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第8話 驟雨の七夕まつり

 清水高校の月曜日1限目は、毎週、小試験(テスト)がある。そして、それは、英、数、国と順繰(じゅんぐ)りに、実施(じっし)されていた。(おそ)らく、本来であれば、HR(ホームルーム)等に()()てられるべき時間なのであろうが、何故(なぜ)か、HR(ホームルーム)では無く、学年一斉試験(テスト)に、()()てられていたのである。(まった)()って、とんでも無い学校である。(したが)って、中間、期末以外に、主要3教科については、学期中に、3つか4つ、試験(テスト)がある勘定(かんじょう)になる。もとより、清水高校は、地元でも有数の進学校である。生徒も、各中学校のトップレベルが集まっている(わけ)であるから、試験(テスト)生易(なまやさ)しい内容(モノ)では無かった。普通、高校の試験(テスト)は、試験(テスト)範囲(はんい)を勉強していれば、8割方は取れる仕組みになっているそうである。角を()めて牛を殺すとの(ことわり)もある。生徒のやる気を()いでも意味が無い。(しか)し、()れでは、各中学校のトップクラスを集めた集団では、差別化(さべつか)など出来無(できな)い。みんなが、満点を取る試験(テスト)では、(まった)く意味が無いのだ。(したが)って、差別化(さべつか)(はか)れる様な試験(テスト)問題と成って来る。(よう)するに、難易度(なんいど)極端(きょくたん)()ね上がって来るのである。試験(テスト)範囲(はんい)についても、有って無い様な物だった。まず、範囲(はんい)極端(きょくたん)に広い。(たと)えば、英語なら、副読本の海外原書の1章。数学なら数Ⅰ問題集全部。あるいは、古文なら徒然草(つれづれぐさ)全部。と()った様に、抑々(そもそも)範囲(はんい)自体(じたい)が、やり切れる量などではない。(よう)するに各教科の地力(じりょく)が試されるのだ。()の上、所謂(いわゆる)、点取り問題が皆無(かいむ)なのである。50点満点の試験(テスト)で、平均点が一桁(ひとけた)などと()うのは、(ざら)なのだ。まあ、そう()った意味では、教師陣が目指(めざ)差別化(さべつか)(はか)るという目的は、物の見事(みごと)達成(たっせい)されていた(わけ)ではあるが、生徒達にして見れば、(たま)った物では無い。(したが)って、試験(テスト)勉強、()自体(じたい)も、()(よう)が無い量ではあったのだが、()れでも、()らざるを()ない。()(かく)、何も()らないと、大変な事になる。()れはそうだ。普通に0点が有り得るのだ。元来(がんらい)は、勉強が出来(でき)るとされていた子供達である。0点などとは無縁な生活を送って来たに相違無(そういな)い。彼らは(ひと)しく、超難易度の試験(テスト)洗礼(せんれい)を受けるのである。そして、今週は英語の週だった。平均点は12・3。正太郎は7点、高志は18点、祐子は24点、敬介は3点、ひろみは11点、明彦は16点、いずなは26点、凛子が27点だった。全員(ぜんいん)項垂(うなだ)(なが)ら、萎靡沈滞(いびちんたい)して、部室で黄昏(たそがれ)ていた。ひろみががっくりして、(つぶや)く。

「ショックだわー。こんな点数見た事無いよ。もう、プライド、寸々(ずたずた)だよ」

「本当だよ。いずな、45点未満の点数取った事が無いのに。ムキーッ。悔しい」

「いずなちゃんは、まだ()いよ。(おれ)なんか3点だぞ。一番小さい素数(そすう)だぞ。()(まま)だと…。赤点だよ」

「いや、ケースケ。一番小さい素数(そすう)は2だから…。()だ、大丈夫(だいじょうぶ)だ」

高志が、()かさず、敬介の誤謬(ごびゅう)を混ぜ返す。敬介は高志の悪い冗談に(いき)り立つ。

「何が、大丈夫(だいじょうぶ)だよ。ふざけえやがって!」

(おれ)だって、特進科の平均が18・1だったんだ。やべえよ」

 明彦がぼやいた。高志も(つぶや)いた。

「そうだな。プライドを(こわ)すのが目的かもな。(おれ)だって初めてだよ。こんな点数は」

 正太郎は、中学時代から、英語は、若干(じゃっかん)苦手(にがて)であった。

「でも、村木さんの話だと、一回でも平均点を越えれば、()の学期の赤点は、無いそうだよ。(おれ)()れに()けるよ」

「まあ、すんだ事は、仕方(しかた)が無いよ」

 祐子が(なぐさ)めた。それを()に自然と話題が()れて行った。男子組がひそひそ話し始めた。高志が、興味深げに()った。

「なあ、祐子ちゃんのブラのカップどれくらいだろ? 正太、教えろよ。(おれ)の見立てだと、EかFだと思うんだが…」

「あのなあ、(おれ)が知る(わけ)、無いだろ」

 高志がイタズラっ子の様な顔付きで、正太郎を(さら)に問い詰める。

「だって、お前ら幼馴染(おさななじみ)だろ?」

「だったら、お前、幼馴染(おさななじみ)全員(ぜんいん)のブラのカップサイズを、把握(はあく)してるのかよ?」

「ああ。大抵(たいてい)は」

 高志がケロリとして答えた。

「お前、()のうち、絶対(ぜったい)、逮捕されるぞ」

大体(だいたい)、見て分かるだろ。まず、ひろみはB。いずなは大負けに負けてA。凛子はCかDだな。だが、祐子ちゃんレベルになると、最早(もはや)、勘が()かねえ…。EかF位か…」

 明彦が口を(はさ)んだ。

「まあ、待て。(おれ)情報網(じょうほうもう)()るとだな、Hらしい」

情報網(じょうほうもう)って何だよ。英語の点、悪りい(くせ)に、そう()う情報だけは、(すご)いのな」

(やかま)しい!」

明彦が赤くなり(なが)ら、()える。

「だけど、Hって、上から何番目だよ。咄嗟(とっさ)に分かんねーぞ」

 敬介が指を折って数え始めた。

「A、B、C、…H。8本折れたぞ。メンタンピン三色(さんしき)一盃口(イーペーコー)ドラドラと同じだ。親なら240だぞ」

「分かりにくいぞ」


 わいわい()っている(ところ)へ、凛子が話し掛けて来た。

「どうせ、あんた達、(ろく)でも無い話をしてたんでしょう。だったら、ちょっと、知恵を貸しなさい」

「何だよ」

「A、B、Cの3人の男がいます。トランプの赤の札2枚と黒の札3枚があり、3人の背中に色が見える様に()()け、残った2枚は(かく)してしまいます。

 其処(そこ)で、A、B、Cの3人に質問。

  『他の人の、背中のカードを見て、あなたの背中のカードの色は分かりますか?』

  A:『分かりません』

  B:『分かりません』

  C:『A、Bが分からないのなら、僕の色は分かります』

 (さて)何故(なぜ)分かったのでしょう? そして何色だったのでしょう?」

「何だそりゃ?」

 高志が()った。ひろみが、口を(はさ)む。

「凛子のクラスで流行(はや)っているそうよ」

「ふーん。まあ、全ての場合を、書き出してみようぜ」

『 A  B  C

 ①黒  黒  黒

 ②黒  赤  赤

 ③赤  黒  赤

 ④赤  赤  黒

 ⑤赤  黒  黒

 ⑥黒  赤  黒

 ⑦黒  黒  赤』

「で、()(うち)の赤が2枚使われるケース、(すなわ)ち、②、③、④は、()瞬間(しゅんかん)に分かるから、除外(じょがい)される。そうするとCが赤のケースが無くなるとか。ありゃ? ()だ、⑦が残ってるな」

