ミステリーによく出る薬は毒薬ばかり
――起きろ、と言われた気がした。
目を開ける。白い天井がやけに眩しい。ここは保健室? 辺りを見渡す。この独特な消毒液の匂い。病院か。目だけを動かすと、僕はベッドの上で、点滴に繋がれていた。間仕切りのカーテンが開く。入ってきたのは夢で聞いた声の持ち主と同じだった。
「起きたか」と、高木は言った。少しアルコールの匂いがするのは、病院にいるせいではないようだ。高木は疲れた顔をしていた。
「これは、現実か?」
「これが夢じゃないと思えるのなら、そうだろうな」
「もう、どっちか分かんねぇよ」
布団の中で体を動かしてみる。僕の体は、僕の意思通りにちゃんと動いた。ただ、ひたすらに頭が痛かった。二日酔いをもっと酷くしたそんな感じだった。無理矢理に体を起こしても、高木は何も言ってこなかった。僕は彼の顔を見れず、体にかけられた白いシーツに目を向けて言った。
「……高木が僕をここに?」
「ああ」
「良かった。目を覚ましたようだね」
何度も聞いた声に僕は思わず顔を上げる。高木の後ろには佐藤先生がいた。
「先生。と言うことはここは?」
「中央病院だよ。それにしても、君たちは派手に飲み会をしたようだね。飲むな、とは言わないけど、倒れるまで飲んじゃいかんよ。ちゃんと自分の許容値を知っておかないとね」
佐藤先生は僕の腕から針を抜いて、止血用のシールを貼った。それから僕の顔を眺めた。妙に落ち着いた様子で、僕は少し驚いた。こういったことは、珍しくもないのだろうか。
「いや、僕は飲み過ぎで倒れたわけじゃないでしょう?」
「そうかい? 一目で分かるぐらいの酔い方をしていたがね」
「僕は死のうとしたんです。……先生からもらった睡眠薬を飲んで」
ずきりと頭が痛んだ。
『死ぬ気でいた』
初めて人前で口にしたその言葉は、思っていたよりも強烈に僕の心を締め付けた。
目の前にビニール袋が投げられる。その袋からも少し酒の匂いがした。
「これのことか?」と、後ろで聞いていた高木が言った。
小さくて白い何かが沢山入っている。そんなはずはない。ちらりと先生の方を向いたが、先生は目を閉じていた。緊張のせいか、結び目がうまく解けない。もし、そうだとしたら。震える手で袋を開く。引き攣った笑いが漏れた。
「そういうことか」
僕が見上げると、高木が目だけで頷いた。
「お前が飲んだ睡眠薬は実薬じゃない。全てプラセボなんだよ」
プラシーボ。本物の薬を模して作られたニセモノの薬。そんなものにいつ取り替えたのか。決まっている。飲み会の時だ。
「なるほど、計算ずくだったわけか」
「そうだとカッコよく言いたいが、違う。正直な、俺もどうすべきか迷った」
「私から連絡したんです。前から君の様子は明らかにおかしかった。でも、君自身は問題ないと言う。昨日は気分が良さそうだったけど、私としてはどうにも不自然に思えてね。彼に電話したんだ」
「だから、高木は昨日、うちに来たのか」
「お前を止める方法はいろいろ考えたさ。最初は睡眠薬を持ち去ることも考えたんだけどな……」と、高木はそこで止めた。
「私が止めました。自殺する人は、周りにそれがばれるのを極度に嫌います。もしそうなった場合に、より過激な選択を取ってしまうことも往々にしてあるのです」
高木が頷く。
「そうらしい。だから、別の方法を考えた」
「それで、プラセボか」
「正確に言えばプラセボじゃない。よく見ると形や大きさも違うからな」
「酔ってたから、分かんなかったさ」
「でも、万が一ってこともある。だから窓の鍵を開けておいて、外から入れるようにしておいた。そしたら」
「僕が倒れたわけか。酒のせいで」
急性アルコール中毒。結局、僕は病院に運ばれることとなった。
「誤算だったな。最近は一緒に飲みに行けてなかったからな」と、最後に笑って言った。
