07
「……あのー、もしもーし?」
控えめに、オレは目の前の集団に声を掛けた。い、生きてますかー?
……って、何か既に悲鳴とか上がらなくなってきてね? 最初はあんだけ賑やかな悲鳴が上がってたのに、今じゃ悲鳴の代わりに聴こえるのが呻き声って……やばくない?
「もう嫌だあぁ~……」とか、「いっそひと思いにやってくれ~……」とか、ホンっトにやばくはないでしょーかっ!? やる、って……そのニュアンスだと間違いなくそれやばい変換されてる気がするよ!?
この状況はさすがに心苦しいものがあるんですけどあのちょっとぉぉっ!?
「―――― このおぉぉォォッ!!」
もういい加減魔法力も空っぽだろうに、執政官が再び杖を振り上げて魔法を放つ。いやあの、だからそろそろシャレになってませんがっ!? オレもあんまり他人のことは言えないけどさ、学習しようって!
ていうか、オレ怒ってたはずなのに、何その相手の心配とかしてるんだろ? 何この変な状況。
あれ? と内心首を傾げたオレの視線の先で、ドゴォッ……! と大きな音がした。
…………あ、氷の壁に大穴開いた。
執政官の放った魔法は、防御の風魔法に弾かれて今回は彼らの頭上ではなく川沿いに聳える氷の壁へと突っ込んで行った。そのまま氷の壁を突き抜けて霧散していった水の力に、オレはあー……と微妙な声を上げる。
うわぉ、綺麗に穴が開いたなー……。まぁアレは別に防御魔法ってワケでもないから頑丈って言っても限度はあるし、攻撃魔法喰らえばそりゃ穴ぐらい開くだろうけど……。
穴の向こうに見えた川は、普通の状態とはとても言い難いカンジにゴォゴォと音をたてて水が流れてたけど、さっき見た時よりも少しだけ水嵩が減ってるように見えた。
えぇと……水が多少でも引いた後で良かったと心底思います。だってこの状況で壁が壊れましたー、んで川が決壊しましたー、なんてことになったらちょっと本気でシャレになりません。いろんな意味で。
とりあえず……先に氷の壁消しとこうかな。どっちにしろ撤去する予定だったしさ。というか、ぶっちゃけこんだけ大穴開いたらあってもなくても一緒っていうか。…ハイ、つまりはそういうことです。
ひとつ小さく息を吐き出してから、ひらりと左手をひらめかせた。オレのその動作に合わせるようにして、氷の壁が音もなく消え去る。と同時に背後で上がったどよめきは、町の人たちのものだ。
「消えた……!?」
「あの馬鹿でけぇのが一瞬で!?」
「おい、チビッコ。今のもお前がやったのか?」
「あ、はい」
問われて反射的に頷いたものの……チビッコって……。そこはちょっと訂正したいよ。
そりゃね! オジサンたちに比べたらオレなんてチビッコだけどね! …………でも訂正させてください。オレもうチビッコなんて言われる年齢じゃないんですけど!
だって、生まれ年だけで言ったら、多分オジサンとそう変わらない…………アレこの事実オレにもダメージがくるな。…………うん、忘れよう。
「すげぇな、坊主! ほんとに魔法使いみてぇだぞ!」
みたいっていうか魔法使いなんですけどっ!? 一応! え、ちょっとそれってどういう意味っ!?
ていうか、チビッコの次は坊主ですか。オレどんだけちっさい子の扱いされてんの。……イエ、聞きたくないんで答えてくれなくてもいいです。
町の人たちのビミョーな反応に内心ちょっと切なくなりながら、またぐるりと視線を巡らせれば、肩で息をしてる執政官と目が合った。
「っ、何故だ!? 何故儂の魔法が効かん!?」
「いや、あの、何故とか言われてもー……」
だからコレ、攻撃されたモノ全部跳ね返すんだって。逆に言うなら攻撃さえしなきゃ無害なんだけど、さっきから連発で水の魔法で攻撃してくるもんだから、向こう側で悲鳴が絶えない絶えない。……って、今別の意味で絶えそうになってる、ね?
