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Neva Eva  作者: 真樹
魔法使いにできること
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19/61

05

 ざぁざぁと雨が降る音。


 精霊たちの言葉通り、道の向こうから何人かが歩いて来てるのが見えた。

 先頭にいた男が、氷壁を見て不機嫌そうに顔を顰めてた。―――― 多分、アレが執政官。



 …………だってハゲてるし。









「……何だ、これは」


 不機嫌なカオをしたその人は、やっぱり不機嫌そうな声でそう言った。

 背はあんまり高くない。だけど横幅は普通の人の2倍は余裕でありそうなハゲ ―――― もとい、執政官。…………そういえばオレ執政官の名前ちゃんと知らない。

 ええと……ごめんなさい、悪気はないですけど暫定的に心の中でハゲの人と…………呼んじゃだめか、やっぱ。んじゃ、とりあえず役職名で呼ばせて貰うことにしときます。


「ンだ、こりゃあ……?」

「氷……、の壁?」


 執政官の後ろにいた男の人たちが、口々にそう言って氷壁を見上げてる。っていうか……、ぶっちゃけ『一般』という言葉に縁遠そうな人たちの集団……見覚えがあったりするのが嫌なカンジなのですがアレちょっと。

 あー……そういえば言ってたっけ。ハゲの腰ぎんちゃくみたいなのがいる、って。えーっと……オレ、その人たちの恨みを買ってたような気がするんですけどー……。

 うん、何気なくこの状況嬉しくない。


 ざぁざぁと、降り止む気配もない雨の音。

 相変わらず、窒息しそうなぐらいに激しく降り続いてる雨の中、けれど執政官は全然、まったく濡れていなかった。


 濡れていない。

 こんな雨の中傘も差さずに、それでも室内にいるのとまるで変わりない格好でそこにいる。傘差しても合羽着ても、これだけ降ってりゃ濡れるもんだろうに。


 …………何魔法を便利道具のような扱いしてるかな、この人は。


 呆れて、オレはため息を吐いた。


「―――― 学院総則第3条……だっけ? えぇと、細かいのは忘れたけど」


 ずらずら長々とある学院の規則。細則まで含めるとそりゃもう膨大な量だから、当然全部覚えてるわけじゃない。っていうか、無理だって。全部覚えろってのは、記憶力の限界に挑戦するようなもんだ。しかも絶対負けるよその戦い。

 ……それでもまぁ、大事なトコぐらいは、暗記してるんだよね。


「“その力、私利私欲のために使うことなかれ。―――― 自然の理を歪めること、あってはならぬと心得よ”」


 記憶を呼び起こすまでもなく、すらすらと言葉は口をついて出てきた。


 魔法はそんなことのために使うものじゃない。―――― 判っててやってんのかな、この人。



 ねぇ、違うだろう? アンタがしてることは、何か違うだろう? オレにだって、それぐらい判る。

 判るから ―――― さすがにこれは許しちゃいけないと、思う。



「―――― あぁ、そうか……」


 オレの言葉に、執政官は一瞬怪訝そうな表情になった後、嘲笑った。

 氷壁を見上げて、唇の端を吊り上げる。


「これは、お前か」


 余計なことを、とでも言いそうな声音だった。

 ……何だかなぁ、と思いながらも素直に肯定を返す。


「そ、オレがやった」

「あっ、テメェあん時の……っ!」

「何っ!? うわマジかよ何でこんなとこにいやがんだぁっ!?」


 ……と同時に、執政官の背後にいた面々から次々と驚きの声が上がった。


 はい、見付かった! そりゃいつかは、ってか、すぐにバレるよなーとは思ってたけどホントにあっという間だったよ!

 あああああ、とりあえず刺さりそうです。視線が。ぐさぐさと。痛い痛い痛い。


「ダール様、コイツです! 俺らが見た魔法使いっ!」


 ビシィ! とオレを指差しながら、執政官の一番近くにいた角刈りの男がそう言った。

 ……この人に、人を指差しちゃダメだろーって、誰か教えてやってください。いや、その他にもいろいろダメなことあるけどさ!

