サヨナラ好敵手
しっぽりと頭を下げて反省している様子、その《《感じ》》は伝わってくるが、三年も付き合っていると「嘘」だとすぐわかる。
「ケンジ、だから、ごめんって、言ってるじゃん」
どうして僕が責められているのだろう。この言いぶりからすると、「許す/許さない」の二択じゃなくて、「いつ許す」の問題にすり替わっている。
「あのね、謝ってすむことと、すまないことがあるんだよ」
「今回のは?」
今回というだけあって、一度二度じゃないということを嫌でも思い出させられる。カナの浮気はもう六度目だ。三年で五度、厳密にはこの一年で六度。
二ヶ月に一回の割合で浮気をしている計算になるが、カナの浮気は夏に集中する。暑かったから、涼しいところに行きたくて、という口上が《《落語の枕》》のようにいい滑り出しで唱えられる。
いつも同じような《《枕》》で、さぁ今度はどんな言い訳をするのかと思えば、核心に触れずに今回みたいに「ごめんって、言ってるじゃん」の逆切れモードになる。
逆切れじゃないな。逆切れは、自分が悪いのに逆に怒り出すことだ。これは自分が悪いと理解している前提だ。カナは自分が悪いとは認識していない。
「いや、もういいでしょ。お別れですよ」
うつむくカナに、触れずに僕は床から立ち上がる。椅子が二脚あるのに、座って話をしないのは、カナが土下座をしたからだ。その目線に降りて来たのだ。いや降りざるを得なかった。
「土下座しているなら、自分が悪いってわかっている」ということにもつながって、さっきの逆切れはたしかに「逆」で正解だと思われるかもしれない。
そんなことはない、土下座が自分の尊厳を犠牲にしていると理解していないのだ。正座して話を聴くと、反省しているように見える。そのせいで椅子には座らず、連続技みたいに正座から土下座につなげるのだ。
「さぁ、荷物持って出て行ってね」
僕の言葉にはまだ優しさが残っている。荷物を持ち出す時間を与えたのだ。カナはいつもここから形勢逆転の一手を打ってくる。
実は僕もこの難局をカナがどう乗り越えるのかが、毎回楽しみなのだ。
それは茶番と言われても仕方ないが、カナパフォーマンスが最大化される瞬間でもある。
・浮気相手に電話して、電話越しに僕に謝罪させた
・浮気相手との謝罪をあらかじめ動画に撮影しておいた
・浮気相手を呼びつけ、玄関越しに土下座させた
といった具合だ。
徐々にエスカレートしている。浮気相手が僕の家の中に入ってくるまで、もはや時間の問題だ。
玄関のチャイムが鳴る。安アパートのドアがドンドンと叩かれる。ノックではない。ドアスコープ越しに見ると、女性が立っていた。
「だれ? なんか女の人来てるけど」
「あれは、タクヤの彼女」
今回の浮気相手はタクヤというのか。その彼女がどうして僕のアパートに?
「呼んだの?」
「呼んだ」
「この時間に来るようにって?」
「うん、家近いみたいだから」
悪びれもせず、カナは顔を上げて玄関のドアを開けた。
「ごめんね、来てもらって」
タクヤの彼女に謝っているが、彼氏を寝取ったという謝罪ではないことは明らかだ。もう、話はついているのか?
「彼氏さんとは話がついたんですか?」
冷蔵庫からペットボトルのお茶をグラスに注ぎ、テーブルに置く。二脚しかない椅子は、その女性とカナが座っている。仕方なく、シンクにもたれながら話を聴くことにした。
「タクヤはそんなに怒ってなくて」
「そりゃそうでしょう、浮気した本人が怒るなんてあり得ないでしょう」
同じサレた方として、立ち位置が違うのか。
「ユミちゃんも、謝ったほうがいいよ」
浮気相手の彼女の名前まで知ってるということは、相当近い関係なのか。
「どうして、ユミさんが謝るの?」
ユミさんの頭越しに、カナに尋ねた。
「え、だって、浮気したから」
「だから、どうしてそのタクヤってやつが浮気したら、彼女のユミさんが僕に謝るのさ?」
ユミとカナはお互い見つめ合って、吹き出した。何がおかしいのか。
「だって、私の浮気相手、ユミだよ」
なかなかに理解が追い付かない。価値観の多様性が唱えられるが、それを受け入れるだけの度量というものも必要だ。
運転が苦手で自分の軽自動車しか乗ったことがない。お金を出せば、もっといろんな車も選べる。それこそアメ車だって、ドイツ車だって。でも、僕はプレッタ(自分の軽自動車)でいい。選べることと、受け入れることは別だ。
価値観に多様性があるのはいい。それは選べることだ。いざ、自分が当事者となって選ぶ際に、必ずしも選択肢として持つ必要はない。僕はそう思う。
カナがバイセクシャルだと知ったのは、なかなかパンチがあった。それはカナに与えられた権利であり、それを僕が咎めることはない。ただ、カナを僕の彼女として受け入れるかは別問題だ。
形勢逆転の一手としては、強打! 認める。まさにカナは好敵手だ。今回で六度目の浮気。これまでの戦績は〇勝五敗、カナに押し切られてばかりだった。
六度目にしてようやく勝てた。バイセクシャルだったからじゃない。
いいかげん浮気相手に謝らせるばかりじゃなくて、もっと自分ごととして謝って欲しかったからだ。
五度も許してきたのは、次浮気したら、ちゃんと謝ってくれるだろうなと期待していたのだ。ユミちゃんのグラスが空になったところで、僕はクーラーを切った。
「暑くなってきたので、お二人で涼しいところへどうぞ」と言って二人を追い出した。




