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Neva Eva  作者: 真樹
王の名を冠する者
PR
31/61

08

「……っ!?」


 息苦しさで、目が覚めた。

 見慣れない天井が視界に飛び込んでくる。その視界は少し揺れて、歪んでいた。んんん……??


 何か、嫌な夢を見てたような気がする。なかなか追い付けない何かをずーっと追いかけてるような、そんな夢。

 …………何かオレ、その夢の中でも躓いたり転んだりしてたような気がするよ。どうしてそんなとこばっか忠実なんだオレの夢。


 嫌な、夢。

 多分、悪夢に分類されるだろうもの。


 っていうか、何かホントに息が苦しい。……何だ?

 胸の辺りに、何か乗って ――――、



「………………いや、まぁ……、胸とかお腹とか圧迫された状態だと、悪夢見やすいとか言うよね」



 言うね、うん。……言うけどさ。


 ベッドで寝てるオレのちょうど胸の上辺りに、ボスン、とセレの頭が乗っかってた。え、オレ枕? 枕ですか?



 ……ってか、何でこんなとこで寝てんだ、セレ。








 そもそも、何でオレはベッドに寝てるんだろ? ていうか、ここはどこだ。

 胸の上にセレの頭を乗っけたまま、何とか首を巡らせて周囲を見回す。視界に入って来たのは、見慣れない天井同様、やっぱり見覚えのない室内で…………って、いや、違う。見覚え……あるな、うん。

 えーっと……、


「ハクレン爺の家……?」

「―――― 起きたのか」


 多分そうだよな、という確信を込めて呟けば、それに応えるようにガチャリと部屋のドアが開いた。そこから顔を覗かせたフィルが、ちょっと安堵したみたいに言う。


「あ、フィルー」

「起き上がるな。寝ていろ」

「いや、ていうかさ……」

「お前が起きると、セレがベッドから落ちる」


 …………うん?

 それは暗に、オレにセレの枕でいろと。そう言ってる?


 あれ? と内心首を傾げたオレをよそに、フィルはベッドサイドまで歩み寄って来て、おもむろにオレの額に手を当てた。……あ、何か冷たくて気持ちいー……。

 ひんやりとした手の心地良さに瞳を細めたオレとは逆に、フィルの眉間に皺が寄った。


「まだ熱があるな」

「……熱?」


 熱って……熱? ……え?

 え、オレ熱あんの? あれ、風邪とか引いてたっけー……?


「……一応言っておくが、風邪の熱とは別物だぞ」


 …………さらっと考えてることを読まれました。

 しかも、お前は考えてることが顔に出やすい、ってそんな断言はいらない。いらないから。


 むーっ、と唇を尖らせたオレに、フィルがすいっと、ある一点を指差した。

 それはちょうど、オレの左肩の辺り。

 …………って、あ。


 あ、と思う。

 身動ぎした拍子に、ズキリと左肩が鈍く痛んだ。

 ……あー、うん。何でコレを忘れてられるかな、オレ。


「もしかして、オレ、あの後……」

「気絶した。出血も酷かったしな」

「うわっちゃー……」


 思わず天を仰いで、オレは呻いた。いや、寝転がってるからずーっと天井を見てる状態ではあるんだけど、気分的に。

 そりゃ、さぁ……。結構マズイ状態だよなーこれ、とか自分でも思っちゃったけどさぁ…。


「あー……、それでセレがこんなとこで寝てんのかー」


 ポンポンと胸の上にあるセレの頭を撫でながら、オレは納得したようにそう言った。

 いやもう、何この状態とか思ってた疑問が一気に解けた。


「ってか、コレ、ちゃんとベッドで寝かせた方が良くない?」


 だってさ、さっきからオレぽふぽふとセレの頭をいじり放題にいじってるけど、それでも全然起きる気配とかないぞー? すんごい疲れてるんじゃないの、これ。


「提案はした。が、セレがそれに頷かなかった」

「…………あー……」

「お前の目が覚めるまで傍にいると言い張ってな。どちらにしろ、お前の意識がない状態でセレを石の中に戻すことも不可能だったし、気の済むようにさせていたら数時間前にそこで潰れた」

「……で、現在に至る、と?」


 あぁ、と頷きながら、「当人の消耗も激しかったし、当然の結果ではあるがな」と淡々とフィルは付け加えた。


 ……成程。

 まぁ、その流れでいくと、オレがセレの枕になってんのも当然の流れっていうか……、


「まぁ、あれからもう3日だ。よく保った方だと思うぞ」


 …………ん?


