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Neva Eva  作者: 真樹
幕間 魔法使いと使い魔
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33/61

Sweet Small Memories 02

魔法使いと使い魔、もしくは爺たちの小話あれこれ。

相変わらず時間軸も視点もバラバラです。

 夕暮れ時、ただいまーと玄関のドアをくぐった子供は、何故だか全身泥まみれだった。





「……ラズ」

「あ、ふぃるー」

「待て、そのまま入ってくるな。少し外で泥を落としてから……」

「う?」



 ビタン!



 掛けた制止の声は手遅れで、むしろ声を掛けたが故に子供は地面へと転がった。

 ……すまん、俺が悪かった。お前は急に止まれる運動神経をしていなかったな。


「あう。ころんだ」

「……そうだな」


 感想はそれだけでいいのか。

 というか……、


「ラズ。お前、どうしてそんな泥だらけなんだ?」

「う? あ、ころんだの」


 それは、見れば判る。

 ……いや、訊き方を間違ったな。


「……何があって、転んだ?」

「あのね、おっきいいぬがね……」

「犬?」


 訝しげに問い返せば、ラズはそれにうんと大きく頷いた。

 おっきいまっしろないぬだった、という言葉と共に、ラズが両手をいっぱいに大きく広げる。


「これっくらいおっきかったの。みちあるいてたらね、そのいぬがきてね、ワン! って……」

「吠えられたのか?」

「うん。それで、オレにむかってはしってきた」


 客観的に考えて、それはおそらく子供にとって恐怖の瞬間なのではないかと思う。

 いまいちその確信が持てないのは、ラズがけろりとした表情でそれを語っているからだ。


「追いかけられて、逃げたのか?」


 問い掛ければ、違う、と首を横に振る。


「たたかった!」

「戦うな」


 頭の痛い回答を、得意満面の笑みを浮かべて言い放つ子供の頭を軽く叩く。うにょっ、と妙な悲鳴が上がった。


「うううう、ふぃるがひどいー」

「酷くない。戦ってどうする。そういう時は逃げろ」

「だって、はしったらころぶもん。オレ」


 堂々と言い放った子供に ―――― あろうことか反論の台詞を奪われた。

 それは……確かにそうなんだが……。


「にげるのむりだし、だったらたたかうしかないもん」

「だから戦うな」

「ひろばでごろごろーって、いぬところがって、さいごはなかよくなった!」

「…………」


 ああ、それで、その泥汚れか……。

 そこは納得した。


 納得した、が……。


「でもね、いぬとごろごろーってしてるとちゅうで、いつもおかしくれるおばさんとかがひめいあげてたの。たいへん! って。あれ、なんだったのかなぁ……」

「…………」


 小さな子供と大きな犬が、当人達の思惑はどうであれ泥まみれで転がっていたら、普通は犬が子供を襲っていると思っても不思議ではないだろう。至極まっとうな人間の反応だと思う。

 思うのだが…………もうどこをどう突っ込んだものだかが判らない。



 とりあえず、それ以上の問答を諦めて、俺はラズを風呂場へと促すことにした。


 事の顛末は、後で一応セレたちにも説明しておくべきだろうか……。






【子供の無謀、使い魔の苦労】 タイトルそのまんま。


   * * * * * * * *













「ハクレン」



 名前を呼ばれ振り返れば、そこにいたあまりにも覚えのある顔が、真剣な面持ちで唐突にこんなことを言い放った。




「『学院』の規則を見直そうかと思うんだが」




 …………唐突すぎてワケが判らん。



 とりあえず、話に脈絡を寄越せと俺は言いたい。














「ちょっと待て、ゼルティアス。お前イキナリ何を……」

「今年の新入生についてなんだがな」

「聞け、人の話」

「お前こそ人の話を聞かんか」


 ……何でそこで、俺はお前に諭されにゃならんのだろうな。

 むしろお前が反省しろ。


 俺の目の前で尊大に言い放つこの男、つい一年程前に『学院総代』という、ここで一番偉い地位に就いた友人なんだが…………もうちょっと威厳とかその辺について考えた方がいいと思わんでもない。とりあえず歳の割に落ち着きが足りなさすぎではなかろうか。

 まぁ……そういうのは後追いで付いてくるかとも思うので、今の所俺もわざわざ口に出して忠告することもない。だってコイツ絶対あと30年はこの地位に君臨する気でいるしな。まず間違いなく。


 ……と、まぁ、そういうのは今はどうでもいいんだ。

 えぇと……何の話をしてたんだったか。―――― あぁ、そうだ。


「お前先刻『学院』の規則がどうとか言ってなかったか?」

「おお、そうだ。今年の新入生がな……」

「待て。だからどうしてそこで話がそっちに飛ぶ」


 『学院』の規則の話をしてるんだろうが。そこに新入生の話なんざ、全然繋がってない ――――……、


「ラズリィ・ヴァリニス」

「…………でもなかったか」


 ゼルティアスが端的に言い放った名前に、俺は前言をさっくりと翻した。

 飛躍していると思っていた話の内容が、実はこれ以上ないぐらいに繋がっていたのだと悟らざるを得ない何かが、その名前にはあった。視線の先で、ゼルティアスが重々しく頷く。



