好感度
魔法使いの妻、対、道具の群れである。
再び定義なども見返したが、設定上は何も問題ない。
つまりは美形に突然声をかけられて、親しみのある声を聞いて、道具たちは彼に熱を上げたのだ。
はしゃぐ道具たちとは対照的に、アルバは気配を隠して空気に溶けている。護衛としても、巻き込まれないための術としても素晴らしい。
困惑する探検家への説明のため私の画面を開いたが、薄青い画面の見出しには『友人』と書かれている。
通常はすっからかんだ。私に友人が少ないわけではなく、空っぽが普通である。
「シャグマ、道具たちには好感度があってな。
一定以上になると『友人登録申請』をして、共に冒険に出かけることも可能な設定になっているんだ。
ほら、ギルドの依頼をこなしたとき、鉄鍋くんが喜んでくれたのを覚えていないか。
お前の枠の中にも、鉄鍋くんの申請があるはずだ」
夫も背後に数多の道具を待たせながら、友人画面を開いているが……申請待ちで枠がいっぱいに埋まっている。
「普通は一度話した程度で道具たちの好感度は上がり切らない。当然ながら、対人関係のことだ。一度で相手を信用し、友人になっても良いと思うなどは稀有な事例だろう。
しかしお前の場合、人当たりの良い美形だからな。……まあそういった様々な要因が絡んで、話しただけで申請したくなるほど上昇したのだと考えられる」
「なるほど、『友人』なんて仕組みがあったから、話しかけるたびに後ろに付いてきちゃってたのか……うーん、鉄鍋A、鉄鍋B、って言われても、俺も個別に誰が誰って覚えてないし……悪いけど申請は全員お断りしておくね」
シャグマは自分の友人申請に触れ、指を『破棄』の項目に触れることで断り続けている。
しかし柳眉を顰めた彼も気づいているはずだ。
断っても断っても、枠が次々に埋まっていく。
それもそのはず、後ろで待機しているのが、彼への申請待ちの列である。
「友人登録申請は五十まで枠がある。だから普通は溢れたりしない。
しかしお前はここまでの冒険で、ただ通りかかるだけで一部の道具を惚れさせ、話すことでさらに親しみを持たれ、枠がすでに埋まっていたのだろう。
では枠がいっぱいになっているお前に、申請するためにはどうすれば良いと思う?」
「……枠が空くのを待つ?」
「そうだ。後ろでお待ちになっている団体様が、本日のお前の申請受付待ちだ」
恐ろしい話だが、予約がいつもいっぱいの名医だ。彼が応援に行く国立病院の診察室前と同じことである。ほんの少しの空き時間で良いから見て欲しいと、待機列が出来るらしい。
「友人申請はお楽しみ要素の一つだし、倒せない敵相手に有利を取るのにも、使えることがある。
だから使用出来るままにしてあったんだが……」
「俺がこんなにつれてくるとは思ってなかった、ってことだね……すごいな、消しても消しても新しいのが増えていくよ」
シャグマは手を止めずにひたすら申請を弾いている。
効果を発揮したらしく、申請を断られた道具たちが解散を始めた。
登場人物の一人とはいえ恨みなどの感情とは無縁に作ったから、あっけなく元の場所へ戻っていく。
ようやく最後の一件も破棄して全員を解放したシャグマは、疲れた様子でしゃがみ込んだ。
「終わったぁ……そっか、目の届く範囲じゃないと申請できないのか。だから追いかけてきてた……ってことだよね?」
「その通りだ。一緒にいればすぐに指摘してやれたが、いなかったからな……連れ歩くことになって大変だったろう」
情報収集のはずが何故か大規模なチンドン祭りになり、しかしデートの最中だからと私たちに遠慮して近づかなかったシャグマが容易に想像できる。
歩いているだけで背後に積み上がっていく道具の群れは怖かっただろうな……現実の人間相手ではなく、本の中の住人相手にどう対処すれば良いのかなど、私以外の誰にもわかるまい。初期説明にも注意書きを加えておこう。
追記して管理画面を閉じると、冒険家姿の美丈夫が立ち上がり、私をじっと見た。
「っ」
何かと思っていたら、彼の腕の中に入れられた。
ぎゅうっと抱きしめる腕の強さに鼓動が跳ねるまま動けずにいると、耳元で小さく声が聞こえる。
「……アルバとのデート、楽しかった?」
拗ねたような声音が可愛くてたまらない。
頷きながら彼の背中を抱きしめたが、一人で頑張った男に頬擦りした。
「居眠りしてしまって大半寝ていた。
しかし良い夢を見たし、体も楽になったぞ。アルバも良い時間だったと教えてくれた」
「アルバらしいな。やっぱり器が大きいよ……俺とは十一歳差のはずなのに、十一年後の俺でも勝てる気がしない。
……よし、気分も変わった。ねえアルバ、友人申請の画面見てるの? 俺にも見せて?」
なんだと!?