 ちょーっと待て。今、何か……。


「……3日?」

「あぁ」

「……オレが気絶してから?」

「今日でちょうど3日目だな」


 ……やっぱそうか。

 聞き間違いじゃなかったか!


「って、そりゃセレも潰れるっての! 当然じゃん!」


 何やってんの、何やってんのーっ!?

 3日間、ずっとオレの傍についてたとか言う!? そんで数時間前に潰れたとか言う!? 言っちゃう!?


 いや、まずあれから3日経ってるとか予想外もいいとこなんだけど! まさかそんなにも寝てたとは思わなかったよ!?

 何かアレだよね、“大崩壊”から眠り続けてウッカリ30年とかそういう前例もあったりなんかして、もしかしてオレ寝呆け癖とかついてる!? ……って、違う! そうじゃないだろオレぇっ! 話が逸れた!


 ていうか止めようよ、セレを! ある意味オレよりよっぽどセレの方が大変じゃん! 寝かせとこうよ!


 力いっぱい怒鳴ったのに、やっぱりセレには目覚める気配がなかった。少しうるさそうに眉を顰めたけど、それだけだった。

 関係ないけど、胸の上に重石がある状態で怒鳴ると必要以上にしんどいねっ? ひとつ学習したよ!


 ぜーはーっ、と切れた息を整えているオレに、フィルは小さくため息を吐いて「無理を言うな」と言った。


「止められるわけがないだろう。セレの気持ちは、俺にも判る。お前が血塗れで意識を失って、そのまま目を覚まさないあの状態で、どうやってセレが落ち着いて寝れると思うんだ」


 それはいつもと同じ、淡々としたフィルの声だったけど。

 すぅっ…って、頭が冷えた気がした。


 ……そうじゃん。馬鹿か、オレ。


 もしオレが逆の立場に置かれたとして。

 素直にその状態で寝れるかと問われれば、答えはノーだ。当たり前すぎる、答えだ。


「……だね。ごめん」

「俺に謝っても仕方ないだろう」


 やっぱり淡々と言うフィルに、オレは小さく首を振った。


「ううん。いっぱい心配掛けたから、フィルにも『ごめん』で合ってる」


 いやホント、オレ、フィルにも謝らなきゃいけないことがあると思うんだよね。

 無茶なこといっぱいして、たくさん心配させた。迷惑掛けた。 あの時、残って待ってくれていたこと、あれはどんなに辛いことだっただろう。


 フィルが微かに瞳を見開いた。 けど、それも一瞬のことで、ひとつ小さなため息を吐いたフィルは、苦笑しながらオレの頭をくしゃりと撫でた。


「そうだな。その辺は大いに反省してくれ」


 さすがに今回のは心臓に悪かった、と言う声。

 いやもう……本気でごめんなさい。


 フィルに、ごめんなさい。

 そしてセレには、更にもっとたくさんごめんなさい。


 たくさん、傷付けてしまったと思う。多分、誰よりもオレが。

 あああ、もう! 反省することいっぱいだな!


 …………ごめんな、セレ。


 くしゃりと、さっきフィルがオレにしてくれたみたいに、セレの頭を撫でる。柔らかな感触が手のひらに伝わってきて、それは、セレが確かにここにいるという証明のような気がした。

 ぽふぽふとしつこいぐらいにセレの頭を撫でてたら、さすがに大人しく眠っていられなくなったのか、セレの眉がさっきよりも更に寄った。うぅ……と小さくくぐもった声が漏れる。……あ、起こしちゃったかな。


 手を止めてじっと顔を覗き込んだら、ピクリと瞼が震えてゆっくりとセレが瞳を開いた。闇色の瞳が、オレを捉えるまでに数秒。


「おはよ」


 寝転がったままっていうのがアレだけど、しっかりばっちり視線を合わせて朝の挨拶を口にしたら、寝惚け眼だったセレの瞳が瞬間的にパチリと開いた。


「……おは、よう……?」


 ものすごい速さでがばりと身を起こしたセレは、条件反射なのか何なのか、途切れ途切れに返事はしてくれたんだけど……。おーい? 何でそこで固まる、セレ。

 んでもって、今はもう昼過ぎだぞ、というフィルのツッコミは聴こえない。聴こえなーい。オレもセレも起きたのは今さっきだからおはようでいいの!


