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【恋愛短編集】大入恋愛二乗(おおいり・れんあい・じじょう)  作者: 槍玉


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そこはダメ

「そこはダメ」という言葉には二通りの意図がある。




誘い水としての「そこはダメ」。内心はもっとして、という意図だ。もうひとつは、本当にやめての「そこはダメ」。いかなる理由があろうとも、私の尊厳にも関わるからやめて欲しいという、切実な願いであり禁止事項だ。




恋愛の初期段階――付き合って三カ月程度で、これはよくて、これはダメと線引きを明確にすることは難しい。というか、付き合う過程で、ここまではOKで、ここからはNGということの輪郭がぼんやりとわかる。




それでも「ここから・ここまで」というグラデーションとスパイスの効いた曖昧な境界領域だ。おへそに触れられるのが嫌なのは、おへそに触れた指に臭いが移るかもしれないから。案外、おへその臭いはコンディションに左右される。でも、おへそに舌を這わされると、それは相手の唾液とも混合し、臭いの原因が曖昧になる。




これが、わたしなりのわかりやすいグラデーションとスパイスの話だ。嫌悪感も方法によっては乗り越えていたり、そこからUターンして帰らされたりと、さまざまなのである。




ユウゴとは付き合って半年ほどだが、「ここから・ここまで」の取り決めが難しい。その時々によって、したいこと、されたいこと、したくないこと、されたくないことが変わるからだ。




私みたいな、なんちゃってデータベースマーケティングの仕事についていると、そのあたりを市場の規範に沿って明らかにしたくなる。数値的な指標をもって、どの程度を明確にしたいのだ。




だが、ユウゴは社会的な規範――つまり、道徳的な分野の知見をもとに、私に要求を重ねる。だからグラデーション領域が広いというか、曖昧なのだ。ユウゴの道徳は、気分によって変わる。気分は、その時々の仕事の出来栄えで変わるからだ。とにかく、面倒くさい。




ある程度の性的な満足度を手に入れると、次の階段がうっすらと見える。たとえば、おもちゃを使う、まだ未開発の身体の部位を使う、肉体と精神の主従関係を用いる、というありがちな階段だ。私たちは半年にして、もう踊り場にいた。上も、下もどちらにも行ける場所で、右往左往しているのだ。




それは、ユウゴも私もお互いの様子を窺っているというよりも、どの順番で上の階段に向かって登るのかということだ。




私の時間は私のものだ。極論、私の人生は誰と一緒にいても私のものだ。だから、私の時間の決定権は私にある。そう考えると、他の誰かと寝てもいいのではないか、とユウゴに提案した。




私の知らない誰かと、知らないうちに、浮気をしていたユウゴへの当てつけではない。ユウゴの浮気は、私にはどうってないことだった。というよりも、先にしちゃったんだという感想しか生まれなかった。




「悲しくないの?」と加害者のポジションを維持したかったようだが、


「全然哀しくない」と返事をすると、「そう」と安堵ではなく失望に近い感情がユウゴから漏れ出た。




その失望のようなものを、ひとつひとつ拾い集めて、私も私の想いをユウゴに伝えた。それが、平たく言うと「私も、誰かと寝ます」ということだ。




お互い様、公平、イーブン、ということでもないが、その方が納得性の高い思考につながるなら、持ち出してもらってもいい。




ユウゴは渋々、私が「これから浮気をすること」について認めてくれた。認めてくれなくても、私はそうするつもりだったが、認めさせたおかげでユウゴと別れずに済んだということだ。




ここまでが、誘い水としての「そこはダメ」だ。私にある未来の浮気権は、私のタイミングで使うけれど、今は持っておくだけだ。ユウゴは私の見えない相手に嫉妬し続けることになる。LINEがなかなか既読にならない、返事をしない、それだけで彼は見えないものを探し続ける羽目になるのだ。




そして、本当にやめての「そこはダメ」は好きな理由を探すことだ。ユウゴのことは好きだ。どうして好きなのかの問いには、好きだからとしか答えようがない。コーヒーが好きだからという理由に近い。お茶と違ってコーヒーが好きな理由を理屈っぽく説明することは可能だが、それはあとから取って付けた物語に過ぎない。私が、彼がそれぞれを好きになった理由は、存在しないといってもいい。他の誰もが同じだと思うけど。




そのなんとなくのところに、「そこはダメ」が存在している。



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