06
雨の日が嫌い、ってわけじゃない。
音楽みたいな雨の音を聴くのは好きだし、雨に濡れるのも実のところそんなに嫌いじゃない。
ただ雨の日だと、どうも比較的オレの怪我が増えるっていうか、ぶっちゃけ死にやすくなるようで、それを嫌うヤツらがいたなー……ってぐらいで。
いや、うん……フツーそんな理由で雨とか嫌わないよね。普通でなくてごめんなさい。主にオレの運動神経とかその辺り。雨に罪はありません。
雨の日も好き。でも、晴れの日も当然好き。
だから、灰色の雲の切れ間から少しだけ見えた茜色に、オレは瞳を細めて笑った。
「さーて……雨も止んだことだし、もうしばらくしたら水も引いてくと思うから、そしたら壁も元に戻してー、と」
凍ったまんまの壁がずっとあるってのはさすがに問題だよね、うん。だってコレ、氷の壁のクセにいつまでたっても溶けないし。やたら頑丈だから壊れたりもしないし。
さっきみたいな緊急事態ならともかく、通常の状態でこんなモンがあったら邪魔以外のナニモノでもないでしょーよ。というわけで、コレは後で撤去決定。
「……オイ」
「……で、後はー……あ、オジサン! さっきの雨でどっか壊れたトコとかない? あったらオレ直すよ?」
「あ……あぁ、もちっと上流の橋が流されたとかどうとか……」
橋、流れたんですか……。うわ、思った以上に一大事じゃん。
んで、更に聞けば家の一部が壊れたとか小屋が潰れたとか、出るわ出るわ大雨の被害。こーれは、もうすぐ収穫を迎える農作物とかも心配なところだ。
髪の毛の先からポタリと地面へと落ちた雫を何とはなし目で追いながら、オレはふむ、と声を漏らした。どうしよっかなぁ……?
「……コラ」
「んー……、じゃ、まず橋から行こうかー。んで、後は近い場所から順番に回っていくっていうのでどう?」
「それは構わねぇが……、というか、有難ぇことなんだが……」
少し考えてそう言ったオレに、オジサンは歯切れ悪く応じながらちらちらと視線をオレの背後へと投げている。何だ? と思いながらオレが振り返るよりも早く、
「聞けえぇぇっ!?」
後ろからキレ気味な声がした。命令形なのに、何でか懇願が入ってるみたいな変な怒鳴り声。
急な大声だったから、条件反射的に身体がビクンて跳ねた。
「うわ、びっくりしたびっくりしたっ!? イキナリ大声出されたらびっくりするよっ?」
「その前からずっと声掛けてただろがっ!? 気付けっ!」
「あー……無理?」
「断言かよっ!?」
「えと、一応ごめんなさい……?」
「一応!? 疑問形っ!?」
あまり悪いとか思ってないので、一応です。ええ。
でも意図的に無視したワケじゃないし、許してくれないかなぁ? ひとつのことに気を取られると、割と他のことがおろそかになってしまうのはオレの悪い癖。
…………ていうか、何故オレはさっきからやたらとツッコミを受けているのでしょーか。
「……何て緊張感のない」
ごもっともなお姉さんのツッコミは敢えて聞かなかった方向で!
