03
「―――― ティトレイ・ヴァリニスだ。…………先程は、失礼を」
ものっそい不本意、ってカオをした弟くんから、ものっそい憮然とした謝罪を貰いました。
…………うん、アレだ。弟くん。
君、隠すべき感情が割とダダ漏れなカンジだ。
失礼なことを言うな、するな、とお兄サンにその場で鉄拳制裁をくらった弟くんは、自己紹介の後に、そんなカンジの謝罪をぼそりと付け加えてくれました。
……いや、いいんだけど。別にいいんだけどね?
オレは気にしてないし。こういう扱い、慣れてるし。コレ扱いも実はよくされてたりなんかするし、うん。
でも、人付き合いをするうえで割と致命的だとか…………まぁ、いらないお節介か。
しっかし、お兄サン今結構容赦なかったよね…。ゴン、って音したよ。ゴン、って。
下手するとオレの後頭部にドアがヒットした時の音よりも凄かったんじゃないかと思う。…………弟くんのアタマは無事でしょーか? セレの魔法、お手軽氷枕とか……いる?
何か弟くんとお兄サンの年が離れてるっぽい分、そういうとこに容赦がないような気もするね。教育的指導っていうか……お兄サンが親みたいなことしてるような感が無きにしもあらず。
ていうか、昔のリト兄とオレもそんなカンジだったよねー……とか、そんなことをなんとはなしに思い出す。
静養してる母さんのトコに行ったり、軍の遠征行ったりで留守がちな父さんの代わりに、リト兄がオレを育ててくれてたようなモンだ。途中からはフィルとセレもそこに加わってたけど。
いやもう、並大抵の苦労じゃなかったと思うよ? だってオレの親代わりだよ? 絶対大変だったと思うんだ。もう自分で言っちゃうけどさ。
あ、でも今の弟くんみたいに、鉄拳制裁とかはあんまり貰わなかった。
いや、別にオレが何も悪いことしてなかったからとか、リト兄がオレに甘かったからとか、そういうワケじゃなくて…………まぁ、客観的に見て、どっちかっていうと甘かったんだけど、リト兄。
でも怒る時は怒る人だった。その辺容赦なかった。晩御飯抜かれたこととかあるもん、オレ。…………空腹で泣きが入ったとこに、「ちゃんと反省したか?」って差し入れ持って来てくれたのも、リト兄だったけど。あれ、やっぱ甘いのか、コレ。
いや、それもともかく。
何ていうか……リト兄に怒られてる時 ―――― それも鉄拳制裁がフツーに必要だと思われるような時って、既にオレ、ぼろぼろになってることが多かったんだよね。主に自爆気味の怪我で。
……で、さすがにそんな子供に対して、追加でダメージを与えるような行為は躊躇われたらしい。追加ダメージっていうより、それがトドメになりそうで怖かったんだってさ。
…………ごめん、リト兄。今更だけど、何か心底ごめんなさい。
目の前、憮然とした表情の弟くん見てたら、ホントに何となく、そんな昔のことを思い出した。
いや、懐かしいね! 『学院』時代と並んで、あんまり碌な思い出ないね! 主にオレのせいだけどね! …………ああもうすみませんごめんなさい。
「ラズー、そんなまじまじと弟くんのカオ見ないんだよ。困ってるでしょー?」
「うえ? あ、ごめんなさい! いや何かちょっと懐かしいなー、と……」
思い出にふけっていたというか何というか。あ、ゴメン。ホントに何か困ったカオになってるね、弟くん。
「『懐かしい』……?」
お兄サンがオレの言葉を捉えて問う。
あぁホント、そういう表情リト兄そっくりだ。何となくおかしくなって、オレは笑った。
「いや、あの、オレも昔兄にあぁやって怒られてたなー、とか……。いや、しつけられてた? うーん……育てられてた……?」
えーっと……いや、うん。言葉って難しい。
オレが言葉を探せば探すほどに、目の前で弟くんがビミョーな表情になってってるし、お兄サンは段々と笑いを堪えるような表情になってるし。何故だ。
ていうか、アレだ。リト兄で思い出した。えーっと……。
「……将軍は、在宅ではないのか?」
あ、それだそれ。
見事な代弁。さすがフィル。
さっきまでオレの足の手当てをしていたフィルが、身を起こしてオレの隣に腰掛けながらお兄サンに問い掛ける。
どうでもいいことだけど、今オレが座ってるこのソファーもすんごいふかふかです。ありえないぐらいふかふかで身体が沈む。…………いやもう今更だけど、これもなかったなぁ……とか。いやもうホントに今更だけどね!
