01
新章、魔法使い実家に帰る編です。
ぶつかったお兄サンは、何故だかものすごく懐かしいカンジがした。
…………ふむ?
「―――― とりあえず、考え事をする前に、ちゃんと謝れ。ラズ」
「うわっと、そうだった! ごめんなさいっ!」
真上から降って来た声に、オレは慌てて目の前のお兄サンに謝った。
ちなみに、今の状況。
さして人通りが多いワケでもない道で、見知らぬお兄サンと真正面からぶつかりました。単なる前方不注意です。学習しようね! オレ。
背中にはフィルの手。
ぶつかった反動でそのまま引っくり返るとこだったオレを、綺麗に掴まえて支えてくれていたりする。いつも通りの光景です。慣れって怖いよね! …………すみませんごめんなさい。
「いや……、こちらも前方不注意だった。すまない」
オレとは違い、よろけることもなかったお兄サンがそう言った。おぉ、大人の対応ー。
そして、オレとぶつかった瞬間に反射的に伸ばしてくれたらしい手は完全に行き場を失くしてて、お兄サンは苦笑しながらそれを引っ込めた。ご、ごめんね?
「ラズー、ちょっと上向いて」
「え? ―――― うひゃっ!? 何なになにっ!?」
「ただの湿布薬だよ。おデコ赤くなってたからねー」
唐突に額に感じた冷やりとした感触に悲鳴を上げれば、のんびりとしたセレの声が降ってきた。
そういえば、額の辺りヒリヒリする……。顔からぶつかったもんな、今。
「……怪我をしたのか?」
「あ、いえいえ。たいしたことはないので、お気になさらずー」
目の前で、お兄サンの眉間に軽く皺が寄った。判り難いけど、心配してくれてるカンジがする。
慌てて手を振ったオレに続いて、セレがほんわかと笑いながら言い添える。
「この程度ならホントに日常茶飯事ですよー。慣れっこです。怪我も軽い方なんで、お気遣いなく~」
……ほんわりぐっさりイッタイことを……!
ホントのことだけに反論できません。くっ!
「そう、か……」
あ、お兄サンが微妙なカオになった。
んー……?
ていうかさ、何だろ? 何かこのお兄サン、懐かしいというか、何というか……。
誰かを、思い出させるようなカンジ……?
…………うーん……?
「―――― ラズ。考え事は後にしておけ」
「うわぉ、そうだよ。またしてもごめんなさいっ!」
フィルの忠告に、オレは一瞬で我に返って慌ててお兄サンに謝った。
目の前のお兄サンを無視したら駄目だよね。反省。重ね重ねごめんなさい。
「いや、別に構わないんだが…………本当に大丈夫か?」
あー、この人良い人だー……。
ちょっと表情乏しくて誤解されやすいタイプに見えるけど、ホントに良い人。何かフィルに近いタイプかもしんない。
気遣ってくれてるのが判ったから、嬉しくなってオレは笑った。
「ハイ。大丈夫で ――――― い゛っ!?」
…………いや、うん、ね?
大丈夫ですって言おうとしてたんだよ? ……してたんだけどね?
その瞬間、ビキィッ! と脳天まで貫くような痛みが……ね?
い、痛……、足首痛……っ!
えちょっと何か嫌な予感するんですけどこの痛みっ。ズキン、ズキンと鼓動に合わせてね、いやーなカンジにさぁ……。
い、いやいやいやいやいや、大丈夫、きっと大丈夫! と一抹の希望を抱きつつ、おそるおそる地面に足を付けてみる。
「……っ、…………っ!」
もう声にならない。
結果なんて聞くまでもないよね! 惨敗ですよコンチクショー!
堪え切れずに、フィルの腕をばしばしと叩きながらじたばたしてたオレは、お兄サンからは何事かとちょっと焦ったような視線を、他の二人からはちょっと呆れたみたいな視線を貰った。うん、何ていうか、これぞまさしくオレに対する理解の差。
フィルとセレには、今のオレの状況を説明するまでもなく、キッチリ綺麗に理解されてしまったらしい。
「ラズ……」
「どーして今の一瞬で、そこまでひどく足を捻れるかなー」
「ううううぅ……」
いや、むしろオレが訊きたいし、それ。
何でヒトにぶつかっただけ ―――― しかもフィルにしっかりキャッチまでしてもらっておきながら、こうまで器用に怪我ができるのか、オレは。もう本気で才能の域だな、ってかそんな才能いらない。切実に。
しゃがみ込んで怪我の具合を見てたフィルが、僅かに眉を顰めた。
「これは……ひどいな。歩けるか?」
「うー、どうだろ……いっ、だだだだだっ! 無理です無理ですはいっ!」
「うん、みたいだね。ラズ、姫抱きと子供抱き、どっちがいーい?」
「ヤな二択だな、おい」
普通におんぶとかはないのか。
問えば、荷物があるから無理ーぃ、と却下をくらった。つかセレ、お前絶対楽しんでるだろ。
「……大丈夫ではなかったようだな」
苦笑を色濃く滲ませた声でお兄サンが言った。唇の端をほんの少しだけ持ち上げた形の笑み。
……ぶっちゃけいい男ですね、お兄サン。そうやって柔らかい表情してると、男前度が5割増しー……って、ん?