 高志がぶつぶつ()っていると、突然(とつぜん)、祐子が、ニッコリし(なが)ら、(さけ)んだ。

「あっ。(わか)った」

 正太郎が、驚いて(たず)ねた。

「えっ。マジ?」

「うん」

 正太郎が、思わず感心した。

「祐子ちゃん、本当に、()()うの好きだなあ」

「うん。大好き」

 祐子がニコニコし(なが)ら、答えた。正太郎が頭を(ひね)(なが)ら、呻吟(しんぎん)する。

「問題は⑦なんだが…」

 高志がニヤニヤし(なが)ら、続いた。

「どうでも()いわな、問題は⑦のケースだけなんだろ。()れさえ、クリアできれば、Cは無条件で黒と答えられる(わけ)だ。実際⑦のケースを、やってみれば()いんじゃねーか? 丁度(ちょうど)、A,B、C。三人(そろ)っているし」

「?」

「えーと。Aがいずな。Bがひろみ。Cが凛子」

 凛子が胡散臭(うさんくさ)げに、

「ちょっと、あんた、()人選(じんせん)。他意は無いんでしょうね?」

「そんなん、決まってんだろ。おまえらのカップのサイズに…。ぎええ」

 ひろみは高志の腕を、後ろ手に(ひね)り上げながら、憤怒(ふんぬ)に燃える(ひとみ)()った。

「何てえ事、()うのよ。()のおじゅたれ(おもらし)小僧」

「ムッキー。ひろみっち、()無礼(ぶれい)な小便小僧に、もう一発」

 高志が、憤然(ふんぜん)と食って掛かる。

「あーっ、おめーら、()っちゃあなんねえ事を、次々と」

(だま)んなさいよ。()の女性の敵」

 ひろみが、孫の手を振り回し(なが)()った。凛子が、ぷりぷりし(なが)ら、

人選(じんせん)変更! A高志、B正太、C敬介で、⑦のケースをシミュレート」

 凛子が高志に(たず)ねた。

「他の人の色を見て、あなたの色は分かりますか?」

「分かんねーよ」

 今度は、正太郎に同じ質問をした。

「分からないな」

 最後に敬介に同じ質問をした。

「分かるぜ。赤だ」

 敬介は、たちどころに回答した。

「?」

「すごい。ケースケ。何で分かったの?」

 いずなが、感心して聞いた。

「だって、(おれ)、赤、()られるとこ、見てたもん」

「ムッキーッ。意味無いでしょ。ケースケ、交代! ()のおばかっち!」

「そんな。ひどいよ。いずなちゃん」

人選(じんせん)変更。A眼鏡(めがね)、Bゆうちん、Cひろみっちで、リスタート!」


 今度はいずなが同じ質問を始めた。変化はBの祐子の(ところ)で起きた。

「他の人の色を見て、あなたの色は分かりますか?」

「えへへ。分かるよ。私の色は黒でーす」

「えっ」

 みんなの驚きをよそに、祐子は背中のカードを()がし(なが)ら、()った。

「ほらね」

「何で?」

 正太郎は胡乱(うろん)げな表情で(つぶや)く。()の横で、敬介も感嘆(かんたん)する。

「なんで、祐子ちゃんが分かるの?」

「えへへ。内緒(ないしょ)だよーだ」

「わかった」

 突然(とつぜん)、敬介が(さけ)んだ。何事か(ひらめ)いたらしい。祐子がニコニコし(なが)ら、正太郎に()った。

「ほら、正ちゃん。敬介君も(わか)ったみたいだよ」

 其処(そこ)で、敬介が得意気(とくいげ)自説(じせつ)披露(ひろう)する。

多分(たぶん)。祐子ちゃん。自分の下着の色、答えたんだ。他に考えられ無いだろ」

祐子は赤くなり(なが)ら、敬介説を却下(きゃっか)する。

全然(ぜんぜん)(わか)って無い。私、黒の下着なんて持って無いもん」

 いずなが()()になって()える。

「ムキーッ。ケースケ。真面目(まじめ)に考えろ!」

「だって、祐子ちゃんが(わか)るのが、変じゃんか」

 敬介がぼやいた。高志が横合(よこあ)いから口を出す。

「まあ、待て、敬介。此処(ここ)は、論理的(ろんりてき)に考えよう。論理的(ろんりてき)に考えて、パンツの色でなければ可能性(かのうせい)は、(ただ)一つ、ブラの…ぷぎゃんっ」

「そんな、ブラも持ってない…。赤も黒も」

 ひろみが孫の手で高志の頭を(たた)いた。

「あんたこそ、まじめに考えなさいよ。私も(わか)ったわよ。確かに、⑦の場合、Bには自分の色が(わか)るもの」

「うるせーな。答えなら、(おれ)も、(わか)ったよ」

成程(なるほど)な。(おれ)も…」

「ウッキーッ。そう()う事か。いずなも(わか)ったよ」


 みんな次々と(わか)っていく様だ。だが、正太郎には(わか)らない。()の問題の(きも)は⑦の場合だけだ。()の場合、()し、(わか)るとすれば、赤が2枚使われている時だけの(はず)なのだが、()の場合は、明らかに違う。祐子(B)から見た光景は、明彦(A)の黒と、敬介(C)の赤だけだ。自分の色の特定なぞ、出来(でき)(わけ)が無いのだ。だから、明彦(A)も(わか)ら無いと()ったではないか。

「あっ。そうか」

 正太郎が、思わず、(さけ)んだ。何か(ひらめ)いた様である。祐子がニコニコし(なが)ら、問い掛けて来る。

「正ちゃん。(わか)った?」

(ようや)く、(わか)ったよ。見た情報だけでなく、明彦の情報も必要なんだ。明彦が(わか)らないと()ったから、(わか)ったんだ」

 祐子がうれしそうに(さけ)んだ。

「正ちゃん。正解」

 ひろみが、(たず)ねる。

()れで、全員(ぜんいん)?」

 敬介がぼやく。

「待ってよー。(オレ)()だ、判んないよー」

 凛子がやれやれといった調子で()った。

「しょうがないわね。いずな。後から教えて上げなさいよ。(さて)、今日は()の後、如何(どう)する? 赤灯台?」

「そうだな。折角(せっかく)試験(テスト)も終わった事だし。まあ、また来週もあるけどな」

「いずな。おなかすいたから、キャトル行きたい。キャトルでチーズケーキ食べたい」

「わかった。わかった。みんなもそれで()いか?」

 誰も、異存(いぞん)は無かった。

「それじゃあ。30分後16時30分にキャトル集合な」


 キャトルに先着したのは、正太郎、祐子、いずな、敬介、ひろみだった。ひろみが栗色の髪を()きあげ(なが)ら、メニューを手に取る。

「先に頼んでましょ。私、ナポリタンとメロンのタルトにジャワティー」

「いずな。チーズケーキとアメリカン」

 祐子が、正太郎の()かいの席に腰掛(こしか)()った。

「私、モンブランといちごショートにメロンのタルトにアイスミルクティー。正ちゃんは?」

(おれ)、ブレンド」

 敬介が、最後に、いずなの()かい側の席に腰掛(こしか)けて、早速(さっそく)切り出した。

(おれ)、アイスコーヒーにいちごショート。さあ、約束だよ。いずな先生、先刻(さっき)の問題、教えてよ」

 そう()うと、敬介はキラキラとした好奇心に満ちた(ひとみ)で、いずなを見つめた。いずなは、黒色のウェーブがかった髪を(いじ)(なが)ら、敬介に優し()面持(おもも)ちで解説する。