そして出された紅茶は、とても高級な味がしました。ええ、とても……。
フィルの問いに、お兄サンはあぁというような表情になった後、口を開いた。
「父は中央 ―――― 王都にいる。職務的にあちらでこなさなければならない仕事の方が多いからな。年の半分以上はあちらで過ごして、少し手の空いている時期にここに戻ってくるという感じだな。もうひと月ぐらいは王都にいるという連絡をこの前受けたような気がするが」
「ほへー……」
い、忙しそうだリト兄。何か途轍もなく忙しそうだ……!
思わず気の抜けた声をあげたオレに、弟くんの物言いたげな視線が突き刺さる。いや、ゴメン。何か知らないけどゴメン。目力強いよ、弟くん。
でも、王都かぁ……。
ってことは、今ここにいてもリト兄には会えないってことだよね。残念だけど。
それに王都ってことは、どっちにしろそこがオレたちの目的地でもあるワケだし、そっちでリト兄に会ってもいいワケだ。…………というか、そっちの方がオレの精神になんぼか優しいような気もする。だってここだと漏れなく甥っ子が付いてくるしなー……。
いや別にね、お兄サンと弟くんがどうの、ってことじゃなくて、叔父さん・甥っ子っていう事実がイタイというかなんというか、いっそそれがバレないうちにここをお暇したいなー、とか……。
む、無駄な抵抗とか言うな! オレまだフルネームを名乗る勇気も持ててないんだ! いろいろ降って湧いた現実を受け止めるので必死なんだ! ……受け止めるよりはむしろ逃避したいとか思っちゃ駄目ですか!?
30年て、ホントに重いよなぁ……とため息を吐いたオレの傍らで、セレがありゃ、と軽い声をあげた。
残念、将軍サマにお会いしてみたかったんですけどねー、とおっとりのんびりと言うセレの声は裏表といったものをまるで感じさせず、だからだろうお兄サンも苦笑しただけで特にコメントを差し挟むこともなかった。
でもアレだ、セレ。オレ、お前の思惑が透けて見える気がするんだけど。
まぁ、本気で残念だーとは思ってるんだろうとは思う。でもその理由ってさ、リト兄がいた方が絶対に面白いことになりそうだから~、とかそういう方面じゃね? 絶っっ対に楽しんでるよな、お前。
「…………ひとつ、確認なんだが」
フィルとは逆隣でにこやか~な笑顔を見せるセレに胡乱な視線を送っていたら、前方からそんな声がした。
ん? と思って声のした方向を見れば、そこにはさっきと変わらずどこか憮然とした表情を浮かべた弟くんの姿が。
「確認?」
「お前、魔法使いなんだよな……?」
……いや、まぁ、うん。
ここまできて、まだ疑わしそうな表情で問う弟くんは、何と言うか随分と自分に正直なんだろうなぁ、と思う。
いや、お兄サンお兄サン、後ろで握り拳作らなくても大丈夫です、大丈夫。思いっきりこういう扱いには慣れてます。なので、その教育的指導はちょっと待った。
まぁ、ね。客観的に見て、オレは『魔法使い』らしくないんだろうな、とは思う。今までだって散々こういう反応とかされてきたワケだし、いい加減その辺は自覚しようというものだ。……したらしたでムナシイんだけどさ、うん。
ビミョーな表情になったオレと、やっぱり憮然とした表情のままの弟くんを見比べて、セレがけらけらと笑った。
「まぁ、疑わしいって気持ちは判るけどー」
判るな。
ていうか、判っても同意はするな。一応使い魔として。
もうオレ泣こっかなー、みたいな気分になりながら、とりあえず脳内だけでツッコんでおく。自覚はあるので、反論はしない。しないよ。……だけどセレの馬鹿。
でもね、と視線の先でセレが笑った。
「ラズは正真正銘魔法使いだよー。ていうか、ラズ以上に魔法使いらしい魔法使い、俺は知らない」
続けてにっこりと言い切られた言葉に、今度は見事に固まった。
え……えぇと、何だ? 今の今まで馬鹿にされてるとばかり思ってたんだけど。褒められてる、よな? これ……。
えええええっと……とりあえず、ありがとう……?