…………。だ、大丈夫ですかーっ!?
「何故、だ……っ! そんな防御魔法など……何度も攻撃魔法を喰らって尚も効力を発揮する結界など……っ、儂は認めん!」
「いや、認めん、とか言われても……」
何その断言。んでもって、何でオレはアンタにびしぃっ! と指とか差されてるんでしょーか。人を指差しちゃダメだってば。
そもそもの話。
この人、『学院』を追放されたんなら、あんま『魔法』とか『魔法使い』について、そう詳しいわけでもないと思うんだよね。
特に『魔法』なんて、基本の型はあるにしろ、それを元に術をどんな風に構築してどんな効果を発揮させるのかなんて、使う人次第としか言いようがない。呪文ひとつでその効果や威力も変化するし、その辺を踏まえて新しい『魔法』も次々と構築されていっている。だから、執政官が知らない『魔法』なんて、山ほどあると思うんだけど。
特に『藍の宮』の人たちが熱心だからなー。新しい『魔法』考えたりとか、既存のものを改良しようとか、そういう研究。…………寝食忘れて研究にのめり込んで、研究室で干からびかけてたのも、そういえば『藍の宮』のヤツだったっけ。実際そういう思い出には事欠かないよな、『学院』て……。
って、話が逸れた。
うん、まぁ何が言いたいかっていうと、だ。
「認めない、って言われても、実際こういう『魔法』はあるわけだし。ていうか、認めて貰わなくても結構ですー、みたいな?」
うん、別にいいよ。認めて貰おうとか思ってないし。
ここにいるのは、厳密に言えば『魔法使い』とは呼べない人間。
アンタの『魔法』は、確かに強いのかもしれないけど、使い方を間違えてると思うから。
使い方を間違えた力は、強いけど脆い。それを知ってる。
だから。
オレは、そんなのに認めて貰わなくても構わない、って思ってる。
「いいよ、別に。オレのことは認めなくても、ありえなくても、それでいい」
まぁぶっちゃけ、そういうのはいい加減言われ慣れたというか……うん、悲しいよね、この事実。何が悲しいって、それが事実でしかない辺りがまた切なさ倍増なんだけど、とりあえずその辺は置いといて。
「でもさ、アンタのやり方が間違ってるのは、ちゃんと認めて。じゃないとダメだ」
間違ってるんだって、認めて。
力じゃ、すべては支配できない。『魔法』でも何でも、自分の持ってる力で全部が思い通りになるなんて、そんなのは傲慢でしかない。
どこかで、気付かなきゃならないんだよ。それは、違うんだって。
じゃなきゃ、いつまでもアンタはそのまんまだ。
「……黙れ」
低い声が、オレへと向けられた。
怒ってるのを無理矢理抑えようとして、でもやっぱり失敗しちゃったカンジの、低い怒気を含んだ声。
執政官は、少し俯くみたいにして視線を地面へと落としていた。そのせいで、表情ははっきりとは見えない。けど、握り込んだ拳が小刻みに震えてるのが見えた。
服の裾から、ポタリと水滴が落ちて、水溜りに波紋を描く。
それを何とはなし目で追いながら、オレは小さく息を吐いた。
執政官の魔法力は、見たカンジもう空っぽだ。さっきの一撃で完全に空になったんだろう。まぁ、あれだけ乱射してたらフツーはそうなるわな。
「悪いけど、黙らない」
息を吐いたついでにそう声を返しながら、もう一回左手をひらめかせる。今度は周囲を覆っていた風の結界が消えた。
けど、さっきの氷の壁と違って消えたのが目に見えて判るわけじゃないから、どよめきは起こらなかった。勘の良い人が何人か、あれっ? て声を上げたぐらい。
もう魔法攻撃喰らうことはないだろうから、消しても構わないよね? あればあったで結構危険だしコレ。何せ見えないし、でも攻撃は跳ね返すから、ウッカリとぶつかったりしたらもう目も当てられないというか…………いや、まぁ今それはどうでもよくて!
