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『親友』を『親友』と呼ぶのは難しい

 七月頭、待っていたかのように蝉の声が聞こえ始める。


 蝉の合唱を頭で浴びながら、僕らは体育で学校の外を走らされていた。高校三年にもなると体育の授業は減らされるのかと思いきや、これまでとは変わらず、週三限も組み込まれていた。運動は脳に良い。これが、授業方針だった。脳由来神経成長因子なるものが脳に出るらしく、記憶の向上に良い結果をもたらすのだという。こっちは、隣を走る友の受け入りである。


「お前はストーカーの素質があるな」


「仕方ないだろ、理由が理由なんだ」


 今の僕は毎日彼女と同じぐらいの時間に学校に来て、一度は話しかけ、彼女が帰った後に帰宅するという生活を繰り返していた。学校内で目立った事件は起きていない。どちらかと言うと、学校にいるときの彼女は笑顔が多かった。


「じゃあ、健気なストーカーだな」


「やめてくれよ、なにも変わっていない。むしろ悪意なくやってるみたいで、余計タチが悪い」


「まあ、半分は冗談だが」と言ったところで信号待ちで止まる。喋りながらなのでペースは遅いが、真ん中よりちょっと下あたりの順位だと思う。


「もう半分はなんだ?」僕はその場で足踏みしながら、隣に向かって言った。


「本気で心配しているんだ。こんなことをいつまで続けていくつもりだ?」


「こんなことってどんなことだよ」


「こんなストーカーまがいのことだよ」


「それは」


「怖いのか? 拒絶されるのが」


 僕は「さっきも言っただろう」と言おうとしたが先を越された。挑発的な彼の言葉に僕は苛立って言い返した。


「怖いに決まってるだろ、初めてなんだ」


「そうか、初めてなのか」


 顔を見なくても声の調子で分かる。こいつは今、笑いを抑えようとしている。


「そう言う高木は経験があるのかよ」


「ない」


 高木はついに吹き出した。隣を走るこいつの肩に僕はパンチした。


「痛いな」


「人の恋愛で遊ぶなよ」


「でもな、事態はただの恋愛以上に深刻なんだぞ。一人の女生徒の生死が掛かってるからな」


 僕はびっくりした。こいつは二重人格か。


「もう一人頭の中に自分がいるのか?」


「誰だってそうだろ。ばかなことで楽しむ自分がいて、それを冷静に批評する自分がいる。しかも今は走ってるからな。ランナーズハイってやつだ」


 たしかに、走っているこいつはテンションが高そうだった。僕はため息をついた。


「切り替えはもう少しスムーズにやってくれ。でないとびっくりする。毎日、ニュースは確認してるさ。今のところ、日付がずれてることもないんだ」


「それは、安心材料の一つに過ぎん。いつ、道が逸れるか分からんからな」


「それは、分かってるさ。だから」


 高木がこちらを向いたのは分かったが、僕は顔を逸らして言った。


「告白しようと思ってる」


 またしても高木のテンションが上がった。ランナーズハイに違いない。


「なんだよ! そりゃ、良かった。うん、良いじゃないか。いつだ? 丹野?」


 彼は足を止めた。僕は振り向かざるを得なかった。


「なに?」


「いや、丹野はなにを悩んでいる?」


「そりゃ、振られることだろ」僕は笑って答える。


「違うな。丹野には誰かに遠慮している。当ててやろうか?」


 僕は答えない。答えないことは、高木の言葉を肯定しているのと同じだった。


「未来の丹野自身だよ」


 他の学生が僕らの隣を通り過ぎる。好奇心と遠慮の混じった目をしていた。


「未来の丹野はなにをしようとしている?」


 おそらく、高木は予想がついているのだろう。だが、僕に言わせるつもりなのだ。


「未来の俺は自殺するつもりらしい」


 彼は眉を寄せ、首を振った。


「そんなんで、お前は自分の未来を諦めるのか?」


「そんなん、だって?」


「そうだろ。向こうの丹野は、今の丹野の未来じゃない。だから、向こうの丹野がどうなろうが、影響はないはずだろ? 夢だと丹野自身も言っていたじゃないか。お前は夢の自分に同情して、自分の未来を捨てるのか?」


 正論だった。言い返せないほどに。

 理性的だった。刃のように。


「そんなつもりはない」それだけ言うのがやっとだった。


「いいか、それだけの割り切り方を持て、と言っているんだ」


 彼は走り始める。僕も後に続いた。スピードを上げないと間に合わない時間だった。



「なぁ、丹野」


 正門前の坂、無言で隣を走る高木が声を掛けてきた。


「なに?」


「俺とお前は大学でも友達なのか」


 僕はその言葉に少し戸惑いを覚えた。


「そうだよ。少なくとも僕にとっては一番の友達だった」


 親友というには少し恥ずかしかった。


「そうか」


「それが、どうしたの?」


 彼は「いや」と言って前を向く。横顔からじゃ表情は読み取れなかった。僕も前を向く。彼は呟いた。


「なら、よかった」


 最後の登り坂を高木は一気に駆け上がる。


「おい、待てよ」


 僕は追い縋る。

 しかし、距離は縮まらない。

 元運動部じゃないのによく走れるものだ。


 息を切らしながら僕は追いかけた。


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