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Neva Eva  作者: 真樹
幸せのカタチ
PR
44/61

11


 うん、予想はしてた。



 ホントの狙いはリト兄なんだろうなー、とか。

 それでいくと、エンジュさんに掛けられた“死の魔法”は脅しの意味合いが強いんだろうなー、とか。


 考えた。考えたとも。



 うん、だけどね……?




「ここまで判りやすい結果を持ってこられるとは思わなかったというか……」




 ぶっちゃけると、そんなカンジだったりするのです。










 そりゃね、うん。

 考えたよ、こういう事態も。


 エンジュさんに掛けられた“死の魔法”、あれが脅しだと仮定して、その意図がリト兄まで伝わっていないのはおかしい。こういう脅しは、相手に認識されて始めてその効力を持つ。

 だとすれば、まず間違いなく近いうちに、その脅しの意図をリト兄に伝え、更にそれに対しての交換条件を提示しに来るだろうねー、とは予想してた。というか、絶対そういう展開になるよね、とフィルやセレとも言ってた。

 うん、言ってたけどさ。


「すんごい判りやすいタイミングでやって来たもんだよねー、この人も」


 ある意味芸術的、と評しながらセレがけらけらと笑った。

 ミもフタもないと思うけど、確かにその通りだとも思う。


 や、だってすごいよ? リト兄に、こういう事が起こるかもしれないから気に留めといてね、って言ったその日だよ。当日だよ。むしろ直後だよ。そのタイミングに逆にびっくりするわ。


「これでは自滅しに来たようなものだな……」

「だよねー。気分的にご愁傷様、ってカンジ?」


 淡々とフィルが言うのに、セレが笑いながら同意を返す。それと同時に、ひらりと手を振って周囲を取り巻いていた風の力を拡散させた。

 ふわり、とひとつ渦を巻いて風の精霊たちが四方に去ってゆく。その気配を追いながら、ありがとう、って小さく呟いた。



 えぇと……風の精霊に力貸して貰って、今何をしていたのかと問われれば ―――― ぶっちゃけ盗み聞きというヤツです。


 風の精霊に頼んで、部屋の中の音をここまで届けて貰っていたという…………うん、盗み聞き。どう言い繕っても盗み聞き。人聞きが悪いから他の言い方探したいとこだけど、何も思いつかないからやっぱり盗み聞きということで。…………ホントにこの上なく人聞きが悪いので何か別の言い方が欲しいとこです。用途に背いてない実情はともかく。


 聴こえてきた部屋の中の声はあまりにも予想通りで、腹が立つのも通り越していっそ呆れてしまった。

 身勝手な理由には腹が立つ。だけど、そのタイミングには呆れる。…………結果、ちょっとばかり微妙な心持ちです。どうしたものかな、これ。


 小さくため息を吐いたオレの頭をポンと撫でて、フィルが立ち上がった。


「行くぞ」

「そだね。行こう、ラズ。面倒なことは早く終わらせたいしね」

「……うん」


 基本的にその意見には賛成の方向なんだけど。

 終わらせる、って…………何となく不安になるよなニュアンスが含まれてないか? 終わらせるのはこの事態だよね? 相手の人生とかじゃないよね? 何かそのにっこりした笑顔が微妙な不安を煽るんですけどセレさん?


 ………………。


 うん。とりあえず、アレです。

 セレの台詞に、なんとなーく嫌ぁな予感がしたのは…………気のせいだと思うことにしよう。オレの精神安定上。















 ―――― ゴン! …………コンコン。



 ノックにしては奇妙な音が響いた。



「…………どうぞ?」


 リト兄のやや怪訝そうな声が中から聴こえて、一拍の後フィルがドアを開けた。その後ろでオレは額を擦っていたりします。それだけで何があったのか察して欲しいところです。敢えて説明したくないカンジなので!


 聴こえてきた怪訝そうな声そのままに、訝しげな表情でこっちを見てきたリト兄だったけど、呆れた表情のフィルと笑いを堪えてる表情のセレと、一番後ろでちょっと涙目になりながら額を押さえてるオレを順番に見て大体の事情を察したらしい。苦笑を浮かべてオレを手招きした。


「本当にこういうところは相変わらずなんだな、お前は。今すごい音がしていたぞ」

「ううううう……」


 ふかふか絨毯、あれね、転んだ時の衝撃軽減してくれるから有難いシロモノなんだけどさ、毛足がそれなりにあるからそれに足を取られたというか……転ぶ原因にもなってたりするわけです。もう何なんだかよく判りません!