相変わらず的確すぎてちょっと救いがないですお姉さん。
ぐるり、と身体ごとオレは振り返った。
視線の先には、まだ何か怒鳴ってる男の人たちと ―――― 射殺しそうな視線でオレを睨んでる執政官の姿。
それを別に怖いとは思わない。そんなものを、怖いなんて思わない。
「貴様……ッ」
「あのね、オレ決めたから。アンタの邪魔するって」
執政官の言葉を遮るようにして、オレは口を開いた。
だってもうアンタの言葉は聞いた。あれ以上聞こうとも思わない自分勝手な理由も聞いた。だから今度は自分の番だ。
「町にも町の人たちにも手は出させない。オレは、オレにできることをする。―――― そう決めた」
きっぱりとそう宣言すれば、執政官の視線が更にきつくなった。
やっぱりその視線を怖いとは思わない。……だって怒った時の視線の怖さはフィルの方がよっぽど上だ。んでもって、冷たさはセレのがだいぶ上ー……って、思い出すなオレ。記憶の中ですらこっわいんだから、アレ。
思い出すなー思い出すなー、と自分に念じつつ、もう一度執政官を見やる。
「……と言っても、アンタに関しては、オレが何かしなくても自動的にどうにかなりそうなんだけどさ」
「戯言を……っ!」
「戯言かどうかはすぐに判るよ。ねぇ、アンタ何か忘れてない?さすがにこれだけ大規模で、しかも自然を左右するような魔法使えば『学院』も動くよ?」
執政官の動きが止まった。それを見やってオレは小さく息を吐く。
―――― 自然の理を歪めること、あってはならぬと心得よ。
それは、『学院』に数ある規則の中のひとつ。
歪められた自然の理 ―――― 雨は、もう止んでる。
雲の切れ間から光が射し込む。少しだけ見えた茜色の空が、鮮やかで綺麗だった。そういえば夕暮れの時間だったよね。
歪めたものが、正常に戻る。
歪めた自然の理は、人の目には“異常”と映る。
それを『学院』がどう捉えるかなんて、言わずもがなというものだ。
「『学院』はそんなに甘くはないよ? それはアンタも知ってるはずだ。あれだけ大量の水の精霊集めれば、『学院』はそれを異常と捉える。多分、そう遠くないうちに『学院』の調査団がここに来るだろうね。―――― オレが告発するまでもない」
そう、放っておいてもこの人は自滅する。
『学院』はそんなに甘くはない。少なくともオレがいた頃の『学院』はそうだった。理を犯すものに容赦はない。
てか、そのせいでオレもその昔、『学院』で査問会に掛けられたことがあるんだよね。何でもオレの魔法力っていうか特殊能力っていうか、とにかくそういうのが通常では考えられない類のものだったらしくてさ、何か人の道に外れることをしてその力を手に入れたんじゃないかって疑われて ―――― んで、査問会。
結局何事もなく放免されたワケだけど、その時貰ったお言葉が「お前は理は犯さないが、常識というものをことごとく壊してくれる、存在そのものが非常識な人間らしい。お前に関しては、考えるだけ無駄だという結論に達した」という……今考えてもどういう意味だそれ、とツッコミたくなるようなものだったのはどうなんだろう。考えるだけ無駄て……。
いや、それはともかく。話が逸れた。
「『学院』の者が来れば、アンタは終わりだ。『学院』を追放された魔法使い……ライセンスも持ってないんじゃ、尚更だね」
執政官の顔が大きく歪む。それまで何かを怒鳴っていた男達が、戸惑ったように執政官へと視線を投げた。
「……ねぇ、今の話って……」
背後からお姉さんの疑問を含んだ声がする。それに顔だけで振り返って、オレはちょっと首を傾げつつ口を開いた。えーっと……まぁ、今のを判りやすく言うと ――――、
「んー……近いうちに執政官は失脚しますよー、って話」
「「「「「「何いいいぃぃっ!?」」」」」」
うわ何かまた綺麗にハモってるし!
ていうか、今絶対背後からも声聞こえたって。執政官がいる方からも。そっちの人も一緒にハモってどうすんの。
「そ、そりゃ本当か!?」
「まぁ、ほぼ確実に」
『学院』が、オレが知ってる頃の『学院』のままなら、多分間違いなくそうなるだろう。
だからその辺に関しては、後は待つだけでいいと思う。
となると、今の段階でオレにできることと言えば……、
「どこまでも舐めた真似をしてくれる……!」
……こうやってヤケ起こしそうな人をどうにかすることだよねー。
低い声と共に、執政官が手にしていた杖を構えた。
杖の先に集まるのは水の力。何をしようとしてるのかなんて、一目瞭然ってもんだ。
「『学院』が何だと言うのだ! 今更何も出来はせん! 『学院』が来る前にすべてを終わらせてしまえば良いだけのことよ!」
「目撃者はぜーんぶ消して、後は被害者のフリして知らん顔してようって?」
『魔法使い』なんてここにはいません、知りません、って?