「もう。ケースケったら。あのね、⑦の場合、最後に正ちんが()ったとおり、Bの人が(わか)っちゃうんだよ。まず、Bから見て、見えているのは、A黒、C赤だけど、()の前にAが『(わか)らない』って()っているでしょ。であれば、Aから見て、B赤、C赤では無いって事でしょ?」

「あーっ」

()の様に、⑦の場合もBの段階で判明してしまう。だから、Cまで分からない場合は、論理的(ろんりてき)に、Cの色は黒でしか()得無(えな)い。(もっと)も、A、B、C、三人には、()のクイズを解くだけの知的水準(ちてきすいじゅん)が、要求(ようきゅう)される(わけ)だけど…」

 敬介が、感心して、いずなを()(たた)える。

「すごいや、いずなちゃん。先生と呼ばせてください」

「もう、いずなだけじゃないよ。みんなも分かってたもん。あっ。でも、ケースケ、地理は強いもんね。いずなも()の間、ケースケに助けられたもん。学校祭のクイズ大会」

 いずなは、()特徴的(とくちょうてき)八重歯(やえば)で、ニコッと微笑(ほほえ)むと、()気無(げな)く、敬介のフォローを入れた。相変わらず、マイペースな様で、敬介への気配りを(にじ)ませる。

「ところで、彼奴(あいつ)らは?」

 いずなが、(たず)ねた。敬介が答えた。

「なんだか、(はち)()が、如何(どう)()うの()ってた」

 其処(そこ)へ、高志、明彦、凛子が遅れて入って来た。

「お、頼んだのか? (おれ)、ミルクセーキにチーズケーキ」

「私、アメリカンにブルーベリーのミルフィーユ。眼鏡(めがね)は?」

「俺、レモンティー」

 聞けば、明彦が、百葉箱(ひゃくようばこ)(はち)()駆除(くじょ)を頼まれて、他は手伝っていたらしい。


()されたりしなかった」

 ひろみが、凛子に聞いた。

大丈夫(だいじょうぶ)よ」

(しか)し、現実(リアル)(はち)()されたって話って、聞いた事が無いわね。()された事ある人って、いるのかしら?」

 みんな首を振った。が、一人。高志が、

(おれ)、有るぜ。小1の時と中1の時」

 ひろみが驚いた。

「2回も? 2回()されると、やばいんじゃ無かったけか?」

「いや、小1の時はミツバチ。中1の時はアシナガバチ」

「何をやったの? また、どうせ、悪さをしてたんでしょ?」

「そんな(わけ)あるか。小1の時は『(はち)ごっこ』をやってたんだよ」

(はち)ごっこ?」

「何よ? ()白地(あからさま)(あや)しげなごっこ遊びは?」

 凛子が(いぶか)しみ(なが)ら、胡散(うさん)(くさ)そうな目をしている。

「ああ、小学校に入学して1週間位した時の事なんだが、中庭で上級生が、女の子にハンカチを投げて遊んでいるんだ。女の子達が『きゃーきゃー』()ってな。何かと思ったら、ハンカチで(はち)をくるんで投げていたんだ。中庭にパンジーの花壇(かだん)があったんだが、ミツバチが(みつ)を吸いに結構(けっこう)集まって来るんだ。()れを、ハンカチでそっと(つつ)み、女の子に投げるんだ」

「…」

()れで、『()れは、面白(おもしろ)い』ってんで、(おれ)も参加したんだが、生憎(あいにく)と、ハンカチがねえ。で、仕方(しかた)が無いから、素手(すで)でやったんだが…」

 ひろみが(あき)(なが)ら、

「で、()された訳? バカじゃないの。悪さ(どころ)の騒ぎじゃないじゃないの」

「でもよ、5回位成功したんだぜ。女の子達が、『きゃーきゃー』()ってな。だけど、最後の1回は、投げようとした瞬間に、手の平に激痛(げきつう)が走って…」

 凛子も(あき)(なが)()った。

(あき)れた。自業自得(じごうじとく)の見本みたいな話だわ。イソップ童話かなんかに、ありそうな話よね」

「いずな、知ってるよ。ミツバチさん、()すと死んじゃうんだよ。高志。ミツバチさんに(あやま)んなさいよ」

「ばかやろ。此方(こっち)も死ぬ程、痛かったんだぞ。で、大泣きしている(おれ)を、上級生が保健室へ連れてった。手の平にでっけえ針がくすがって(()さって)いてな。でも、翌日、()の件が大問題になってな。全校集会が開かれ、校長先生が、『昨日、可愛(かわい)い新1年生が(はち)()されて、大怪我(おおけが)をしました。(はち)ごっこは禁止にします』ってな」

 ひろみもうんざりし(なが)()った。

「かわいい1年生が、聞いて(あき)れるわね。100%加害者じゃないの。で、中1の時は何なのよ? 今度は、アシナガバチで(はち)ごっこをしたの?」

「んな事するか。あの時は、野球部の部室の入口横にアシナガバチが、()を作ってたんだ。で、危ないから駆除(くじょ)しようって事になったんだ」

「あら、今回は割りとまともね」

「でも、ただ駆除(くじょ)するだけじゃ、面白(おもしろ)く無いってんで、参加者全員(ぜんいん)でじゃんけんして、一番負けた(ヤツ)が一本づつ、計10本、()爆竹(ばくちく)を差し込むって事になったんだ」

「…」

「で、爆竹(ばくちく)が10本分、無事(ぶじ)差し込まれたんだが、最後の点火者を決めるじゃんけんで、(おれ)が一番負けて…」

 ひろみが(あき)(なが)ら、

「で、()された(わけ)? バカじゃないの。駆除(くじょ)でもなんでも無いじゃないの」

「でもよ、点火には、無事(ぶじ)成功して、(はち)()()()微塵(みじん)になったんだぜ。だけど、怒った(はち)に、左耳と右腕を、ブスーッと…」

「いずな、知ってるよ。アシナガバチってスズメバチの仲間なんだよ。()を攻撃されると、(すご)く怒るんだよ。アシナガバチさんに(あやま)んなさいよ」

「ふざけんな。ミツバチの時以上に、死ぬ程、痛かったんだぞ。お陰で、近所の病院に(かつ)ぎ込まれたし、()(あと)、全校集会が開かれて、駆除(くじょ)の際に、爆竹(ばくちく)を使うのは禁止になったんだぞ」