 ラズリィ・ヴァリニス。


 それは今年の新入生の中で最年少の少年の名前である。

 若干10歳。が、秘めた才能は空恐ろしいほどだ。

 10年……いや、100年に一度の逸材と言っても過言でない程の魔術の才 ―――― 魔法力のキャパも術の構成力も何もかもが桁違いだ。本格的に魔法を学ぶ前の今現在の状態であっても、あの子供に敵う人間はおそらく数える程しかいないだろう。そもそもの土台が違う。

 張り合うのも馬鹿馬鹿しくなるぐらいの何かが、そこにはある。


 その上、連れてる使い魔もかーなーり、桁違いな大物だったしなぁ……。

 入学早々、あの子供が授業で使い魔を呼び出してみせた時、ありゃ後々まで語り草になるなってぐらいの騒ぎになった。あれほど大騒ぎになったのは、俺が『学院』に入学してから……と考えても初めてのことだと断言できるぐらいの騒ぎ。

 そりゃまぁ……なるよな。何せ光と闇の王が同時に現れたんだ。講師なんてその場で気絶しかけてたぞ。



 その結果、というわけでもないが、ラズリィ・ヴァリニスという新入生は、今ではもう『学院』内で知らぬ者はいないのではなかろうかという程の有名人となった。…………本人まるでその辺の自覚はなさそうだが。

 何にせよ、話題に事欠かない新入生であることに間違いはなく ―――――― ただ、あの子供の場合、その桁違いの才能や伝説級の使い魔たちの存在のみが話題になってるわけではないのがミソで。



「…………一応訊くが。規則を変えようと思ったのは……」

「お前も判っておるだろうが。今のままでは非常に危険だ」


 きっぱりと返された言葉に、内心で確かにな、と同意を返す。

 何せ、なぁ……?


「今日は階段から落ちたのを見かけたが……」

「それは俺も見た。昨日は2階の窓から落ちて、それを目撃したエリカーテが卒倒しかけた」


 ……あの滅多なことじゃ動揺もしない才媛を卒倒させるとは……。ある意味大物だとも言えるが、果てしなく微妙だ。微妙すぎる。


 というかよく無事だったな、それは……と考えたところで、はた、と思い出した。

 そういえば ――……、


「裏の池にも落ちてなかったか? あの子供」

「池どころか、中庭の噴水にもフツーに嵌まっとったぞ」

「…………」

「…………」


 沈黙が、数秒。

 ……いかん。頭痛がしてきた。


「……何をどうやって今の今まで生きて来れたんだ、あの子供は」


 それが不思議でならない。

 こめかみを押さえつつ問い掛けた俺に、ゼルティアスはひょいと肩を竦めてみせるとあっさりと言い放った。


「本人の悪運と頑丈さと ―――― 後は偏に周囲のフォローによるところが大きいな」

「周囲のフォロー……」

「平たく言えば、あれの家族と使い魔たちのおかげだな」

「…………」


 またしてもきっぱりと言い切ったゼルティアスの言葉に、今度こそ本当に事の次第を悟った ―――― と思った。



 おそらく家族や使い魔の助けなしでは、今まで生きて来ることも難しかったであろう子供。…………それが冗談や誇張でないところがいっそ凄い。

 日常生活の中で死に掛けないで貰いたいと声を大にして言いたいところだが、今の問題はそこではない。いや大元はそこなんだが、それはさておき。



 『学院』で学ぶ者は、基本的に寮で生活を送ることとなる。

 件のラズリィもその例に漏れず寮で生活しているはずで、当然そこに家族の姿などあるはずもなく。

 加えて、『学院』内部で使い魔は、授業や実地訓練以外では呼び出し不可、と規則で定められている。


 イコール ―――― 普段は使い魔たちもあの子供の傍にはいない、ということで。




「…………規則、本気で見直した方がいいぞ」

「…………やはりお前もそう思うか?」




 問い掛けには、遠慮なく頷いておいた。























 一週間後、改定された学院総則が、ひとつ。





 ―――――― 学院内で許可なく使い魔を呼び出すことを禁ず。






 ……まぁ要するに、許可さえあれば『学院』内でも使い魔を呼び出すことが可能、ということで。






「ラズリィ。許可をやるから、使い魔を常に傍に控えさせておきなさい」

「ほぇ? 何で……?」

「頼むから」

「???」





 …………いや本当に、頼むから。







【たとえばこんな理由】 運動神経のなさで、学院規則を変えた子供のお話。ハクレン爺視点。


   * * * * * * * *


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