私も知らないうちに夫が好感度を上げてしまった相手は、確かにいるかもしれない。
アルバもシャグマ同様、背が高くて手足も長く、筋肉質で、顔も可愛い上に釣り上がった瞳が凛々しいイケメンなのだ。
興味があるからシャグマと二人で見せてもらったが、夫の『友人』欄にはこう書かれていた。
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【申請者】
親方蛸
子分蛸A
子分蛸B
子分蛸C
(以下同文)
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鉄亜鈴A
鉄亜鈴B
エキスパンダー
蛋白質飲料(珈琲味)
ユガの敷物
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・
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男性として憧れたのか、蛸のぬいぐるみたちや、筋肉増強用の道具たちが並んでいる。
アルバを見上げると、背の高い格闘家は照れ臭そうにした。
「……どうにもボクに申請した相手は、偏りがある気がするな」
もしや情報収集がてら、格闘家の道場に殴り込みにでも行ったのだろうか。申請相手に覚えがあるらしいぞ。
シャグマも見ながら耐えきれなかったのか、口元が笑っている。
「格闘家装備って体の線が出てるし、憧れた相手からも申請されてるのかもしれないね。
蛋白質飲料(珈琲味)ってどんな子だったの?」
「確か……足の筋力を上げていた、蓋付きの器がいたと思うから……彼かもしれない」
あ、私が見つけられたら面白いかと考えて設定した『珍しい住人』だ。
上下運動で中身を常に掻き混ぜていて、話しかけても「一見さんはお断りだ!」としか話さないからそういうものかと思っていたが、アルバ相手にはまともに話したのか。
なるほど、アルバは一見さんではない。
つい黒の格闘家を見つめてしまったが……布の向こうの胸筋が綺麗で、腹筋も割れた姿がくっきり浮き上がり、美しい全身彫刻が動いているが如き雄だ。思わず頷いてしまった。
「本の中は情報収集だけでもいろんなことが起こるね。
じゃあアルバの友人整理が終わったら、俺が集めてきた話も合わせて今後の方針を決めようよ。面白い話を聞いたんだ」
「ん? すまないシャグマ、待ってくれ……私の方に通知が来た」
話の腰を折って悪いが、管理者としての私の状態に変化があった場合は、お知らせが届くように設定してある。
変更された画面を開いたが、私の『友人』欄が一行増えている。
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【申請者】
アルバ
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思わずまだ画面を開いていた男を振り返ったが、目が合うと黒の瞳が丸くなり、彼の手元にあった薄青の画面がすぐに閉じられた。
まるで悪戯をして相手に露見してしまったような、その気まずそうな表情はなんなんだ。まさか申請出来ると思っていなかったのか。
空色の瞳をぱちぱち瞬かせている妻を相手にして、真っ赤になったアルバはそれでも胸を張り、溜息と共に軍の休めの姿勢をとった。
「驚かせて悪かった。……ボクもラフィネルに申請出来たらと、思って……試しに申請を押したら、送れてしまったんだ」
一番年上の男が果敢にも妻への友人申請に挑戦したらしく、恥ずかしそうにそっぽを向いている。
その困った表情も何もかもが可愛くて何度も薄青い画面を見ていると、アルバがますます弱った様子で黒髪を俯かせた。
「君が空欄だったのは知っているから、ボクが一番に申請出来たらと、思ったのも、あって……。
もう目的は達したから、そのまま申請状態でもいい。……忘れてくれ」
夫の意図を聞いているだけなのに、気づいたら私の腰が砕けて座りこんでいた。
友人登録一つなのに、両手で覆った顔が熱くてたまらない。
私の画面には彼の名前だけが書かれていて、申請状態のまま残されている。
妻相手の一番手ならなんでも取りたがるアルバらしい深い愛情も、何もかもが表されている申請が貴重で、震える手を伸ばすのに受諾を押せない。
もはや画面に釘付けで指を前後に彷徨わせている私を見たシャグマが、アルバに目を向けた。
「仲間内でも登録出来るか試す発想がなかったことを、今すごく後悔してる。
俺もラフィネルに送っちゃお。アルバも登録しておいて? ……はい、申請完了」
申請者が二人になった。
おお……それはそれで良いものだ。
感動して二行になった文字を見つめると、夫たち二人分の愛情を感じられる気がして……まずは最初に勇気を出して登録申請を送ってくれた男の欄を開いた。
「実は仲間内でも便利機能として使える。
申請を受理すると……ほら、この通りだ」
アルバの友人申請を承諾する。
すると薄青い画面が変わり、表示が増やされた。
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【友人】
アルバ【ミツメの街】
【申請者】
シャグマ
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「あれ。ただの申請と違って、友人になると居場所が出るの?」
「そうだ。この機能にも良し悪しあるかもしれないが……今後別の街で行動する必要が出たり、買い出しに単独行動した時など、別々の場所でしおりを挟んでもお互いに居場所が分かる。
子供達も遊んでいる兄弟姉妹に途中合流したりなど活用出来る予定だから、おいおい説明しようと思っていた」
「ずっと一緒に行動してるならいいけど、もしもの場合は行動の指針にも出来るってことだね」
「そうだ。ほらシャグマ、お前も申請受理したぞ。
私が友人になったのを確認したら、情報共有を始めよう」
シャグマの視線を自分の画面に向けさせて、私も薄青い画面に目を向けた。
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【友人】
アルバ【ミツメの街】
シャグマ【ミツメの街】
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たった二行だし、そもそも私の夫たちだ。友人なんて間柄ではない。
なのに。
……空っぽだった友人の欄に項目が増えたのが変に嬉しいのは、何故だろう。
表情や態度などから『傲慢』と避けられがちな私に出来た、真新しい友人の項目。
その名前を改めて見ながら、どうしても頬が緩んでしまうなんて……大国エルタニアの女王が、言えるはずもない。