 ひらひらとセレの目の前で手のひらをひらめかせれば、呆然と見開かれた瞳がぱちぱちと数回瞬きをした。

 ……おーい? 何か反応ください……とか、そんなことを思った、次の瞬間。


「……っ、ラズ!」

「うぎゃっ!?」


 抱き締められるというか、抱き潰されていました。


 いや、本気で表現的にそんなカンジ。オレが寝てたのも悪いんだけどさ、潰される、潰されてるってコレ……って、痛っ、いだだだだっ!? 傷! 傷ごと締まってるそれーっ! ちょ……、ギブギブギブ、降参! もうオレの負けでいいから離してー!?


「少し落ち着け、セレ。ラズに止めを刺しそうになっているぞ」


 段々とオレの思考がワケの判らない方向へとズレて行ってた時になってようやく、ベッドサイドの壁にもたれ掛かるようにして静観の姿勢をとっていたフィルが、笑いを含んだ声でそう割って入った。


「え…、うわー、嘘っ。ごめんラズ! 生きてる!?」

「……な、何とか」


 い、今本気で死ぬかと思いましたがっ。まさかこの状況で自分の命の危機を覚えるとは思わなかったよ!?


 ぜーはーと息を切らせるオレと、慌てて手を離したセレを順に見比べて、フィルは再び小さく笑った。いや、あのオレ的には結構笑いゴトでもなかったんですけどっ?


「俺は席を外そう。何かあったら呼べ」


 フィルは小さく笑みを浮かべたまま、すっとベッドサイドから離れた。手短にそれだけを告げると、室内を後にする。

 えーっと……。まぁ、セレとゆっくり話せってことだよね、これ。


「とりあえず……、まぁ、改めておはよう?」


 傷に障らないようにゆっくりと身体を起こしながら言う。ちょっと……っていうか、かなり?間の抜けた光景なんじゃないかとは思うんだけどさ……うん。気にしたら話が進まないので! この際スルーの方向で!

 セレはそれに手を貸してくれながら、「おはよう」ってもう一回返してくれた。

 そして。


「…………ごめん」


 呟くように、続けてそう言った。


 ……うぇ?


「セレ?」

「ごめん、ラズ」


 それは、何に対する『ごめん』なのか。

 少なくとも、さっき抱き潰されかけたアレに対するごめんじゃないことは判る。

 それなら……。


「ちょ、ちょっと待って!謝らなきゃなんないのは、むしろオレの方 ――――」

「ごめん」

「だから……っ」

「―――― ごめん」


 セレは俯いたままで、繰り返し言った。

 表情は、よく見えない。だけど、何となく判ってしまった。

 判ってしまったから、オレは乗り出しかけてた身を引いて、ひとつ大きなため息を吐いた。


 あーもー……。何だか、なぁ……。

 要するに、アレだな?お前は悪くない、ってどんだけオレが思ってても、むしろオレの方が謝りたいこと満載だったとしても。


「―――― 謝りたい、気分なワケだな?」


 少し間があって、セレの首が縦に振られた。


「オレはそれを、受け入れた方がいいんだな?」


 再びこくりと肯定を返されて。

 しょうがないなぁ、って思った。ホント、変なとこで頑固だよ、お前。


「わかった」


 本当は、今でもセレに謝る必要はない、って思ってる。ヘマしたのはオレの方で……ってか、そもそもの諸悪の根源はインテリメガネだし!