もう昼過ぎらしい。カーテンに当たる日光で、今日も外は炎天下だと分かる。アルコールでの入院は高くつくと聞いたことがあった。
「親になんて言えばいいんだろうな」
「就活が上手くいかなくて、ヤケ酒したって言えばいい」
「無様だな」
「本当のことよりはましだろう」
「それにね、君は入院してるわけじゃないんだ」と、先生が口を挟んだ。
僕は意図が読み取れず、顔を向ける。先生の表情は穏やかだった。
「救急で運ばれた訳じゃないんだよ。君は夜間に診察されたことになっている。他の先生には、内緒だけどね。今だって、他の急患の方がきたら直ぐに出ていってもらうよ」
先生は笑いながら立ち上がり、空になった点滴を持って、間仕切りのカーテンから姿を消した。遠くで病院の慌ただしさが聞こえる。
「よかったな」
「一つ嘘をついたな」
「なんのことだ?」
「さっき、『計算ずくじゃない』と言ったが、それは嘘だろう? 思い出したよ。高木から電話がかかってくる時は、いつも病院から帰った、その日だった。それに、そんなに都合よく似たプラセボがあるのか? だとしたら、あれは実薬に似せて作ったか、プラセボに近い実薬を選んだかのどちらかだ」
「そんなに頭が回るなら問題ないな」と、高木は頭を掻いて言った。
「俺が頼んだんだよ。薬を教えてくれってな、理由も含めて」
「先生はなんて?」
「早く止めた方がいいと。当然だ。だが、お前の絶望は普通とは違う。一回止めたところで、夢が終わらない限り、ずっと続く。だから、タイミングを見計らっていたんだ」
「それが昨日か。その日を選ぶって、よく分かったな」
「分かりやすいからな、丹野は」
「そうか」
僕は久しぶりに、本当に久しぶりに素直に笑った。勝ち負けなどないのに、完敗した気分だった。
「うっ、頭に響く」
「それで」と、高木が声を落として探るように言った。
「俺からも聞かせてもらおうか」
「何を?」
「夢の中で何か分かったんだろ?」
忘れていた。『宮下』そう、彼女は父親の姓を『宮下』と言っていた。僕は一軒だけ『宮下』と表札のある家を知っている。跳ねるようにベッドを飛び降りる。頭が揺れ、刺すような痛みが走る。服は飲み会のまま。ポケットに手を入れ、辺りを見渡した。
「すぐに電話しないと。スマホは?」
「ここにあると思うのか?」と、高木はふっと息を吐き、面倒くさそうに言った。
「家に置いてきたさ」
「なぁ、僕はいつでも帰っていいんだよな」
「さぁな。でも、金さえ置いていけばいいんじゃないか?」
「高木に一生のお願いがある」
「お前の一生は俺が救ったはずなんだけどな」
「先生に言っておいてくれ。後で必ず返しますって」
「後って、いつだよ」
「明日か、明後日には、必ず」
病院のスリッパに足をつっかけ、歩いてみると、少しふらついた。頭もまだ痛かったが、とにかく今は家に戻るしかない。その間、高木は動かずにその場で立っていた。引き戸を開け、部屋を出ようとする。
「丹野」
「何?」
僕は振り向いた。
「ほらよ」
照明のライトを受けて、きらりと光る物をこちらに投げ、僕はなんとか両手でキャッチする。
家の鍵だった。
「忘れ物だ」
「すまん」
見知った病院だが、病室を出ても自分の居場所が分からなかった。案内板に従い入り口まで戻る。外に出ようとして、靴が無いことに気づいた。少し目を閉じる。思考は一瞬。僕は思い切って、そのまま外に出た。
僕の目の前には夏の色、夏の日差しが戻っていた。
自転車では一〇分かそこらだが、走って帰ると時間がかかる。頭痛と日差しが僕の体力を奪っていく。僕は倒れるように部屋に戻る。急いでスマホを探す。画面を開くとメッセージが一件。
――先生には伝えた。無理はするな、だと。靴は回収しとく。帰ってきたら、ちゃんと説明しろ。
僕は「りょーかい」とだけ返す。電話したい相手は上から二番目。一度だけ大きく深呼吸をして、画面を押す。僕は耳を当て、震える左手を右手で押さえた。
