第四話 帰宅
ヘトヘトになって帰宅した夜8時すぎ。
太がアパートの階段を上り切ると、201号室のドアの前でちょこんと体育座りをしている光の姿があった。
「あ! おじさん、おかえりなさい!」
パッと顔を輝かせて立ち上がる光。太を見るその目は、昼間の疲れを一瞬で吹き飛ばすほどまっすぐで、そして相変わらず眩しすぎる。
「……ただいま。光ちゃん、こんなところで何してるんだよ」
「おじさんの帰りを待ってたんです! ……あの、お弁当、どうでした……?」
上目遣いで不安そうに太の顔をのぞき込んでくる。エプロンの裾をぎゅっと握りしめる手は、少し震えていた。
「……めちゃくちゃ美味しかったよ」
太が嘘偽りのない本音を漏らすと、光の表情がパッと華やいだ。
「本当ですか!? ハンバーグ、お口に合いました? タコさんウインナーも入れちゃったんですけど……恥ずかしくなかったですか?」
「いや、味は本当に最高だった。最高だったんだが……」
太は思わず額を押さえた。
「会社の休憩室で開けた瞬間、後輩に見つかってな……。『45歳で可愛い彼女ができた浮かれおっさん』扱いされて、今日一日生きた心地がしなかったんだよ……!」
「えっ……! か、彼女……!?」
光はカッと顔を真っ赤にし、両手で頬を押さえてもじもじと身をよじらせた。
「やだ……周りの人から見たら、私とおじさん、そんな風に見えちゃったんだ……♡」
「喜ぶな! 焦ったんだぞ俺は! 隣の女子高生(※太の認識)がお弁当作ってくれたなんてバレたら、速攻で通報されて社会的に死ぬんだからな!?」
太の必死の訴えに、光はふっと動きを止めると、パッチリとした瞳をウルウルと潤ませて太を見つめ返した。
「……迷惑、でしたか? 5年前の公園で助けてもらった時から、私……ずっとおじさんの力になりたくて……」
「あ、いや……迷惑っていうか、美味しかったし本当に嬉しかったんだけど……」
しょんぼりと肩を落とす「完璧な美少女」を前に、太の罪悪感がバグレベルで跳ね上がる。
(くそっ……! この素直で健気な乙女心を傷つけるわけにはいかないし、でも俺の社会的立場もやばいし……どうすりゃいいんだ!!)
「あー……! 美味しかった! ごちそうさま! 明日からは無理して作らなくていいからな!」
太は言い捨てると、逃げるように自分の部屋へ駆け込み、ドアをバタンと閉めて胃薬をあおるのだった――。
(※太はまだ気づいていない。5年前の公園で助けた『学ランの男の子』が、なぜこんなにも一途で完璧な『乙女』として目の前にいるのかを……!)




