ほんとうの価値観
「私、ブスだし、目だって一重だし、ほら、スタイルもよくないし」
と今僕は告白直後に、告白相手からネガティブプレゼンを受けている。
「吉澤君だって、かわいい子がいいでしょ」
かわいいと思ったから、告白してはいる。そもそも人によって美の基準は随分と違う。タテヨコだけじゃなくて、奥行きまである。そういう点で美の基準を共有することは難しい。テレビのそっち、雑誌のあっち、スマホのこっちで美しいとされているものだって、誰かが何かしらのいちゃもんをつけている。
それはいちゃもんじゃなくて、その人の美の基準からすると「そんなにキレイか?」ということだ。美の基準があっちこっちそっちと取っ散らかっている以上、ルッキズムなんてものは存在しないと思う。
「じゃぁ、私帰るね」
サクラちゃんは、芝生が生い茂るキャンパスのベンチからすくっと立ち上がって、校門に向かった。
「ちょっと、待ってよ」
僕は、サクラちゃんの前に回り込む。驚いた表情のサクラちゃんはまた一段とカワイイ。だが、僕は顔にしぐさに惚れたわけじゃない。
「僕は、サクラちゃんがただ好きなんだよ」
サクラちゃんが立ち止まる。四限の授業はまだ途中のはずなのに、教室から抜け出して校門へと向かう大学生たちが、こっちをチラッと見ながら歩いている。
サクラちゃんを別のベンチに誘導して、改めて座り直す。
「吉澤君は、私のどこが好きなの?」
サクラちゃんは同じ学年、同じ学部で、サークルも同じ映像研究会だ。部長に確認したところサークル内恋愛はOKらしい。だが、別れても周りに気を遣わせない事と念押しされた。気を遣わせないってどうすればいいのかわからないが。なんせ、僕は今まで誰とも付き合ったこともないので、スマートな別れ方は知らない。
「どこが好きって、この前サクラちゃんが書いた映画のレビューを読んだ。その映画僕はあんまり好きじゃなかったんだけど、見方を変えれば面白いんだなって。フランス映画も悪くないなって」
「何の映画のこと?」
「ポンヌフの恋人」
「それ、私じゃないよ。レイコ先輩のレビューだよ」
この日のために、ポンヌフの恋人を何度も観ておいたのに。
パリ最古の橋「ポンヌフ」で路上生活を送る大道芸人のアレックスは、絶望と失明の恐怖に怯えながら街をさまよう画学生のミシェルと出会う。孤独を抱えた2人は橋の上で共に暮らすようになり、不器用ながらも心を寄せ合っていく。元恋人への未練と視力を失う不安を拭えないミシェルと、初めて他者との強い結びつきを知ったアレックス。だが、ミシェルの眼病に治療の光が差し、彼女を探す家族の存在が明らかになったことで、二人の切ない関係は大きな転機を迎えることになる。
違うのか? 確かにレイコ先輩はフランス映画通だと言ってたが。間違えたのか、致命的だ。
「でも、レオス・カラックスは好きだし、レビューは書いてないけど『ポンヌフの恋人』は好きよ」
「見間違えてたみたいだ。ごめん」
「好きな映画、ホントは何?」
サクラちゃんが、バッグからペットボトルを取り出し口を潤した。
僕は映画通でも映画好きでもなくて、スターウォーズもハリーポッターも観たことがない。ジブリもほとんど知らないし、記憶にある映画と言えばクレヨンしんちゃんシリーズぐらいだ。母が夏休みによく連れて行ってくれた。
「その、えっと、オトナ帝国の逆襲、って知ってる?」
思い切って言ってみた。
僕が生まれる前に、兄貴と母が一緒に観に行ったらしい。産まれてなかった僕は、産まれてから僕も観たいとごねたそうだ。見かねた父が、DVDを買ってくれた。擦り切れるほど観た映画だ。
サクラちゃんがはじめて、僕の方をじっとじっと見つめた。
「『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ! オトナ帝国の逆襲』だよね、それ」
正確なタイトルはわからない、というか、そういうタイトルだったのか?
「あ、うん」と弱い返事で頷く。
「私も、その映画大好きで、大学生になってから観たんだけど、DVD買ったもん」
図らずも好きな映画が同じだった。こんな偶然あってもいい、うれしい。
「だからさ、その、僕と付き合ってもらえないかな。好きな映画も同じだし」
サクラちゃんが初めて笑ってくれた。
「でも、私カワイくないし、その、吉澤君に釣り合わないかなって」
「釣り合う釣り合わないって、誰が決めることなの? 僕が好きって言っているだけで、サクラちゃんが嫌ならそれでもいいけど。釣り合わないってのは誰かに決められているってことじゃない」
初めて、長文でしゃべった。これは嫌われた。肩が重い、重力ってこんなに強力だっけ?
「顔にコンプレックス、あるの」
「みんなあるよ」
「そうなの?」
「そうだよ。好きになるって、あんまり理由とかないし」
「私でいいの?」
「いいと思ってるから、告白してる」
しばらく間が空いている。口の中が異常に乾く。
サクラちゃんが立ち上がって、僕の方を向いた。
僕も立ち上がって、サクラちゃんの方を向いた。細くて白い指が五本、まっすぐならんで僕の方に差し出される。
「よろしく、おねがいします」
「ありがとう、こちらこそよろしくお願いします」
僕はサクラちゃんの手を握った。
知らない間に四限が終わっていて、僕らのまわりには人だかりができていた。茶化すような口笛が聞こえたり、「おめでとう」と大声で叫ぶ人がいたり、パチパチとまばらに拍手も聞こえた。
少し恥ずかしくもあったが、堂々とサクラちゃんの右手を左手でつなぎ直して、校門へと向かった。幸運にも僕たちは別れることもなく、大学を卒業した。
社会人になって、二年目にサクラちゃんに好きな男ができたと言われ、あっけなく僕の初恋は終わった。以前から、チラホラと会話に出てきた先輩である。
別れ際に、「吉澤君って、自己肯定感の低い人が好きなんでしょ」とサクラちゃんに言われたことが、引っかかっている。
別れた道すがら、三本立てのレイトショーに惹かれ映画館に立ち寄った。ビル・マーレイの『恋はデジャ・ブ』を上映していたからだ。一度目はサクラちゃんと観た。
同じ日を無限に繰り返すタイムループに囚われた男が、試行錯誤の末に人生を見つめ直し、真実の恋をつかみ取るSFラブロマンスコメディだ。
映画館を出ると、明け方だった。
タイムループしてりゃぁいいのに、とサクラちゃんの連絡先を消した。