そして、そこでさらっと「……まぁ、俺もだな」とか同意を返してるフィル、オレにどんな反応を期待しているのか。
「そう、か……」
どう反応していいのか判らない、って表情で弟くんはオレを見た。
うん、まぁ安心して弟くん。どう反応したものかなんて、オレもよく判ってない。
先程の憮然とした表情から一転、今度は複雑な表情になった弟くんは、しばらく次の言葉を探しあぐねたように口を開きかけては閉じを繰り返してたけど、やがて意を決したように口を開いた。
視線は、真っ直ぐにオレに固定されている。ていうか、ホントに目力強いな、弟くん。
「それなら……」
「うん?」
「お前が、本当に魔法使いだというんなら……」
……念押した。
今さりげなく念押したよ、弟くん。本当にって……。
あははー……と内心で渇いた笑いを漏らしたオレを真っ直ぐに見据えて、思いの外真剣な面持ちをした弟くんは言った。
「僕に、魔法の使い方を教えてくれないか?」
…………はい?
さて、と思う。
さて ―――― 何で今、オレはこんな事態に陥ってるんでしょーかっ?
考えれば考えるほどに判りません。
魔法の使い方を教えてくれ、とか頼まれて、ものすごいデジャヴのようなものを覚えました。
あれこれっていつかと同じパターン……? とか思いましたとも、ええ。…………オレ、切実に人に物を教えるのに向いてないと思うんだけど。何でこういうのよく頼まれるのかな。
そしてやっぱり押し切られちゃったのも前と同じパターンです。ううう……。
とりあえず今の状況も場所も、オレにとって落ち着かない状態であることだけは確かで。
状況はともかく、場所とか自分の家なのに落ち着かないって……ちょっと悲しくなってきます。でも落ち着きません。
来るトコ間違えた! みたいな気分になるんだって。豪華なんだって。そこかしこがふかふかしてるんだって。おかげで転んでも衝撃が軽減とかいうメリットもあったりするんだけど、それは置いといて。
どうでもいいけど、ベッドも当然のようにふかふかでした。夕食もそりゃもう豪華でした。……お風呂も広かったよ。ここホントにオレの家ですか。
もういっかい、さて、と思う。
魔法、教えなきゃ駄目かなぁ……? やっぱり……。
天気は、晴れ。
空はこれでもか、ってぐらいの青空。雲ひとつない快晴ってヤツだ。
見上げた空はホントに青くて、眩しさにオレは少しだけ瞳を細めた。
あー……、ホントにいい天気だね。陽射しがあったかくていいカンジだね。
……で、だ。
そんな日に、ヴァリニス家ご自慢の庭で魔法教室を開くハメになっちゃったりしてるこの状況ってばホントにどうなんだ。
何度考えてみても判らない……。
弟くんから思いも寄らぬ『お願い』をされたあの後、お兄サンからも「すまないが、助けてやってくれないか?」と控えめながらもダメ押し的なひと言を貰い、「別にいいんじゃない? 宿代の代わりと思って引き受けちゃえばー?」と実にかるーくセレが言い切ってくれたが故のこの状況です。セレは絶対に面白がっている。確信した。
ていうか、宿代って……ここオレの家! 曲がりなりにもオレの家! お兄サンとかには言えないけど、一応ここオレの家だよ!? 宿代って……っ!