問えば、馬鹿にしたような笑いが返った。でもちょっと余裕のない笑い方。
それに、オレは首を傾げながら返す。
「それはちょっとどころじゃなく都合よすぎだと思うよ?」
「知ったことか! ―――― 貴様さえいなければっ!」
叩きつけるような言葉と一緒に、水の力が膨張した。ザァ……ッと目に見える形で杖の先に水が集まり、それは段々と大きな球体になってゆく。
それを見て息を呑んだのはオレの後ろにいた町の人たちだった。
「っ、あれは……!」
「あの時と同じ……っ」
その声に滲んだ恐怖を感じ取って、あぁもしかして過去に見たことのある魔法なのかな、って思った。
誰かの命を奪ったっていう、魔法。
……直接的な実力行使に出ようってワケだな。
でもまぁ、多分そう来るだろうなって思ってたから、その辺はいいや。
今の段階でオレにできること、やらせてもらいましょう。
一歩だけ、前に出た。
一歩、執政官の方へ ―――― 後ろにいる人たちを、護れるように。
腕を持ち上げて風の精霊の気配を探す。今回は、目を閉じない。睨み付けてくる執政官と、真っ直ぐに目線を合わせた。
「儂に逆らったことを後悔するがいい! ―――― 水龍!」
『―――― 形成せ、結風』
執政官の言葉とほぼ同時に、短縮呪文を口にする。
ふわり、と一瞬だけ頬に風の気配を感じた後、目の前で水の塊が大きく弾けた。バシャン! と大きな音をたてて飛沫が舞う。
「うわぁっ! ……って、あれ?」
「何とも、ない……?」
「あー、はい。結界を張らせて貰ったんで。この中にいる限り、あっちの攻撃は届かないから、大丈夫」
一応大事をとって、ちょっと大きめに結界を張らせて貰いました。だから、まぁこの中にいる限りは大丈夫かな、と。
むしろ大丈夫でないのは向こうの方かなー……と思いつつ視線を戻す。
見えない空気の膜に弾かれた水の球体は、襲ってきたそのままの勢いで執政官の方に跳ね返った。
……うん、この結界、一応防御魔法のクセにやたら攻撃的だから。受けた攻撃そのまんま跳ね返すんだよね。ご愁傷様。
「馬鹿な……っ!」
驚愕の声を執政官は上げた。驚きながらも、自分の放った魔法を即座に無効化させようとした辺りはさすがと言ってもいいかもしれない。っても、ビミョーに間に合わなくて、腰ぎんちゃく諸共頭から水かぶってたけど。
「どわぁあっ!?」
「冷てぇぇっ!?」
賑やかな悲鳴が上がった。
あー……、まぁ、水被る前から既にずぶ濡れだったワケだし(執政官以外だけど)、被害的にはゼロって言ってもいいような気はする。一応無効化してたから、殺傷能力も綺麗さっぱりなくなってるしね。
「儂の魔法が効かないなどと……!」
信じられない、というように執政官が呟いた。よっぽど衝撃が強かったのか、頭から水を被ったというのにそれすらも気にならない様子で呆然とオレを見ている。
「くそっ!」
「あ、ちょっと……」
懲りずに、執政官がもう一発魔法を放つ。
で、それはやっぱり同じように跳ね返って ――――……
「うわあぁぁっ!?」
「またかぁあっ!」
やっぱり賑やかな悲鳴が上がった。
……ちょっとかわいそうかもしんない。
「くそおぉおぉっ!!」
「え、もしもし……?」
まだ撃つ? 撃っちゃう?
ヤケクソのように、執政官はもう一度魔法を放った。
いや、あの、だからこれ攻撃されたモン全部綺麗に跳ね返すんだってばっ!?
……で、どうなったかと言えば。
「うぎゃぁあぁあっ!?」
「勘弁してくれぇえぇっ!」
「何だっつうんだよこらぁあっっっ!?」
やっぱりというか、また賑やかな悲鳴が上がったワケで。
え、何この微妙な無限ループ。さっきも見たってば、この光景。
……うん、何かもう、さすがにかわいそうというか…………生きてます? イエ、割と本気で。




