百合とオリーブと斧 4
「――これは、おとぎ話のようなものだ」
「おとぎ話……ですか?」
「ああ、だから本当のことなどと思わず聞きたまえ」
「わかりました」
多分これは、誰に話してはいけないことなのだろう。
メリッサは、ラランテスの言葉からそう考えた。
「さて、物語はある女性との出会いから始まる」
* * *
――彼女は、戦場の焼け跡に一人立っていた。
青みを帯びた髪をなびかせて……年は四十くらいだろうか。
彼女は、飄々としていて歴戦の強者のようにも見えた。
しかし、身につけているのは侍女のお仕着せだった。
柔和な笑み、優雅な物腰、侍女の装い。しかし彼女が担ぐのは斧。
――魔獣に化かされているようだとラランテスは思った。
彼女の足下には人が三人倒れている。
追っ手に捕まりかけ、もう終わりだ、と思った直後の出来事だった。
「ご無事ですか? ラランテス・ウェイアード様」
「……どうして俺の名を」
「知っていますわ。だって、あなたを探しにここまで来たんですもの」
そう口にすると、彼女は妖艶に微笑んだ。
「魔道具の知識と技術を手に入れ、戦争に勝つためか」
「いいえ、この戦争の我が国の勝利は確定しています」
「ではなぜ」
「新しい時代が見たいと、あのお方がおっしゃるものですから」
「新しい……時代? あのお方?」
「ええ、そのためには魔道具が必要、魔道具と言えばウェイアード子爵家、その長男がラランテス・ウェイアード様。そうおっしゃいました」
事実、ラランテスの生家は魔道具の研究を生業にしている。
子爵家とはいえ、国内でもそれなりの力を持っていたが……。
「ご家族のことは残念でしたわね――」
「……」
――魔道具は人に魔力を与えた精霊を冒涜するものである。
三年前、新しく即位したエールティティア国王はそう宣言した。
その直後から、魔道具研究者は次々と捕らえられ、貴重な技術や知識とともに命を奪われた。
一般人が魔道具を持ったとて、強い力を持つ魔術師には適わないとエールティティア国王はかたくなに信じている。
確かに一般人が魔道具を持ったとて、強い魔法を行使する魔術師には適わないだろう。
しかし、ラランテスは思う。もしも両国の戦力が均衡していたなら……魔道具を使った側が強いのではないかと。
――その事実に、この国の王は気がつかなかった。いや、気がつこうとしなかった。
「我が国へいらっしゃいませんか?」
「……お断りします」
「仕方ありませんわね。でも、私は諦めが悪いほうですの」
彼女は現れたときのように飄々と去って行った。
* * *
「その女性は私が危機に陥るたびにタイミングよく現れた。そして、斧ですべてを解決した」
「斧で」
「ああ、魔法は使えないが、確かに彼女は当時最強だっただろう」
「魔法が使えないのに、最強――それって」
魔法が使えないのに最強と聞けば、メリッサが真っ先に思い出すのは騎士団長ディグムート卿だが……。もう一人、思い当たる人物がいる。
「伝説の、斧使い?」
「――そう伝説。つまり、これはおとぎ話のようなものだ」
彼女を表すモチーフと言えば『斧』『侍女服』――今はその髪は白くなっているが、三十年前は青みを帯びていたかもしれない。
メリッサは、その女性が誰かわかるような気がした。