そもそもさぁ……、オレ人に教えられるだけのスキルないんだけど。いやもう、その辺ホント切実にない。
それを知ってるはずなのに、セレなんかは「大丈夫でしょー。ラズの場合、感性で教えればいいだけだから」とかある意味失礼だと思えるような保証をしてくれるし、フィルに至っては「まぁ……、頑張れ」と、何か全部を投げられた。どうだ、この扱い……。
現在、庭にいるのは弟くんとオレ、それからフィルとセレの4人です。お兄サンは仕事があると言って朝から出掛けて行きました。昼過ぎには戻るとか言ってたけど。
痛みは引いてきたとはいえ、足の怪我がまったくもって治っていないオレは、庭に設えられたベンチに座っている。他の皆は立ってるので、自然視線は上向きに……っていうか、上過ぎっていうか。ずっとこのまんまだと首が痛くなりそうです。
「……よろしく、頼む」
目の前、憮然とした表情ながらも、思ったよりも丁寧に弟くんがそう言って頭を下げた。
あああ、もう魔法教室開講決定ですか。いや、断れるとも思ってなかったけど。悲しいことにこれっぽっちも思ってなかったけど。
「いや、まぁ、出来る限りで頑張らせて貰いますー……」
「あはは、頑張れラズー」
気楽に声援を送るな、セレ。
思いっきり傍観者の立場に立つな、フィル。
くそぅ、絶対に手伝わせてやる……! と誓ったところで、はた、と思い当たった。
そういえば、っていうか。うん、訊くのを忘れてたんだけど。
「ところでさ」
「……何だ?」
「何で魔法教えてくれー、ってことになったのか、訊いても良い?」
ぶっちゃけ、そこを訊いてません。まずそこ訊いとかないと駄目だよね。
そう思ったワケだけど…………ゴメン、直後に後悔した。訊かなきゃ良かったと瞬時に思った。
お、弟くん弟くん! 視線に力込めすぎ! 強すぎ! その視線は痛い、痛いですハイ!
えーっと……アレだ。オレ今回どこの地雷踏んだの。
内心で慌てたオレを、睨み付けるような強い目線で見据えた弟くんは、これでもかってぐらいの低ぅい声で言った。
「…………知り合いに、魔法の才がある、と言われた」
「う、うん」
「それで、魔法使いになるならないは別として、力の使い方ぐらいは学んでおかないと危ない、という話になった」
「あー……、うん」
まぁ、そういうこともあるだろうね。
主にまだちっちゃい子とかに多く見られるパターンで、魔法に関する潜在能力とかが高い場合、ふとした感情に左右されて魔法が発動しちゃったり暴走しちゃったりということが結構ある。
未制御の力は暴走しやすい。将来、魔法使いという職業に就くにしろ就かないにしろ、力の使い方を知らなければ日常生活の中で危険があるという事実は否定できない。
「魔法を学ぶのなら、『学院』に行って学んだ方がいい、とも言われた」
「まぁ……、そうだろうね」
オレでもそう言うな。
確かにそれが一番手っ取り早い……って、ん? 待てよ?
そこまで判ってるんなら何で、今ここで「魔法教えてくれ」とかいう話になんの?? 『学院』に入学すればいいだけの話じゃない?
あれ? と首を傾げたオレの内心を正確に読み取ったらしい弟くんの眉間に皺が寄った。え、えっとぉ……今も何か地雷あった? オレ踏んだ?
弟くんはひとつ大きく深呼吸をして、硬い声音で更に先を続けた。
曰く、ひとつ問題があるらしい。
「……問題?」
問題、ねぇ……?