コールが鳴る。三回。四回。五回。
六回目の途中でぶつりと途切れ、無音の時間が流れる。
「……なに?」と、通話口からも分かるぐらい不機嫌さを隠そうともせず、外山さんは吐き捨てるように言った。
「分かったんだ」
先に謝るべきだと思ったが、もう遅い。
「なにが?」
「中里さんは、中里さんじゃない」
沈黙。ため息がスマホ越しに聞こえてきた。
「何言ってるか分かんないんだけど」
「ごめん。でも聞いてくれ。名前だよ。名前が変わってたんだよ。順番が逆だ。離婚が先だったんだよ」
返答はない。暑い部屋の中。頬に汗が伝う。無言の時間が僕にはもどかしかった。早く何か言ってくれ。僕は流れる汗を肩で拭った。
「じゃあ、彼女の名前は、新しい苗字は何?」
「新しい苗字は『宮下』だ」
「『宮下』って」
スマホ越しでも、息を呑む様子がわかる。遠くから「静かに」という声が聞こえた。
「あっ、ごめんなさい。でも、ほんとなの?」と、外山さんが声を顰めて言った。
「本当だ。間違いない」
見てきたから、とは言えなかった。彼女はしばらく無言で、息遣いだけが伝わってくる。僕は捲し立てたいのを必死に堪えた。
「でも、待って。じゃあ、あの家にはお母さんが今でも住んでるってこと? 九州に行ったんじゃなかったっけ?」
「いや、父親だよ。婿養子だったんだ」
「婿養子。そういうことね、離婚して親権がお父さんに移ったのね」
「たぶん、そうだと思う」
詳しいことは分からないが、父親が親権を得るのは往々にして難しいと聞く。基本的に母親が優先されるはずだ。今回の場合は離婚の原因が母親にあるらしいこと、転校しなければならないことなど、子どもの将来を考えて選ばれたのかもしれない。だとしても、苗字を変える必要があったのか。僕はどうにも我慢できず、スマホを耳に当てたまま、台所に立ち、水道水を飲んだ。
「丹野くんはこれからどうするの?」
「今から行くよ。でも、やっぱり時間がかかる。外山さんには先に連絡しておきたかったんだ」
「そう、なんだ」
「だから、先に行って――」
「待ってる」
「えっ?」
「駅で待ってるから。そして来たら、思いっきり叩いてやるんだから!」
我慢できなくなったのか、最後に大きな盛り上がりを見せて、ぷつと通話が切れた。
僕は呆気に取られたが、でも、今頃怒られているであろう外山さんのことを思い、申し訳ないけれど、少しだけ愉快な気持ちになったのだ。
今から出れば日が落ちる前には着く。そんな計算を頭で弾き、スマホで検索する。一五時三五分発、大阪行き。まだ、時間はある。シャワーを軽く浴び、頭痛薬を飲む。スマホと財布と家の鍵だけを持って家を出た。
これが、現実か夢かなんて知ったことじゃない。今、やらなければならないことがある。そして、会って話したい人がいる。
結局、人が生きる意味なんて、今日という日に、会って話したい人が居ればそれだけで充分なのだ。
午後六時には西浦駅に着く、とメッセージを入れた。返信はなかったが、既読はすぐについた。
西浦駅に着く頃には日はずいぶん傾いていた。ホームに降りた時に感じる、むっとした不快感はまだ残したままだった。高架橋を渡り、改札近くまで寄ると、個人的に向けられた視線を感じた。改札を抜けて、恐る恐る近づく。目の前に立っても、無言のままで、いくら待っても叩かれることはなかった。
「……叩かないのか」と、僕はついに我慢できなくなって言った。
「なに、叩いて欲しいの?」と、僕を睨む目がきらりと光った。僕視線を逸らし、とぼけて言った。
「別に要求はしていないさ」
「ねえ、私、丹野くんのせいで傷ついたの」
「ごめん」
「ショックだったの」
「そうか」
「今日も怒られたし」
「それは、すまなかった」
「でも」
「でも?」
「ありがとう」
「良かった」
僕らは並んで駅舎を抜ける。外山さんはクルマで駅まで来たらしいが、住宅街の中にある彼女の家付近は駐車場がない。徒歩で行くことにした。
