理想を語れない企業は、夢を語れない大人と同じだ
一次面接は集団面接用のブース内で三対一だったが、二次面接は横浜の研究所で個人面接の形で行われる。 面接時間は、静岡を朝出ても間に合うように昼一番を選択していた。新幹線から私鉄を乗り継ぎ、最寄りの新浜駅を出て、十五分ほど歩くと、大正化工の看板が見えた。工場に併設された研究所は説明会で聞いた通り、遠くからでも分かるほど敷地内の建屋の中では一番新しく見えた。白い外壁は高木の研究室がある、睡眠センターを彷彿とさせた。
昼休憩中なのか、守衛の窓口には誰もいなかった。僕は仕方なく、呼び鈴を鳴らす。
「はい」と窓口の奥から返事があった。
襖が開く。警備服を着た中年の男性職員が姿を見せる。
「すみません。十三時から面接が入っている、丹野と言います」
「あー、ごめんなさい。丹野さんね。それじゃあ、ここに名前を書いて」
「はい」と、言って名前を書く。顔を上げると、男性職員の手には『入室許可証』が入った首掛けが握られていた。
「ここからは、これを首に掛けてください。研究所の場所は分かりますか?」
「あの白い建屋ですか?」
「そうです。ここをそのまま真っ直ぐ行ってもらえれば着きますよ」
「ありがとうございます」
僕がお辞儀をすると、彼は手を振って答えた。
「いえ、頑張ってください」
研究所に向かって歩く途中、作業着姿の社員たちとすれ違った。僕は会釈をして通り過ぎる。研究所と工場では服装が異なるのか、青色と灰色の二種類の服装が見られた。人数比的に青色の作業着は工場の職員に違いない。いずれにせよ、ここではスーツ姿は珍しいようだった。
研究所の前にはスーツ姿の若い女性が立っていた。人事の方なのだろう。僕が来るまでずっと立っていた訳じゃなく、さっきの守衛さんが連絡したに違いない。入り口前に来ると先に挨拶をした。
「丹野孝一と言います」
「丹野くんね。人事部の牧です。今日は遠いところから、ありがとうね」
牧さんに促され、後に続いて中に入る。研究所内は外装から想像できるように真新しく、清潔感に包まれていた。服装に関して、僕の予想は当たっていたようで、灰色の作業着が目立つ。廊下を歩くと、職員同士が会話をしていた。
「この工程フローなんだけど、ここの順番、変えちゃだめか?」
「別に構わんよ。最後のpHだけは守ってくれよ」
「それと」
僕らに気づき、会話を止めてお辞儀をしながら、脇を空けた。僕らも礼を言った。控室があるのかと思っていたら、応接室に通された。
「まだ、時間まで少しあるから、ここで待っていてね」
「分かりました」
「緊張してる?」
「ええ、まあ」
牧さんは笑った。笑った表情は若く見え、もしかしたら同い年の可能性もあるのかと考える。年齢を聞くのはさすがに躊躇われた。
「じゃあ、時間になったら呼びに来るから、リラックスして待っててね」と、牧さんは言い、応接室を離れた。
面接用の資料でも見ておこうかと思ったが、緊張するだけなのでやめた。仕方なく、時間が来るまで、ぼーっと、壁にかかる会社のポスターを眺めていた。『フレッシュアップ運動』とはなんだろうか。よく見ると、どうやら、定時退社と有給休暇を推奨するものらしかった。目標に掲げられている有給消化率七割が高いのか低いのかよく分からなかった。
ノックの音で我に帰る。僕は立ち上がった。
「はい」
ドアが開く。牧さんが顔を覗かせた。
「時間だから、行きましょうか。あっ、荷物はそのままで大丈夫よ」
「分かりました」
面接は会議室で行われるらしい。休憩時間終了のチャイムが鳴っていた。
「丹野くんは向こうのドアから入ってね」
牧さんは奥のドアを指差す。こっち側に面接官が並んでいるのだろう。
「それじゃ、頑張ってね」と、言先に室内に入っていった。
僕はドアの前に立ち、一回深呼吸すると、三回ノックした。
「はい、どうぞ」
男性の野太い声が聞こえた。
「失礼します」
僕はドアを開けた。
面接の内容は効率と能力を重視する生産と研究の本部らしい、実直なものであり、僕にとっては有り難かった。
この敷地の長である工場長、研究所の長である研究開発部長、生産ラインをまとめる製造部長、そして僕が応募した第一開発室の室長の四名と人事部の担当者を合わせて五対一の面接だった。これだけの面子が揃っているなら、『二次でほぼ決まる』と言われているのも納得できる。