 っていうか、今どさくさに紛れて執政官の名前知っちゃったんですけど。実にどうでもいいな、うん。


「……ほう?」


 執政官が、瞳を眇めてオレを見る。


「貴様が、そうか。報告のあった『魔法使い』か。……成程?」


 底冷えするような光が、瞳にはあった。口元は笑んでいたけど、目は全然笑ってない。不機嫌そうなまんまだった。

 そして、不機嫌そうな目をしたまま、執政官は吐き捨てるように言った。


「まったく、余計なことをしてくれる」


 ……言いそう、ってか、まんま言ったよこの人。


 鼻を鳴らして尊大に言い放った執政官は、もう一度氷壁を見上げてからオレへと視線を移す。

 人じゃなくて、モノを見るような目付きだと、思った。


「手間を増やしてくれるな。折角これでここも綺麗になると思うたものを」

「何を……っ!」


 執政官の言葉に反発するように一歩踏み出したお姉さんの前に、オレはすいっと腕を伸ばした。

 ……うん、ごめんね? 気持ちはすごく判るんだけど。今前に出るのはそれなりに危険だからさ、もう少しの間後ろにいてくれたら嬉しい。……何が起こるか、判んないから。


 だって、そこにいるのは、良識の欠けた魔法使いだ。


 魔法使いにできることがあるのを知ってて。

 でも、やっちゃいけないことがあることを知らない。―――― 知ってても、気付かないフリをする。

 手を出しちゃいけない領域への境界がひどく曖昧で、そもそもその認識があるのかも怪しい、そういう人間が、いる。


「―――― アンタ、『学院』を追放されちゃった人?」


 多分そうだろうという確信を込めて訊けば、ピクリと執政官の肩が揺れたのが判った。……あぁ、アタリだ。


「ライセンスは……まぁ当然持ってないよね、それじゃ」


 『学院』は魔法使い専門の学校だ。大なり小なり魔法を使える人間は大体学院で学ぶものだし、例えそうでなくてもライセンスを取る時に身元をそこで登録する。

 んで、ライセンスってのは、魔法使いの身元を証明するためのもので、『学院』でしか発行できないことになってる。それがない者は、職業として『魔法使い』を名乗ることはできない。


 『学院』はそんなに甘い場所でもない。

 魔法使いの資格を持たない者に、ライセンスを発行することは有り得ない。

 例え魔法を扱う素養があったとしても、魔法使いとしての自覚が欠けてる人間に『学院』がライセンスを与えることはない。

 だから。


 そこにいるのは、魔法使いを名乗る、厳密には魔法使いとは呼べない者。



「……フン、そんなものは必要ない」


 執政官は、笑った。

 それは正しく嘲笑と呼べる笑み。


「そんなものなどなくとも、魔法は使える。煩わしい制限がなくなって、かえって動きやすいぐらいよ」

「……あぁ、そう」


 魔法使いとして越えてはならない境界を、制限と呼ぶ。邪魔なものとしてしか見れないんだな、って思った。

 思ったら、自然とため息が零れ出た。これはもうどうしようもない。


「オレもさ、今更理由なんて訊こうとか思ってない。何でこんなことしたのか、とか、多分訊いてもオレには理解できないことだと思うし」


 お姉さんを制止するために上げていた手をゆっくりと下ろして、できるだけいつもと同じ調子で喋る。

 そこでふとオレは気になることを思い出して、あぁそうだ、と口の中だけで呟いた。これだけは訊いとこうかなー。


「……あぁ、でも、ひとつだけ」


 ざぁざぁと響く雨の音。 その中に雑じるように聴こえるのは、くすくすとさざめくような精霊たちの声。

 聴こえた言葉の中に、気になるものがあったはずだ。




 ―――― 流しちゃえ、って言ってた。




 それを言っていたのは、多分目の前にいるこの男。



「―――― ねぇ、『流しちゃえ』って、『何』を?」



 あぁ、いつもと同じように、って思ってたのにな。


 問い掛けた声は、自分でもびっくりするぐらいに低かった。





「―――― フン、どこでそれを聞いたものやら」


 たいして面白くもなさそうに執政官が口を開いた。


「なに、手っ取り早くこの辺一帯を一度水に流してしまえば、再開発もやりやすくなるだろうと思うたまでよ」

「な……!」

「貴様……っ」


 太った身体を揺するようにして告げられた言葉に、背後で何人かが声を上げた。その中にはお姉さんの声も雑じってる。

 ……うん。何というか予想通りに自分勝手な理由だった。訊かない方が良かったかなぁ……? あぁでも訊かないことには話が進まないし。何だこの変なジレンマみたいなの。

 っていうか……うん?


