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仕様違いの魔法使い  作者: 赤上紫下
第 2 章
32/238

15:平和な時間と狩りの準備

 雨音が、聞こえる。


 …………。

 意外に、疲れが溜まっていたらしい。思いの外深く眠っていたようだ。

 どの位深い眠りだったかというと、近くから聞こえる寝息と、触れている体温と、僅かな重みに今になって気付いたぐらいだ。

 体勢は椅子に座ったままだが、薄い布団が前から掛かっている。そして視界の下には緑色の猫耳が──布団の内側ではアニマが寝息を立てているようだ。……俺、よだれ垂らしてない、よな?

 起こさないように、部屋に設置されていた時計に視線を向けてみると、俺はどうやら三時間ほど眠っていたようだ。

 脚の上に座られて気付かなかったのか、とも思ったが、どうやらアニマは俺に体重を掛けないよう、俺が開いた脚の間に横向きに座っているらしい。まぁ、腕を回して抱えているのに、意識できていなかったあたりは反省すべき点ではあるか。

 しかし心がけはありがたいのだが、位置が少々、そして感触が……? そして視線を巡らせると目についた、隣の椅子に置かれている布は──

「ふぁう? おふぁようごじゃいます、ごしゅりんしゃま」

「…………おはよう」

 起こしてしまった。……まぁ、三時間は眠っていたわけだし、そろそろ起きるか。


「にゃうっ!? あうあう……あっ」

「っ、ふー……、よっ」

「そ、そこ、あっ」

「ん、よしっ…っと」

 俺の視界にはぐったりしたアニマと、その滑らかな背中が映っているが、別に如何わしいことをしているわけではない。

 アニマは二時間ほど前から、俺に抱き着いて眠っていたそうだ。俺の方は起きてから軽いストレッチをしたぐらいで違和感は消えたのだが、アニマの体勢は結構無理があったらしい。

 腰や背中が強張っていたので、マッサージを施しているところである。

「こんなもん、かな。どうだ?」

「うぅ…………はい、楽になりました。ありがとうございます」


 そんなこんなで時間を過ごし、アニマが履いて、あるい嵌めている靴下とアームカバーを見ながら、ふと思いついた物があったので、製作を始めた。

「あの、ご主人様、今度は何を作ってるんですか?」

「できてからのお楽しみって、まぁ、今でも見ればわかるかな。なんとなく思いついたから作ってみてるだけだよ」

「……? 手袋ですか?」

「そ。まだ作ってなかったし、逆に(くるぶし)ぐらいまでしか覆わない靴下も、選択肢として用意してみようかなってね」

 そちらの製作にはまだ取り掛かっていないが、こんな例えでもなんとか通じるだろう。

 アニマも露出した自分の手の平と、布に覆われた足の裏を見比べて、納得がいったのか頷いた。


 手袋として作ったのは、手首から先しか覆わないものと、二の腕から指先までを包む長い手袋(ロンググローブ)

 靴下の方は、(かかと)と足先は露出させるが土踏まずあたりに布を通した、トレンカソックスとかいう類の靴下だ。足首から先の部分しか変わらないので、以前の靴下を切って少し縫うだけでも作れるのだが……まぁ、せっかくだからな。

 どことなくコスプレ染みてきている気もするが、今更か。あとは染料が手に入れば……ふむ、いっそ突っ走るか?

 ………………引っ越してから、時間があったらやるか。アニマが嫌がったら止めるがな。


 どんな服を作るかを考えているうちに、冬物もそのうち用意しなければと思い至ったが、この世界の季節はまだ春。冬物の用意はまだ先で良い。

 というか、穏やか過ぎて忘れていたが、遅くても来月か再来月あたりに魔王と戦うんだった。冬物を用意するなら、勝ってからでいいだろう。……いっそ今すぐ狩りに行くか? いや、むう。

 今後の予定として、魔王に勝つのは最低条件だろう。できれば、アニマを傷つけたりなどさせず、圧倒的に。

 この世界の魔力の性質からいって、『○○の攻撃しか効かない』だとか、『○○じゃないと死なない』というような、何らかの独自ルールを強制する特殊能力は持ち得ないはずだ。