「それで、本当なのね」と、早歩きの中、息を切らせて外山さんが言った。
「本当かどうかは、今から分かるさ」
新幹線で眠れたからか、薬が効いているのか、頭痛は引き、体力は回復していた。僕らは早歩きのまま家へと向かう。
家の前に来るのは二度目。よく考えてみれば、他の家庭が入ったら雰囲気は変わりそうだし、リフォームもされていてもおかしくはなかった。周りと比べ少しだけ真新しい『宮下』の表札。僕はその下にあるインターホンを押した。返事はないが、中で人が歩いてくるのを雰囲気で感じる。
ゆっくりと、玄関のドアが開いた。
「はい」と、言って出てきたのは中年の男性。一度見たことがあるはずなのだが、僕はうまく思い出せなかった。どうやら、彼女は母親似だったらしい。
「宮下さんのお宅ですか?」と、僕が訊いた。
「そうですけど、貴方たちは?」
「私たちは中里美希さんの同級生です」と、僕が言うより先に、外山さんが言った。
彼の表情の動きを見て、僕は当たりだと確信した。閉められそうになるドアを向かって、僕は慌てて言った。
「待ってください。僕らはただ尋ねたいことが合って来ただけなんです」
「訊きたいこと? 六年前に美希は死んだ。それ以外に、何か訊きたいことがあるのかね」
「じゃあ、彼女のお墓にお参りさせてください」
彼の視線が後ろに移る。僕は表情に驚きが混じるのを見逃さなかった。
「なるほど。そういうことか。私は。誰にも話していなかった。じゃあ、君たちは」
独り言のような言葉の羅列は、止まった。いくら待っても、続きの台詞はなかった。日が陰り、彼の表情が見えなくなる。
「家に、入りますか?」と、彼は言った。僕は後ろを振り返り、外山さんと頷きあった。
玄関を跨ぎ、僕は保育園の頃、遊びに入った時のことを思い出した。僕の家とそんなに変わらない。たしかにこんな間取りだったと思う。
彼はリビングに入り、襖を開け、電気をつける。隣の部屋は和室だった。
「美希はあそこです」と、彼はどこかを指差すわけでもなく言った。シャツの裾が少し引っ張られた。僕らはそろりと和室に上がった。
床の間には仏壇が祀られていた。詳しい宗派はわからないが、ぱっと見、実家にあるのと変わらない。でも、それよりかなり小さめのサイズだった。遺影は、学生証のやつだろうか。憂いを帯びた微笑みは、この将来をどこか予感させるものだった。僕らは無言で彼女の前に正座をし、手を合わせた。
「写真、高校の時のだよね?」と、遺影に目を向けたまま外山さんは言った。
「たぶん。一年生の頃だと思う」
「中学のアルバム見直してて、綺麗な黒髪だなぁ、って思ってた」
「僕もそう思ってたよ」
でもそれは、たぶん、今もだ。
リビングに戻るとダイニングテーブルには既にアイスコーヒーが用意されていた。
「どうぞ」
僕たちは目を合わせ、顔を戻し小さく頷く。溶けた氷が崩れ、カコンと音をたてた。
「いただきます」と、僕らは言った。
彼女の父親は、僕らが椅子に座り、一口飲んだ後、それを待っていたかのように、ゆっくりと話し始めた。
「まず、美希の墓は藤江霊園にあります」
隣で息を呑む気配がし、「そうだったんだ」と呟く声が聞こえた。
「苗字はやはり宮下姓ですか?」
「そうです」
「なか、いえ、美希さんは名前が変わってから、亡くなったのですか?」
「その通りです」
「学校には?」
「伝えていません。書類を持って行く、丁度その日だったのです」
僕は体が強張るのを感じた。事件当日の話が急に出て、隣に座る外山さんも目の前にあるコーヒーの存在を忘れているらしかった。僕は言葉の続きを待った。
「美希は優しい子でした。私たちが言い争いをしている時でも、とりなそうとするような子でした。母親とも話し、私とも話し、なんとか繋ぎ止めようとしていたのです。そして次の日は、いつものように早めに学校に行く。もしかしたら、学校が美希にとっての逃げ場だったかもしれません。でも、その時の私たちは自分たちのことしか考えていなかった。気づいたのは後になってからです」