「『再開発』?」

「この町を発展させようと思ったまでよ。田畑ばかり耕したところで何になる?町にある田畑を潰して工場にしてやろうと思うたのに、ここの住人は揃いも揃って反抗的でな、立ち退きを拒否しよった。愚かにもな」

「何を勝手なことを……!」

「そうそう! 俺たちが丁寧に立ち退きを要請してやってんのにさ、聞きゃしねぇ!」

「馬鹿だよなぁ! 素直に言うこと聞いてりゃ痛い目見なくても済んだってのによ」


 怒りに震える誰かの声は、ゲラゲラという笑い声に掻き消された。


 馬鹿にするように、執政官はオレを見る。オレと ―― 背後にいる、町の住人を。

 その視線に、何となく思い出したのは精霊たちの言葉。




 ―――― 綺麗にして欲しいんだって。

 ―――― このあたり、みんな水で呑み込んで。




「もう面倒になってきたところで思い付いたのよ。人も建物も、一緒くたに全部流してしまえばいい ―――― とな」



 一度壊して新しく建てるより費用も余程安く済む、と執政官は嘲笑った。




 ……あぁ。そういう、こと?



 頭の芯が、すぅっ……て冷えた気がした。




 ねぇ、違うだろう?

 アンタのそれは、何か違うだろう……?


 ライセンスを持ってなくても。

 例え、魔法使いとは呼べなくても。


 違うだろう?

 魔法使いじゃなくても、人間として越えちゃいけない何かがそこにはあったんじゃない……?



 ……ねぇ?



 オレは、オレにできることがあるのを知ってる。

 できないことがあるのも知ってる。



 ―――― やっちゃいけないことがあるのも、知ってる。




 お前がしているそれは、“やっちゃいけないこと”。



 だからオレは、全力でそれを止めるよ。




 冷えた思考のまま、目の前の嘲笑をちらりと一瞥して瞳を伏せた。

 閉ざされた視界の代わりに、聴覚が鋭敏になるのが判る。


 雨の降る音。水の流れる音。ざわめく精霊たちの声。

 不思議と人の声はあんまり気にならない。


 考えるまでもなく、言葉は口から突いて出た。




『眠れ、眠れ、戒めの言葉に宿りし力。秩序を縦糸、調和を横糸、在るべきものは在るべき姿へと還れ。―――― 謡え、光響ヒビキ




 あまり使ったことのないその呪文スペルは、他人の魔法を無効化するためのものだ。

 使ったことがない、というより使う機会がなかった、って言った方が正しいけど。だから正直、今の今までこういう呪文スペルがあったことさえ忘れてた。

 だって、ねぇ…?オレが知ってる魔法使い相手に、こんなモノ、使う必要なんてなかった。


 周囲にいた水の精霊たちが、少し戸惑ったように囁いてるのが聴こえてくる。




 ―――― あれ? あれ?

 ―――― もういいの? もういいの?

 ―――― おしまい? もういい?

 ―――― もう水はいいの?




 囁き合う、その声に邪気はない。

 うん、だって別にこいつらが悪いわけじゃないんだ。精霊たちは、頼まれたことを忠実に実行しようとしてただけ。

 だからオレは、ちょっとだけ苦笑してもういいよ、って呟いた。


 もういいよ。ありがとう。


 ……オレがこんなこと言うのも変な話だけどね。




「え……」


 誰かが漏らした声に、オレは瞳を開いた。

 驚きに染まったその声は、誰のものか判らなかったけど。

 その誰かは、驚きの声と共に空を見上げたらしい。それにつられるように、周囲の人間が次々と同じように空を振り仰いだ。


 ほんのついさっきまで、バケツを引っくり返したって表現でも足りないぐらいに降っていた雨。 それが、目に見えてその勢いを失った。

 周囲にさざめいていた水の精霊の気配が、潮が引くように静かになってゆく。

 ざぁざぁと降っていた雨は、すぐに小雨がちらついてる程度になって、数分もしないうちに完全に止んだ。


 ……よし、これで上を向いたり喋ったりしても窒息死する可能性はなくなった!


 内心でそんなガッツポーズを決めていたオレの耳に届いたのは、怒りを宿した声。



「貴っ様……! 何をしたっ!?」



 嘲笑を消し、代わりに眉を吊り上げる執政官を見返して、オレは軽く肩を竦めた。



 あぁ、そうだ。

 これで終わりってわけじゃない。


 オレにできること、まだ残ってる。



「……さぁね?」



 答える義理は、ないって思った。

 何をしたとか、言ってもどうにもならない。



 ただオレは、アンタの邪魔をするって決めただけ。


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