5.やっぱり愛が重すぎる
その後も私はあの手この手でルーカスに迫り、わからせようとした。
まずは毎日の監視の徹底だ。
腕輪の機能をフルに使い、ルーカスと同じように、私もルーカスの様子をできるだけ見続けた。
そしてルーカスが「会いたい」と漏らそうものなら、転移魔法で飛んで現れるようにした。
…が、毎日最低10回はそう呟くので、次第に顔色の悪くなり始めたお父様に申し訳なく感じ、だんだん転移魔法を使う回数を減らした。
しかし転移魔法を使わないだけで、会いに行くことはやめなかった。
少々時間はかかるが自分の足で、私は何度も何度もルーカスの元へと押しかけた。
ただ思ったことを口にしただけで、私があの手この手でルーカスの前に現れる。
嬉しいと思う反面、ずっと見られていることへの息苦しさも感じるだろう。
…そう思っていたのだが。
ルーカスは何度私が現れても、大変喜び、あらゆることを放棄して、私を優先した。
さらには自分の足でも訪れる私に「もっと早く会いに来て欲しい」と言い、なんとヴァレンタイン公爵家の力で、我が家に新たな転移魔法が展開されることになったのだ。
ルーカスは私がいつでも見ていることをいいことに、私に会いたくなるとすぐに「会いたい」と言うようになった。そしてその度に私は何度も何度もルーカスの元へと向かった。
ルーカスはこの状況に、大変嬉しそうにしていた。
息苦しさを感じているようには全く見えなかった。
同じではダメなのだ。
ルーカスの上をいかなければ、ルーカスをわからせることなど到底出来ない。
そこで私は次の行動に出た。
ルーカスが私との会話の中で、ふと話したクッキーを毎日ルーカスに作ってあげてみたのだ。
最初は嬉しいだろうが、毎日は困惑するだろうし、何より飽きてしまうだろう。
今度こそ、この重たさに息苦しさを感じるはずだ。
そう期待していたのだが、毎日毎日クッキーを持ってくる私を見ても、ルーカスは初めての時のように頬を綻ばせ、幸せそうにそれを受け取った。
だんだん毎日作る私の方が疲れてきて、渡さない日が増えると、逆にルーカスは私のクッキーを「ねぇ、今日もないのかな?」と甘い顔で催促するようになった。
変わらぬルーカスに、それでも私は諦めなかった。
さらに次の一手を講じることにした。
私が次に考えたのは、私が作ったものをたくさん渡すということだった。
まずはルーカスをイメージした紋章を考え、それをあらゆるものに刺繍し、ルーカスに渡した。
ハンカチ、服、鞄、布のブックカバー。
思いつく限り、できる範囲で刺繍を続け、完成するたびにルーカスに贈った。
こんなにも渡されればさすがにルーカスも困惑……するわけもなく。
ルーカスはなんと一流のデザイナーでもない、一流の針子でもない、素人貴族の作品をどんどん身につけ始めたのだ。
ルーカスの美しさと私の作品はあまりにもアンバランスだった。
完璧なルーカスに、微妙な出来の私の作品は異質すぎたのだ。
どんどん私が作ったモチーフだらけになり、気品がなくなっていくルーカスについに辛抱たまらず、私が折れた。
そんな私にルーカスは「どうしてもう作ってくれないのかな?次はこれにも刺繍して欲しいのだけど」と不満顔で言ってきた。
私はもう満身創痍だった。
それでも…それでも…ここで諦めるわけにはいかなかった。
もういっそのこと、周りに実害を出してやる!
そうすれば、さすがのルーカスも良心が痛むはずだ!
そう思って、ある日男の従者と何やら話していたルーカスに詰め寄った。
「私以外と話さないで!アイツはルーカスと話していたわ!クビよ!クビ!」と。
さすがにこれには…と、心の中でほくそ笑んだが、ルーカスは瞳を輝かせた。
嫌な予感がする瞳だった。
「そうだね。俺が悪かったよ。俺の世界は君だけなのに、他人と話すなんて。君の気分を害したアイツは消してしまおう。この世から」
違う、違うのだ。
ウキウキで殺害予告をするルーカスを私は必死に止めた。「何も存在ごと消すことはないだろう!」と。
結果、ルーカスはなんとか頷き、最終的に、「ゾーイの為にもう誰とも話さないよ」と微笑んだ。
誰かが殺されるくらいならこのくらいの約束は可愛いか…。それにそうは言っても必要最低限は誰かと話すだろうし。
そう思い頷いた私は数日後、自分の安直な考えに大変後悔することになる。
ルーカスは本当に誰とも口を聞かなくなったのだ。
そのせいで、ヴァレンタイン公爵家は大混乱に陥り、結局、私がなんとか説得して、ルーカスは誰とでも話をするようになった。
とても仕方なさそうに。
ルーカスは私が何をしても喜び、私以上に重たい愛を私に与えた。
もうダメだ…。そう諦めかけた、その時。
転機は突然訪れた。
ルーカスが急に忙しくなり、以前のように私を最優先しなくなったのだ。
私が訪れるとすぐにやめていた仕事も、私を膝に乗せたまま、続けるようになった。
視察も会談もやめなくなった。
全て私を同行させ、きちんとするようになった。
ルーカスはどうやらいつまでも続く私の重たい愛に、ついにわからされたのだ。
一時は諦めかけたこの作戦。
