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【恋愛短編集】大入恋愛二乗(おおいり・れんあい・じじょう)  作者: 槍玉


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詭弁と別れる

どこからが浮気で、どこからが浮気ではないかを一体全体誰が定義したというのだ。そもそも付き合うの定義も曖昧なのに、浮気の定義などできっこないと言う。




付き合うって、いまどき「好きです付き合ってください」


・YES→やったー!おめでとう。キミたちは今からカップルだ。


・NO→ざんねん!次があるさ。とりあえず今日は眠りな。


の二択で生きていれば至極シンプルだ。




そうとは言えないこともたくさんある。


知らない間に、週末の予定を合わせていたり、いつしか会う頻度も増えて、誕生日を祝い合い、お互いの家にも行き来し、もちろんセックスだってする。途中いつキスをしたのか、いつから手をつなぎ始めたのかすら覚えておらず、どの段階から付き合ったのかが曖昧なまま生きていることなんて多分にある。




だから、ユミといつも喧嘩になるのは「付き合った記念日」がいつかってことだ。敢えてこの日が記念日だとするならば、ユミの誕生日の10月1日だと思う。10月1日は金曜日だった。週の最後だが、月初めという不運に残業せずに乗り切れるかが9月の最終週から気になって仕方なかった。




ユミが行きたがっていた、和食割烹の店を予約して、無理をお願いして大将にケーキまで作っていただいた。そのためにも、僕はこの店に随分と足を運んで常連になったというわけだ。夜はコース料理が中心で財布がもたないのでたまにだが、ユミがいない土日祝は昼のランチに必ず行った。




平たく言うと随分と、ユミの誕生日のために頑張ったということだ。これがまだ付き合っていないと言う認識で、この誕生日のお食事会をもってして僕とユミは晴れてカップルになったと理解している。




が、ユミは違う。それよりあとの、年を越えての3月20日に付き合いが始まったと言うのだ。その日は僕の誕生日でもなんでもなくて、何でもない日だ。だが、ユミは「この日から私たちは付き合ったんだよ」と譲らない。




つまり10月1日から3月19日までの約半年近く、僕はユミと付き合っていると思っていたが、ユミは付き合っているとは思っていなかったということだ。




ここがなぜ重要か。その間ユミは他の男と付き合っていたというのだ。会社の上司の田川という男だ。ユミに忘れ物を持ってきてと頼まれて、彼女の会社のロビーまで何度か足を運んだ。僕の家に泊まると大抵、化粧ポーチか財布を忘れるのだ。ロビーでユミに忘れ物を渡すと、その田川というイケスカない上司をことあるごとに紹介された。




というのも、忘れ物を届けたのは計3回。3回とも昼休みで、その田川という男とランチに行くのだ。僕に目もくれず、「ありがとう、またね」と言うだけで、そのままガラス張りの巨大な窓と広大な大理石と無駄に洒落たスツールとソファーに囲まれたロビーで放流されるのだ。




後からユミに「あの人とランチに行くのはいいけど、僕だってわざわざ昼を潰して忘れ物届けたんだ。そのあと、僕に時間を空けてくれてもいいじゃないか」とストレートにぶつけた。それが、12月に入ってからのことだ。ちょうど2回目の忘れ物を届けて、ロビーで再び放流されたときのこと。




電話越しにユミは


「だって、先に田川さんと約束してたし」と悪びれずに高い声で返事した。スピーカーモードにしていたのか、テレビの音が聞こえる。




今になって思えば、ユミと電話で話す時はいつもスピーカーモードで、テレビの音が入っていた。「うるさいから、テレビを消してよ」と頼んでも、「いまいいところなのよ。」と言う。電話を切ってから、スマホで電話していた時間帯の番組表で確認しても、面白そうなものはひとつもない。


・野球中継(ユミは野球のルールすら知らない)


・子どもの買い物番組(ユミは子ども嫌いだ)


・経済系の討論番組(ユミは数字アレルギーだ)


・中国語講座(ユミは語学に関心がない)


・木曜映画ロードショー(この日はアニメ映画。ユミはアニメ嫌いだ)


・クラシックを聴く(ユミはクラシックを聴くと寝る)


・警察24時系(ユミは警察モノに出てくる人が怖いと言って観ない)




と、ユミが嫌うものばかりだ。BSは時代劇とサッカー、通販番組だけだった。どれもユミに関心がある番組ではない。




そもそも、「いまいいところ」ってどういうことだ?




ノイズと感じていたのは、人の声だったと思う。あれは男性の声ではないか。くぐもった声。ベランダのガラス扉を閉じて、向こう側から聞こえるような。そういえば、ユミの部屋に行くとベランダに吸い殻が落ちていた。




「隣の人が、防火扉の隙間から捨てるのよ」


と言っていたのを信じていたが。あれは、誰かのマーキングだったのではないか。




と総合的にユミを問い詰めると、僕たちが付き合い始めたのは「3月20日から」と堂々と言い放ったのだ。




シンプルに、この間僕は田川という男と二股をかけられていたのだ。ユミは3月19日に田川と別れたと白状した。よって、3月20日より僕とお付き合いを始めたと言う。ちなみに、明確に僕が3月20日に愛の告白をしたわけでもない。この日は福岡の営業所に出張していた。




さて、ユミと今後付き合っていくべきかを考える。


「そもそも、付き合いの定義ってなによ?」


これはユミの言葉でもある。そして、


「それも曖昧なら、浮気はどう定義するのよ」


これも実はユミの言葉だ。




付き合いの定義は、めいっぱい考えたがさっぱりわからない。


でも、浮気の定義はできる。


「相手に不誠実だと認識していながら、それでもなお不誠実さを行動にあらわすこと」である。




つまりは、相手の認識、この場合はユミがどう思っていたかによるのだ。だから僕がいくらそれを「浮気だ」と叫び吠えたところで、何にもならない。




そんな話を、妻の佳代に話すと


「お互いに好きと伝わったとき、それが付き合ってるってことだし、浮気なんてパートナーに内緒で誰かと会ったらでしょ」


と一刀両断だった。ユミの話をすると、佳代はエンジンがかかる。デリカシーがないとはわかっている。むしろ、佳代が話してくれとせっつくのだ。勝った女の戦利品みたいなものだと、佳代は(うそぶ)く。




ちなみにユミとは半年近く曖昧に過ごし、彼女の誕生日の前日にスパッと別れた。









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