表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/4

第3話 女王、陥落

「……っ、あ……!」



『うえはーす』こと、上田蓮美うえだはすみは、実力拮抗のライバル、鉄鬼てっきに苦戦を強いられていた。


蓮美のキャラクターが鉄鬼の放った鋭い下段蹴りに体勢を崩す。普段なら指が勝手に反応してガードを合わせられるはずの攻撃。


しかし今の蓮美には、レバーを正確に弾く余裕がほとんど残されていなかった。



(……集中、無理……!)



下腹部を襲うのは、もはや『尿意』という言葉では生ぬるい、焼けるような激痛だ。

鉄鬼の猛攻は、大学生たちのそれとは比較にならないほど重く、速い。



中下段の猛攻をガードするたびに、腹筋に反射的な力が入り、その衝撃が限界を超えた膀胱を容赦なく踏みにじり、じょっ…じょっ…とダムの隙間から水流が押し出されていく。



「おいおいどうした、うえはーす。いつものキレがないぞ~!」

対面から投げかけられる、鉄鬼の冷徹な声。



彼は気づいている。蓮美の動きが精彩を欠き、ガードが甘くなっていることに。

だが、その理由が『酒』ではなく、今まさに彼女の股間でダムが決壊寸前であることまでは、彼には知る由もなかった。



「……うる、さい……!」

蓮美は奥歯が砕けるほど噛み締め、声を絞り出した。だが、その一言で腹圧の堤防が緩んだ。


(あ……っ!)


――じわぁぁぁっ……



温かい、そして絶望的な感触。これまでの『小出し』とは明らかに違う量。



『 COUNTER !! 』



集中が完全に切れた一瞬。鉄鬼の放った攻撃が、蓮美のキャラクターを空中に打ち上げた。逃れられない空中コンボ。減り続ける体力ゲージ。

極限まで張り詰めていた緊張の糸も、プツンと、音を立てて切れていた。


それは、彼女の身体を縛っていた最後の呪縛さえも解き放ってしまった。



(…………。…………ぁ…………)



蛇口が完全に開いた。

座ったまま。



一度崩壊したダムは、もはや彼女の意志では完全には閉まらない。


彼女のプライドだった『うえはーす』の輝きが、不名誉な熱となって漏れ出していた。デニムのショートパンツがぐっしょりと重みを増し、太ももの隙間から零れ落ちていく熱い雫が、彼女の冷静さを根こそぎ奪い去っていく。



――K.O.!



画面を真っ赤に染める敗北の文字。地元最強の女王が、土をつけられた瞬間だった。



「よっしゃあぁぁぁ!!」

「鉄鬼が勝った! うえはーす様を破ったぞ!!」



反対側の筐体側では、鉄拳鬼と大学生たちが地鳴りのような大歓声に包まれている。

「マジかよ、今のコンボ!」

「鉄鬼さん最強だわ!」



喝采は全て勝利した王者へと向けられ、誰も敗者側など見ていない。

その熱狂の断絶の真ん中で、蓮美だけが、椅子に張り付いたまま動けず、項垂れていた。



ショートパンツの裾から、お尻側から。ビニールレザーの四角い座面が吸収しきれなかった大量の液体が。細い滝のように。無機質なタイルの床へと落ち続ける。



ピチャピチャピチャピチャ、と……



歓声の裏側で、自分にだけ聞こえる残酷な水音。

瞬く間に、蓮美の足元には、誰の目にも明らかな『女王のプライドの残骸』が、大きな水溜りとなって広がっていった。



「……ハスミ? 負けちゃったか。……よし、帰ろうぜ」



何も知らないシュウジが、背後からひょいと彼女の肩を叩いた。

その衝撃で、椅子に溜まっていた『それ』が、さらに床へ零れ落ちる。



「…………っ!」

「……ハスミ? どうしたんだよ、顔真っ青だぞ……え、……これ……?」



シュウジの視線が、蓮美の足元を捉えた。

黒いタイルを濡らし、スニーカーの底を浸している、広大な水溜りと、むわっとしたトイレの臭い…


そして、彼女のデニムのショートパンツが、椅子の座面が、濃く色を変えている惨状。



「…………え、……嘘だろ……?」

シュウジの声が、驚愕で凍りつく。



蓮美は、思わず顔を手で覆う。



「……漏らした」

「……え?」

「おしっこ……漏らした……」



震える、消え入りそうな声。

それは、配信で見せる凛とした声でも、ゲーセンでの強気な声でもなかった。ただの、怯えた幼い子供のような、掠れた、情けない響き。その声を出した瞬間、彼女の中で何かが完全に終わった。


瞳から溢れた涙が、足元の水溜りに落ちて波紋を作る。



「ごめん、シュウジ……店員さん、呼んできて……」


勝ち誇る宿敵側の歓声と、自分の足元に広がる隠しようのない水たまり。


完璧だった『うえはーす』の鎧は、今、彼女自身が生み出した熱い水たまりと共に、ゲーセンの汚れた床に溶け出して消えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