エピローグ 二度目の崩壊
完膚なきまでの敗北で全てを出しきり、身動きできなくなった『うえはーす』こと、上田蓮美。
足元を見られると彼女の全てが崩壊する。
「うえはーすが、酔いが回ってジュースをこぼした。続行は無理」とシュウジが向かいの筐体に声を掛け牽制した。俯いている蓮美を見て察したのか、鉄鬼は「つまらん」、といった顔をしてCPU戦を続けていた。
その後、駆け付けた、蓮美の顔馴染みの店員による機転で『対戦台使用禁止』の通達が出され、解散。彼女の尊厳を守り通すことができた。
ビチャビチャビチャッ!――
蓮美を椅子から立たせると、デニムが吸収しきれなかった水分が、ショートパンツの裾から堰を切ったように溢れ出す。無慈悲に床を叩く音。
シュウジの足元まで広がる、隠しようのない女王の敗北の証。彼女の誇りまでもが、物理的に地面へ叩きつけられたようだった。
鼻をくすぐる、人生で初めて嗅ぐ女性のおもらしの匂いに、シュウジは、自らの胸が跳ね、心のタガが外れた音が聞こえたような気がした。
二人は、足早にゲームセンターを後にした。シュウジが腰に巻いてくれたジャケットの下で、蓮美は、歩くたびに、ぐっしょりと重く、冷たい不快感を肌に刻みつけていた。
「……ハスミ。このままタクシー乗るのもきついだろ。シート、汚しちまうしな」
「…………ぁ」
「俺の家、ここから歩ける距離なんだけど。……とりあえず、うち来るか?」
「……っ、……うん」
拒否する権利など、今の彼女には残されていない。
途中のコンビニで、シュウジが無造作に安物のスウェットと下着をカゴに入れる。レジを待つ間も、自分の足元から漂う微かな、しかし抗いようのない甘酸っぱい匂いが鼻腔を突き、蓮美は耳の裏まで真っ赤に染めて俯いていた。
「……とりあえず上がれよ」
「うん……」
シュウジのワンルームマンション。玄関に入るとガチャリとドアに鍵がかけられる。
『安全な場所』に戻ったという安堵感が、極限まで張り詰めていた緊張を緩和する。
アルコールの利尿作用も後押しし、蓮美の身体がブルッと震え、再度、膀胱の許容量が限界に近づきあることを実感させた。
「……ありがとうね。あの…お手洗い借りていい?……また、結構ヤバい」
「おいおい、さっきしたばかりだろ?」
「……全部出たわけじゃないし。お酒と、あと、これのせいで冷えちゃって……」
腰のジャケットを自らめくり、隠されていた、大きな丸い染みになった自身の下半身に目を落とす。
アルコールと、蓮美の情けない姿と、改めて立ち上る仄かな匂いに、シュウジの自制心が音を立てて崩壊した。
「……なぁ……ちょっと待てよ。ハスミ……ジャケット返してもらっていいか?」
蓮美の手をとり、もう片方の手で、腰のジャケットを容赦なく剥ぎ取る。
「っ……あ……」
明るい蛍光灯の下で晒されたのは、あまりにも無惨な敗北の跡だった。
股間を中心に前も後ろも濃いブルーに変色したデニム。特にお尻側の被害は甚大だ。
夜風にさらされ、表面は乾きはじめていたが、それが逆に匂いを凝縮させ、生々しさを強調していた。
そして、内股から膝にかけて、いくつもの、流れた『筋』が白く残り、隠しようのない証拠として肌にこびり付いている。
シュウジの指先が、乾いた布地と、湿りきって重くなった布地の『境界線』をなぞる。
指を押し込むと、ぐちゅりと低い音がして、蓮美の体温を宿した水分が指の隙間に染み出した。
「ちょっと…!やだ…!」
指先に付着した『女王の証拠』を、慈しむように、あるいは品定めするように自らの鼻腔へ近づけ、大きく息を吸う。蓮美はその指先が自分のすべてを暴き、定義していくのを、ただ震えながら見守ることしかできなかった。
その執拗な検分が、蓮美の精神を追い詰めていく。
「お願いだから、やめてっ……」
手を振りほどき、逃げるように、蓮美はユニットバスのドアを開ける。
蓮美がドアを閉めきる前に、シュウジも中に滑り込んだ。
「……シュ、ウジ……? なんで……っ」
逃げ場のない狭い空間。
既に2度目の決壊が目の前に迫っている。蓮美は内股で下腹部に力を込めるが、足踏みが止まらない。
「あー、その、なんだ。お前をここまで連れてきて、失敗を隠してやった恩があるわけだろ? ……まだお礼を受けてなくてさ」
「えっと……それは……ありがと、シュウジ……」
「言葉じゃなくてさ。……1つだけ。俺の言うこと聞いてよ。」
「……もう、何、早く。また出ちゃうから。……言うこと聞くから出てってよ」
「……ハスミが、おもらしするところをちゃんと見たい。今度は目の前で……」
「っ……!」
シュウジは二度目の破滅を要望した。
『恩』という免罪符を与えられた瞬間、蓮美の中で必死に踏みとどまっていた理性の堤防が、音を立てて崩れる。蓮美の身体が、電流が走ったように跳ねた。
――ちょろっ
最初は数滴だった。
一瞬だけもたらした解放感に、もはや再び抗う力は残されていなかった。
自らの意志とは裏腹に、身体が、どうぞどうぞと膀胱の蛇口を緩めていく。
「……ぁ……っ、……や、だ……。……見ないで……見ないでっ!」
――しぃぃぃぃぃぃ……
生乾きのショートパンツも、心も、あっという間に、快楽に近い羞恥に塗りつぶされた。
元の色を取り戻しつつあったが、股間部分が、再びどす黒く、でも鮮やかな黒色に染まり、裾から、溜まったばかりの熱い液体を、堰を切ったように再度溢れ出させた。
流れは幾筋にも分かれ、内股の『筋』をなぞるようにして、床へと滴り落ちていく。
――バタバタバタッ!
狭い室内に降った二度目の大雨が、プラスチック特有のチープな床に落ち、反響音が響き渡る。
音も、水も吸い込まない床が、彼女のおしっこを跳ね返し、その一滴一滴の行方を耳障りに主張する。
自分の身体から出たばかりの、まだ熱い液体が足元で水溜りを作っていく様子に、蓮美は目を背けることができなかった。
もはや隠すことも、足で塗り広げることもできない。ただただ、シュウジの視線を全身に浴びながら、蓮美はすべてを出し切った。
「……あ、……ぁ…………」
虚脱感。この年齢で、短時間で二回も痴態を晒したのは、全国でもきっと私だけだろう。
蓮美は、自分の作った水溜りを、ただ虚ろな目で見降ろすことしかできなかった。
「……あは、……また……出ちゃった……。……うえはーす、……失格、だね……」
女王の座から転落した蓮美は、今、ただの不潔な女性として、シュウジの手によって塗り替えられていた。
「…………変態」
消え入りそうな声。それはシュウジへの罵倒ではなく、自分自身の堕ちていく姿への、完膚なきまでの敗北宣言だった。