 だけど、セレはセレで釈然としないものを抱えてるんだろうし、譲れないとこだってあるんだろう。だから、その謝罪は受け入れた方がいいんだろうってことは、オレにも判る。不本意ながら。


 ため息と共にそう口にしたオレに、セレが顔を上げる。 その眼前にビシリと指を突きつけて、オレは「だけど!」と言葉を続けた。


「これ1回きりだからな。また謝ったら、今度は怒るぞ、オレは」


 宣言するようにそう言えば、セレは突きつけられた指をびっくりしたみたいに見て、それからオレの顔を見て ―――― 小さく噴き出した。


「……怒るの?」

「怒る。だってオレも謝りたいこといっぱいなのに、先に謝られたうえに謝られっぱなしとか立場ないじゃん」

「……そっか。了解。これ1回きりにする。ありがと、ラズ」


 ……まぁ、『ごめん』よりは、『ありがとう』の方がいいよな。


 でも、それ言われちゃうと何かオレ、ますます立場がなくなってるような気がするー……。ううう、でも立場ないのは昔っからで結構今更かもーとか、そんなことを考えてしまった己が憎い。あれ、自分で自分の考えにダメージ受けてどうするオレ……。


 ぽふん、と怪我した肩とは逆側に柔らかな衝撃があった。

 ん? と思って見れば、そこにはセレの頭が乗っかってて。ナニ、枕? またしてもオレ枕ですか?


 サラリと零れ落ちた黒髪が、セレの表情を隠す。

 そのまま長い沈黙が横たわって、そして ――――……。



「……無事で、本当に、良かった……」



 ひとこと、ひとこと。

 まるで噛み締めるみたいに、セレはそう口にした。



 ……それは、割とオレの台詞でもあるような気がするんだけども。

 まぁ、とりあえず。



「―――― おかえり、セレ」



 肩に乗った頭を軽く撫でて、オレは言った。


 ……まだ、言ってなかったよね?

 うん、言ってない。言ってない。……って、どうしてお前はそこで黙るんだセレ。


 何かオレ悪いこと言ったかー? と首を傾げたその時、「……ほんっとに敵わないなぁ……」と呟く声が耳元で聴こえて。



「……ただいま」



 顔を上げたセレが、そう言って微笑った。

























   * * * * * * * *




 ばったりと、廊下の端っこでインテリメガネに出くわした。


 あ、とオレが思ったのとほぼ同時に、インテリメガネのカオから一気に血の気が引いてくのが判った。ザーッと、そんな音が聴こえてきそうなぐらいに、勢いよく。


 んで、今度はえ、と思ったその瞬間。


 インテリメガネは脱兎の如く駆け出して、オレの視界から消え去って行ったのでした。マル。



 ……って。

 え、なにその反応。







 「え……えぇっと?」


 いかん、思わず見送ってしまったぞ。

 思考が綺麗にストップしてた。いやいやちょっと待てと引き止める暇もなかった。……って、足速いな! あの人。


 「すみませんんんんーっ!」と、段々と遠ざかってゆく声がそう言ってるのが聴こえた。呆気に取られるオレの目の前から一瞬にして消え去ったインテリメガネは、廊下の逆の端を曲がりきる前に盛大にすっ転び、起き上がって慌てて左右を見回し、オレと目が合うと遠目にも判る引き攣った表情で再び驚異的なダッシュを披露しつつ去って行った。え……えぇっとぉ……?


「……何だ? アレ」


 とりあえず、今の一瞬でいつぞやシロちゃんが言ってたこと全部やってったんだけど、あの人。

 よく転ぶ、っての本当だったんだー……とか、いやそんな微妙な情報は忘れてしまおう。ていうかホントに何だアレ。


「おぉ、やっぱりお前さんがこっちの方におったのか」


 セネトの奴がものすごい勢いで走って行きよったからのぅ、と実に楽しそうな笑顔を浮かべたハクレン爺が入れ替わりにやって来た。何でそんなに満面笑顔か、爺さん。

 ていうか、さっきからワケの判らないことが多いんだけど、とりあえずだ。


「ハクレン爺、アレ何?」

「自分がしでかした事の大きさを悟って、その報復に怯えとる小物の反応じゃ。お前さんは気にせんでもええわい」

「…………」


 すっぱりきっぱりと、遠慮も容赦もない答えが返ってきた。

 わー……、相変わらずって言うか何て言うか、思わず返す言葉にも困るぐらいの即答だな、うん。いや、いいんだけど。それでこそハクレン爺って気もするし。ステキ毒舌絶好調ってカンジ。


 まぁ、要するにインテリメガネは、自分がいいように使ってた“晶石”が闇の王の石だってことに気付いて、何か仕返しされるんじゃないかって怯えてるってこと……だよな?

 ……って、あれ? それ何でオレに怯えてんの?

 普通その対象ってセレじゃね? 怯える相手間違ってないか?