 敬介がニヤニヤし(なが)()った。

「あくまでも、駆除(くじょ)()い張るのな」

 凛子も同意した。

(あき)れた。真面目(まじめ)に聞いて損した。両方とも、ただ、(はち)にイタズラして、()されただけじゃないの」


 みんなでわいわい()っている(ところ)へ、オーダーが届き始めた。高志が頼んだミルクセーキを見て、祐子が思い出した様に、()った。

「そう()えば、正ちゃん。お幼稚(ようち)の時の『勇者ごっこ』、覚えてる?」

 正太郎がニコニコし(なが)ら、無邪気(むじゃき)に聞き返す。

「何かあったっけか?」

「何か、また、白地(あからさま)に、(あや)しげなごっこね」

 凛子が(つぶや)くと、祐子が、(おもむろ)に語り始めた。

「私と正ちゃん、同じ幼稚園(ようちえん)のバス通園(つうえん)だったの。ほら、高校の裏手にある…」

「あー。知ってる。A幼稚園(ようちえん)

「それで、バス通園(つうえん)園児(えんじ)は、バスの時間まで、お庭で遊んだり、教室で、積み木をしたり、ご本を読んだりして待ってたんだけど、()る日、教室の(すみ)から異臭(いしゅう)がしたの。そのうち、正ちゃんが、ミルクセーキの()(びん)を見つけて、でも、底に少しだけ残っていて、(くさ)ってたのね、(ひど)強烈(きょうれつ)(にお)いがするの。教室には7~8人残っていたんだけど、正ちゃんが、『みんなでじゃんけんをして、一番負けた人が勇者になって、(にお)いを()ごう』って、()い出したの。()れで、みんな面白(おもしろ)がって…」

「おー、思い出した。あれは、強烈(きょうれつ)(にお)いだったもんなあ…」

「…」

「全部で10回位じゃんけんしたかな。私は2回負けたの。本当に(ひど)(にお)いで、何とか1回目は我慢(がまん)出来(でき)たんだけど、2回目の時に、給食の直後だったもんで、一気(いっき)に戻しちゃって、(しか)も、()拍子(ひょうし)(びん)を落として割っちゃたら、お部屋中に(にお)いが充満(じゅうまん)して、他のお友達も、4人位、一気(いっき)に戻しちゃったの…。みんな、大泣きで、汚物(おぶつ)まみれ。それで、勇者ごっこは禁止になったの。おかげで、私、(いま)だにミルクセーキだけは飲めない…」

 ひろみが、(あき)れた様に()った。

「正太がバカなのは仕方(しかた)無いとしても、祐子も大概(たいがい)よね」

 正太郎が、憮然(ぶぜん)として反論(はんろん)する。

「えっ。(おれ)? (おれ)は完全な被害者だろ。(おれ)だってあれ以来、ミルクセーキは飲めなくなったんだぞ」

抑々(そもそも)、あんたは元凶(げんきょう)でしょ」

「いずな、知ってるよ。本当はミルクセーキ、とってもおいしいんだよ。今、高志が飲んでるけど…。正ちん。ゆーちんとミルクセーキさんに(あやま)んなさいよ」

 高志が()()になって怒り心頭(しんとう)である。

「ふざけんなよ。いずな。(おれ)に、(なん)(うら)みでもあるのか? まだ、半分以上、残っているんだぞ。(なん)だか気持ち悪くなってきた…」


 祐子が(さら)に続けた。

「それに、正ちゃんのお母さんから聞いたよ。『電気分解(でんきぶんかい)救急搬送(きゅうきゅうはんそう)事件』の事」

「何、それ?」

 と、ひろみ。凛子も(つぶや)いた。

(すで)に、タイトルからして、まともな事件では無さそうね」

「中2の春の()る土曜日。近所で消防車や救急車の音が聞こえたの、それで、見に行ったら、如何(どう)やら、正ちゃんの家らしいの。そうしたら、正ちゃんと江崎君がストレッチャーで救急車に乗せられて、()(まま)搬送(はんそう)されちゃったの」

 高志が突っ込んだ。

「まーた、お前らか? 今度は何をした?」

「いや、水の電気分解(でんきぶんかい)を…」

「何で、水の電気分解(でんきぶんかい)で、救急搬送(きゅうきゅうはんそう)されなきゃならないんだよ?」

「江崎と水の電気分解(でんきぶんかい)をして、水素と酸素を作ってみようとしたんだよ」

「作って如何(どう)する?」

「混ぜて火をつけてみようって…」

「おまえなあ。それって、ガス爆発と同じだぞ。危ねえなあ。飛行船ヒンデンブルク号の事故知らねえのか? それで、消防車と救急車か?」

「いや、其処(そこ)(まで)も至らなかった」

「?」

「最初、電気分解(でんきぶんかい)するのに家庭用の電源(でんげん)使ったんだ」

 明彦が、(いぶか)(なが)らも、突っ込んだ。

「おい、待て、待て、待て。あれって交流だぞ。電気分解(でんきぶんかい)なぞ、出来(でき)(はず)が…」

「大型ビーカーに、水を準備して。テスター用のリード線を家庭用のコンセントに突っ込んで、もう一方のリード線を、反対側の穴に突っ込んだ。()瞬間(しゅんかん)に感電した。※」

 ※()い子は絶対に真似(まね)しないで下さい。


 高志が(あき)れ返った。

「当たり前だ!」

「コンセントから火花が噴くし、家のブレーカーも落ちるわで、お袋がかんかんに怒って飛び込んで来やがった。まあ、()の場はうまく誤魔化(ごまか)したけどな。それで、これじゃ危ないって事になって、(おれ)の電気スタンドのコードをはさみで切って、先端(せんたん)を二つに裂いて、ビーカーに浸け、コンセントに差し込んだら、その瞬間(しゅんかん)にまた、感電した。※」

 ※()い子は絶対に真似(まね)しないで下さい。


「当たり前だ」

「また、ブレーカーが落ち、(ふたた)び、お袋が飛び込んで来やがった。()の時も、うまく誤魔化したけどな」

「…」

其処(そこ)で、家庭用電源(でんげん)だとかなり危険である事に気がついた」

 明彦が、(あき)れた様に()った。

抑々(そもそも)交流電源(こうりゅうでんげん)電気分解(でんきぶんかい)出来無(できな)い事に気づけよ」

「…うるさい」

其処(そこ)で、江崎が、乾電池(かんでんち)を使ったら如何(どう)かと()い出した」

「おっ。(ようや)直流電源(ちょくりゅうでんげん)になったな」

「で、単1一個でやってみたんだがピクリともしねえ。(さら)に、5個追加しても反応無しだ。其処(そこ)で、(おれ)は気がついた。実験の時には確か、電解質(でんかいしつ)。つまり、水酸化(すいさんか)ナトリウムを入れた(はず)だ。だが、一般家庭に、水酸化(すいさんか)ナトリウムなんて置いて無い。が、食塩ならある。其処(そこ)で、食塩を飽和状態(ほうわじょうたい)にして試したら、今度は成功した。すごい勢いで気泡(きほう)が出て来てな。でも、何かおかしい。(かす)かに黄緑色(きみどりいろ)の気体が激しく出ているし、何か、漂白剤(ひょうはくざい)みたいな(にお)いがして、()の気体を吸い込んだ瞬間(しゅんかん)、激しくむせて、騒ぎを聞きつけたおふくろが飛び込んで来て、消防署に通報した。と、言う(わけ)さ。※」

