初デートに映画なんて
初デートに映画というのは、ある意味「成功確定」で、ある意味「失敗確定」らしい。ノゾミがストローでズズズと音をたてて、アイスコーヒーを飲み干す。氷が溶けて薄まった薄茶色のグラスが、少しクリアになった。
「映画でしょ、アニメじゃなくて、洋画でもなくて、邦画か。あの刑事もののやつ? 犯人考察してるアレかぁ。私? 観たよ。この前」
ノゾミがメニューを見ながら話す。さっきケーキを食べたはずなのに、いまは三種類のパフェのページからどれにしようかと、目を輝かせている(ように思う)。
伏目がちのノゾミのまつ毛はカールしていて、女子っぽい。よく見るとお化粧をしている。僕が言うのもなんだけど、慣れない化粧の割には、サマになっている。この後誰かと会うのだろうか。
「映画どうだった? 面白かった?」
「まぁ、悪くはないけど、途中から犯人がわかるんだよね。でも、あっこれは言っちゃいけないよね。まぁ、悪くないよ。学割も効くんだし、彼女も大学生でしょ。損はしないと思うけど」
一言に対しての返事が圧倒的量で長い。ノゾミは口から生まれてきた子と彼女の母親が笑って言っていた。母親同士が幼馴染で、結婚してからも家が近いという偶然。産まれた子も同い年。なんとも因縁のあるといえばそうだが、中学に入った頃からはノゾミには彼氏がいた。
歴代彼氏はこの前まで覚えていたが、もうサトシとサトルの順番がわからなくなり、頭の中から消し去った。覚えていても無駄だから。僕がノゾミの彼氏を覚えるのをやめた後、別のサトルとも付き合っていたようだった。今日その話を聞かされて、サトル2と名付けては? と提案したが却下された。
ノゾミは季節の「イチゴ&ベリーパフェ・ストロング」といういかついネーミングのパフェを、恥ずかしげもなく注文していた。店員が「おひとりでは食べきれないほどのサイズですが」とマニュアル通りの断りを入れると、「彼と一緒に食べるので、スプーンを二つください」と言い添えた。
彼と言われると、もちろん「He」・三人称単数・主格であり、ただの代名詞のはずだ。間違っても「彼氏」の「彼」ではない。わかっていても、胸がざわつく。ドキドキするのとは違う、ザワザワするのだ。直接心臓の下を指先でなでられているような、感覚。もちろん撫でられたことなどないが。
「ねぇ、これ食べきれるかな?」
トレーでは運べないサイズではないが、バランスがとりにくいのだろう。キャスターのついた小さなワゴンで、そのいかついパフェはやって来た。イチゴが燦然と輝く。脇役であることを自認しているベリーたちが、間の開いたスペースを埋め、自分の仕事を誇り高く遂行していた。
「食べきれないと思うなぁ」
僕はホットコーヒーを啜る。窓の外はいよいよ本降りになってきた。ノゾミは傘を持ってきていないようで、僕はリュックに折りたたみ傘を忍ばせていた。
「マサヒコも一緒に食べようよ」
屈託ない笑顔でノゾミは提案するも、本題へと舵を切り直す。僕の初デートの話しだ。明日の初デートに向けての傾向と対策を練ってくれるというから、ノゾミの好きなモノをご馳走しているのだ。それにしてもケーキからのパフェとは予想外だった。トイレにと席を立った。
店内には「イチゴ&ベリーパフェ・ストロング」のポスターが貼られていて、一日限定三食とあった。そんなものを頼んだのか。どおりで周りの客が僕たちをチラチラと見るわけだ。
席に戻ると、スフレケーキがテーブルの真ん中に置かれていた。パフェは1/3ほど食べ終わっていた。
「また頼んだの?」
「うん」
屈託のない笑顔も限度がある。せめて元を取らないとと思うのだが、本当のところ明日デートに行く相手なんていない。地元に一つだけあるチェーン店のカフェの前で、ばったりノゾミに会った。会う確率は低くもないはずだが、大学に入って三年目にして初めてのことだった。咄嗟に嘘をついた。
「明日彼女と映画にデートに行くんだけど、何の映画がいいかな?」と。
もちろん彼女などいない。映画も観に行く予定もない。ただ、財布には先日おろしたばかりのバイト代が三万円ほど入っている。
「じゃあ、お茶でもしながら話そうよ」とノゾミの誘いを額面通り受け取ったが、「相談するからには、奢ってよね」と自動ドアの前でプチ契約させられた。
雨がさらに強くなってきたようで、店内に雨宿りがてら客がたくさん入って来た。クーラーが効きすぎているせいで、濡れた身体には寒そうだった。
「ねぇ、映画はやめといたら?」
ノゾミがスフレケーキを半分ほど口に入れ、行儀悪く言い放った。
「どうして?」
「だって、二時間近く黙るんでしょ。そんなの初デートでもったいないじゃん。お互いに話さないと。わかり合わないとだよ」
二時間も黙ってられるなら、初デートに映画はアリなのではないかと思うがそうではないらしい。相手が見つかったときに、参考にしようと思う。
もし、ノゾミが初デートの相手だったら、映画はアリなのだろうか?
