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【恋愛短編集】大入恋愛二乗(おおいり・れんあい・じじょう)  作者: 槍玉


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マチアプで嘘をつく

マッチングアプリが僕が子どもの頃よりは随分と進化したと、上司から妬ましそうに愚痴られる。僕に言ったって仕方ないのだから、今の進化を楽しめばいいのにと思う。僕たちの世代は、昔の仕様を知らないし(知るつもりもない)、何がどう進化したのかもよくわからない。




比べる対象がないと、その優劣すらわからないし、スペック自体を「そういうものだ」と漫然と受け入れる。漫然とというとどこか誤解があるかもしれないが、そこに一切の感情がないということだ。




成人すると、マチアプの登録が義務付けられる。マイ番号ごと登録して、住所や家族構成はもちろん、学歴や今後の職歴だって紐づけられる。学生のうちはどこでバイトをしてきたか、どれくらいの期間なんてのも登録される。




「個人情報を守れ!」と反対する人たちも多かったが、少子化が進み過ぎて国家存亡の危機のなかそんなことを言ってられない。男女のペアを無理にでも作って、二人以上の子どもを作ることを努力義務として国民に要求されるのだ。




努力義務だけあって、それが未達でも罰せられることはない。ただし、ハローワークのように、子作り進捗を報告して、頑張っている風はアピールしなければならない。




そういうこともあって、マチアプの存在は重要で、とにかく誰かとペアになって生きていくためのツールとして、誰もが登録しているといっていい。父が亡くなったばかりだが、母は新しい相手とマッチングして、いま交際を始めている。子どもができそうな年齢ではないのだが、このあたりは人生の愉しみとして、マチアプが機能している。




とはいっても、いわゆる同性愛にも寛容なところが今のマチアプの存在意義として強いところらしい。らしいというのは、僕たちはこういうものとして理解しているからだ。昔は、同性用のマチアプや、シニア用、既婚者用など分化しすぎていたため、政府主導ですべての要求を組み込んだマチアプが開発されたのだ。これにより、マイ番号との紐づけでより無駄うちのないパートナーが見つかる。




ちなみに、既婚者同士の交際により妊娠となった場合、出産を義務付けられており、この場合の不貞理由による離婚は認められていない。とはいえ、生まれてきた子どもはどうなるのか? という受け皿に利用されたのが同性愛のカップルだ。彼ら・彼女らには養子縁組が推奨されている。これも義務ではない。




僕たちの親世代や上司たちからすると「もうディストピアだと、モラルが崩壊している」と不満そうに、倫理マンのように道徳を盾にする。だが、道徳なんて法律以上に脆くて、その時世の状況によって基準が変わるものだ。歴史の教科書でしかもう聞くこともない、第二次世界大戦時なんかは、戦争自体が認められていたし、広義では人が人を殺すことを正当化されていたのだから、道徳は都合のいいオモチャのようなものだ。




みんなにとって幸せであるためには、少しの不幸をシェアすれば叶う。


(哲学者:ボロティクス・ルベルト)




この場合の少しの不幸というのは、マイ番号の登録やパートナーが合法的に浮気をすることではない。こういう時代を継承していく「子ども」たちを産み、育てねばならないことだ。




僕たち世代は今の現状に疑問を持たない「フリ」をしている。というのも、マチアプの精度が鈍っているからだ。マチアプには自分のすべての情報が登録されると言ってもいいが、唯一フリー記入欄という緩い自己主張エリアが存在する。




顔写真はマイ番号が毎年更新の際に変わる、身長体重などの身体的スペックも同様に年一回の国民健康診査で更新される。その隙間、つまり次の更新までの一年間、変化がある。




そこで、僕たち世代に流行っているのが、自分を偽るということだ。身長の変化は無理だ。だが、体重は一年もあれば変わってしまう。すると顔立ちも変わるというものだ。




それに、性癖についてはフリー記入欄で書くのが主流だ。


マッチしたいやつらは、少し痩せた情報を記入するし、性癖をノーマルとしがちだ。(ノーマルってなんだ?)出会いの場として考えるなら、自分を「良く偽る」のが当然だ。




僕はひねくれものだ。あまのじゃくといってもいい。皆と同じが嫌だし、そもそもマチアプで適合したパートナーは、現状の自分にベストな相手ということで、自分などこれからどれほど変化するのかわかったもんじゃない。




体重だって増えて、顔だちだって老けて、性癖だって変化するかもしれない。だから、僕は僕の未来を無理やりにでも予想して、一般的には「悪く偽る」。




「身長170cmですが、体重が100kgと国民健康診査(国健)より30kg増量しました。性癖はだいぶとS性が強いと思います。相手を精神・肉体ともに屈服させることに悦びを感じ、支配欲を満たされることが最低条件です」




体重は重く書かないものだし、性癖はS/Mの方向性で書くと随分と限定されるらしい。もしかしたら、僕はこれから太ってしまうかもしれないし、性癖もノーマルだと思うがそもそもノーマルがよくわからない。だから、S傾向でアピールしておけばと思ったのだ。




外回りの営業を終え、久々の直帰となった。18時を過ぎているというのにお盆前で、まだ陽が落ちず明るい。スマホにマッチの通知が届いた。




三枝千夏、23歳、身長160cm体重80kgとある。性癖はM傾向で、サブミッシブであることがつらつらと書かれている。いまいちよくわからないが、マッチした場合は会わないといけない。その場合の特別休暇は会社側の義務として付与される。忌引きみたいなものだ。




お互いに特別休暇を取得して、三枝さんと会うこととなった。偶然にもふたりとも関西在住で、彼女の住む京都で会うこととなった。




藤井台丸前で待ち合わせだったが、一向に現れない。待ち合わせ場所としてはメッカではないようだが、何人か同じようにマチアプでの待ち合わせをしているようだ。貫禄のある中年男性とギャル風の若い女性、僕と同じ年代ぐらいの少しオタクぽい男性と清楚系のモデルのような女性、初対面のような気まずい挨拶を交わして早速手をつないで立ち去っていく。




時間になっても、まだ三枝さんは現れていない。身長160cm体重80kgの女性はいない。身長160cmですらっとした女性ならいる。よく考えると彼女は僕を探すことはできないかもしれない。身長170cmですが、体重が100kgとウソをついているからだ。実際は70kgで、意外と筋肉質だからだ。




スマホの電話が鳴る。三枝さんからだ。慌てて通話のボタンをスワイプする。




「田口裕也さんですか?」


エコーがかかったように聞こえる。


「はい」


と答える。と同時に通話が切れた。


背中をトントンと叩く感触がした。


振り返ると、柑橘系の好きな香りがした。


「三枝千夏です」


その女性は、一人佇んでいた身長160cmですらっとした女性だった。


「あぁ、田口裕也です」




「ずいぶん、痩せてらっしゃる」


「三枝さんも、その、痩せてますよね」




僕たちは嘘をついていたのだ。お互い、将来太ってしまうかもということを考えてのことだった。というより、せめてもののマチアプへの抵抗というか、自分の本質ではないところでマッチした場合どうなるのか見てみたかったというか。




三枝さんも僕と同様に、ひねくれものであまのじゃくであった。


性癖は三枝さんに合わせていくこととなった。これは相手に合わせた形になった。




つまり、僕たちはお付き合いを始めて、この夏出会ってから30年が経つ。

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