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えぇと……。
すみません、これ、どういう状況ですか?
「いやっ、もう! 無理無理無理ぃっ! あたしにも拒否権ぐらい寄越しなさいっ、この馬鹿っ!」
使い魔のお姉さんが、拳を握ったまま魔法使いさんの前に仁王立ってそう力説した。
勇ましいというか……えぇと、痛々しいというか。いや、あの、お姉さんお姉さん、魔法使いさん話を聞く体勢になってないと思う。悶絶してる。床に転がってるからね。
え、えぇっと……、せめて絨毯がふかふかしてて良かったね、ってことで。てか、今のこの光景、完全に主と従が逆転してるような気がするんだけど。
お手本みたいな綺麗なアッパーを決められた側の魔法使いさんはといえば、当然のことながらその場に崩れ落ちた。赤くなった顎を押さえて完全に蹲ってる状況です。「ぐぉぉぉ……!」とかって呻いてるのが聴こえてきた。……気持ちは判る。アレは絶対に痛い。だって魔法使いさん一瞬宙に浮いてた。
「エステリア……、いきなり何する……」
「何する、はあたしの台詞よっ! 馬鹿だ馬鹿だと思ってはいたけど、ホントに底抜けの馬鹿ね、アンタ! 何考えてこんな仕事引き受けてんのよっ!?」
「何、って……だって金はいるだろー、金は」
「アンタのその事情にあたしを巻き込むんじゃないわ! ああああ、もうっ!」
ビシィッ! と容赦なく指を突き付けて、使い魔のお姉さんはそう宣言した。
すっぱりきっぱりはっきりとしたその宣言に、何がなんだか判らない、ってカオしたのは魔法使いさんも雇い主のオジサンも一緒で。けれど、そんな彼らの様子にはまるで構わず、使い魔のお姉さんは興奮した様子で先を続けた。
「やめてよね、本当! 死ぬんなら潔く一人で死になさいっ!」
「うわ、ひっでぇこと言ってるー。てか、ひっでぇこと言われてるー、俺ー」
「酷くないっ! 今! 酷いことされてるのはあたしよ!? あ・た・し!」
いや、あのー……、客観的に見て、酷いことされてるのは魔法使いさんのような気がするんですけれども。え、あれ? オレの気のせい??
てか、ホントに何だ。この状況って。 魔法使いさんに対して使い魔のお姉さんが怒ってるのは判るんだけど…………何に怒ってるのかが今ひとつよく判んない。これって暢気に見てて良いもの? え、オレ何かした方が良い?
ワケが判らず隣にいるセレを見上げたら、「まぁとりあえず、もう少し様子を見ることにしようかー」とのんびりとした口調で言われた。
「何かその方が面白そうだし」と付け加えられたひと言……完全に余分だぞ、セレ。間違いなくそっちが本音だろ。
うん、まぁ、他に何が出来るワケでもないので、引き続き状況を見守ることにしたオレの視線の先で、使い魔のお姉さんが綺麗に整えられた眉を吊り上げ、すぅっ、とひとつ大きく息を吸った。
「あのね! あたしはあたしの身の程というものを良く知ってるの! あの人たちにケンカを売るなんて恐ろしいことしてたら命がいくつあっても足りないわ! というか想像するだけでも怖いわよ何想像させるのよ!? あぁもう無理無理無理っ! 絶ぇっ対無理!」
あたしは絶対に力なんて貸さないわよっ! と声高に言い放つ使い魔のお姉さんを、魔法使いさんは「えええー?」と声を上げながら見返した。
というか、美人さんが怒ると本気で怖いと思います。迫力二割増し。
ついでに使い魔のお姉さんの肺活量って、ちょっとスゴイと素で思います。だって今のほとんどノンブレス。ブラボー、お姉さん。
「ちょーっと待て、って。とりあえず落ち着こうぜー、エステリア」
「あたしも好きでテンパってるワケじゃないわよっ!? というか、アンタはもうちょっと慌てなさい!」
「いや、だからちょっとそこ話し合おうってー。何に慌てりゃいいワケよ? 俺は」
魔法使いさんは、すぐ目の前で怒鳴ってた使い魔のお姉さんの赤い髪をくいっと軽く引っ張った。お姉さんの眉が、また僅かに吊り上がる。……迫力、もう一割増し。
「何って、この状況もれなく全部によ! 慌てなさいよ、今すぐ!」
「……無茶言うわー」
魔法使いさんが天を仰いだ。ちょっと困ってる表情だった。
うーん……と表情と同じようにちょっと困った声を出した魔法使いさんは、使い魔のお姉さんの髪を軽く引っ張ったまま小さく首を傾げた。
「まぁ、とりあえず、だ。お前、何をそんなに慌ててるワケよ? 何がそんなに無理だっつってんの?いつも通りの簡単な仕事だろー?」
まぁちょっとばかり同業者っぽい少年はいるけどさー、と言いながらオレを見た魔法使いさんの頭を、使い魔のお姉さんは力一杯叩いた。……容赦とか手加減とか一切なかった。バシーン! と、とても良い音がしてました。
「そ・れ・が! 大問題なんだってそろそろ気付きなさい! アンタみたいな小物が敵う相手じゃないわよ!」
「小物……。エステリア、それちょぉぉーっと酷くねー?」
「酷くない! 比べること自体がそもそも間違ってるのよ! マトモに戦ったら、きれいさっぱり潰されるのがオチ…………ああああああ! ごめんなさいごめんなさい消さないでくださいぃっ!」
台詞の最後の部分だけは、魔法使いさんにじゃなくてオレ達へと向けられてた。
使い魔のお姉さんは手を懇願するように組んで、泣きそうな表情でこっちを見てる。自分でも言ってたけど、かなりテンパってるご様子 ――――……って、うん? 消さないでって懇願されるオレ達ってナニ。いや、消さないって、うん。ていうか、消せないって。
何かそれ、今のオレ達の方が悪役みたいな台詞だよね。……え、オレ悪役ですか? いつの間に……。
えーっと……、あの、オレ、どっからツッコんだらいいですか?
