16:引率になって狩猟
いつものように城で目覚め、身嗜みを整えた後は朝食を摂ってからまた部屋に戻り、アニマと相談しながら装備を整えていく。
「外套はどうします?」
「そうだな、日帰り予定だし、寝具替わりに使うことはないんだが……あ、空模様がちょっと悪いか?」
「曇ってますね……降らないぐらいだとは思います」
「一応、着ていこうか。夕方ごろにどうなるかなんてわからないし。杖は、置いてくかな。人が居る時に実験するのは避けておこう」
「はい、わかりました」
ただの準備だが、一人でする準備より楽しかった気がする。
予定の時間までに準備を終えて、使用人の案内で通用門近くの部屋に集まり、城の外へと繰り出した。
「じゃあ今日はよろしくお願いしますね。ええと、ジーナさんだっけ。もう一人は……ごめん、名前知らないや」
「ああ、久しぶり。ユーリと、もう一人の黒髪はカケルだっけ? あとそっちのお嬢ちゃんは知らないだろうから言っておくけど、あたしはジーナ。得意な武器は弓。今日はよろしくね」
「ボリーだ。……そういえば、あの場では挨拶を交わしていなかったか」
「ジーナさんはお久しぶりですね。ボリーさんは初めまして。僕は駆で合ってますよ」
「えと、ユーリ様の奴隷で、アニマです。ジーナさん、ボリーさん、初めまして。今日はよろしくお願いします」
今日俺達に同行することになった二人と自己紹介を交わした。
ジーナは以前の上位の模擬戦で、予選と本戦両方で俺と戦った人族の女性の弓使いだ。
ボリーもジーナと同じく模擬戦で、本戦でだけ戦った獣人族の男性だ。犬っぽい耳の付いた獣人だが、微妙に複雑そうな表情をしている。
「……どうかしましたか? ボリーさん」
「いえ、獣人族の奴隷、という存在に少し思うところがあっただけです。俺を圧倒できる相手から敬語を使われるのは落ち着かないので、できれば砕けた口調で話してもらえると、助かります」
「わかったけど、まだ新参の俺が敬語を使われるのも落ち着かないよ。今日のところは全員砕けた口調で良いだろう。……アニマはどうしよう?」
「わ、私がご主人様に砕けた口調で話しかけるのなんてちょっと無茶ですよっ!? あのあの──」
「まぁ、今の方が話し易いならそれで良いよ」
「奴隷である以上はむしろ、そうしておかなければ余計な問題が起こるだろう」
アニマは俺の言葉を肯定するようなボリーの意見にこくこくと頷いている。「わかったわかった」と声を掛け、撫でてやりながら落ち着かせつつ、狩人組合へ向かった。
市場で少し干し肉を買ってから、組合へ移動。
情報の張られた掲示板を見て、おおよその目標を定めながら、受付に向かう。
「こんにちは」
「ようこそ狩人組合へ。本日はなんの御用でしょうか……って、ユーリ様じゃないですか、お久しぶりです」
「はい、お久しぶりです。覚えていただけているとは光栄ですね」
「いえいえ、オーガの素材をあれだけ持ち込んだ方を覚えておくのは当然のことです」
むふーとでも聞こえてきそうな声をかけてきたのは、いつもと同じ受付の担当職員だ。名前は知らない。
「まぁ、今日はそんな大きな狩りじゃないですけどね。日帰りで軽く行くつもりなんですが……西と南、大物が居そうなのはどっちです?」
「その条件でしたら、西でしょうか。最近、西に向かった方の中でそういった報告が増えています。帰らない方も増えているので、十分にご注意ください」
「なるほど。南はどうなりました?」
「ユーリ様が相当数を倒していたお陰か、調査隊も犠牲を出さずに調査を終えることができました。今なら新人の方の教育には丁度良いぐらいでしょうけど、ユーリ様の目的には沿わないでしょう」
「わかりました。ありがとうございます」
「はい、ご武運をお祈りしております」
「ということで、今日は西の森に行くよ」
「西は結構近かったっけね。徒歩で行くのかい?」
「食用の獲物を狩るなら馬車だが、魔物を狩るなら不要だろう」
「そうだな、魔石や素材はさほど重くもないし」
馬車の不使用は同意してもらえた、と。
「西といえば、コボルドだったか」