 首を傾げてそう問えば、ハクレン爺は「はー、やれやれ……」とわざわざ口で言いながら首を左右に振った。


「自覚がないのもここまでくるといっそ笑うしかないのぅ」

「え何? 今オレ遠まわしに馬鹿にされた?」

「むしろ直球で馬鹿にしてやったわ」


 その言い方はどうかと思うよ、ハクレン爺!

 刺さる、っていうか突き刺さるよその言葉!

 ていうか、そんなの威張って言われたオレはどうしろと!?



「―― あ、いたいた。ラズ、準備できたよー?」


 ハクレン爺が来た方向とは逆側の廊下からひょっこりとセレが顔を覗かせた。その後ろにはフィルもいる。フィルの手にあるオレの荷物に目を留めて、ハクレン爺が軽く目を見開いた。


「何じゃ、もう出発するのか?」

「うん。結構長居しちゃったしね」


 思ったよりもハクレン爺の家に居座っちゃった自覚はある。オレも怪我してたし、セレも本調子には程遠かったしで何だかんだと時間を食ったのだ。

 オレの場合、とりあえず怪我は魔法使って治しはしたけど、2・3日の安静を言い渡されてその分滞在期間が延びた。お前はウカツに出歩くな怪我が増える、とフィルに言われセレに頷かれ、ハクレン爺どころかシロちゃんにまで「確かになー」と同意を返されて、ベッドでふてくされていた3日間です。

 本っ当に、誰も彼もがオレを理解していて嫌ぁ~なカンジですよ。

 誤解じゃなくて、理解。…………自分でも判ってんだよ馬鹿ーっ!


「そんな急がんでも良かろうに。まだ……」

「これ以上ここにいたら、俺アレの息の根を確実に止めに行っちゃうけど、それでもいーい?」


 にっこりと朗らかに、けどまったくもってそれに沿っていない内容をしれっと告げたセレに、ハクレン爺の表情が僅かに引き攣った。

 ……セレ、にっこり笑顔で言うことじゃないぞ、それ。しかもアレって。せめて人間扱いしてあげなよ。


 でもまぁ、セレの気持ちも判らないでもない。というか、ホントなら冗談でも何でもなくセレはそれを実行に移したかったんだろう。今までインテリメガネがしてきたことを考えればそれも当然の話だけど。

 オレもインテリメガネに怒ってることはたくさんある。だけど、セレも無事に戻ってきた今となってはもういいかな、って思う気持ちがあるのも確かだ。別にインテリメガネに死んで欲しいわけじゃなくて、どっちかっていうと足りないものを学びなおして欲しい、っていうのが正直なとこで。


 ……いやだからセレ、笑顔に本物の殺気を雑ぜるのは止めなさい。迫力2割増しだから。怖いから。

 はいストップ、どうどう…と内心暴れ馬を止める時みたいな心境でセレの服の裾を引っ張れば、まだ不満気な表情ながらもとりあえず殺気は引いてくれた。


「……そうじゃの。早めに出発した方がいろんな意味で良さそうじゃ」


 あっさりとハクレン爺も前言を翻す。……オレもそう思うよ。



 聞いた話、盗賊団の面々は村の自警団に拘束されてるらしい。何かよっぽど怖かったのか懲りたのか、人が変わったように大人しくしてるようで、今後のことは様子を見ながらこれから決めるそうだ。…………何が怖かったのかは、敢えて訊くまい。


 んで、インテリメガネはというと、ハクレン爺が身柄を預かることになったらしい。さすがに魔法の素養のある人間を預かれる程の備えは自警団にもなかったらしい。まぁその辺は小さな村だから無理のないことなのかもしれない。

 一からビシバシ鍛えなおす、とハクレン爺が宣言してた通り、きっとこれからインテリメガネは扱かれるんだろう。ある意味捕えられるよりもタチが悪そうだ、と思うのはオレだけかな……。


 ……って、そうだ。思い出した。

 結局何でインテリメガネはあぁまでオレに怯えてたんだ? そこがイマイチ判んない。


 疑問に素直に首を傾げたオレとは逆に、ハクレン爺は再び呆れたような表情でやれやれと首を振った。


「お前さんは、もう少し自分が有名人だという自覚を持った方が良いぞ」

「ほぇ?」

「あやつが怯えておるのは確かに闇の王にもじゃが、お前さんはその闇の王の主じゃろうが」

「うん。そだけど……?」

「“魔術師の王”の使い魔に手を出したんじゃ、その報復に怯えるのは至極当然な感情の流れかと思うがの」

「…………」


 あー……、あーあーあー!そゆこと言う!?