 原因と結果がイコールで結ばれてるような気がするよ! 微妙極まりないね! …………現在とりあえずデコが痛いです。ジンジンします。

 ふかふか絨毯に足とられて転んだ先にドアがあったからそのまま激突したんだよ畜生。


「ドアも柔らかい素材で出来てたら良かったのに……」

「それはもはやドアではないと思うが」


 赤くなった額を見て苦笑を漏らすリト兄に自分でもどうかと思える希望を口にしたら、背後から当然のようにフィルのツッコミが入った。

 知ってるよ! 言ってみただけだよ! デコ痛いから腹立ち紛れに!


「随分ひどくぶつけたんだな。赤くなってる、後で治療して貰え」


 ゆっくりと傷に障らないようにオレの頭を撫でながらリト兄が言う。セレがひらりと手を翻しながら首を傾げた。


「後でと言わずに今しようか? 即席氷枕ー」

「や、いいよ。その前に、あっち」


 行儀悪いと思いながらも指差した先にいたのは、えぇと……名前なんだっけ? さっきリト兄に脅しかけてたオジサンと、魔法使いらしきお兄さんの姿。…………うん、名前普通に忘れました。

 唐突に乱入したオレ達に、一瞬呆気に取られたような表情を見せてたオジサンは、すぐに気を取り直し不審の目を向けて来た。

 その目が、何というか人じゃなくて物を見るような目付きで。


「…………何ですかな、ヴァリニス卿。この者達は」


 思いっきり邪魔なモノを見る目で、オジサンはオレ達を睥睨した。

 自分の家ならまだしも、他人の家でこの態度ってある意味すごいと思う。全然尊敬はできないけど。いつでも自分が一番、ってカンジだなぁ……。


 ちょっと呆れながらオジサンの方を見てたら、後ろにいた魔法使いさんと目が合った。へらりとした笑みを向けられて、反射的にオレも笑顔を返す。……あ、つられた。


 不機嫌そうな表情を見せるオジサンにも、対するリト兄は涼しい表情だ。


「あぁ、失礼しました。ご紹介しましょうか?」

「っ、結構だ! 関係ない者には遠慮願いたいのだが!?」


 そんなリト兄の態度が気に入らなかったのだろう、オジサンが声を荒げる。

 えぇと……一応オレもヴァリニスだし、無関係ではなさそうだからここにいるワケなんですけど。……聞く耳はなさそうだなぁ。


 盗み聞きしてた時、オジサンの声の中にあった余裕みたいなものが、今はほとんど感じられない。どっちかっていうと、現在はリト兄の方が余裕です。


「関係のない者をわざわざ呼んだりはしませんよ」


 穏やかな声で言って、瞳を細める。それを見て、向こうの魔法使いさんが「うーん……」と小首を傾げた。


「御主人ー、何かむっちゃ旗色が悪くなってるような気がすんですけどー?」

「うるさいっ! 余計な口を挟むなっ! ―――― ヴァリニス卿!」

「何でしょう?」


 叩き付けるように名前を呼ぶオジさんに、リト兄はしれっとした表情で応じた。な、何だろう……リト兄が強くなっている感がひしひしと! 兄上様が着実にレベルアップされている……!