そういえばオレが『学院』に入学する、って決めた時も問題だらけだったっけなー……。
まだ10歳なのに! とか、全寮制だなんて! とか、周囲が騒いでたような気がする。特に後者。
その上、『学院』の中は基本的に使い魔は呼び出し禁止だっていうのが判った時とかすごかった。「そんな環境で、どうやってラズに生きていけと!?」とか、リト兄が言ってたような気もする。…………今考えるとさりげなく失礼だ、リト兄。
って、今はそれは関係ないか。少なくとも問題ってそういうのじゃないだろうし。
大人しく続きを待っていれば、弟くんは表情を隠すように俯いて、やがてポツリと呟いた。
「……名……」
「へ?」
「僕の、家名が……問題なんだ」
「……はい?」
家名、って……アレだよね?
オレと同じ、『ヴァリニス』…………って、あ。
隣でフィルとセレも、あ、ってカオをした。二人とも原因に行き当たったんだろう。オレもこれかなー、ってヤな予測には行き当たった。
もしかして、と思う。
「仮に、勧め通りに『学院』に入学するとして……」
「う、うん」
「―――― 有名すぎるんだ、『ヴァリニス』は」
「え、えぇっと……」
「特に『魔法使い』の間では、有名すぎるんだ、『ヴァリニス』は……っ」
「そ、そうみたい、だね……?」
かろうじて相槌らしきものを打ったオレに、弟くんはふるふると震える拳を握り締めて言った。
「そんな中、その『魔法使い』が一挙に集まる『学院』に、僕がロクに力の使い方も知らない状態で入学したら…………どうなると思う?」
「え、ええええっとぉ……」
「どうなると、思う……?」
「じゅ……授業始めよっか! とりあえず基礎からで良いよねっ!」
俯いたまま、暗鬱とした様子で呟く弟くんから視線を逸らしながら、オレは慌ててそう言った。
弟くんの声は、低かった。これでもかってぐらいに低かった。
もしそうなったら、の仮定の未来。その結末がはっきりと見えてるからこその低音っていうか。…………さすがにオレもどうなるのかはっきりと予測できちゃったよ。
有名すぎる名前は、この場合多分障害にしかならない。『ヴァリニス』の名を持つが故に、弟くんは他者よりも高い水準を暗黙のうちに要求される。 弟くんにも、それは判っているんだろう。
問題、ってこれか……! ……ってか、ごめん、それオレのせいだね!
オレのせい、っていうのも変だけど ―――― 何かすんごいそれっぽいよね! …………ごめんなさい。
えええっと……。
と、とりあえず精一杯、教えさせて頂きたいと思います! ええ、それはもう!
よくよく話を聞いてみたところ、弟くんは「魔法の才がある」と言ったその知り合いに、一度魔法を師事していたらしい。が、思うような成果は上げられず、『学院』への入学を勧められたのだとか。
本当なら『学院』に行きたくはなかったんだが……、と憮然とした表情で弟くんは言った。面倒なことになりそうだから、と言外に言っていた。
…………せめて心の中でもう一度謝っておこう。ごめんね。
で、一応訊いておこう。
「何がうまくいかなかったの?」
とりあえずね、そこは訊いておかなきゃだよね、と思ってそう問い掛けたオレに、弟くんは憮然とした表情ながらも素直に答えてくれた。
「……うまく、発動しないんだ」
「発動しない……って、魔法が?」
問い返せば、肯定の頷きが返ってきた。……ふむ?
「何か原因があるのか、何が問題なのか……それさえも判らないと言われた」
「ふぅん……?」
続けられた言葉に首を傾げる。
うーん……。魔法がうまく発動しない、ねぇ……?