……アレ? 今何か引っ掛かった。
あれぇ? と首を捻るオレを無視して、頭上で会話が続く。
「あー、ですねぇ。でもこれも割と日常茶飯事なので」
「―――― セレ、荷物を。先に宿の手配をしてくる」
「はーい、よろしくー。んじゃ俺はラズを運ぶとしましょうかね。要望ないなら姫抱きするよ?」
「宿……ということは、お前たちは旅人か?」
お兄サンの言葉に、ん? と我に返った時、危うくオレはセレにお姫様抱っこをされるところでした。アレちょっとどんな話の流れでこうなってんの。
ひとり何だか取り残されてないか、オレ。当事者なのに。
「えっと……あー、はい。そうです」
「それなら私の家に来るといい。狭いが、三人ぐらいは泊まれる。傷の手当もそこですればいいだろう」
「そこまでの迷惑は……」
口ごもったフィルに、お兄サンはあっさりと首を振った。
「いや、原因の半分は私にあるようだしな。侘びの代わりだとでも思ってくれれば良い」
いえいえ、オレの不注意とぶち切れた運動神経がほっとんどの原因だと思われますよ?
お兄サン、男前なうえにホントに良い人だねー。
……ていうか、やっぱさっきからなーんか引っ掛かるんだけど。何だ……?
オレの頭上で、フィルとセレが顔を見合わせた(二人とも背高すぎだ!)―――― と思えば、二人揃ってオレへと視線を落とし、どうする? と訊いてくる。あ、最終決定権はオレにくれるワケね。
んー、どうする、って……、
「……いいんじゃない?」
宿代浮くし、オレ的には万々歳。
それに……、なんっかやっぱり引っ掛かるんだよなー。別に不愉快なモノじゃないんだけど。
このお兄サンからする、懐かしいカンジ。
表情乏しくて誤解受けそう ―――― とか。
笑うと男前度が5割増 ―――― とか。
そういうのひっくるめて、誰かに似てるような……?
そんな気が、する。定かじゃないけど。
大丈夫か、オレの記憶力。
オレの返答を受けて、「それじゃ、お言葉に甘えてー」、「……世話になる」とあっさりと頭を下げた二人に、お兄サンはちょっと笑って見せた。
あぁ、その男前度が増すそのカオ、やっぱ誰かに似てるんだけど、と思ったのも束の間。
「そういえば、自己紹介がまだだったな。私は、キーファクロイツ。キーファクロイツ・ヴァリニスだ。よろしく」
爆弾発言。
「…………う゛ぁりに、す……?」
はいはいはい、何だって?
耳を疑うとは正にこのことだと思う。
聞き間違いだったらいいなー、とか、ちょっと淡い期待をしてみるものの、フィルもセレも珍しくホントに驚いたカオしてるから、本当に淡い期待ってヤツだな。くそぅ。
お兄サンは、オレ達の驚きを別の意味で取ったらしい。
「あぁ、言っておくが本名だぞ?」
ちょっと苦笑しながら告げられた言葉は、
「“魔術師の王”―――― ラズリィ・ヴァリニスは、私の叔父にあたる」
―――――― 決定打。
「……………………ソウデスカ」
呆然としながらも相槌を打てたオレは、ちょっと偉いと思う。
ていうか、もっと早く気付けオレ……っ!
このお兄サンを懐かしいと思った理由……リト兄そっくりだよこのお兄サン!
リトゥナ・ヴァリニス。
歳の10離れた、オレの兄。
叔父、ってことは、甥っ子……甥っ子かぁ……。オレよりも年上の甥っ子かぁ……っ!
ってことは当然、リト兄の子供だよね、この人。うぁ、駄目だ、許容量オーバー。
とりあえず、兄上様。
いつ結婚したんですか、アナタ。
魔法使いの兄上様は、前の幕間にちらっと出てきてます。
名前まで出たのは今回のお話が初めて。