「ああ、だが、事故が増えてるらしいし、もっと別の大物がいるかもしれない。その点には注意だな」
「わかった」
「わかったよ」
駆とアニマは会話に加われていないが、スムーズに予定を決めるための犠牲というものだ。
今回は走行補助具である『怪物の脚』を使わないつもりだが、西の森はさほど遠くもないので、早歩き程度でも問題はないだろう。
「うぅ……久しぶりだけど、こういう森はやっぱり緊張しま、するよ悠理……さん」
「あー……そうだな。駆も喋り易い方でいいよ。今回はボリーとアニマが、獣人族が二人も居るから、魔物を探す分には楽だけどね」
「ああ。ゴブリンと比べればやや戦い辛いが、コボルドのランクはCでしかない。大きな群れにさえ出くわさなければ問題ないはずだ」
「了解、アニマも索敵頑張ってね」
「はいっ」
そうして俺達は索敵を獣人族二人に任せて、西の森に入った。
数分歩いたところで、アニマが何かに気付いた。
「ご主人様、左の、この方向の先に何かが……一体居るようです。あまり大きくはないです。近くに感じ取れる他の音や匂いはありません」
「……オレも感じ取れた。どうする?」
「もう少し近付いてみて、一匹だけだったら、駆にやらせてみても良いか? そういう見極めも二人の仕事の内なんだろう?」
「ああ、問題ないよ。お手並み拝見だ」
「は、はい」
方針は決定したので、駆を先頭にして歩き始めた。
数十メートルほど歩いたところで、魔物の姿も視認できた。二足歩行する犬のような見た目の魔物。大きさは子供と同じぐらい。
「コボルドだな、鉄剣装備か。他に気配は?」
「……ないみたいです」
「じゃ、予定通りだ。駆、頑張ってこい」
「い、行きますっ。光よっ」
駆が光属性の魔法の矢で先制攻撃を仕掛けた。
コボルドも俺達の会話に気付いていたようで、駆の魔法を回避しながらこちらに向かって唸り、襲い掛かってくる。
「ガルルルッ!」
「このぐらいなら、たっ」
「ギャウッ!?」
駆の剣がコボルドの胴体に当たった。コボルドの装備は剣だけで鎧は着ていないのだが、毛皮を備えているだけあって刃が通り難いらしく、浅くしか切れていないようだ。
駆に斬られたコボルドはまだ動けるらしく、そのまま攻撃を続けている。
「ガウ!」
「っ、でやああっ!」
威勢の良い駆の声と共に、コボルドの首の半ばまでその剣が食い込み、駆とコボルドの戦いに決着が付いた。
「まぁ、こんなもん、か?」
「そうだね、ランクBの魔物相手だとまだ厳しいだろうけど、毛皮のことを考えれば、まぁ、次からは一発で仕留められるだろう」
「コボルドの動きは把握できていたからな」
「は、はいっ」
駆へのボリーとジーナによる駆への評価を聞きながら、強く返事をしている。
さて、戦闘中は特に声を抑えもしていなかったはずだが──
「アニマ、他のコボルドの、いや、魔物の匂いはわかるか?」
「えっと……近くには居ない感じですね。このコボルドに他のコボルドのような匂いが付いてきていたみたいなので、辿っていけば多少会えそうではあります……あれ?」
「そうか、ならそっちに、どうした?」
「いえ、この剣から、少しだけ、ご主人様の匂いがした気がするんですけど」
「ん? …………ああ、これは、あれか。俺が拾わずに帰った剣か。ジーナ、ボリー、こういう武器は本来どうする物なんだ?」
「あー、持って帰らないなら折って使えなくするって話は聞いたことがあるかな。大体は持って帰るんだけどね」
「そうなのか。重くないか?」
「そりゃあ重いが、これだけボロボロでも鉄製だ。数本もあれば金貨にはなる」
「…………」
「えと、ご主人様?」
「思いつかなかったな……ってことはコボルド狩りだと帰りは重くなるもんなのか」
「……前にも来たんだよな? その時の分は全部?」
「ああ、全部で八本ぐらいだったかな。戦闘中に二本は折ったけど、それ以外はそのままだったはずだ。失敗したなぁ……」
以前の狩りは金貨二枚少々だったが、数本で金貨一枚ぐらいになるなら金貨三枚を超えていた可能性が高いと…………あれ? 誤差か?
