3.決意表明
ゆっくりと意識が覚醒する。
ふわふわの心地の良い布団に包まれて、今日も優しい眠りから目覚める。
いつもと同じ朝。
けれど、鼻をかすめる微かな甘い匂いはいつもはないものだった。
ーーーこの匂いを私は知っている。
「…」
まぶたを開け、体を起こす。
ぼんやりとした頭で辺りを見渡せば、そこら中に昨日の夜にはなかった薄い桃色の花が飾られていた。
『ルーチェの花をね、この間花屋で一輪だけ見たの。珍しいわよね、この時期に。すごく綺麗だったわ』
そう昨日の夜に、私は確かにルーカスに言った。
そして今この部屋中に溢れている花こそが、あの季節外れの花、ルーチェの花なのだ。
きっと私の話を聞き、昨晩のうちに手配し、ルーカスが飾ったのだろう。…朝が早いというのに。
ルーカスの愛に、思わず苦笑いを浮かべてしまう。
だが、同時に愛おしさを感じていることも事実だった。
「え…!えぇ!?」
なんとなくベッドの上でルーチェの花を眺めていると、部屋に現れたメイドが大きな声を上げた。
変わり果てた私の部屋にかなり驚いているようだ。
何度もまばたきをし、辺りをきょろきょろと見回すと、わなわなと震えながら彼女は言った。
「お、お嬢様…!ま、まさかこれは!」
状況だけ見て、全てを理解したメイドに、私は眉を下げ、頷く。
私のメイドならこの状況が誰の仕業なのか、少し考えればわかるのだ。
何故ならこんなことがもう何度も何度も起きていたからだった。
部屋中を花で埋め尽くされたことなんて、これが初めてではない。
私が何か言えば、ルーカスはそれをどんなことでも覚え、フルーツ、お菓子、ドレスに宝石、とたくさんのもので私の部屋をいっぱいにしてきた。
これがルーカスの愛し方である。
私の話を一から十まで覚え、さらにはプレゼントまで…!
嬉しい!
…と、思う反面。
いつも過剰にもらってばかりで申し訳ない。いくらなんでも贈りすぎだ。
と、思う気持ちもある。
会いたいと漏らそうものなら、昨晩のように、彼の全てを使ってでも会いに来てくれる。
たくさんの愛を囁き、私を見つめて決して離さないルーカスの愛。
幸せを感じると同時に、どこか息苦しくも感じる。
そして何よりその愛ゆえに、いつかルーカスが潰れるのではないかと心配にもなる。
私に会い、私に尽くし、ルーカスの心は満たされ、文字通り元気になるだろう。
けれど、体力は?経済面は?
彼は心を満たすために、かなりの犠牲を払っているのでは?
「お嬢様!こんなものが!」
メイドが慌てた様子で私に何かを差し出す。
メイドの手にはメッセージカードがあり、私はそれを受け取った。
『君の1日の最初の時間が素敵なものになりますように』
するとそこにはやはりこの部屋をルーチェの花で埋め尽くしたルーカスからの言葉があった。
ああ、私の最愛の人。
重たいけれど、その愛に胸を高鳴らせずにはいられない。
…けれど、このままではダメだ。
美しいルーチェの花の中。
私はある決意をしたのだった。
*****
「それで重たい愛をルーカス様にわからせようって?」
「そう。目には目を、歯には歯を、重たい愛には重たい愛をってね」
とあるカフェにて。机を挟んで目の前の椅子に座るアリア・マンチェに、私はつい今朝した決意を表明していた。
彼女は私と同い年であり、幼馴染の伯爵令嬢だ。
たくさんの友人の中でも、特に彼女とは仲が良く、親友である為、一緒に過ごす時間ももちろん多い。
この間、共に湖にピクニックへ行ったのも彼女だ。
今日はそんな彼女と街へとショッピングに来ていた。
「確かにルーカス様は素敵な方だけど、度が過ぎているところもあるものね。女である私にも嫉妬して、毎回嫌な笑顔を向けてくるし」
ピンクのふわふわの髪から覗くアリアの青色の瞳に、かなり迷惑そうな色が浮かんでいる。
アリアの言う通り、基本ルーカスは私と一番仲の良い、親友のアリアに嫌な笑顔を向けていた。
それも毎度毎度。ルーカスの嫉妬の一番の被害者は間違いなく、アリアだろう。
「けれど、そんなルーカス様が好きなんじゃないの?重たいルーカス様と、それごと愛するゾーイで私はずっとお似合いだと思っていたのだけれど?」
「…好きよ。そんなルーカスをアリアの言う通り、愛している私もいるわ。けど、重たすぎるとちょっと息苦しいし、ルーカス自身がその愛に潰されないか心配なの。経済面も体力面も私への愛のせいでボロボロになるかもでしょう?」
「…なるほどねぇ」
私の言葉に、アリアが神妙な顔で頷く。
「ゾーイの息苦しさはなんとなく理解できるわ。けれど、ルーカス様の心配は不要じゃない?」
「不要じゃないわ!昨日だって朝早いのに私の部屋に転移魔法で来て、さらにはルーチェの花を大量に飾り付けていたのよ!?きっとあれをする為にルーカスは寝てないわ!」
「好きでやってるんでしょう?」
「そこが!心配なの!好きでやっていたら、いつ倒れるかわかんないじゃない!」
必死な私にアリアは「倒れないでしょ」と呑気に微笑み、目の前にあるケーキを口に入れる。
アリアはわかっていない。ルーカスがどれほど己を削って、私を優先しているのかを。
こんなにも言っているのに、まるで信じていないような口ぶりだ。嘘みたいな本当の話なのに。
「で、わからせるって具体的にどんなことをするの?」
紅茶を一口飲み、ことんと机に置いたアリアは興味深そうに私を見た。その瞳には興味津々と書かれている。
私はそんなアリアに難しい顔をすると、予め用意しておいたメモ用紙とペンを鞄から出した。
それからさらさらと文字を書き始めた。
『私の声は基本、ルーカスに聞かれているの。だからここからは筆談でするわ』
書き終えたメモをスッとアリアに一枚差し出す。
メモの内容を見て、アリアは目を丸くすると、おかしそうにこくんと頷いた。
『ルーカスに重たい愛をわからせるには、私がルーカス以上にルーカスを愛せばいいと思うの。そうすれば、息苦しさや相手への心配をルーカスも感じるはずよ』
「…」
『全部やめて欲しいなんて思わないの。ただ譲歩して欲しいだけ。その第一歩として、わからせるの』
「…なるほどね」
私のメモを見て、アリアがスッと瞳を細める。
「どうだろうね、これ」
それから何故か意味深にそう言って笑ったのだった。




