百合とオリーブと斧 5
「……おかげさまで、助かりました」
「いや、メリッサ君が無事で何よりだ」
ラランテスは、手を差し出した。
メリッサは、懐中時計を彼の手のひらにのせる。
不思議な懐中時計――これは魔道具だ。
「多数の人間を一カ所に集める魔道具なんて、聞いたこともありません」
「我が家に眠っていた古代の遺物だ――本来は、敵を遠くに移動させるために使う物だが、研究中に効果が反転してしまってね」
先ほどの話によれば、三十年前にラランテスの家族は亡くなっている。
おそらく、ラランテスの身を案じて、彼の父が家宝を授けたのだ。
――懐中時計はラランテスにとって形見でもあるはずだ。
「そんな大事な物をどうして」
「――メリッサ君は、新しい時代とやらの中心にいる」
「え?」
そんなはずはない――メリッサは、魔力がないし、当然魔法も使えない。
特別な魔道具を開発できるわけでもないし、国を揺るがすほどの美女でもない。
そんな彼女が、中心であるはずがない。
「フェリオ・ロイフォルト……彼は、古い時代の魔術師だ」
「フェリオ様が、古い時代の……?」
メリッサは不思議に思った。
彼は強い魔術師だが、魔道具への理解もある、決して古い考えの持ち主ではない。
「――前にもルード君とリア君には話したが、彼らは本当の意味で最後の魔術師になるだろう」
「最後の、魔術師?」
「これからも強い魔力を持ち、強い魔法を行使する魔術師は生まれる。だが、魔道具を使いこなす軍隊には適うまい」
「……」
メリッサは不思議に思った。
ラランテスの言葉通りなら、新しい時代への移行期、その中心にいるのは、やはりフェリオやルード、リアのはずだ。
「力ではないのだよ――考え方だ」
「え……」
「魔法を行使できる者は、魔力と魔法が最も尊いという考えに陥りやすい。それこそ魂に刻まれているかのように誰しもが……。今考えれば、かつて一つの国を壊してしまったかの王も、魔法が使える故にそうだった」
ラランテスの言うことは、いつもとても難しい。だが、先ほどの話とも繋がっているようだ。
メリッサは、次の言葉を待った。
「いやはや、それなのに最高峰の魔術師が三人。それだけでも流星に三度打たれるようなものだが……その三人が、たった一人を守るためであれば魔道具をためらいなく手にする未来なんて、誰が予想できようか」
「……」
「最高峰の魔術師が同時代に三人も揃った【奇跡】に、彼ら全員が魔法より大切な何かを見つけ、それを守る手段が魔法だと決めつけない【異常】――人程度が新しい時代を予測するなどおこがましいと言われているようだ」
ラランテスの銀色の瞳にメリッサが映っていた。
彼は柔らかく目を細め、メリッサに歩み寄った。
「おかしなものだ。そのたった一人は、魔道具こそが時代を変えるという、私の考えすら……」
――ザクリ。
「ひえ!?」
「おやおや……」
物騒な音に視線を下に向ければ、ラランテスの両足の間の床に、斧が刺さっていた。
「――説明が終わるまで見ていたくせに、彼女と少し距離が近づいただけでこれか」
ラランテスは、懐中時計のチェーンを持ってクルクルと回しながら口の端をゆがめた。
「――新しい時代への移行期は、風が吹き荒れる。しかし、中心だけは台風の目のように穏やかなのかもしれないな」
「――あの」
「さて、父が与えてくれた懐中時計。込められた魔力を使い切れずに生き延びてしまったのは、君のお節介のせいだよ、ダリア君」
ラランテスは天井を見上げると独り言のように言葉を続け、メリッサの手にもう一度、懐中時計を握らせた。




