Sweet Small Memories
魔法使いと使い魔の小話あれこれ。
時間軸も視点もバラバラです。
忘れない。覚えてる。
君に出会ったその時から、鮮やかに色付いた日々。
―――― あの日からのことは、自分でも不思議なぐらいよく覚えているんだ。
目の前には、子供。
赤い、珍しい色彩の大きな瞳が、俺を見上げている。
……おっきい瞳。ガラス玉みたい。
でも、ガラス玉より、ずっとキレイ。
子供の名前は、ラズリィという。
―――― 新しい、俺の主だ。
あー……ホントに、どういう巡り合わせだろうね。
新しい主がこんな子供だなんて、昔の俺なら迷わず何の冗談かと突っ込むところだ。
俺は僅かに笑って、子供の前に膝を折った。近くなる目線。
本当に、俺の腰にも満たない子供でしかないのだ。
さて、まずは自己紹介といきましょーか?
「えぇと……ラズリィ?」
「ん! らずだよ!」
「そっか。そう呼ばれてるんだね」
いやー、微笑ましいの何のって。
でもあんま誇らしげに胸張ってると、後ろに引っくり返りそうだよ?
……あ、ホントにコケた。
こてん、と綺麗に引っくり返った子供を起こして、服に付いた埃を軽く叩いてやりながら、俺は口を開いた。
「俺の名前はセレナイト。まぁ、他からは『闇を統べる王』だとかどうとか呼ばれてるけど、そっちはどうでもいいやー」
うん、ホントにどうでもいい。
だって、その名前には意味がない。少なくとも俺にとってはそうで、意味のないそれはただの記号にすぎない。
「セレナイト。―――― ホラ、言ってごらん?」
名前を呼んで欲しいとか、そんなことを思ったのは、多分ものすごく久方ぶりのことだと思う。
どっちかというと、そんなのはどうでもいいことだと思ってた。真名なんて、精霊同士であっても呼び合うことなんてほとんどないから、自分がそういう名前なんだってことさえ忘れ掛けてたのが現実。
その名前を。
ただ、呼んで欲しいと。
「せれ、な……?」
目の前の子供が、きょとんと首を傾げた。
まだ舌も上手く回らないちっちゃな子には、ちょっと難しかったのかもねー。
まぁ、微笑ましいから許すよ。何でも。
「セ・レ・ナ・イ・ト」
今度は一語一語区切って言ってみた。それでようやく子供も理解できたらしい。
子供はぱっと顔を輝かせて、にこぉっ、と笑みを浮かべた。いやもう、にっこーぉって、満面の笑み。
「せれにゃいと!」
うん、でも言えてないからね、それ。
じぃっ……と見上げてくる子供の瞳に、内心少したじろいだ。
正直なところ、子供は苦手だ。
嫌いなわけではなく、苦手。
一般的に大人よりも感性の鋭い子供は、時に精霊のそれをも凌駕することがある。
目の前にいるのは、そういう子供。
『光を司る王』。
いつの頃からか、そう呼ばれるようになっていた。
他者から付けられたその呼び名は記号に過ぎず、決して俺自身を示すものではない。
しかし、王と他から呼ばれる程度の力を有しているのは確かに事実で、強いその力は、場合によっては恐怖しか与えない。
つまり、何が言いたいのかといえば ―――― 要するに、泣かれる。
下級の精霊には怯えられ、子供には泣かれる。それが通常の反応だ。
君のその無表情ぶりも悪いんじゃないの?と言ったのは、もう一人、王と呼ばれる精霊だったか。
…………そうなのだろうか?
とりあえず、現在の状況で唯一救いなのは、こちらを見上げてくる子供に泣き出す気配がないことぐらいだ。
見上げてくる瞳は、稀有な赤。
そこにあるのは恐れや怯えではなく ―――― 気のせいでなければ好奇心にきらきらと輝いている。
子供は、びしぃっ! と俺を指差して言い放った。
「なまえ!」
「……は?」
脈絡のない子供の行動に、思わず眉が寄った。
多分、客観的に見て怖い表情になっていたのではないかと思うが、子供はやっぱり怯えた様子も見せずににこぉっと笑った。
「らず!」
今度は自分を指差して、いっそ誇らしげに子供は言う。
そしてそのまま指先を再び俺へと向けて、にこにこと口を開いた。
「なまえ、は?」
―――――― その時の気持ちを、何と言い表せばいいのだろう?