「私は初デートに映画はナシだよ」
こっちの心でも読めるんだろうか。ノゾミの右手は今にも崩れそうなパフェを狙っている。
「彼氏とは映画に行かないの?」
「行かないよ。ってか、わたしさぁ」
ノゾミが何かを言い出しそうで、飲み込むのがわかった。パフェを狙ったままの右手がスッと下がった。僕のスプーンはパフェに刺さったままだった。
店内の空気をすべて飲み込むような勢いで、すぅっと深呼吸したあと
「彼氏って、いままでいないんだよね」
と伏し目がちに、潤った声を吐き出した。
「どういうこと?」
それ以外の言葉が思いつかなかった。
「嘘なの」
「嘘って、彼氏がいたってことが?」
まどろっこしい会話を繰り返し、ノゾミが今まで彼氏がいたということが壮大なる「嘘」だったとわかった。どうしてそんな嘘をと聞く前に、パフェをがさっと掬って、僕の口の中にねじ込まれた。そのせいで何も話せなくなった。甘かった。
「彼氏ができたって言ったら、気にするかなって」
《誰が?》と目で聞く。
「マサヒコがだよ!」
悠然と流れるクラシック音楽が、客同士の雑音をかき消していた。それをさらに上書きするような大声だった。
口のなかでもたつくパフェを飲み込み、水で甘さを洗い流す。
「ぼ、僕?」
ノゾミの顔が立ち上がり、僕の目をじっと見た。黒目が大きくて、キレイだった。心なしかうるうると、涙ぐんでいるようだった。
歴代彼氏の名前は、徳川将軍の数よりも多かった。全部、僕をやきもきさせる嘘だったと聞いて、腰が浮くというか抜けるというか、妙な脱力感を味わった。新しい彼氏の名前を聞かされるたびに、告白もしてはいないがまたフラれたと思ってばかりいた。ふざけて、歴代彼氏の名前を覚え唄のようにして唱えていた。そういえば、間違った彼氏の名前を唱えても訂正してこなかった。その場しのぎの嘘の名前だったからだろうか。僕だけが生真面目に嘘の歴代彼氏の名前を覚えていたということだった。
といっても、僕だって嘘をついている。明日のデートはないし、彼女だっていない。咄嗟の嘘だったが、早く嘘だと伝えないと取り返しのつかないことになりそうだ。
ノゾミはバッグからハンカチを取り出し、流れる涙を押さえている。遠くから見ると、別れ話のカップルに見えなくもない。お冷を注ぎにきた男性アルバイトが踵を返して、別のテーブルへと向かうのがなんとも気まずかった。
「歴代彼氏の歌、うたいます!」
僕は、残りのお冷を飲み干し、カラカラの口の中を潤した。
ノゾミは小さな声でやめてよぉ、というのが精いっぱいだったようだ。
「シンジ、ユウヤ、カズマ、ケンジ、サトシ、サトル、ショウタ、リュウジ、ケイイチ、サトル2、ハルキ、ショウ、タケシ、ジュンヤ、……」
「もぉ、やめてよ」
十八人目のカズキまでリズミカルに音程をつけて、歌った。
「何が言いたいの?」ノゾミの目が怒ってる。
「二十人目、誰だっけ?」
「そんなの知らないわよ」
ノゾミがハンカチを握りしめ、目は真っ赤に腫れている。
「思い出した、マサヒコだ」
と、ふてぶてしく、厚かましく、僕は自分の名前をパフェ越しに伝えた。
「あした、映画、じゃ、ないの?」
とノゾミが鼻をすすりながら、尋ねた。
「それ、嘘だから。あ、でもそれは嘘というより……」
「なんなのよ」
ノゾミの黒目がひときわ大きい。僕を見定めて、逃がそうとはしない。握りしめたハンカチが今にもバラバラに千切れそうだ。
「嘘というよりも、ノゾミと話したかったから、咄嗟に口から出たでまかせというか」
僕は残りのパフェを口の中にかき込んだ。その間は、話さなくてもいい。
ふぅと深いため息とともに
「それも、嘘って言うのよ。でも、嘘だったから、許す」
心なしかノゾミの口角が上がっているように見える。髪を耳にかけると、米粒ぐらいの小さいピアスが光っていた。
お会計は、五千八百円だった。後ろから財布を一応出しているノゾミがいた。「いいよ、ご馳走するって言ったし」「いいの?」「うん」という一通りの驕りの流れを踏んで、店を出た。
すっかり雨がやんでいて、折り畳み傘の出番はなかった。
「ねぇ、明日、何の映画観に行く?」
「誰と?」
「私とだよ」
「初デートに映画はダメなんじゃないの?」
「同じモノ共有する時間が足りてないのよ、私たち」
ノゾミはそう言うと、恥ずかしそうに僕の前を歩いた。
駆け足で、道路側に身体を割り込ませ、冷えたノゾミの右手をつないだ。