 要するにアレか、インテリメガネはオレにというより“魔術師の王”っていうネームバリューに怯えてるカンジなのか!? オレその辺の自覚あんまないのにっ! 言われるまで忘れてたよっ!?



 “魔術師の王”。

 それはいつの間にかオレに付いてた呼び名だ。


 ホント、何の冗談っていうか、ありえなさすぎてむしろ笑いたくなるような名前だよね。…………他人事なら思いっきり大笑いしてやるのに……っ! 我が事だと渇いた笑いしか出てこないよ! ここ笑いドコロだよね、っていう事実だけは変わんなくて嫌なカンジだけど!



 “魔術師の王”。


 それは誰もが知る、世界最強の魔法使い。



 王の名を、冠する者。




「“魔術師の王”……?」


 きょとんとセレが瞳を瞬かせた。

 つい最近までほとんど寝てた状態のセレは、その呼び名自体を今初めて聞いたらしい。そんなセレに、親切にもフィルが事の次第を説明してやっていた。

 そんなわざわざ説明なんてしなくてもー……とちょっと不満気に零したら、確かにわざわざここで説明しなくとも、そこかしこで耳に入る事実ではあるがな、とすんごい淡々とした声が返ってきた。フィルさん……、その切り返し超絶イタイ。


「“魔術師の王”、ねぇ……」


 ふぅん、と声を漏らしながらセレがオレを見る。ぜ、絶対面白がってるだろ、お前!


「いーよっ、どーせオレ王なんて柄じゃないですよっ! いくらでも笑いのネタにすればいいさーっ!」


 先に自分で言ってやるっ! 王なんて柄じゃないし、似合わない。むしろ何の冗談かとツッコむところだ。……って、自分で言ってもビミョーにダメージがくるな。これ。


 半分以上ヤケになって返したオレの台詞に、セレは何故かあれ? って表情になった。


「いや別に笑うとこでもないような気がするんだけどー?」

「ううう、慰めてくれなくてもいいよ……」

「いや、ホントに……って、あれー?」


 首を傾げたセレは、そのままフィルを振り返って小声で何事か訊いた。

 ? 何なんだ?


「……ねぇ、ラズってもしかして自覚全然ない?」

「……あぁ。そのようだ」

「もしかして、『学院』にいた頃既に“世界最強の魔法使い”とか呼ばれてたの……」

「……知らないだろうな。この分だと」

「え、本気でー? まさか素で知らない……?」

「おそらく。『歩く非常識』の方も知らなかったようだしな」

「えぇー……? どんだけ鈍いの、このコ」

「少なくとも俺達の予測以上に鈍かったことだけは確かだな」

「…………何の話?」


 頭上で小声で会話されると、ほとんど聞き取れないんだけど。ってか、セレが何かありえないようなものを見る目でオレを見てるのは何でだ。軽く傷付くよ、それは。


「まぁ……相変わらずのようで何よりー」


 そこで頭を撫でられる意味もよく判んない。



 憮然としたオレの表情をさらっと無視して、セレは頭を撫で続け、ハクレン爺はそれを見て微笑ましげな表情を浮かべた。懐かしいものを見る、そんな視線だった。


「何にせよ、お前さんたちの無事が確認できて良かったわい。―――― 道中気を付けてな」


 掛けられた言葉は、何の変哲もない見送りの言葉だったけど。


 いろんな感情の雑じった声だった。

 オレには判らない30年、それを全部詰め込んだみたいな。


「…………うん、ありがと。気を付ける」


 だからオレも素直にそれに頷いた。

 頷いたオレに満足そうに笑って、ハクレン爺は更に告げる。



「お前さんは特に死なんように気を付けるんじゃぞ」



 他の人間ならこんな心配は無用なんじゃがのぅ、と付け加えられた声。



 …………最後のひと言は特に余計だ、ハクレン爺。




















 ハクレン爺の家を辞した後、実のところコレといった目的地は決めてなかった。

 …………いやだって、どこに行ったもんだかオレにも判んなくてさ。

 まぁ、とにもかくにも『学院』に顔を出さなきゃなんないだろーってことで、とりあえず王都を目指して歩いてます。地道に。

 コウさんに伝言も頼んじゃってるしねー……って、ホントにオレの部屋あるのかなー。何か片付けられてそうな気がひしひしとするんだけど。ていうかその前に、オレのライセンスってどうなってんだろ……。