 ※()い子も悪い子も、絶対に真似(まね)しないで下さい。


 高志が(いぶか)しんだ。

「一体、何が出て来たんだ。-極はNa+とH+だから、えーっと、『貸そうかな、まああてにすんな、ひどすぎる借金』だから、水素だろ。+極はOH-とCl-。『昇竜の水は演習用』だから、あっ」

 明彦が(つぶや)いた。

「塩素ガスか…」

「いずな、知ってるよ。塩素ガスは第一次大戦で使われた毒ガスだよ。食塩さんに(あやま)んなさいよ」

「ふざけんな。いずな。俺だって死にかかったんだぞ。お陰で、うちの中学では、自宅での、水の電気分解(でんきぶんかい)は、禁止になっちまったんだぞ」

 高志が(あき)れて()った。

抑々(そもそも)、自宅でそんな事する様な(ヤツ)はいねーよ」


 敬介が思い出した様に、()った。

「そう()う話なら、(おれ)もあるぞ。中2の冬に(まむし)に咬まれた」

 ひろみが()った。

「あんたは何をやったのよ?」

「何も…。唯、()の日は午前中、学外勤労活動で、庵原(いはら)の山で植林作業を手伝ったんだ。そうしたら、作業の終わり頃に、いみりのいった(ひびの入った)岩の下で冬眠している(まむし)を見つけたんだ。まだ、小さい(やつ)だったんだが。それで、友達の杉田って奴が、家に持って帰るって、学生服のポケットに入れてたんだ。だけど、昼休みに、杉田が、『バスケやるから、預かってくれ』って…」

 ひろみが突っ込んだ。

「分かった。其処(そこ)で、あんたが『蛇ごっこ』を始めたんでしょ?」

「するか。高志じゃあるまいし…。ちゃんと、制服のポケット中に入れてたさ。冬眠もしてたしな。で、(おれ)も杉田も昼休みが終わっても、(へび)の事を忘れててな。でも、部屋も暖かく、ポケットの中だから、冬眠から覚めたんだろうな。そして、(おれ)は帰る時、やけにポケットが重いもんで、何だろうと手を突っ込んだら、いきなり、がぶりと…」

「…」

「バカの見本みてーな話だな」

 高志がニヤニヤし(なが)ら突っ込んだ。

「いずな、知ってるよ。冬眠明けの(まむし)はとても、気が立っているんだよ。ケースケ。(まむし)さんに(あやま)んなさいよ」

「ひどいよ。いずなちゃん。危うく死に掛ったんだぞ。救急車で日赤まで運ばれて、抗毒素(こうどくそ)やら、血清(けっせい)を打たれて…。(しか)も、うちの中学では(まむし)をポケットに入れるのは、禁止になったんだぞ」

「だから、そんな(ヤツ)いねーだろ。普通」


 みんなが、一斉に明彦を見た。明彦が動揺(どうよう)(なが)ら。

「な、何だよ」

 凛子がニヤニヤし(なが)ら、

「これだけ、続くと、あんたも絶対に何かやってるでしょ? サソリやタランチュラに()されていたとしても、驚かないわ」

「バカ()うな。おれは、品行方正(ひんこうほうせい)だぞ。…ただ、小5の時、小学校の前の水路で、(おぼ)れかかった事がある。実は、小学校はひろみと同じだったんだ…」

「そう()えば、眼鏡(めがね)いたわね」

「学校の前の水路、普通のどぶより、一回り大きくて、高学年でも、ハイハイで進めるんだ。しかも、普段は水もなく乾いていたんで、良く秘密基地にしてたんだ。ある日、クラスの男子10人位で、寝転がってどぶ板の隙間(すきま)から、上を(なが)めてたんだが、いきなり、プールの水が放水されて…」

「…」

「思い出した。私も歩いてたら、下から泣き声が聞こえて、()ぐ先生を呼んで、鉄柵をどけたら、ずぶ()れの男の子達が泣き(なが)ら出て来て…」

 敬介が聞いた。

「一体、何をしてたんだよ?」

「…()いたく無い」

 高志がニヤニヤし(なが)ら、()った。

「まっ、想像はつくけどよ。如何(どう)せ、スカートの中でも、(のぞ)いていたんだろ?」

 凛子があきれ(なが)()った。

品行方正(ひんこうほうせい)が聞いて(あき)れるわね。悪質性で()ったら、突出(とっしゅつ)してるじゃないの」

「いずな、知ってるよ。()()う行為は、刑法176条の、強制(きょうせい)猥褻(わいせつ)の罪に抵触(ていしょく)するんだよ。眼鏡(めがね)。早く警察に行って、(あやま)って来なさいよ」

「ばかやろ。いずな。(オレ)だって死に掛けたんだぞ。それに、もう時効(じこう)だろ」

「いずな、知ってるよ。強制(きょうせい)猥褻(わいせつ)の罪は刑事訴訟(けいじそしょう)法250条の2の4号に該当するから、公訴(こうそ)時効(じこう)の年数は7年。まだ、時効(じこう)は成立してないよ」

「ちょっと、待て。確か、強制(きょうせい)猥褻(わいせつ)(ざい)って親告罪(しんこくざい)だったよな」

「いずな、知ってるよ。、刑法176条の親告罪(しんこくざい)規定は、撤廃(てっぱい)されたよ。被害者の(うった)えがなくても、公訴(こうそ)可能だよ。だから、眼鏡(めがね)公訴(こうそ)されたらブタ箱行きだよ」

「うわー。マジか?」

 凛子が、(おだ)やかな()みを浮かべ(なが)ら、

「いずな。()の辺で勘弁(かんべん)してあげて。眼鏡(めがね)もいちごパフェ(おご)るって()ってるし…」

「わかった。凛子っちがそう()うのなら、勘弁(かんべん)する。って事で、いちごパフェ追加ねー」

「あら、じゃあ、被害者である私も、告訴(こくそ)取り下げの示談金(じだんきん)()う事で、いちごパフェ追加ねー」

 と、ひろみも続いた。さらに、凛子が、

「じゃあ、私も仲裁報酬(ちゅうさいほうしゅう)()う事で、いちごパフェ追加ねー。祐子は如何(どう)する? 正太にゲロさせられたから、慰謝料(いしゃりょう)代わりに(おご)ってもらったら?」