 魔族には聖属性の魔法が効くとは聞いたが、これは単純に聖属性が強いだけで、『○○が特別な効果を発揮する』という感じでもない。

 あくまでこの世界は魔力というエネルギー、あるいは何らかの素子によって『地球では起こせない物理現象』が起こせるようになっただけの世界だと見て良いだろう。

 物理現象しか起こらないなら、理不尽な法則が存在しないなら、特別な何かが存在しないならば、それで十分。

 この世界の実力をつけるという点においては、俺の【固定】はとても都合が良い。あとはこのまま、より確実に圧倒できる実力を備えるだけ。

 実力さえあればどこどこの封印がどうたらとか、伝説のなんたらだとかを集める必要も無いため、ゲームより容易ですらある。

「ふふふふふ…………」

「ご、ご主人様……?」

「ん、ああ、ごめんな。片付けなきゃいけない魔王(もんだい)のことを思い出してたんだ。まぁ、時間はまだあるから、ゆっくり考えるよ」

「……そうでした、魔王と戦うんでしたよね」

「この服を作るより簡単に済むように、色々準備するだけだよ」

「あ、あはは……ご主人様なら本当に簡単にやっちゃいそうですね」

「寿命以外で死ぬ気はないし、アニマを死なせる気もない。明日……はあの家に置く物を買うとして、明後日からだな。ついてきてもらうよ?」

「はい、お伴します!」


 その後はいつもと同じように四人での夕食を終えて、風呂にも入って後は寝るだけという状況になった。

 しかし昼寝をしていたせいか俺もアニマもあまり眠くはなかったので、アニマに少しばかり【魔力操作】の訓練をさせてみることにした。

 手順は簡単。まずは俺が【固定】で、少しだけ魔力の出入り口があるボールを作る。次にアニマがそれに魔力を注入して、中の魔力を操作して飛ばすだけ。

 ちょっと大きめの箱も【固定】で作っておき、その中だけで操作させるようにしているので、物が壊れたり、どこかへ飛んでいくような心配もない。


 中に俺の魔力を注いだボールも入れて少しばかり手本を見せたり、アニマが操作しているボールにぶつけて押し合ってみたり。

 そんな、じゃれあっているような平和な時間をのんびり過ごしてから、眠りに就いた。



 ………………



 目が覚めると、見慣れた緑の頭が目に入る。

 この位置だと俺の息が掛かるはずなんだが、好きなんだろうか? 猫にやったら嫌われる行為だと思うのだが。

 …………。

 悪戯心が刺激されたので、音も出ないぐらい弱く息を吹きかけてみると、ぴくりぴくりと耳が動くのは前と同じ。

 よくわからないので、これ以上いじるのは止めておこう。



 アニマはあれから間もなく起きてきたので共に身嗜みを整え、朝食はいつも通りに摂る。

 そして今後の予定は、決めて間もないものだが一応伝えておく。

「今日は夕食は外で摂ろうと思ってて、明日は久しぶり……になっちゃった狩りに行こうかと思ってるから、朝夕とも不要ということでお願いします。明後日は城に戻るつもりですけど」