 30年て、本気で想像もつかない。未だに何かの冗談かと思うこと満載だ。


 まぁ、着けば判るだろー、と楽観的な結論を出して、オレは視線を上に向けた。



 外はものすごくいい天気だった。

 頭上には雲ひとつない青空が広がってる。

 おー、ここまで天気が良いのは何か久々だなぁ……。


 僅かに頬を撫でる風が心地良くて、オレはひとつ大きく伸びをした。


「うーん、何かこうその辺の野原で昼寝したくなるようなカンジだよねー」

「あ、ラズ。ちゃんと前見て歩かないと危ない ――……」


 セレの台詞を皆まで聞き終わる前に、何故か視界が傾いた。

 …………あれ?


「う、わっ!?」



 ズザーッ! ―――― ゴンッ!



 視界が傾いて、何故だか景色が横滑りしたと思った次の瞬間、脳裏で星が散った。


「……っ!」


 あ、頭打った頭打った頭打ったああぁっ!

 ふ、フツーに痛い。絶対にコレたんこぶ出来てる。


「…………何というか、アレだよねー」

「……何っ!?」


 じんじんとした痛みを訴える頭を擦りながら身を起こし振り返ったオレに、セレは言った。


「ホントに何も変わりなさそうで何より、っていうか、こうまで変わってないっていっそすごいよねー、とか」


 …………しみじみと言うんじゃない、そこ。


 さっきの一瞬で斜面を一気に滑り落ちたオレを、斜面の上にしゃがみ込んで自分の膝に肘を付いた体勢で眺めやりながら、セレはのんびりと「えー? だってー」と笑っている。実に楽しそうだ。心の底から楽しそうだ。


「人の不幸見て楽しそうにされるのは微妙だよ!?」

「いやいやー、確かに他の人なら不幸というか不運な出来事なんだろうけどねー? ラズの場合、これ別に不幸じゃなくて日常でしょー。懐かしい日常を微笑ましく見守ってるだけだよ?」

「何かさりげなくすごい失礼なこと言ってないかーっ!?」


 ほんわりした口調で、ぐっさりと痛いこと言ってないかお前!? オレに対する思いやりとか気遣いとか、その辺どっかに置いてきてない!?


 斜面を危なげなく降りて来たフィルが、小さなため息と共に口を開いた。


「まぁ……、確かに日常ではあるな」

「フィルまでそういうこと言うっ!?」

「反論があるなら聞くが」

「ないから悲しいんだっ!」


 威張って言うことじゃないとは思うけど、こうまで散々に言われながらもまっとうな反論が何ひとつ浮かんでこないっていうのはいっそ威張っていいことなのかもしれない。

 でもオレ的に限りなく微妙。…………微妙……っ!

 日常って、日常って……! 残念ながらその通りだよ、馬鹿ーっ!




「―――― ホントに、ねぇ……」



 くすくすと笑いを含んだ声が頭上から降ってくる。見れば、頬杖を付いたセレがやっぱり楽しそうに笑ってて。



「帰って来たなぁ……って、思うよ」



 そんなことを言うもんだから。

 ……くそぅ。怒るに怒れなくなっちゃったじゃん。




 帰って来たんだなぁ、って、オレも思った。

 それは別にどこかはっきりとした場所を特定したものじゃなくて、ただ漠然とそう思っただけだけど。



 無意識のうちに、オレは右耳に手をやった。

 指先に感じる、ピアスの数はふたつ。


 足りなかったものが、確かに埋まってた。



 取り戻したのは、何にも変え難い、大切なもの。




 くすくすとセレが笑ってる。

 フィルが呆れながらも手を貸してくれた。



 差し出された手に掴まりながら、戻ってきた日常に、オレは笑った。


王の名を冠する者編、終了です。

お付き合いくださいました皆様、どうもありがとうございました!


使い魔たちとの小話をいくつか挟んで、また次の章へと続きますー。

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