目の前にいるのは、本当に小さな子供でしかなくて。
生を受けて、まだ数年。それほどに幼い存在。
けれど。
あぁ、と思う。
それでも、この子供が、確かに自分の主なのだ。
「フィライト」
気が付けば、名を告げていた。
他人に付けられた名などではない、俺自身の名。
その名を、呼んで貰うこと。
それが、自然なことのように思えた。
「俺の名前は、フィライトだ。―――― ラズリィ」
膝を折って、目線を合わせる。すぐ目の前で、子供の赤い瞳がぱちりと瞬いた。
「ふぃ……?」
「フィライト」
「ふぃりゃ……?」
「……フィライト」
「ふぃりゃいと!」
「………………フィルでいい」
まぁ……実際に呼んで貰えるのは、もう少し先のことになりそうだが。
【Dear Old Days】 魔法使いと使い魔。出会ったばかりの頃のお話。
* * * * * * * *
唯一絶対の主の名前。
ラズリィ・ヴァリニス。
『魔術師の王』などという大層な二つ名の持ち主は ―――― 何と言うかとてもよく転ぶ子供だった。
しかも、過去形ではなく現在進行形で。
「うっわー! 街だー! 何か商店街とか久々に見たー!」
街の門をくぐるなり、ラズが歓声を上げて駆け出した。止める暇もなかった。……まだ今日の宿も何も決めてないんだが。
「ちょっと、ラズー? 勝手に一人で歩き回ると……って、うわー、ぜんっぜん聞いてないよ、あのコ」
隣でセレが仕方ない、というように肩を竦めた。
何でこういう時の行動だけ素早いかなー、とぼやくように、しかし心底不思議そうに呟かれたその言葉に、思わず内心で深く頷いてしまう。
折りしも時刻は夕暮れ時。
人通りは多く、ましてや商店街などという人通りが最も多くなる場所へと走っていったラズの姿は、あっという間に人ごみに紛れて見えなくなった。
他の人間なら、そのうち飽きたら戻ってくるだろう、と放っておくところなのだが…………放っておいたら間違いなく危険だと確信できてしまう主の場合、その選択肢は即座に却下される。
放っておいてはいけない、というより、目を離すと危険なのだ。あの子供は。
目を離したが最後、一瞬の隙を突いて何故かラズは怪我をする。そして何故か日常生活の中で死に掛ける。
その辺り、ラズのラズたる所以だと言い切られてしまえば、反論の台詞も何もあったものではないのだが……せめて死に掛けるのだけは勘弁して貰えないだろうか。こっちの心臓がもたない。
とりあえず、このままにしてはおけない、という結論が出た。
ひとつ息を吐いて、隣に立つ相方へと視線を投げる。
「……どうする?」
「んー……、今回はフィルが追っかけてよ。俺はどっか適当に宿探しとくからさ」
ね? とへにゃりと笑ったセレに対して、了承の印にひとつ頷いて踵を返した。行ってらっしゃーい、とひらりと手を振られる。傷薬の新しいの、ラズの荷物に入れてあるから使ってねー、と声が追いかけて来たのは…………理解というものなのだろう。多分。
ラズが怪我することを前提としたその台詞には、俺も反論の言葉を持てない。
「さて……」
ため息を、ひとつ。
先程ラズが突っ込んで行った商店街へと足を踏み入れる。
賑わう大通り、この中から人を一人探し出すのは困難なことに思えるが、ラズ相手に限るならそう難しいことではないと知っている。
捜索する時、視線は下方に固定。言うなれば、地面へ。
下手に周囲を見回すより、この方がラズを見つけやすい。
何故ならば。
「……うううぅぅ……。い、痛い……。石畳でこけると真剣に痛い」
「…………」
判りやすく、こんな感じだ。
早速、涙目になって路上に座り込んでいる主を見付けた。
自他共に認める切れた運動神経の持ち主が、人ごみの中に突っ込んで行って無事であるはずがない。
「ううう……栄えてる街も考えものだなぁ……。通りの整備とかキッチリされてると、転んだ時痛いし。物理的な意味で本気で痛い」
地方の街の地面は土だからオレに優しいよなー……、などと呟いている。
…………転ばなければ良いだけの話だと思うんだが。
その選択肢はないのか ―――― ラズの運動神経ではなかったことにされるのか。
