人生最悪の日②(リザード視点)
6月16日。
婚約破棄を言い渡されたあの日、私は度重なるショックで家に帰ることが出来なかった。気が付いたら公園のベンチで眠っていたようで、目覚めるとすぐに帰って恐る恐る家の門を叩く。
すると、父上と母上、弟の家族総出で出迎えられた。『ただいま帰りました』と玄関を通り抜けようとすると、静止の声がかかる。
「何やってるのかしら、この子。私たちが何も知らないと思っているのかしら」
「そうなんじゃないか、バカだからな」
「貴族の噂話は馬よりも早いってしらないのかしら」
どうやら既に婚約破棄について知られている様子。だが、ルディからの使者はまだ届いていないだろう。それなら情報が不明確だから私の都合がいいように噂を塗り替えられるかもしれない。実の家族に見放されてしまっては、私は到底生きて行けなくなる。
「あの…婚約破棄についてでしょうか」
「それ以外何があるんだ」
「実はそれは…」
と言い訳をしようとした時、弟が私の前に何かを突き出した。見覚えがある魔法石…。まさか!!
「あら、気付いたようですね」
「どこでそれを…」
「今朝早くに婚約破棄の承諾書と共に届いた」
承諾書は用意済みだったというわけか…。しっかりしているな。いや、今は!そんなことよりも、魔法石だ。その音声を家族に聞かれた?!!
「びっくりしたわぁー」
「ああ、お前が人間以下の猿だったとは」
「父上、猿に失礼です」
言いたい放題言われるリザード。もう恥ずかしくてこの場にいたくない。部屋に篭って布団を被りたい。
「ねぇ、今この魔法石を再生してあげましょうか?」
「…結構です。お戯れはおやめください母上」
下を向いたまま再生の拒否を伝える。
「あら、もう貴方の母上ではないわよ」
「…はい?」
「一族にこんな恥さらしがいたら困るからな。家族の縁を切ることにした。そのニーナ嬢とかいうご令嬢のところにでも、別の女のところでも、好きなところに行け」
「ご冗談はよしてください。それではカルファン公爵家の跡取りがいなくなってしまいます」
「我が家には優秀な次男がいるじゃないか」
何を言っているんだ?とでも言いたいような、不思議そうな顔でこちらを見ている。
「ですが…」
「お兄様…いやもうお兄様ではないのですよね。リザード殿、カルファン公爵家は私が引き継ぐのでご安心を。リザード殿のせいで被った汚名を払拭すべく、日夜励んで参りますので」
「だそうだ。良かったな」
何も良くない。このままでは本当に縁を切られてしまう。でも、どう頑張っても上手くいく未来が想像できない…。何も言えずに立ちすくんでいると、母上が近くのメイドに話しかける。
「ねぇ、彼の部屋から荷物を持ってきて頂戴。既に必要最低限のものはバッグにつめてあるから、それを持ってきてくれるだけで構わないわ」
「かしこまりました」
私はもう…この家に上がることも許されないのか…。
「よかったじゃないか、婚約解消したかったんだろ?…まあ、最後の情けとして慰謝料は払ってやる。こんな奴との婚姻を結ばせてしまった私のせいでもあるからな。だが、それ以上は何もせん。今後何かあっても我が家は一切関係ないので、自分でなんとかするように」
そう宣告された時、本当に家族から見放されたのだと実感した。どこかで「…次はないからな」と言ってくれるのではないかと期待したが、それは思い違いだったようだ。
メイドが大きなバッグを2つ持ってきて、私の前に置いた。
「お待たせ致しました」
「ありがとう、下がっていいわ」
母上がメイドを下がらせ、私に向き合う。
「今までね、多少の悪さには目を瞑ってきたわ。遅くまで帰って来なかったり、お金使いが荒かったり…。自分のお腹を痛めて産んだ子ですもの、可愛くて仕方がなかったの。でもね、今回は我が子ながらゾッとしたわ。…私ね、ルディちゃんが娘になるのを本当に楽しみにしていたの。それなのに貴方ときたら…他の女と毎晩楽しんでいたみたいで…もう同じ空間にいるだけで…顔を見るのも嫌なのよ」
最初は穏やかな顔で話してたのに、徐々に苦虫を噛み潰したかのような嫌悪感を露わにした母上の顔を見て、自分がどれほどのことをしたのか事の重大さを初めて知る。
今まで、ルディとは婚約解消をして、ニーナとこの家を守っていくつもりだった。簡単に実現できると思っていた。
ニーナとのことはバレなければいい、バレるはずはないとどこかで傲慢になっていたのかもしれない。その結果がこれだ。
ルディには婚約破棄され、家族には離縁され、最愛のニーナには冷たくあしらわれる…。もう辛くて全てから逃げ出したい。いっそ、辺境の地で農家になって暮らした方が幸せになれそうだ。
だが、ロイド殿下によって、ニーナとの結婚が決定事項になってしまい、今後は子爵家に婿入りすることになるだろう。向こうの家族には会ったことがないが、歓迎されるはずがない。
「私からの話は終わり、さぁ荷物を持って出て行って」
母上から引導を渡され、父上と弟は軽蔑の眼差しでこちらを見ている。もう本当に終わりなんだ…。
「今までありがとうございました」
最後に泣きながらもそれだけは伝えた。自分の愚かさに気づくのが遅すぎたせいで、誰のせいでもない。全ては自業自得だ。
家族に一礼をすると、バッグを手に家を後にした。
私はこれからニーナの実家へと行かなければならない。ラスカルト子爵家は長女しかいないため、ニーナが私のように家族の縁を切られることはないだろう。それなら、私が子爵家に身を寄せるしかない。
希望のない、真っ暗な道へと歩き出さなければいけないのだ。