「そうなんですか。……あの、明日は訓練の日ですけど、白井さんに付いていくことってできますか?」

「ん? そのへんの許可を出すのはアモリアさんの方だと思うけど……本堂君って今どんな感じなんです?」

「担当者からはそれなりに力が付いてきたという評価を聞いていますので、私からの許可は出せます。一応、人を付けさせていただいてもよろしいでしょうか」

「俺は構いませんよ。本堂君もそれで良い?」

「はい!」

「……あ、予定がちょっと変わったんで前言撤回で、明日の朝食は食べます。すみません」

「いえ、つい先ほどの話ですし、問題ありません」

 行き当たりばったりな自分を少し反省だ。



 朝食を終えた後は、そのまま買い出しに出た。

 昨日の雨の影響でやや湿っぽいが、晴れてはいるので、微妙な不快感もそのうち消えるだろう。

 残りの金貨は四〇枚ほどだが……生活必需品を整えるには十分な金額ではあるか。

「ベッドぐらいは置いておきたいけど、そういうのは何処で買うんだ? っていうか運び込めないな、どうしよう?」

「えっと、大工さんなら知ってるんじゃないでしょうか。昔私が暮らしていた家だと、ベッドは自分で作ってたと思います」

 なるほど。アニマが奴隷になる前に暮らしていたらしい壁の外の農村部なんかだと、そういうこともあるのか。

 需要の関係で作り置きは難しいだろうし、金持ちなら付き合いのある業者を呼んで、作ってもらうような形になるのかな。

 しかしまぁ、残念なことに、こちらの加工技術は現代の地球と比べれば間違いなく劣る。同等の物を作るにしても、相当な金額を支払うことになるのだろう。

「……ふむ、よし、自作する方向でいこう。木材以外には布さえあればどうにか……あー、全部糸にしたのは失敗だったな、また買わないとだ」

「あ、あはは……あの布で作るんですか?」

「そのつもりだったけど、敷布団は市販品の方が楽かな? あんまり伸縮するようだと長期間使ったらヘタレそうだし」

「じゃあ、あんまり量は作らないんですか?」

「シーツや掛け布団は編もうかな。平たい布を作るのなら、案外楽なんだよ? 体に合わせた服になると結構大変だけど」

「そ、そうですよね、すみません」

 アニマは恐縮しているが、そこは否定させてもらう。

「趣味みたいなもんだよ。手で編むのはいくらなんでも無茶だけど、あれさえあれば一日かかるような仕事でもないからね。…………ふむ、工房みたいなスペースを作れるわけだから、作業機械も作ったまま置いておけるか? 誰かに触られることもないだろうし」

「えと、あの? ご主人様しか使えないんじゃないんですか?」

「いや、動かすだけなら誰でもできるよ。機能を全部把握できてて、作り方もわかってるってなると、俺ぐらいだけど」

 俺がよく使ってる【固定】の力は本当に固めるだけなので、それ単体では微動だにしない。

 だから細かく分割して、機械的な構造を作って操作できるようにしてるんだが──そこまでやれば、誰でも使えるんだよな。

「そ、そうなんですね。じゃあ……私も簡単な服ぐらいなら作れるんでしょうか」

「難しい服でも作れるようにはできるぞ? 覚えることが増えるけど」

「い、いえ、私が自分で着る分なので……」

「うん? 俺の作った奴は気にくわなかった?」

「ちがいますっ! と、突然大きな声を出してすみません」

「いや、いい。そこまで大きくもなかったし、注目も特には集まってないみたいだしな。それで?」

「えっと、嬉しいのは嬉しいんですけど、毎回ご主人様に作ってもらうのが申し訳なくて……」

「うーん……自分の作った服でアニマを飾るのって、楽しいんだよねぇ。いや、アニマの作りたいって意思を否定したいわけじゃないんだけどさ」

「うぅ……ありがたいんですけどその、す、すみません……」

 ……ふむ。

 このジレンマはなんとか解消しておきたい。できれば、アニマを着飾らせる服は俺が作る方針を通した上で、アニマも何か作業を担当できる状態にするのが理想かな。

 そういう条件下で、今必要な布製品を考えてみると──

「じゃあ、布団でも作ってみる? 単純作業だし、アニマの服を作るのと比べれば……そこまで面白くはないんだよね」

「えと、あの、ありがとうございます。がんばります!」

「うん、頼らせてもらうよ」

 アニマにも使い易いように作業機械を作って、使い方を教えるというのは地味に大変なんだが、まぁ、いいか。

 盗まれでもしたら困るし、設置するなら地下室を【固定】で隔離してからかな。

 いや、壁に固定するような感じで動かせなくすればいいか。それで機械に鍵でも付けておけば良いだろう。……メートルサイズのシリンダー錠でも作ってみたら面白いか?

 頑丈さは【固定】で作れば折り紙付きだし、武器としても使えるかもしれない。……って、武器?

「あ、そうだった。アニマ用に短剣でも買っておかないといけないね。あと小さな盾あたり」

「え? 明日の狩りですよね。あの、前にご主人様が貸してくれた武器は駄目なんですか?」

「あれは他人に見せびらかすような物じゃないから。最低でも、俺にしか使えないように見せておく方が良い気がする」

「なるほどです」

「一応、見えない形で刃を補強ぐらいはするけど、前と比べて重くなるし、切れ味も劣るから、気を付けてね」

「は、はい」

 アニマ用に短剣と小盾を買った後、木材、布、綿、照明用魔道具など、何度も市場と家とを往復しながら買い求めていった。

 嵩張る割に剣を含めても金貨八枚ほどで済んだあたり、杖や家の価格の高さが伺える。

 その途中でいい時間になってきていたので、アニマの鼻の案内により、食べ物の屋台で串焼き肉や果物を購入し、夕食とした。



 家に着いてからは、直射日光は布によろしくないだろうという理由で、日当たりの少し悪い一階の一室をアニマの作業室として掃除しながら整理。

 そのあたりで元々傾きかけていた日が沈もうとしていたので、明日の予定の関係も考え、城の自室へ戻ることにした。

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