だが、2ヶ月の努力が花開き、ルーカスもやっと重たい愛を自粛してくれるようになった。
ほんの少しの変化だったが、私は歓喜した。
そして喜びそのままに親友であるアリアに作戦成功の旨を伝えた。
しかしアリアは微妙な顔をし、
「いや、あまり変わってないわよね?仕事をやめないだけで、結局ゾーイを仕事に連れて行って、片時も離さないのは重たいでしょう?」
と、言ってきた。
アリアは何もわかっていない。
以前まではその仕事さえもしていなかったのだ。
それが今では、きちん仕事をしている。
これはかなり大きな一歩である。
アリアにそう胸を張った時、ほんの少しだけ胸の奥がチクリと痛んだ気がした。
*****
胸の痛みの正体、ほんの少しの寂しさを感じながらも、それでも正常な関係を築き始められたことに安堵を抱いていた。
ーーーそう、少なくとも数日前までは。
静かに海へと沈んでいく夕日に、今までの努力に思いを馳せる。
ここはヴァレンタイン公爵家のとある別荘の海辺。
私たちが住む街とは違い、潮の匂いがする、賑やかで素敵なところだ。
何故、私が今、ヴァレンタイン公爵家の別荘にいるのか。
その理由は数日前に遡る。
ルーカスは常々「ゾーイを世界から隠したい」と言っていた。
なので、私もそれに対抗して、同じようなことを言い、あわやルーカスに別荘に拉致されそうになる…というやり取りが私たちの間ではお馴染みだった。
「私もルーカスを世界から隠したいわ。でも仕事があるから無理な話よね」
仕事の話をすれば、ルーカスはいつも悲しそうな顔をして「そうだね」と私を拉致することを諦める。
…が、今回もそうなるだろうと見込んでいたことが、大きな間違いだった。
ルーカスは私の言葉にいつもとは違い、いい笑顔になると、私の右手を両手で大事そうに包み、目を輝かせてこう言ってきたのだ。
「じゃあ、2人で隠れよう。この世界から。仕事なら一通り終えているよ。もちろん、ゾーイのものもね。3ヶ月は俺たち自由だよ」
私は最初、ルーカスの言葉がうまく理解できなかった。
しかしそんな私をルーカスが待つわけもなく。
「さあ、行こう。俺のゾーイ」
こうしてそのまま私はルーカスにヴァレンタイン公爵家の別荘へと連れて来られたのだ。
3ヶ月のバカンスの幕開けである。
ルーカスが突然私ではなく、仕事を優先させ始めたのは自分の仕事とついでに私の仕事までやっていたからであった。
しかも3ヶ月分も。
ルーカスは結局わからされてなんていなかったし、全く変わっていなかったのだ。
ルーカスに連れて来られた別荘には必要最低限の使用人しかおらず、まさに私とルーカスだけで成立する世界だった。
「…はぁ」
ここまでのドタバタ劇を思い返し、深いため息をつく。
けれど、このため息はルーカスだけではなく、自分自身へのものでもあった。
私はここでルーカスと2人で過ごせると聞いた時、戸惑いもしたが、同時に嬉しかったのだ。
私も結局、ルーカスと同じ穴の狢なのだ。
「ゾーイ」
後ろからルーカスが甘い声で私を呼ぶ。
声の方へと振り向くと、そこには夕日を浴び、キラキラと輝くルーカスの姿があった。
ルーカスの後ろには、立派すぎる別荘も見える。
「ここにいたんだね」
こちらにゆったりと近づいてきたルーカスの赤色の瞳には、私への溢れんばかりの愛がある。
その瞳に胸がきゅーんと締め付けられた。
少し前にヴァレンタイン公爵家から連絡があり、忙しく対応していたルーカス。
彼を置いて私は1人でここに来ていた。
彼から離れたくてそうしたわけでない。ただこの夕日を見たかったのだ。
「うん。ここの夕日、本当に綺麗だから」
毎日見ても見飽きない。
そしてそこにルーカスがいてくれれば、この景色はますます尊いものになる。
「君の方が綺麗だよ、ゾーイ」
私の隣に来てふわりと微笑むルーカスに、私の鼓動はどんどん大きくなっていった。
好きが溢れて溢れて止まらない。
私はやっぱり、ルーカスが大好きだ。
ルーカスの愛は重すぎる。
だからこそ、息が詰まることもあるけれど、同時に心地いいと思っているのも確かだ。
ルーカスと柔らかく微笑みあって、見つめ合う。
それから吸い込まれるようにお互いに唇を重ねた。
『アナタたちある意味お似合いだと思うけど?』
アリアのいつの日かの呆れたような声が聞こえる。
私もそう思うわ、アリア。
最愛の人ルーカスからの重たすぎる愛を受け入れられる私と、どこまで深い愛を捧げてくれるルーカス。
私たちだからこそ成り立つ関係なのだ。
ゆっくりと離れていくルーカスを見つめながら、オレンジに輝く砂浜で、私は幸せを噛み締めた。
「…」
そんな私をルーカスが何故か深刻そうにじっと見つめる。
…一体どうしたのだろう?
「やっぱり君を世界から隠してしまおう。そうしなければ、世界が君に狂ってしまう」
「ひっ飛躍しすぎでは!?」
ルーカスからのまさかの発言に、私は呆れたように叫んだ。
やっぱり、ルーカスの愛は重すぎる!
end
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!




