王立学園と助手 8
メリッサはふと、腰に下げていたポシェットに触れる。
「……!」
慌てながら取り出したのは、百合とオリーブの紋章が描かれた懐中時計だ。
それは、以前ラランテスが護衛をしてくれたときに渡してくれた物だ。
――たしか、リューズを逆回しにするって言っていた。
不思議な懐中時計は、ネジを巻かずと正確な時を刻み続けていた。
調理の時に時間を計ったり、予定までの時間を確認したりと便利ではあった。
だが、困ったときにリューズを回すように言ったのだから、何か仕掛けがあるのだろう。
「まって~! そっちはだめだよ!」
「こら、だめだって!」
ルードとリアの声が、少し離れた場所から聞こえてくる。
このままでは本当に学園中が大騒ぎになってしまう。
メリッサは、懐中時計のリューズを逆向きに回した。
懐中時計から、黒い光が沸き上がる。
光なのに黒いなんて不思議なことだが、黒いダイヤモンドのような光は、そうとしか表現できない。
その光が尾を引いて床にグルグルと円を描き始める。
少しだけ悍ましく、あまりに美しい光景だ。
描かれている文字は、メリッサが最近ようやく学び始めた神代文字。
千二百年ほど前に精霊が与えたという文字は、今はもう解読できる者がいないとされている。
文字が円の周りにびっしりと描かれれば、完成したのは見たこともない魔法陣だった。
「奥様!」
魔法陣から現れた煙が、人を形作る。
ヨロヨロと現れたのはダリアだった。
「ダリア! 腰痛で休んでいたのではないの!?」
「アレを作動させたのでしょう? 馳せ参じますとも……登録されているのは、私だけではありませんわ。ところで、マーサとメアリーがおそばに控えていたはずでは」
そういえば、こんな場面であればいつでも侍女たちが助けに来てくれるはずだ。
しかし、彼女たちの姿がない。
「わからないわ……。それにしても登録? ダリアだけではない?」
なんとなく嫌な予感がしながら、魔法陣を見つめていると、先ほどよりも多くの煙が吹き出して、二人の人の形を作り上げた。
「師匠! 何事ですか!?」
「メリッサ!」
現れたのは、王立騎士団長ディグムート卿と……。
「あの、どうしてこちらに」
「――無事か! ルードとリアは!?」
どうして懐中時計のリューズを回したら、ダリアとディグムート卿とフェリオが現れたのかはわからないが……メリッサは、扉の向こうを指さした。
「魔獣? 逃げ出してしまったのか」
「ロイフォルト殿、とりあえず、捕獲しましょうか」
「そうだな。人間に害をなす魔獣ではないが、騒ぎになってしまう」
ディグムートとフェリオが走り出す。
視線の先では、ルードとリアが水とつる薔薇を出して、なんとか捕獲しようとしている。
王立騎士団長に魔術師団長、二人で全属性の魔法が使える天才双子。
害がない魔獣というのであれば、少しばかり過剰戦力なのではないか……。
フェリオが軽く指先を振れば、大きな水の玉か現れて紫色の魔獣を包み込んでしまった。
いとも簡単に見えるが、あんなにたくさんの水を簡単に出すなんて普通はできないし、それを維持したままふよふよと浮かばせるなんて芸当、王国広しといえどフェリオくらいにしかできないだろう。
その証拠に、ディグムートもダリアもただ黙ってフェリオの魔法を見つめるばかりだ。
ふよふよと水に包まれたまま魔獣は運び込まれ、水槽に戻された。
ここでもフェリオが指先を軽く振るえば、ひび割れていた水槽はいとも簡単に修復された。
「どうなっているのですか?」
「水魔法の応用だ。氷で一時的に補修したが、新しい物が必要だろう……それにしてもどうして壊れた」
「急に割れたのです……」
ぶつかったわけではない。だが、ガラスとは壊れやすい物だろう。
しかし、フェリオの表情は浮かない。
「――破片を見たが、普通のガラスではなく強化魔法が厳重にかけられていた。よほどの力を加えるか、細工でもしなければ壊れないはずだ」
「……」
そうこうしている間に、ラランテスや教師たちが集まってきて、しばし、現場は騒然となったのだった。




