同じ誕生日である確率
誕生日が同じというカップルはそうそういないだろう。確かにそれは偶然だ。偶然を必然に変えたのは、少しの勇気と厚かましさだ。
「同じ誕生日なんだ」
紗枝がそう言って、飲み会で声をかけてくれた。
星占いサークルという怪しさあふれる団体に足を踏み入れた。これでも伝統ある大学の公認サークルだ。
誕生日・星座はサークル内でも共有されてしまう点が個人情報的に困りものだが、皆パスワードまわりには生年月日は使わないのが入部時のルールでもある。
紗枝が僕と同じ8月4日生まれというのは、驚きかといえば1/365程度だ。だがサークルはちょうど50人。誰かと誰かが同じ誕生日になる確率は約97%もある。逆を言うと、50人全員が違う誕生日になる確率は3%ほどしかないのだ。
というのは、数学的なレトリックであって、実際は1/365で0.274%ほどだ。
星座占いは数学にも通じていて、たとえば十二という数字。これは約数が多い。二、三、四、六で割れる。だから分類するには都合がいい。人間を十二のグループに分けて、それぞれの性質を語る。もちろん科学的根拠はないけど、こういう「分類して傾向を見る」っていう発想自体は、数学とけっこう近い。だから星座占いサークルに入部したのだ。
いや、違う。
紗枝に一目ぼれしてしまい、彼女の入っているサークルを探して、入部した。ストーカーと言われたら、反論の余地はない。
8月4日生まれというのは、嘘だ。僕は9月10日生まれだ。8月4日は栄養の日で、9月10日は牛タンの日だ。栄養と牛タン、こじつければつながりはありそうだ……いや、ないか。
この嘘がバレない程度に、近づければいいと思っていたが、図らずも紗枝から「お付き合いして欲しい」と告白された。
例の飲み会で、誕生日が同じで盛り上がり、SNSの鍵付きアカウントを連絡先として交換した。ためらいはしたが、その日にDMを送り他愛のない話を積み重ねていった。好きな俳優が同じだったこともあって、映画を観に行き、好きなバンドが同じだったこともあって、フェスにも行った。フェスはなかなかハードルが高いお出掛けだったが、その帰りに告白されたのだ。
好きなモノが同じ、それが多いということは、価値観も同じということだ。
いや、同じというのは違う、価値観が近いということだ。他にも無数にある価値観が一致しているわけではない。だから、「近似」でしかない。どこまでいっても「同一」ではない。「同質」という方が合ってる。
大学を卒業して五年付き合って、僕たちは婚約した。もともと結婚を前提にしたいというのが、紗枝からの条件だったが、思いのほか引き延ばしてしまったのだ。
初めての女性と結婚はやめておけと、星座占いサークル部長の高須は何度も忠告してきたのが、五年間喉に刺さった魚の小骨のようにひっかかっていたのだ。
「占いによると、二人の相性は最悪なんだよ」
「同じ誕生日だと最悪になるのか?」
「そんなシンプルな星座占いだけじゃないよ。数秘術も四柱推命も九星気学もダメ」
「生まれた時間がわかんなくても四柱推命、占えるのかよ」
「一応ね、それよりも合わないんだよ。200×年の8月4日どうしって最悪で」
「占いなんて信じないよ」
と吐き捨てて、久々に再会した高須の忠告を無視することにした。
だがどうしても気になるった。高須は占いマニアだ。タロットや易といった卜術、手相人相姓名判断といった相術にも精通している。が、奴は生年月日をもとにした命術だけで僕たちを占った。
僕は紗枝に一部始終を話し、高須に改めて他の占いも診てもらうことにした。紗枝はうつむきながら「わかった」というだけで、あまり気にしていない。
既に同棲を始めていたアパートに、高須を呼んだ。高須は電話越しに訝しそうに躊躇したものの、紗絵に会うのも久々だしという理由で承諾してくれた。
高須にはタロット・手相・人相・姓名判断をお願いした。どれも相性は最高、この二人を於いて他にカップルなどいない、というものだった。