とりあえず、荷物の中の傷薬が無駄になることはなさそうだ、と思った。
【One Day】 魔法使いと使い魔の日常。
* * * * * * * *
後から思い返してみても、衝撃の光景だったと思う。
もともと、魔法使いと使い魔について、一般的と言われる程度の知識は持っていた。
加えて現在では、つい先頃末の弟が何を間違ったか使い魔と ―――― しかも2体一度に契約をしてしまい、そんな事態に慌てた両親と一緒に、家にあった古い文献を引っくり返したりして魔法使いと使い魔について調べた過去があるものだから、普通よりは詳しい、といったレベルにまで達しているとは思う。
が、そんな大層な知識などなくても判る。
すぐに判る。見て判る。
…………少なくとも、目の前のこの光景が、『一般』や『普通』に当て嵌まることは絶対にないということだけは。
目の前にいるのは、闇を写し取ったかのような少し長めの黒髪を後ろで緩くひとつに括った美丈夫……、あろうことか『闇を統べる王』などといった二つ名まで持っている使い魔その人である。
機嫌良さそうに鼻歌を歌いながら手を動かす相手に、少し迷ってから恐る恐る声を掛けた。
「……使い魔殿?」
「んー?」
「あの、一体何をなさっているのですか……?」
つい敬語になってしまうのはもはやデフォルトだ。
別に威圧されているわけでもないのに、何故かやたらと低姿勢になってしまうのは、彼やもう一人の使い魔殿の持つ雰囲気がそうさせるのだろう。彼らを相手にまったく普通に振舞えるのは、今のところ契約主であるところの弟 ―――― ラズリィぐらいのものだ。
問い掛けに、彼は顔を上げて軽く首を傾げてみせた。
「見て判んない?」
「見て判るだけに、敢えて判りたくはないんですが…………菓子を作っていらっしゃる?」
場所は、調理場。
机の上には小麦粉、砂糖、卵に籠に盛られた果物、大小さまざまな器や泡立て器、麺棒といった器具などが所狭しと並んでいる。
加えて、火に掛けられた鍋からは、コトコトという音と共に甘い臭いが漂ってきているのだから、これで判るな、という方が無理だ。心情的には判りたくなくとも、そんなことは誰も慮ってはくれない。
木箆を手に、彼は「そう」とあっさり頷いた。
「林檎のパイ。ラズが食べたいって言ってたからさ、作ってみようかなー、って」
あ、台所勝手に借りてるね、と今更のような台詞が続いた。……好きにしてください。その辺は。
意味もなく、深呼吸をひとつした。
さて、と考えてみる。
菓子を作る。
その行為自体は普通のことだ。別に不自然なことも何もない。
ただ、それを『誰が』しているのかを突き詰めて考えると ―――― これ以上おかしいことはないのではないだろうか。
「…………それは、使い魔の仕事なんですか?」
―――― 否。
呟いた声に脳内で反語が閃いた。その間僅かにコンマ数秒。
本来ならば口にするまでもない問いを、それでもはっきりと言葉にしてしまったのはやはり動揺もあったからなのだろう。
だって使い魔だ。何と言っても使い魔なのだ。
使い魔と言えば、魔法使いのサポートをするのが主な仕事のはずで。
使える魔法の幅を広げたり効果を拡大したりと、できることはそれはもうたくさんあるのも知っている。文献で読んだ。
……が、これは違うだろう。何か違うだろう。菓子作りは本当に何か違うだろうそれはっ。
「まぁ、使い魔の仕事じゃないことは確かだねー」
予想外にも、あっさりきっぱりとした肯定が返って来た。
え、と顔を上げた私に対して彼はにっこりと微笑った。満面の笑み。
その笑みを浮かべたまま、彼は言う。
「でも、俺の仕事」
「は?」
菓子作りが?
言っていることの意味が判らず間の抜けた声を上げた声を上げた私に、彼は再び微笑った。
幸せそうと、そう称することのできる笑顔。
「ラズの喜ぶことをするのは、俺の仕事」
一点の曇りもなく笑って、彼は告げた。
つまりはそういうことなのだと、理解した。
【使い魔のお仕事】 ありし日の闇の王様と魔法使いのお兄ちゃん
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