカスが最初に私に「会いたい」と言い、約1時間。
「呼んだ?」と言われてもいまいちピンと来ないかもしれないが、そこはもう気にしない。
ルーカスが「会いたい」と言ってしまったが為に、私が会いに来た。この事実だけで今は十分だ。
さあ!どうだ!ルーカス!
「会いたい」と言っただけで、突然押しかけられたら嬉しいけど、困惑してしまうでしょう!?
しかも大事な仕事中に!
愛が重いでしょう!?困るでしょう!?
ルーカスの困惑を想像して、得意げにニコニコしていると、ルーカスはスルッと慣れた手つきで私の腰に手を回した。
ん?
それから愛おしそうにルーカスは私を見た。
「待っていたよ、ゾーイ。この時をどれほど待ち侘びていたことか…。会いたかった」
柔らかなルーカスの赤い瞳にまっすぐと見つめられて、心臓がドクンッと大きく跳ねる。
困惑するどころか、喜んでいるように見えるルーカスは、そのまま「お前はもう帰れ。話は終わりだ」と冷たい笑みで商人をこの部屋から追い出した。
…あれ?
「お、お待ちください!まだお話が…!」
ゆっくりと閉まっていく扉の向こうから、青白い顔で商人がこちらに必死に手を伸ばしている。
その姿に、私は罪悪感を覚えた。
まさか私のせいでこうなってしまったのでは?
…いや、間違いなく、私のせいだ。
「私のせいで仕事が台無しになったわね」
胸の痛みを感じながらも、迷惑だったでしょう?と言いたげに、ルーカスの瞳を覗いてみる。
ルーカスはきっと今、私に会えた事実が嬉しすぎて、仕事を台無しにされたことにまで意識がいっていない。
ここでしっかりわからせて、今度こそ疑問の種を植え付けてやる。
「いいや。むしろ、ゾーイのおかげであの無能との話を切り上げることができたよ。さすが俺の運命の人だよ。俺のことはなんでもお見通しだね。ありがとう」
しかし私の思惑とは裏腹に、ルーカスは清々しい笑みをこちらに向けてきた。
…思ってたのと違う。
「ま、まぁね!私、今日はずっとルーカスを見ていたのよ?ずっとね?そしたらルーカスが私に〝会いたい〟って言ってくれたから飛んで来ちゃった」
実際にはルーカスの〝会いたい〟からかかった時間は1時間だが。
しかしこれはかなり重いだろう。
嬉しいけれど、息苦しさも同時に感じるに違いない。私のように。
「ずっと…?それは本当に?あぁ、嬉しいな。俺と同じだね。俺もずっと君を見ていたよ。仕事中は声だけだったけどね。俺に今すぐ会う為に、屋敷中を駆け回っていたね。嬉しかったよ」
「…」
ああ、ルーカス。
まさか声だけとはいえ、仕事中までこちらの様子を見ていたなんて…。
私よりもずっと愛が重い…。
いや、まだよ!
「きょ、今日は仕事、おしまい!腕輪でアナタを見ているだけじゃ、物足りないし、ますます寂しさが増したわ!だから今日は私とずっと一緒にいるの!」
「本当に!?ずっと一緒に居てくれるのかい!?そうしよう!俺も君とずっと一緒がいい!早速、別荘に移動しよう!2人だけでいよう!」
「え、あ、違う…!」
「大丈夫だよ、ゾーイ。君に好きな別荘を選ばせてあげるからね。港町にする?静かな山奥にする?海が綺麗なリゾート地にする?」
「ちょ、ちょちょちょちょい!」
私の愛が重いゆえのわがまま攻撃に、ルーカスは動じず。それどころかまさかのいい笑顔でカウンターを仕掛けてきて、思わずこちらが押され気味になってしまう。
「仕事を急に投げ出すやつがあるかぁ!」
ついいつもの調子で、両手でドンっとルーカスの胸を叩くと、ルーカスはきょとんとした顔で私を見た。
「何を言っているんだ?」と言いたげな視線に、文句を言いたくなる。
おかしなことを言っている自覚がないなんて!
「ゾーイが仕事はおしまいと言ったんじゃないか。一緒にいたいともね」
「言ったけど、まさか頷くとは思わないでしょう?それに確かに一緒にいたいとは言ったけど、だからと言って急にどこかに2人っきりでいたいとまでは…」
「頷くさ。他でもない俺のゾーイの願いだからね。それに俺はいつでも君と2人がいいんだ。本当は世界から君を隠したい」
「…っ!」
焦がれるようなルーカスの瞳に、心臓がドクンッと大きく波打つ。
なんてこった。
どんなに頑張っても、それをルーカスが軽く超えてしまう。
その上こうやって、ドキドキさせられていつも通りになってしまうとは…。
いや、諦めないで!ゾーイ・アシュレイ!
ルーカスに愛の重さをわからせてやるのよ!
「私だってルーカスを隠したいよ!世界から!」
同じことを言えばルーカスもさすがにわかるはず!と顔を真っ赤にしてそう叫ぶと、ルーカスは目を丸くした。
どうだ!さすがに重いでしょう!?
「ゾーイもかい!?嬉しい!じゃあ、2人で隠れてしまおう!今すぐ別荘に移動だ!転移魔法で!」
「ちょちょちょちょーい!」
また軽く上を来ちゃったー!
キラキラと目を輝かせるルーカスに、私は慌てて両手を左右に振った。
あわやヴァレンタイン公爵家の別荘に誘拐されかけた私だったが、なんとかルーカスを落ち着かせてことなきを得た。
ルーカス。やはり一筋縄ではいかない。
なんて、愛が重い男なんだ。