志望動機から始まり、大学での研究内容、今の大学を選んだ理由、大正化工の製品について知っていること、そして横浜で働くことについて、趣味等々、一時間近いものだった。はっきり言って、なんと答えたかは全然覚えていない。ただ、武田工場長の質問はよく覚えていた。
「丹野くんは、子供の頃の夢を覚えていますか?」
僕は面を食らった。なんと答えればいいものか。少し悩んだ後、正直に答えることにした。
「はい。たしか『科学者』だったと思います。今からしてみれば、なんの具体性もないですが」
武田工場長が笑う。人当たりの良い、優しい笑みだった。
「そうですか。それは良かった。ここを受けてくれた、ということは今でも変わっては無さそうですね」
僕は頷いた。
「そうですね。ブレては、いないと、思います」
「なぜ、こんな質問をするのか、と思ってますね」
その言葉にも僕は頷かざるを得なかった。
工場長が話し始める。彼の表情は会社の役員としての顔だった。
「研究開発部は会社の将来を、その源泉を担っています。彼らが研究開発した製品が会社の将来の利益に繋がるのです」
僕は研究開発の二人を見た。二人とも少し気まずそうな顔をしていた。
「だからこそ、自分の子供の頃の夢を、恥ずかしくとも、正直に言えることが大事だと思ってます。しかし、今の若者は夢がない人が多い。それは、私たちのせいでもあるんですが」と、武田工場長は言葉を切ってため息をついた。
「それでも、一番最初に夢を語るべき研究開発に来る人は、夢を語ってくれる人であって欲しい。理想を語れない企業は、夢を語れない大人と同じです。そこに、活力は生まれない、と私は思います」
理想を語る工場長は面接が始まった時よりも若く見えた。
「それでは、結果の方は追って連絡します」
研究所の前で牧さんに挨拶され、僕は大正化工を後にした。「追って連絡する」と言うのは、通っていれば今日中に、通らずとも辞退者が出て繰り上がれば三日以内、それ以降は望み無しという意味だと、ネットでは聞いていた。
一次面接の時にも使った横浜のビジネスホテルに着くと、チェックインを済ませエレベーターに乗った。部屋番号は八〇三号室。カードキー式の鍵を開け、室内に設置されたホルダーに差し込むと、部屋に明かりが付いた。もっとも、このホルダーはカードキーである必要はなく、学生証でも反応するらしい。ジャケットを脱ぎ、ハンガーに掛ける。緩めたネクタイを解いて、ベットに放り投げた。
そのままベットに倒れ込む。とりあえず、今日の分は終わり。明日もまた面接だった。
目を瞑る。少し休憩してから、コンビニでも行こう、と思った。
スマホが鳴っていた。
僕は飛び起きると、ベッドに放り出されていたスマホを掴む。見慣れない番号だった。
「はい、丹野です」
「私、大正化工の牧と申します。丹野孝一さんの電話でしょうか」
電話の相手は人事部の牧さんだった。自ずとスマホを握る手に力が入る。心臓がうるさいくらいになっていた。
「はい、そうですが」
「ああ、良かったです。本日はありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございます」
「それではですね、いきなりにはなりますが、最終面接のご案内をさせて頂きたくご連絡致しました」
「本当ですかっ?」
小さくガッツポーズした。思わず姿勢を正す。その姿は、ベッドの前に取り付けられた鏡に映っていた。僕の声に同調したのか、牧さんの声も高くなっていた。
「はいっ、日程なんですけれども、七月二四日、時間は……」
僕は慌てた。辺りを見渡し、部屋に備え付けられたペンとアンケート用紙を掴む。
「ちょ、ちょっと待ってください。メモを取ります」
「ああ、ごめんなさい」
僕はスマホを離し、深く息を吐くともう一度耳に戻した。
「すいません、お願いします」
最終面接の日程が決まった。
七月二十四日、水曜日、十一時。場所は東京の本社。その日は大安だった。
僕はカードキーを抜き取り、財布に入れると部屋を出る。中華街に行ってみようか。