 怒りのためか顔を赤くしてこっちを睨み付けてくるオジサンは、膝の上で拳を握り締めて怒鳴った。


「いいのですかな、奥方を助けられなくても!」

「あぁ……」


 今気付いた、みたいな声をリト兄があげた。「ご心配なく」と悠然と笑むその様子が……何というかカッコいいな、我が兄ながら。余裕綽々ってカンジだ。

 男前度が五割増すあの笑い方でもって相手を見やったリト兄は、一瞬だけ瞳を伏せた後顔を上げた。そのままあっさりと言い放つ。


「あれを助けられるものは、ちゃんと別にいますから」


 きっぱりはっきりと言い切ったリト兄の言葉に、オジサンと魔法使いさんが揃って「え」ってカオになった。それを見て、リト兄が更に笑う。


「イーグラード卿、認めましょう。確かに今、この状況で私ができることは何もない。それは事実です」


 ゆっくりとした口調で言いながら、リト兄は立ち上がってオレの隣に立った。


「ですが、私の傍にはこの状況を覆すことができる者がいる。ですから、貴方の助けは必要ありません」

「戯言を……!」

「戯言かどうかはすぐに証明される。どちらにせよ貴方の示した条件を呑む気はありません。お引取りを」


 声が、確かな強さを持って響く。

 それは絶対の自信に裏打ちされた声で、オレを信じてる声だって判ったから何だかくすぐったくなった。



 リト兄は、オレがエンジュさんを助けられるって信じてる。

 願うわけでもなく、祈るわけでもなく、ただそれを信じてる。


 例えば、オレが“魔術師の王”なんて呼ばれる魔法使いじゃなかったとしても、きっとリト兄はオレを信じたんだろう。


 理屈じゃない、無条件の信頼がそこにある。

 オレがフィルやセレを無条件で信じてるみたいに、リト兄はオレを信じてる。


 …………うん、だからさ。

 ちゃんとそれに応えたいと思うんだ。



 うん。


 オレは、オレにできることを、精一杯やろう。



 てか、とりあえずは ――――……。



「や、ちょっと待って。お帰り願う前に、訊いときたいことが……」

「え? ……あぁ、そうか」


 リト兄がオレを見下ろして、その後すぐに納得の表情になった。


「魔法について聞き出すのか?」

「うん、できれば」

「そうだねー、要するに元凶でしょ? この人たちー。ちょっと締め上げれば“死の魔法”についても、何か新しい情報のひとつやふたつ出てくるんじゃない?」

「いや、うん、まぁ…………うん」


 確かにそれ考えたけどさ、思いっきり過程が不穏だな、セレ。

 ちょっと締め上げれば、って……やっぱ何かを終わらせる気満々ですか。にっこり笑顔でそれ言うの止めようよ。何か怖いから。

 視線をオジサン達の方へと動かせば、魔法使いさんが「うわぉ」と緊張感のない声を上げた。


「御主人、御主人ー。もう何か旗色が悪いどころじゃなく不穏な感じになって来ましたよー? 諦めて帰りませんかぁ?」

「黙れ! このまま帰れるものかっ!」

「と、言われましてもねー……? ほらほらぁ、なーんか多勢に無勢と言うかー」

「こんな時のためにお前を雇っているんだろうが! 少しは役に立たんか!」

「えええぇぇー?」


 …………緊張感、ないな。

 うん、ホントにない。


 眼前で繰り広げられるやり取りを、思わずぼけっと見守ってしまったオレの背後で、セレが「何か緊張感のなさがラズといい勝負だねー」と言って笑った。

 …………うん?


 聞き捨てならない何かに振り返れば、ちょうどフィルがそれに同意の頷きを返したところで、リト兄がそんなオレ達の様子を見て苦笑を漏らしたところだった。

 えええええ? な、納得いかないっ!


 抗議しようとしたオレの声は、それよりも先に発せられたオジサンの怒鳴り声に綺麗に掻き消された。



「えぇい! ごちゃごちゃ言うな! 少し痛い目を見せてやれ!」


 真っ赤な顔をして怒鳴ったオジサンは、ガタン! と大きな音をたてて立ち上がり、オレたちの方をビシィッ! と指差した。

 いや、だから何でホントにこういう人たちって、やたらと他人を指差すのかなぁ……?

 ていうか、うん? ちょっと待って。今何て言った?


「えー? ちょっと御主人ー?」


 魔法使いさんが手に杖を握って怪訝そうな声を上げた。


「そういう直接的な攻撃とか避けた方がいいとか言ってませんでしたっけー?」

「構わん! 馬鹿にされたまま引き下がれるかっ!」


 炎を呼べ! とオジサンが怒鳴った。



 えーっと……何を言い出すかな、この人。

 炎を呼べー……って、んじゃこの魔法使いさんの属性は『火』で確定だね、とかそんなことを思ったけど…………いやいやいや、違う。問題点はそこじゃない。


 室内で炎を呼ぶとかってどういうことだ。 大惨事になるに決まってるじゃん!

 ちょっと冷静になろう、って……、


「うぅわー、面白いぐらいにヤケになっちゃった人の典型例だよねー」

「……普通に無謀な発言だな」


 …………いや、お前らも煽るな。


 まるっきりいつも通りの態度と言えばそれまでなんだけど、絶対それオジサンの神経逆撫でしてるから。断言できるから。

 だってオジサンがさっきよりもすんごい鋭い目付きでこっち睨んでるからね! てか、何か思いっきり睨まれてるのオレだよね! 何でって、前面にいるのがオレだからだよ! とばっちりだよ!


「えー? ホントにやるんですかー?」


 そしてやる気ないな!

 ホントにやる気ないな! 向こうの魔法使いさんは!