美希が優しい子なんて初めからわかっている。美希は言っていた。「ばらばらになってしまう」そう言っていたのだ。それとも、近すぎると、そういうことが見えなくなってしまうのだろうか。
「美希の苦労に気づかぬまま、私たちは別れました。そこまで来ても、まだ私は自分のことしか考えてなかった。母親の苗字を残しておきたくはなかったのです。相談しないまま、苗字を変えました。当日の朝になって、学校に伝えにいくと言ったのです」
「その時、彼女は……」
「美希は「うん」とだけ言って、私に学生証を渡し、学校に行きました」
僕は俯いたまま、何も言えず、飲み終えたコップの縁を見ていた。同情の余地もない。ちらりと横目で隣を見ると、外山さんが唇を震わせながら、言葉にならない空気を吐いていた。
「そうですか」と、やっとのことで外山さんが出した言葉は、その一言にあらゆる感情を詰め込んでいたに違いない。
外ではコオロギが鳴き始める。思い立ったかのように、彼は言った。
「美希の部屋をご覧になりますか?」
「いいんですか?」と、外山さんが訊いた。
「当時のまま残しています。一応、掃除だけはしていますが」
美希の部屋は二階で、僕の記憶通り、玄関と同じ道路側にあった。六年前に時を止めたその部屋は、微かな生活感を残して目の前に現れる。学習机には高校の教科書。隣に置かれた本棚には漫画や文庫本が並んでいた。僕が知っている漫画もある。夢の中で彼女が読んでいたやつだった。クローゼットは開けるのを躊躇われた。
「これ、どこから撮ったやつかな?」と、外山さんが言い、僕は現実に戻る。
外山さんが眺めていたのは、街を映した夕陽の写真。僕は夢の中でその写真を見せてもらったことがあった。そうでなければ、僕も分からなかっただろう。
「高校の、屋上だよ」と、僕は極力なんでもなく聞こえるように、そっけなく言った。
「……ああ、そうなのね」
外山さんは静かに泣いていた。
「綺麗」
僕らが部屋を出るまで、彼女の父親は廊下で待っていた。
「こんなに近くにあったのね」
彼女のお墓は外山さんが一番最初に回ったという霊園にあった。線香を上げ、無言で手を合わせる。日はすっかり落ちて、静かな夜は夏の虫の声がよく聞こえていた。
「全然気が付かなかった」と、少し元気を取り戻した様子で外山さんが言った。彼女にとっては、ようやく目的が叶ったのだ。
「今日はどうするの? 実家に戻るの?」
「さすがに、今、帰ったらびっくりされるだろうな」
「じゃあ、お酒でも飲みにいかない?」と、暗い墓地の中で、顔が近くなる。僕は少し体を後ろに引いた。そのことに気づいているのか、いないのか、さらに顔を寄せて言った。
「例の理由、聞いてないし」
僕は苦笑して、首を振った。
「お酒はもう当分いらない。でも、僕がここに戻ってきたら誘ってもいいかな?」
「戻ってくるつもり、あるんだ」
「まぁ、今からやり直しだけど」
「うわ」
別に僕から何か不吉なものが出ている訳でもないだろうに、心底嫌な顔をし、立ち上がって僕から離れる。すると、ふと、気になることがあったのか、恐る恐る外山さんが訊いてきた。
「……それって私のせいじゃないよね?」
僕はおかしくなって、笑いながら答えた。
「誰のせいでもないさ」
結局、名駅近くのビジネスホテルに泊まった。新幹線に乗れたとしても、駅に降りてから自宅に戻る手段がタクシーしかなかった。
硬い枕と寝心地の悪いシーツに身を投げ出す。昨日のことが嘘のようだった。これが夢だとしたら、僕は何を信じれば良いのだろう。それに明日、高木になんて説明しようか。
僕が寝る直前に考えていたのは、たぶん、そんなようなことだったと思う。




