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第七話 大艦隊

「なんてこった……」

 西川上飛曹が、眼下に広がる大艦隊を凝視しながら呻いた。

 昭和二十年が明けて三日目、偵察に出た三人の目には、彼らがこれまで見たこともない光景が写っていた。



「気を付けてください。最近、敵さんは張り切ってますから」

 彩雲に乗り込む直前、整備兵の島田上等兵が三人に駆け寄ってきてそう告げた。年末からは一段と空襲が激しくなり、ルソン島近海でも米機動艦隊が発見されるなどしたため、ルソン島は常時警戒態勢を解けないでいた。いよいよこの島への上陸が近づいてきた証左であった。

「うむ。気を付けるが、こいつはアメ公よりも早いだろ」

 森口少尉は微笑んで彩雲の胴体をコンコンと軽く叩いた。

「はぁ……」

 島田は困ったような表情になって、頭をガシガシ掻いた。

「心配するな。昼には帰ってくるぞ」

 森口は島田の肩を叩いて操縦席に乗り込んだ。続いて西川上飛曹、清水一飛曹がそれぞれ島田に、装備の状態や留意点を質問し、短いやり取りを行ってから機体に乗り込む。

「朗報、期待してます!」

 島田は敬礼をしてから発進に巻き込まれないように安全圏に退避し、いつものごとく機体が雲の切れ間に見えなくなるまで見守った。



「それにしても、本当に最近は酷いですね」

 清水が、飛び立ったばかりのニコルス基地を見ながら不安そうに言った。

 基地は連日の空襲で機能をすでに消失しており、小さな指揮所兼無線連絡所が建てられているだけで、機体はシートを掛けて野ざらし、兵士は付近の洞窟や防空壕で、シラミと生活を共にしなくてはならなかった。

「中佐もバンバンへ行っちまったしなぁ。俺たちはまだか」

 西川も不安を隠せない様子だった。

 第一四一航空隊の司令官の中村中佐は、大半の兵士と共にさらに島奥地のバンバン基地に移ってしまっていた。三人含めたごく一部の兵士はニコルス基地へ残されて、完全に基地が使用不能になるまで偵察を行い続けることが指示された。

「まぁ、そのうち下がるようにと、命令が来るさ」

 森口は不安がる二人の部下を慰めるように言った。しかし、そう言いながらも森口も僅かに不安を感じていた。どうせ後退するなら一挙に後退すればよいのではないのか? もしや、上層部は俺らを死ぬまで敵を欺く囮に使おうというわけではないのか、と。

「取りあえず、今は集中しろ」

 森口はさらに二人に言葉を掛けたが、自分自身にもそれは言い聞かせていた。頭を振って森口は先ほどの憶測を片隅に追いやり、操縦と前方偵察に集中した。



「今日は低い雲が多いですね」

 高度四千メートル。独特のうねりを形成している薄い層積雲を見下ろして、清水が言った。

「そうだな。気ぃ抜くなよ」

 同じように雲を見下ろしている西川が応えた。清水は短くはい、と返して目に力を込めた。

 雲はこちら側の位置を隠してくれるが、それは敵にも同じことが言えるので、曇りは特に注意すべき天候だ。敵艦隊はよく雲に隠れて移動するので、それが狙い目でもあったが。

「降りてみるか」

 森口はそう告げると操縦桿を奥に倒して機体の高度を下げ、雲の下に出た。

「どうだ?」

 森口はあたりを見回して敵がいないか探したが、そうそう都合よく敵にぶち当たるわけではない。雲の下は太陽の光がある程度遮られており、いつもより少し薄暗い。偵察の目をくらますには絶好だ。

「さすがにすぐには見つかりませんね。もう一回上に上がりましょう」

「おう」

 西川の提案に森口は短く答えて再び高度を上げて、雲の上に出ようとした。

「うん……?」

 雲を抜ける直前、清水は左手に黒点が数粒浮いているような気がして、注意深く双眼鏡を取り出して観察した。

 見間違いかもしれないが、もしそうでなかったら大事だ。伝声管を取り出して前に座っている二人の上官に意見を伝える。

「右、四時方向に何か見えた気がします」

 二人はピクッと反応して、右後ろに目を見やる。森口は上げかけていた高度を下げて、雲の下を航行するようにした。

「西川、見えるか?」

「待ってください。……確かに、何か浮いているように見えます」

 西川は懐から双眼鏡を取り出して四時方向を見て、ガッツポーズで結果を答えた。

「艦隊です。艦隊がいます! でかしたぜ、清水」

 後ろを振り向いて右手の親指を突き立てる西川に、清水ははにかんで頭を軽く下げた。

「もっと、近づくぞ」

 彩雲は高度を一旦上げて、雲の上に飛び出し、それから敵艦隊の真上付近で降下し、雲にまぎれながら写真撮影に臨んだ。



 艦隊を間近でみた三人は、その規模に驚愕した。

「おいおい……これは反則だぞ」

 森口は操縦桿を握ったまま硬直した。

「なんてこった……」

 西川も同じく硬直していた。清水に至っては声すら出せない。

 艦隊の数はざっと見ただけで百五十はいた。今まで誰も目にしたことの無い大艦隊が、水平線の向こうまで延々と広がっていた。

「少尉。早く基地に連絡を入れませんと」

「あぁ、そうだな」

 彩雲は艦隊に気付かれないように、雲に入るか入らないかのギリギリの高度を保って敵情確認に入った。

 敵艦隊の数と艦種は戦艦六隻、護衛空母六隻、その他百五十を数えた。上空には直掩機が五十機以上、乱舞している。艦隊はルソン島方面に航路を取っており、同島に攻撃を加える気があるのは明白だった。

「清水! 無電だ」

「はい! 打ってます!」

 森口は清水に無電連絡をするように言ったが、すでに行っていると返された。なかなか行動が早い。森口は、部下の成長を感じて一人嬉しくなったいた。

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