「オレもさ、そんな偉そうなこと言えた義理じゃないけど、アンタのやり方が間違ってるっていうのだけは判る。―――― 『魔法』は、そんなことのためにあるんじゃないよ」
「……黙れ」
「もうすぐ、『学院』の者がここに来る。そしたら、アンタはまず間違いなく拘束されるだろうね」
『学院』は理を犯すものに容赦はしない。
自分勝手な理由で水の精霊を大量に呼び集め、自然へも影響を出した今回の件で、執政官はまず間違いなく身柄を拘束されるだろう。
その先どうなるかは、オレには判んないけど。
「気付いて。ちゃんと自分で気付かなきゃダメだ。じゃないと、いつまでたっても同じことの繰り返しで何も変わんない」
「黙れ……っ!」
「さっきも言ったけど、黙らない」
一歩、オレは執政官の方へと近付いた。
相変わらず執政官は俯いたままで、オレへと向けられた声は怒りを含んだままで。
オレは、アンタのこと嫌いだし、アンタのしたことは許せないと思う。許すつもりもない。
多分、アンタもオレのことは嫌いだろうし、嫌いでもそれは別に構わない。
だけど、これだけは言っておきたかったし、ちゃんと聞いて欲しいとも思う。
アンタは自分のやったことの責任ぐらい負うべきだ。
―――― 自分が何をしようとしたのか、ちゃんと知るべきなんだ。
気付いて。ちゃんと、自分で。
知らなきゃいけないことがあること。
自分にできることがあるのを、知って。
できないことがあるのも、知って。
そのうえで、やっちゃいけないことがあることも、アンタは知らなきゃいけない。
「黙れ黙れ黙れえぇぇっ!!」
感情を一気に爆発させたように、執政官が叫んだ。
叩き付けるみたいな声を出して、顔を上げる。その顔は怒りで歪んでた。
「黙れっ! 知った口を……っっ!!」
そう言って、執政官が振り上げたのは、杖。向けられた先にいるのは、オレ。
魔法を放とうとしたんだろう。だけど、執政官の魔法力は既に空っぽだから、当然の如く何も起こらなかった。
本人も途中でそれに気付いたらしい。ギッ! とさっきよりも数段鋭くオレを睨み付けて、振り上げたままだったそれを勢い良く振り下ろした。
……って、え?振り下ろし、た……?
気が付けば、ホントすぐ目の前に執政官の姿があった。
「っ、貴様さえいなければ……っ!!」
「うわわわわっ!?」
あ、あ、あ、危なーっっ!?
ちょ、直接攻撃は卑怯っ! それだとオレに勝ち目は万にひとつもない!
ああぁあぁ! こんなことなら結界解くんじゃなかったーっ!!
……なーんて、後悔してももう遅い。
振り下ろされた杖を避けれたのは、もう奇跡に近かったと思う。オレにも反射神経らしきものは、ちょっとぐらいはあったらしい。
―――― だけど。
「…………うん?」
やっぱり運動神経は当然の如くなかったらしい。
避けた拍子に、ずるぅっ、と足が滑った。
視界が傾く。斜め45度の世界。
……あ、何かこういう光景、結構見たことがあるような気がする。
…………どこでだったっけ……?
「きゃああぁっ!?」
「危ないっ!」
「っ、手ぇ出せ、坊主っ! ―――― 掴まれっ!!」
お姉さんの悲鳴が聴こえた。誰かの慌てた声も聴こえる。
手を、出せ……?
―――― 掴まれ、って……何で?
傾いた視界、オレが倒れこんだ先。
地面の代わりにあったのは、ゴォォッ……と低い唸りを上げる激流だった。
―――――― あ、れ?