 取り繕うでもなくホントに面倒臭そうなカオをした魔法使いさんは、一応手にした杖を構えながらも嫌そうに雇い主のオジサンに問い掛けた。

 いや、あの、うん。やる気満々でもこっちが困っちゃうワケなんだけども、やる気ないオーラが見えるぐらいに真剣にやる気ないっていうのもどうなんだろう。この人もオジサンの怒りというか、沸点というか、その辺見事に煽ってるよね。…………いっそオジサンの血圧が心配なぐらいです。


「うるさいっ! 貴様は黙って言う通りにしていればいいんだっ! 誰がお前に金を出していると思っている!?」

「やー、まぁ、そーゆー言い方されるとやるしかないんですけどねー。所詮しがない雇われの身ですしィ?」


 肩を竦めて魔法使いさんは「けどなー」と再び呟いた。


「なぁぁんか、嫌ぁな予感がするんだよなぁ……?」


 オレを見て、フィルを見て、セレを見て、魔法使いさんは頭を掻いた。


「御主人ー。本っ当に気が進まないというか、止めといた方がいいような気がするんですけれどもー?」

「ぐだぐだ言わずにとっととやれっ!」

「あーもー……、ホント知りませんからねー?」


 本気で止めといた方がいいと思うんだけどなー……と呟いて、魔法使いさんは杖をこちらへと向けた。

 瞬間、隣でセレが笑いを引っ込めて、フィルが腕組みを解いてすっと一歩前に出る。


「リトゥナ、お前も下がれ」


 自然、オレを庇うような立ち位置になったフィルが、目線だけを寄越しながらリト兄に言った。リト兄はひとつ頷いて一歩後ろに下がる。

 ていうか、一瞬で臨戦態勢に入っちゃったんだけど。え、あの、オレはどうすれば……?


 多分、フィルの視線を受けたんだろう、魔法使いさんが「うっわ、マジで怖……」と小さく呟きながら杖を構え直す。その動作に合わせるようにして、シャランと涼しげな金属の音がした。……ん? 何、今の音。


 音の出所は、魔法使いさんの右腕 ―――― 彼のしている、細い腕輪。

 くすんだ金色の、赤い石の埋め込まれたシンプルな形の腕輪……って、あれ? それって ――――……、


「“晶石”?」

「はいピンポン大正解ー。それが判るっちゅーことは、少年は同業者かな?」


 まぁ俺はライセンス放棄しちゃったから、正確には魔法使いじゃないんだけどねー、とにっこりとした笑顔を浮かべて、あっけらかんとそんなことを言う魔法使いさん…………え、あ、じゃ魔法使いさんとは呼べないのか?

 …………いいや、魔法使いさんで。他に呼び方思い浮かばないし。


 とりあえず、何だかとても調子の狂うひとだと思う。

 ホントにこの人が“死の魔法”を掛けたのかなぁ? と考えて首を傾げたオレに、魔法使いさんは「ま、いいや」と腕を振った。また、シャランと音が鳴る。


「ごめんなー? アンタらに恨みはないんだけどさ、俺も生活が掛かってるのよー」


 ……何か妙に生々しいこと言ってるね! 生活感溢れること言ってるよね!?



 背後で憤るオジサンにまるで頓着せず、緊張感なく笑った魔法使いさんは、シャラン……と音をさせながら腕を振った。


 シャン……と鳴る、涼しげな音。



「出番だ ―――― エステリア」



 口にした名前は、おそらく使い魔のもの。



 魔法使いさんの声に応えるようにして、室内の空気がゆらりと揺れた。

 真昼の陽炎みたいな空気の揺らぎ。


 次の瞬間、その中心に小さな赤い影が現れた。

 それはあっという間に人の形へと変化する。 シルエットから、女の人だというのがすぐに判った。


 現れたのは、燃えるような赤い髪が印象的な美人のお姉さんだった。


 でも、えーっと……何かキレイなカオが台無しですよ? って言いたくなるぐらいに、盛大に引き攣ったカオしてるのは……何でだ?



 よく判らない表情で、オレたちを見てた使い魔のお姉さんは、やがてその表情を怒りに変えた。

 その感情が向かった先は、何故かオレ達ではなく ――――、



「っ、何てとこに呼び出してくれるのよ!? この馬鹿ーっっ!」



 バキィッ……! とものすごく痛そうな音がして。


 視線の先で、使い魔のお姉さんは、主であるところの魔法使いさんに綺麗なアッパーを決めていた。




 ………………あれ?


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