 祐子もニコニコし(なが)ら、

「じゃあ。私もいちごパフェ追加ねー」

「なんで、小学校時代の事で、いずなに勘弁(かんべん)されなきゃ(なん)ねーんだよ」

 明彦が泣き声で()った。正太郎も続く。

(おれ)だって、抑々(そもそも)、忘れていた様な話だぞ」

 敬介が済まなそうに()った。

「じゃあ、いずなちゃんの分は俺が出すよ。先刻(さっき)、クイズの答え教えてもらったし…」

「わーい」

 ひろみが、高志に、

「じゃあ、私の分。あんたが出しなさいよー」

「ふざけんなよ。(おれ)は、(まった)く関係ねーだろうに。何でだ」

「あんた、先刻(さっき)、私の胸、(さわ)ったでしょ。学校祭で(さわ)っただけでは、()()らずに…」

「ばかやろ。あれは、親心だ。早く大きくなあれってな」

「何ですってえ。()のおたんこなす」

「分かった。分かった。(おご)るから」

 凛子がウンザリとしたように、

「とにかく、あんた達は要注意人物って事は良く分かったわ。()()え食わない様にしよ」

 (ひど)くのどかな、夕暮れ時のあどけない話だった。


 静岡市清水区では七夕(たなばた)祭りがある。新暦(しんれき)の7月上旬、街を()げての七夕(たなばた)(かざ)り付けをして、七夕(たなばた)祭りが開催(かいさい)される。とは()っても、7月上旬の事である。梅雨(つゆ)()只中(ただなか)()の時期、当然と()えば当然なのだが、毎年、()の祭りは、雨に(たた)られた。祭り期間中、晴天(せいてん)だった(ため)しは無く、45年程前には、『七夕(たなばた)豪雨』という、()の地方一帯を、震撼(しんかん)させた大豪雨もあった位だ。それこそ、正太郎や祐子の家があった(あた)りは、昔、沼や池だった処の跡地(あとち)であり、海抜0m地帯で、(しか)も、堤防よりかなり低かった為、水害時には完全に水没してしまった地域でもあった。筆者も()の当時、()の地域に住んで居たが、水位が巴川の堤防を越えてから、家が水没する(まで)、30分と掛から無かったと記憶(きおく)している。(さて)、正太郎たち一行も、七夕(たなばた)祭りに行くべく、部室に集合していた。高志が()った。

()れで、全員(ぜんいん)か? ありゃ、敬介と祐子ちゃんがいねーな?」

「あの二人なら、着替(きが)えてから来るって。清水駅前で待ち合わせ。17時に駅の前。西口の階段の(ところ)

了解(りょうかい)

「じゃあ、マックでも行って時間潰すか?」

「ああ」

 マックの客席の一角に陣取(じんど)って正太郎が心配そうに()った。

「天気、大丈夫かな? 大分(だいぶ)、雲行きが(あや)しくなって来たんだが…」

「あと、半日位なら、持つだろ」

 高志が適当に返した。(しか)し、正太郎が(さら)に続けた。

大体(だいたい)、何で、七夕(たなばた)新暦(しんれき)でやるんだよ。抑々(そもそも)、『七夕(たなばた)』って()ったら、秋の季語だぞ。()れを、毎年、()の時期に、()れも、梅雨(つゆ)最中(まっただなか)にやりやがって。()(あた)りだって、山の方は旧暦(きゅうれき)でやってたよな」

「そうだったな」

 高志が如何(どう)でも()話柄(わへい)に、如何(どう)でも()い風に答えた。凛子がひろみに(ささや)いた。

「ねえ、ひろみ。正太なんだけど、何、熱くなっているの?」

「さあ、何でも、七夕(たなばた)祭りを新暦(しんれき)でやる事が気に入らないらしいの。ほら、あいつ、似非(えせ)風流人、似非(えせ)俳人だから」

「でも、いずなも、そう思うよ。いずな、小さい頃から見てたけど、晴れた(ため)しが無いもん。おりひめ様とひこぼし様が、かわいそうだよ」

 正太郎が、我が意を得たりとばかりに、熱演は続く。

()()った、いずな。(まった)()って()のとおりなんだ。静岡市長も、こんな小さな少女の(せつ)なる願いを、もっと、()むべきなんだ」

「ムッキー。いずな、小さいけど、正ちんと同学年だからね。ヴー」

「さあ、そろそろ、約束の時間よ。行きましょう」


 約束の場所に、祐子と敬介が立っていた。敬介は青墨(あおずみ)のしじら()りの甚平(じんべい)姿である。祐子は浴衣(ゆかた)姿だった。瓶覗(かめのぞき)の地に白抜(しろぬ)きの川柄(かわがら)蝦色(えびいろ)縮緬帯(ちりめんおび)に、藍錆色(あいさびいろ)桔梗(ききょう)をあしらった(すず)しげな図柄(ずがら)である。(おび)団扇(うちわ)を差していた。いずなが()った。

「うわー。きれい。ゆーちん。(すご)素敵(すてき)

「ねえ。僕は?」

「うーん。ケースケは、田舎(いなか)の小学生みたい」

「ひどいよ。いずなちゃん」

 落胆(らくたん)する敬助を尻目(しりめ)に、ひろみが、目をきらきらさせて()った。

「本当に()いなあ。私も着替(きが)えてから、来れば()かった」

 凛子もすかさず同意する。

「本当よね。美しさが引き立つわね」

 高志が上から(のぞ)き込む様に、()った。

「なあ、祐子ちゃん。素朴(そぼく)な疑問なんだが、女性って、浴衣(ゆかた)の時って、ブラつけないって、本当? ぐえぇっ」

 ひろみが肘打(ひじう)ちを放ち(なが)(さけ)ぶ。

(だま)んなさいよ。()助平(スケベ)!」

 凛子が赤面(せきめん)(なが)ら、()った。

「迷信に決まっているでしょ。特に、私や祐子見たく、大きい子は、凹凸(おうとつ)を無くす(ため)に、かえって使うわよ…。って、何、()わせんのよ、()のエロ眼鏡(めがね)

「お、(おれ)?」

 明彦が、唐突(とうとつ)矛先(ほこさき)変更(へんこう)戸惑(とまど)っている。其処(そこ)で、高志が口を(はさ)む。

「まあ、待て。(おおむ)ね、状況(じょうきょう)は分かった。そうすると、凸凹(でこぼこ)の無い、いずなやひろみは()け無いと()う事だな…。ぐえっ」

()けるわよ。()のおたんこなす!」

「ムッカーッ、ひろみっち。()の無礼なおたんこナスに、もう一撃」

 みんなで駅前銀座(えきまえぎんざ)から飾り付けを見始めた。()の頃、正太郎が携帯(スマホ)(しき)りに気にしていた。それを、見咎(みとが)めた高志が声を(ひそ)めて()った。

「よう、如何(どう)かしたか?」

「いや、先刻(さっき)から、千春から、(しき)りにメールが来るんだ。相談したい事があるから、来てくれって」

「千春って、おまえの彼女の? 何だ? 約束でもしてたのか?」

「そんな事無いよ。メール自体(じたい)、半年振り位だ」

 高志は(まゆ)(ひそ)めた。

「半年振りだって? メールがか? 約束はして無いんだろ? だったら、…断っちまえ」

「ああ、先刻(さっき)から、『連れと一緒だから行け無い』って、メールしているんだが…」

 (しか)し、()の後も、千春からのメールが続いた。最後には、正太郎が根負(こんま)けした。丁度(ちょうど)、ひろみといずなが金魚すくいをしている。正太郎は高志にそっと、(ささや)いた。

「高志。(わり)い。ちょっと、様子(ようす)を見て来るよ」

「おい、()めといた方が、()いぞ。俺の勘では、(ろく)な事になんねーぞ。大体(だいたい)、祐子ちゃんは、如何(どう)するつもりだよ?」

「祐子? そうだな、一応、祐子にも事情を説明しておくよ。彼奴(あいつ)も、千春の事なら、割と仲良かったから、知っている(はず)だし…」

「おい、ちょい待て。…おまえ、まさか、本気で気が付いて無いのか? 祐子ちゃんの事を?」

「…? 一体(いったい)、何の事だ?」

()(かく)、早く行って来い。祐子ちゃんには、(おれ)から事情を説明するから…」

「…?」


 正太郎は足早(あしばや)に駅の方に向かった。高志は()後姿(うしろすがた)を、()()らない(おも)いで、苦々(にがにが)しく見送っていた。()些細(ささい)寸劇(すんげき)に気が付いた者はいなかった。…祐子を(のぞ)いては。祐子は、(はなは)だ、勘の早い()だった。(おおむ)ね、事情は飲み込めていた様子(ようす)ではあったが、()れでも、高志に(たず)ねた。