とりあえず泣かないで貰えると嬉しいんですがお姉さん! と慌てるオレの隣で、セレは完璧面白がってるとしか思えない表情してて、フィルは呆れたようなカオでちょっと眉を寄せた。フィルのその僅かな表情の変化に、お姉さんがビクッって肩を震わせた。
……うん、フィル、ぶっちゃけ客観的に見て怖いカオになってるよ。悪気ないのは知ってるけど、ビミョーに脅してるよ。
雇い主であるところのオジサンは、そんな彼らのやり取りをちょっと呆気に取られたみたいに見てたけど、やがてはっと我に返って再び怒鳴りつけた。
「えぇい、何をごちゃごちゃと! 早く炎を呼ばんか!」
「だからそれは却下だって言ってるでしょーっ!? あたしは絶対力なんて貸さないからね! 嫌だってばっ!」
即座に使い魔のお姉さんが噛み付くように怒鳴り返す。
オジサンはそれに「何をっ!?」なんて顔を赤くするし、魔法使いさんは「あー……」ってまた天井仰ぐしで…………軽くカオス? え、ちょっとどうすんの、これ。
あれー? と内心で首を傾げたオレのすぐ後ろで、それまで沈黙を保っていたリト兄がくすりと小さく笑みを漏らした。
それはホントに小さな笑みだったんだけど、空気を震わせたそれは思ったよりも室内に良く響いた。その笑みに気付いてはっと視線を寄越した使い魔のお姉さんに、リト兄はますます笑みを深くする。
何というか……楽しんでいらっしゃる? 余裕だ、兄上様。
相手からの視線を受けて、リト兄は右手で口元を軽く隠して「失礼」と言った。
「時にお嬢さんは、この子がどういう名で呼ばれているのか ―――― ご存知なのかな?」
この子、と言いながらリト兄が目線で示したのは、間違いなくオレで。
リト兄の視線を辿るようにしてオレを見た使い魔のお姉さんは、オレと真っ直ぐに目が合った瞬間ものすごい勢いでばっと目を逸らした。え、ちょっと傷付くよ、それは。
心なしか顔色を悪くしたお姉さんは、リト兄へと視線を戻して、やがてこくりとひとつ頷いた。
「……ええ。知っているからこそ、さっさとこの場から逃げ去りたいと思っているところよ」
「成程?」
使い魔のお姉さんの答えに、リト兄が再び笑う。
えーっと……、気のせいでなく楽しんでるよね、これ。そんでもってこれも気のせいでなければ、兄上様が強くなってる気がものすごいする。オレの記憶にあるよりも何か数段強くなってるイメージが。……あれ?
にっこりと笑んだリト兄は、視線をオジサンへと移した。
「イーグラード卿」
「な、何ですかな!?」
明らかに虚勢と判る声でオジサンが応えた。どもってるどもってる。兄上様が笑顔で圧倒してる。
……いや、昔に比べて表情豊かになったよね、リト兄。ある意味だけど。
そんなことを思ったオレの思考を他所に、リト兄は笑みを浮かべたまま一歩前へと踏み出した。
一歩、ちょうどオレの真横へと歩を進めると、そこでまた足を止める。オジサンを見据えたまま、リト兄は再び口を開いた。
「先程、お尋ねになりましたね?」
「な、何を」
「彼らが、誰なのか ―――― と」
リト兄が殊更ゆっくりとした口調で言う。
オレは隣の、見上げる位置にあるリト兄の顔を見やった。……くそぅ、身長差。どうしてこういうとこ、父さんとかリト兄に似なかったんだろ、オレ……。
そんなことを思いながらリト兄を見上げたら、ちょうどオレの方を見下ろしたリト兄に瞳を細めて微笑まれた。いつものリト兄の笑い方。
「紹介はいらない、とのことでしたが……さすがにそれもどうかと思いますので、簡単にご紹介差し上げようかと」
もっとも、そちらのお嬢さんは既にお気付きのようですが、と言いながら、リト兄はポンと大きな手でオレの頭を撫でた。…………くそぅ、身長差!
「っ、だから何だと……」
「―――― これは、私の弟です」
顔を歪めて怒鳴ろうとしてたオジサンの言葉を遮るようにして、リト兄があっさりと告げた。
実にさりげなくコレ扱いしてくれちゃったリト兄に、何だかなー…と思ったオレの目の前で、オジサンの表情がストンと抜け落ちる。
え、と呟く声と、一瞬の空白。……何ですか、この沈黙は。
てか、オジサンの視線が実に痛いです! って、あああ、魔法使いさんのもだ! 二人して、え、ってカオしたままこっち凝視してくれてるのは何でだ。
い、痛い痛い! 刺さってるから、それ。本気で穴が開きそうだからね、その視線!
何でだか最近良くそんな視線貰うよね! つい最近弟くんとかにも貰ったね! ……嬉しくないよ!
そんな中、使い魔のお姉さんだけがただ一人、あぁやっぱり……ってカンジの雰囲気で顔を引き攣らせている。……え?
「お、とうと……?」
呆然と呟かれた言葉に、リト兄が笑った。
「名前を、ラズリィ・ヴァリニス。――――――“魔術師の王”と言えばお判りか?」
「「…………っっっ!!」」
衝撃に、息を呑む音が聴こえた。
…………あぁ、そういえば、オレってすんごい有名人なんだっけ ―――― と、はからずしも思い出した瞬間だった。