まぁ、何か理由はあるんだろうけど……実際に使ってみて貰った方が早いな、これは。
「―――― セレ」
名前を呼べば、セレがはいはーい、と軽い返事をした。
「んー……、とりあえず庭全体でいーい?」
「まぁ、それが妥当だろうな」
オレを振り返り問うセレに、フィルが頷く。うん、まぁ確かにそれが妥当なとこだろうね。
「ん、お願い」
「おい、何を……」
一人、わけが判らなかったらしい弟くんが、訝しげな表情になったのに、まぁすぐに判るよ、と笑い返して。
その様子を見て、くすりと小さく笑ったセレは、その笑みを口元に浮かべたまま空を見上げた。瞳を閉じて、そのまま数呼吸。
ふわり、と。
空気が色を変える。
風の気配と、セレの闇の力。
いや、実際に空気の色とか変わったらそりゃびっくりなんだけどね。でもそう表現するのが一番しっくりくるからさ。
ふわり、と。
僅かに暖かさを纏って上へと昇った何かを追うようにして、オレも空へと視線を向けた。
そこには、やっぱり綺麗な青空が広がっていて。
だけど、さっきまでなかったものが、確かにそこにある。
見えないけど、感じるもの。
「今……」
同じように何かを感じ取ったらしい弟くんが、上を見上げて呟いた。
あ、やっぱ才能あるね、弟くん。今のをちゃんと感じ取れるんなら、最初の段階は既にクリア、ってカンジかな。
「簡単な結界だよ。今から魔法使って貰うから、万が一を考えて、ね」
うん、万が一ね。
力が暴走とかして周囲に被害が出たりしたらシャレにならないから。 こんな格段に豪華になった我が家、壊れたりとかしたらホントにシャレになんないから……! そ、想像しただけで心臓に悪い。…………いや、この庭だけでも十分シャレにならないような気はするけど……そこは敢えて考えなかった方向性で。
「というワケで、何か魔法使ってみて。簡単なヤツでいいから」
「……アバウトだな。簡単なヤツと言っても……」
「あ、指定した方が良い? えぇっと……属性は『地』だよね?」
「っ、何でそれを……っ?」
少し驚いたみたいに弟くんがオレを見た。
え、いや、さすがに判るよ、それぐらい。弟くんの内にある『力』、その属性ぐらいは判るってば。……え、一体何に驚いてんの?
きょとん、と首を傾げたオレに、くすくすとセレが笑った。……何でそこで笑うか。何かフィルまで笑ってるし。何なんだ。
くすくすと楽しそうに笑うセレが、笑いを含んだままの声で告げる。
「いいこと教えてあげよっか、弟くん」
「……いいこと? というか、弟くんて何だ」
……あ、ゴメン。オレも脳内で弟くんと呼んでます。
セレは弟くんの抗議を、いいからいいからー、と軽く流した。……流すなよ。
「えーっとね、ラズに魔法教わろうっていうんなら、とりあえず『常識』とか『一般論』とか『普通』とか、そういうのを全部どっかに捨てといた方が賢明」
「……は?」
「でないと混乱するぞ」
セレのちょっと待てとツッコミたくなるような言葉に対して、呆気に取られたような声を発した弟くんに、フィルがぼそりとそう付け加えた。
いや、待て待て待て待て。ちょっと待って。それどういう意味っ!?
「ちょ……、二人して何だそれはっ!?」
「僕も訊きたい。何だそれは……」
「んー? こんなことでいちいち驚いてちゃ、神経持たないよー、って話」
「こんなこと……」
「いやだからそれどういう意味っ!?」
酷くないか、それっ!? と声を上げたオレに、えーだってー、とセレはのほほんとした声で言った。
「『学院』時代、ラズに付いてた通り名、“歩く非常識”だよ?」
「しかも、半ば一般常識のように浸透していたな」
セレの暴言に加えて、フィルの追い討ちです。無駄にナイスコンビネーションだな!
いや、事実だけどねっ? それ、最近になってオレも知った事実だけどねっ? …………事実でしかないのが何か居た堪れないよ!
ていうか、何で今その話題を持ち出す!?
「“歩く非常識”……?」
「ラズは存在自体が非常識って、周囲に認定されてたんだよ」
「…………事実か? それは」
「脚色一切なしの事実だよー?」
「そう、か……」
何とも言えない表情で呟いたきり黙り込んだ弟くんは、しばらくしてやっぱり何とも言えない表情のまま小さくため息を吐いた。
そして。
「………………とりあえず、了解した」
「了解しないでっ!?」
とりあえずでも了解しないでっ! 真剣に泣きたくなるから! お願いだから!
す、捨てなくてもいいからねっ!? 常識!