「正ちゃん…。如何(どう)かしたの?」

「ああ。いや。なんだか、中学時代の友達から電話が入ってな。ちょっと、席を(はず)すって。あの、江崎って(やつ)じゃねーかな?」

「…そう」

 祐子は目に見えて、落胆(らくたん)した。()れはそうであろう。恋する女の子が、(みずか)らを着飾(きかざ)るのは、愛する男の(ため)である。当然(とうぜん)、今日の浴衣(ゆかた)だって、正太郎に、正太郎だけに、見て欲しかったに相違無(そういな)い。()れを、一同(いちどう)全員(ぜんいん)が、了解(りょうかい)していた。のみならず、一同(いちどう)全員(ぜんいん)が、祐子と正太郎は、(あたか)も、カップルの(ごと)く、(ぐう)していた。(しか)し、『傍目八目(おかめはちもく)』と()う言葉もある。当事者(とうじしゃ)である正太郎だけが、()れを理解(りかい)していなかった。当事者(とうじしゃ)である正太郎だけが、(まった)く見えていなかったのである。高志は思った。祐子の()様子(ようす)からして、自分がついた姑息(こそく)工作(ウソ)は、(まった)く、通用しなかったのであろう。(さら)に、高志は考えた。半年間メール一つ(よこ)さず、会おうともしない彼女は、()たして、彼女と呼べるものなのかと。高志は、クラス内での、彼らを見て来た。祐子の場合は明白(あきらか)である。いつも、正太郎に対して、好意を前面に出していた。正太郎の場合は、と()うと、高志の眼から見れば、祐子と大同小異(だいどうしょうい)である。現に、クラスの大半は、二人は付き合っているとの認識(にんしき)を持っていた。高志は思っている事が、つい、口を()いた。

「ったく。恋愛に関して、鈍感(どんかん)って、()め言葉じゃ無いな。…罪悪(ざいあく)だな」

 悄然(しょうぜん)と、(うつむ)加減(かげん)で、(となり)を歩いていた祐子が(つぶや)く。

「…ううん。正ちゃんが悪い(わけ)じゃないよ。私がもっとはっきりしておけば…。()れに、高志君にも嘘つかせちゃって。ごめんね…」

 高志は()れには答えなかった。口をへの字にして、酷く不機嫌(ふきげん)そうに歩いている。何も知らない、いずなとひろみが、楽しそうにやってきた。

「見て、ゆーちん。こんなに金魚取ったよ。あれ、正ちんは?」

「本当だ。正太は? 高志、一緒じゃなかったの?」

「…」

 高志は答えない。への字口のまま、外方(そっぽ)を向いている。祐子も無言の(まま)で、今にも泣き出しそうな顔をしている。いずなとひろみは、何時(いつ)に無い二人の表情から、何が起きたかは分からぬ(まで)も、ある程度、事態を了解(りょうかい)した。雲行きが(あや)しく成って来た。今にも、降り出しそうである。正太郎の行動と、祐子と高志の表情が、みんなの心に、(おり)の様に、陰鬱(いんうつ)な影を落とした。自然と会話が途切(とぎれ)れがちになった。(やが)て、(だれ)とも無く、()い出した。

「帰るか…」

 (だれ)も反対する者はいなかった。一同(いちどう)は無言の(まま)、駅に向かって歩き出した。会話は、(まった)く、(はず)ま無かった。一、二度、敬介といずながくだらない冗談(じょうだん)を飛ばしたものの、冷ややかな視線で封殺(ふうさつ)された。ボストンティーパーティーが迎える最初の危機だった。文字通り、瓦解(がかい)の危機だった。みんな、誰もが()いたい事を抱えていたに違いない。が、全員(ぜんいん)、悪い事に、沈黙(ちんもく)を選択した。そして、(さら)に、追い討ちを掛ける様な事が続いた。


 それは駅前銀座(えきまえぎんざ)の一本裏道の、路上での事だった。雲行きが急激(きゅうげき)(あや)しくなり、西の方角には、何時(いつ)しか、真っ黒な叢雲(むらくも)幾重(いくえ)にも()き立ち、一雨(ひとあめ)来る事が、(ほぼ)、確実に予想された。家路(いえじ)を急ぐ人達が駅に()かい始めた頃、とあるホテルの入り口から、派手な化粧をし、キャットアイサングラス、Tブラウスとショートパンツ姿でオープントウミュールを()いた千春が、そして、千春に手を引かれた正太郎が出て来た。()れは、祐子にとって、悪夢の様な邂逅(かいこう)であった。


「えっ」


 まず、祐子が気付いた。そしてすぐに、千春も、祐子に気が付いた。そして、やや遅れて、正太郎も気が付いた。祐子と千春の距離は5メートル程だった。正太郎は、一瞬(いっしゅん)、祐子の顔を見た(のち)()(しゅ)の後ろめたさから来る感情であろう。すぐに、目を(そむ)けた。千春は敵意(てきい)()き出しの顔で、サングラスを跳ね上げると、祐子の方へ()かって来た。()れは、猫族の顔付きだった。雨がポツリ、ポツリと。(やが)て、(せき)を切った様に振り出した。祐子以外の一同(いちどう)は、当然(とうぜん)、千春の顔は知らない。(しか)し、瞬時(しゅんじ)状況(じょうきょう)理解(りかい)した。そして、千春は祐子に、猛然(もうぜん)(おそ)い掛かる。強烈(きょうれつ)な、言葉の(つめ)(きば)で…。


「あら、祐子おひさ。元気だった。あんた、地味子だったけど、彼氏でも出来(でき)たの? 浴衣(ゆかた)なんか着てるけど、ブスな上にデブだから、いろいろ大変よねえ。まあ、()()えず、断食(だんじき)でも始めたら? じゃあね。ほら、行こうよ。正ちゃん!」

 元来(がんらい)、祐子と千春は仲が悪い方では無かった。()れは、正太郎も知っている。でも、()の時ばかりは違った。()れは、悪意(あくい)だった。(まぎ)れも無い、悪意(あくい)だった。祐子は()れた土瀝青(アスファルト)に視線を落とし、小動物の様に、身を(すく)めて必死に悪意(あくい)に耐えようとしていた。正太郎は咄嗟(とっさ)に、突如(とつじょ)として嵐の様に巻き起こった()出来事(できごと)に、頭が付いて行か無かった。千春が見せた、祐子に対するむき出しの悪意(あくい)に、隠伏(いんぷく)しようとしない敵意(てきい)に、掩蔽(えんぺい)されない憎悪(ぞうお)に、ただただ、慄然(りつぜん)とし、ただただ、凝然(ぎょうぜん)として立ち()くすのみであった。朴念仁(ぼくねんじん)である正太郎にも、千春の行動のトリガーも、何故(なぜ)()れが祐子に向けられたのかも、朧気(おぼろげ)(なが)らも、理解(りかい)出来(でき)た。(すべ)ては俺の不覚(ふかく)だ。今にして思えば、心が命ずる(まま)に、祐子の(もと)()けつけ、祐子を守るべきであった。何故(なぜ)、そうしなかったのだろう? (しか)し、出来無(できな)かった。瞬間(しゅんかん)的に頭の中は真っ白になり、そして、呆然(ぼうぜん)と千春に手を引かれる(まま)に、足早(あしばや)其処(そこ)を立ち去ってしまった。振り返った時、一瞬(いっしゅん)だけ、瓶覗(かめのぞき)藍錆色(あいさびいろ)桔梗(ききょう)をあしらった浴衣(ゆかた)姿の祐子の、(うつむ)(なが)(たたず)む姿が目に入った。(しか)し、正視に()えず、思わず目を(そむ)けた。