高須は自分で占っておきながら、自信のある命術(生年月日をもとにした占い)では、どうしてここまで相性が最悪なのかと、首を傾かしげた。
僕は紗枝と高須の前で、本当は紗枝と同じ8月4日生まれじゃないってことを告白した。9月10日生まれの乙女座。婚姻届けを書くときにはわかるし、いつかは紗枝に言わないとと思っていた。実家に連れて行ったとき、両親に口裏を合わせてもらったのは、紗枝にも両親にも心苦しかった。
「どうして、8月4日って嘘ついたの?」
紗枝が落ち着いた声で尋ねた。
「だって、紗枝と同じ誕生日にしておけば、話すきっかけもできると思って」
「あ、やっぱり」
紗枝が腑に落ちたように、笑った。高須はことの経緯を静かに眺めているだけだ。
「私、真治の誕生日を8月4日って誰かに聞いたの。たしか、同じ英語のクラスの子に。それで、サークルの名簿にもそう書いた。8月4日生まれにしておいて、いつか真治と知り合ったらそれをきっかけに話せると思って」
紗枝が五年もの時を経て、真実を話し始めた。
「それで、真治がサークルに入って来たでしょ。だから、これはチャンスって思って」
僕の誕生日を間違って伝えた誰かのおかげで、二人は何の縁もゆかりもない8月4日生まれで五年間も嘘をつき通してきたわけだ。
高須が腹を抱えて笑い、笑いすぎてお茶をこぼした。
「ごめんごめん、雑巾ある?」
何がそんなにおかしいのか、高須はずっと笑ったままだ。お茶をこぼしたんだから、もう少しちゃんと謝ればいいのに。この一連の二人の可愛い嘘がそれほどにおかしいのか。
高須がフローリングにこぼしたお茶を拭きながら言った。
「紗枝ちゃんに真治の誕生日教えたの俺だわ。二人とも忘れてると思うけど、俺も同じ英語のクラスだったろ」
高須によると紗枝が星座占いサークルに入ったのは、彼の誘いだったと。
紗枝が「そうだったっけ?」と記憶を辿る。
「あ!思い出した」僕は声を張り上げた。
六月になってもサークルが決まらない僕に高須が、星座占いサークルに来いよと誘ってくれたのだ。「高梨紗枝もいるからさ」という高須の誘い文句に、二つ返事で答えたんだった!!
じゃぁ、紗枝の誕生日はいつなんだろう?
それも婚姻届けを書くときにはわかるはずだったが。
「二人ともいつ本当の誕生日を言い出すのか、そのことばかり考えていたんじゃないか?」と高須がやっとフローリングを拭き終わり、シンクで雑巾を絞った。間接的には高須、お前が原因だ。
「紗枝って、誕生日いつなの?」
食器棚のガラスに映る僕の顔は、この五年で一番真剣な顔だったと思う。
「それがね、9月9日なの。占いの日なんだよね、出来過ぎた話だけど」
「真治は?」
「僕は、9月10日、牛タンの日だよ」
「一日違いだったんだ」
何事もピタリと同じわけにはいかない。
高須が突然占い始めた。占いの日に産まれた人と牛タンの日に産まれた人を占う。最低、最悪の相性だ。それでもいいさ、と思う。
僕たちはこの日のために、お互いの両親に生まれた時間を確認していた。
200×年生まれの9月9日13時15分生まれの紗枝200×年生まれの9月10日9時27分生まれの僕
高須に正確に情報を伝えた。
ものの五分ほどで高須は占い終えた。
「いやぁ、同じ9月9日生まれなら、最高の相性なんだけど。まぁ悪くないよ」
なんとも、ばっくりとした結果だ。
彼女からの急な呼び出しで高須が慌ただしく出て行った。紗枝と二人になった静かなリビングで、簡単に計算してみた。
AとB、二人が連続する誕生日である確率。
1/365 × 1/365 × 2 = 2/133,225 ≒ 0.001502%
紗枝はいつの間にか夕食の準備を始めていた。なんとなく、この確率を伝えるのはやめた。
6万6613組に1組の確率だが、そんな数字よりも、このめぐり合わせはもっと希少である。
だって、二人とも誕生日を嘘ついて、付き合ったんだから。
僕はテーブルを拭いて、食器の準備を始めた。
高須には、ありがとう、とだけLINEを送っておいた。