 正太郎は思う。あれから何年()とうとも、()記憶(きおく)だけは消え無い。(おそ)らく、死ぬ(まで)、続く事であろう。記憶(きおく)の中の祐子は、何時(いつ)だって、(ひど)朧気(おぼろげ)で、(はかな)げだった。蝦色(えびいろ)縮緬帯(ちりめんおび)だけが妙に(しっか)りと、脳裏(のうり)焼付(やきつ)いているのが痛々(いたいた)しかった。そして、祐子の(おもかげ)は歳とともに、セピア色の想い出の風景に溶け込んでいった。()れでも、祐子の()の時の表情(かおだち)だけは、何時迄(いつまで)も、鮮明(せんめい)記憶(きおく)に残っていた。そして、記憶(きおく)の中の祐子は…。


 いつも、(うつむ)いて泣いていた。


 祐子は項垂(うなだ)れた(まま)に、必死に涙を(こら)えていた。(しか)し、気がつけば、涙がほほを伝っているのをはっきりと感じた。

駄目(だめ)よ。駄目(だめ)だよ。泣かないで祐子。泣けばみんなが心配する。(こら)えて。でも、正ちゃんは? 正ちゃんは何処(どこ)にいるの? 何処(どこ)に…?)

 祐子は、懸命(けんめい)に、自分を(はげ)ました。(しか)し、(はげ)ませば、(はげ)ます(ほど)、涙が(あふ)れて来た。そして、涙は止まらない。(やが)て、嗚咽(おえつ)に変わって行った。時を同じくして、空も号泣(ごうきゅう)し始めた。雨は、何時(いつ)しか激しさを増し、梅雨(つゆ)明け切らぬ()(ころ)(くせ)で、雷鳴(らいめい)(とどろ)き始めていた。

大丈夫(だいじょうぶ)、私は、泣いていない。こらえて。(こら)えて。祐子。そうだ、雨だ。雨なら私の涙が流される。雨なら、私の涙はみんなから見えない。そう、だから、私は泣いてなんかいない!)

 祐子にとって泣く事は、(すなわ)ち、敗北だった。何故(なぜ)だか、そう思えた。負けたく無かった。(たと)え、現実から目を()らしてでも、事実を()()げてでも、負けたく無かった。祐子は天を(あお)いだ。雨は何時(いつ)しか驟雨(しゅうう)となっていた。神立(かんだち)に乗った激しい雨が、顔を打ちつけ続ける。

(そうだ、私は泣いてなんかいない! だけど、だけど…、正ちゃんは何処(どこ)? 正ちゃん、私、泣いて無いよ。だから、()めてよ。お願い! 優しい正ちゃんは、何処(どこ)なの?)

 祐子は(くる)える人の様に、懸命(けんめい)に、そして、フラフラと正太郎の姿を求め、彷徨(さまよ)い歩いた。()(よう)沐雨櫛風(もくうしっぷう)の状況にあって、救いは正太郎()の人であった。(しか)し、正太郎の姿は何処(どこ)にも無い。祐子の体の何処(どこ)かで、何かが(こわ)れた。(こわ)れる音が聞こえた様な気がした。ガラスが(くだ)()る様な音だった。何か良くない、非常に破滅的(はめつてき)な物を予兆(よちょう)する様な音だった。内向的(ないこうてき)な、(あま)りにも、内向的(ないこうてき)な少女が、何年も、何年も、何年も掛けて(はぐく)んだ恋心が(くだ)()った瞬間(しゅんかん)だったのかもしれない。


「うわあーーーーああーー」


 祐子は突然(とつぜん)絶叫(ぜっきょう)した。それは、本能の(おもむ)(まま)慟哭(どうこく)だった。(およ)そ、理性ある人間の()れでは、無かった。

「いかん!」

 明彦が血相(けっそう)を変えて(さけ)び、いずなが金切り声をあげる。

此方(こっち)へ、アーケードの方へ!」

「ちょっと、祐子。行くよ。大丈夫(だいじょうぶ)だから」

 凛子が左側から(おお)いかぶさるように肩を抱き、続いて、ひろみが、反対側から、声を()らして(はげ)ました。

「何やっているの! 祐子しっかりして。此方(こっち)よ」

 そして、いずなが背中から支えた。女子全員(ぜんいん)が、(さなが)ら、母と訣別(けつべつ)してわあわあと幼子(おさなご)の様に()(さけ)ぶ祐子を、引きずる様に連れて行く。高志と敬介がタクシーを捕まえた。

「おい、此方(こっち)だ!」

 後部に凛子といずなと祐子が。そして、助手席にひろみが乗り込んだ。全員(ぜんいん)ずぶ()れだった。凛子が、

「ひろみ、いずな、祐子の家、分かる?」

多分(たぶん)

渋川橋(しぶかわばし)へ」

 祐子は()だ、激しく、()(じゃく)っていた。凛子が左隣から体を(だきかか)え、

「大丈夫だから。何の心配もいらないから」

 と、懸命(けんめい)(はげ)まし続けていた。いずなも、

「ムキーッ、ゆうちん、大丈夫(だいじょうぶ)だから。お願いだから、泣かないで」

渋川橋(しぶかわばし)東の交差点を左に、そして、渋川橋(しぶかわばし)(たもと)を左折してください」


 いずなは、()(じゃく)る祐子の手を(しっか)りと(にぎ)()(なが)ら、車窓(しゃそう)から、漆黒(しっこく)暗闇(くらやみ)が続く、荒れ狂った景色(けしき)(なが)めていた。本来であれば、1年に1度だけ、天の川に架かると()われる、烏鵲(うじゃく)による架け橋も、()の荒れ狂った天気の(もと)では望むべくも無いであろう。相変わらず、雷鳴(らいめい)引切(ひっき)り無しに(とどろ)いている。嵐が治まる気配(けはい)は、まるで無い。祐子の(ほの)かな思いが打ち(くだ)かれ、そして、彼女の人生最悪の、清水七夕(たなばた)祭りの夜の出来事(できごと)であった。


突如として瓦解の危機を迎えるボストンティーパーティー。誰もが諍いなど求めていないのに。清水の夏の風物詩、牧歌的な行事である、巴川灯篭流しを舞台に繰り広げられる青春群像劇。正太郎と祐子の恋の行方は? 破局か、はたまた、R18突入か? 次回、『第9話 立葵の天辺の蕾が花開く頃』。乞うご期待。

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