「まぁいいか。今回は持ち帰れるだけ持ち帰りつつ、残りはへし折れば良いだけだ。次に行こう」
「わかった」
「今度は……三匹か。どうする?」
「このメンバーだとコボルド相手には攻撃力が過剰なんだよなぁ。ジーナが先制攻撃、余り物をボリーって感じでどうだ?」
「そうだね、あたしはそれでいいよ」
「オレもだ。ジーナ、任せるぞ」
「あいよ」
そんな言葉を軽く交わしながら、ジーナは弓を引き絞り、魔力を込めた矢を放った。随分速く飛んでいる気がする。
一射目は一撃でコボルドを仕留め、残り二匹はこちらに気付いて向かってくる。
そのままジーナが二射目を放ち、再びコボルドを仕留める。コボルドとの距離はまだ長い。
ジーナが三射目を構え──
「オレにも残してくれ」
「ああごめん、つい」
ボリーの言葉で撃つのをやめて、ボリーが剣を抜いて素早くコボルドに近付いてゆく。
「ハッ!」
「ガルッ……」
ボリーがコボルドの首筋に一閃。コボルドの首が胴体と別れを告げ、戦闘が終わった。
「まぁ、コボルド相手の戦いはこんなもんだよな」
「矢も普通に効くからね」
「奴らには剣を防げるほどの腕もないしな、と、二匹ほどこちらに向かってくるようだ。このままやっていいか?」
「それでもいいんだが……アニマ、いけるか?」
「はい、多分大丈夫です」
「すまない、ボリー、ジーナ、その二匹はアニマに譲ってやってくれないか?」
「……良いだろう」
「お手並み拝見、かな」
「ってことだから、アニマ、行ってこい」
「はいっ」
多少遅れてやってきたコボルド達に、今度はアニマが立ち向かう。
簡易な『怪物の脚』を付けていた前回とは異なるが、それでもアニマはちゃんと動けていたので一安心。
ただ、ボリーを真似て首を一発で切り飛ばそうとしたようだが、喉までしか切り裂けていなかった。致命傷は与えられているので十分ではあるが。
「ガルルルッ!」
「っ、やっ!」
次の一匹には先程より気合を入れて剣を一閃。
半分程度だがコボルドの首を刈り、仕留めきれたようだ。
「やるじゃないか」
「力はやや足りていないが、それ以外は十分だな。少し見くびっていた」
ジーナとボリーはそれぞれアニマを褒めている。
「一対一であればオーガにも勝てるんでしたっけ」
「必勝とまでは言えないから、もう少し経験を積ませたいところだけどな」
「そ、そんなことは……いえ、そうですね」
「実戦経験はまだ乏しいだろう? それに、訓練する機会もなんだかんだで取りそびれてたからね。大丈夫。アニマはちゃんと強くなれてるよ」
「は、はい。……えへへ」
……この調子なら油断はしないかな。
見るのも訓練ということで、駆、ボリー、ジーナの三人の戦闘もちゃんと見ておくように言い含めつつ、森を進んでいく。
「……ねえカケル──」
「そうですね、よく──」
「……ふむ」
道中、少し離れた所で駆とジーナの二人が何かを話している。
ボリーとアニマは聞き取れているようで、アニマは声にこそ出していないが、顔にはうっすらと喜色を浮かべている様子。……聞き取れない俺としては気になるところだが、まぁいい。
「…………他にコボルドは居そうか?」
「! いえ、今のところは見つけられてません」
「オレもそうだな」
「じゃあ、前に見つけた巣みたいな所に行ってみるか」
「巣? コボルドのか?」
「ああ、そこに住んでいたコボルドは全滅させたが、武器が使いまわされていたように、家屋も再利用されているかもしれないからな」
「わかった。カケル、ジーナ、聞こえているか?」
「は、はい、すみません」
「ごめん、ええと、どうしたの?」
森の中を進む前に、二人に説明することになった。
「これは、煙の匂い、ですかね。……うぅ、すみません、しばらく他の匂いはちょっと嗅ぎ取れそうにないです」
コボルドの巣に近付いた辺りで、アニマが何か異常を訴えてきた。
「そろそろ巣が近いからな。……変な匂いなのか?」
「えと、そう、ですね、木だけじゃなくて何か色々焼いてそうな臭さです」
「オレの鼻も利かなくなってきたな」
「……少しペースを上げるか」
「? わかりました」
「了解」
わかってない風の駆を他所に、早歩きでコボルドの巣に向かい始めた。
「ひっ、やっやめっああああああ」
「かっ、かひゅっ…………」
コボルドの巣に辿り着くと──なんというか、今までで一番魔物が魔物らしく行動している場面に出くわした気がする。
「コボルド共は殲滅する。異論は?」
「ない」
「ないよ」
「うぷっ……や、やりましょう」
「……は、はい」
駆とアニマは戦力外かな、これは。
「……アニマは俺の背中に。駆は俺の近くで待機、生存者の治療を任せる。ボリーとジーナは取りこぼしの処理だ。それでいいな?」
「すみません」
「はい」
「わかった」
「それはいいけど取りこぼしって、ユーリは?」
「さっき言ったろ? ……殲滅する」
俺は『魔力式攻撃機』と呼んでいる、空飛ぶ【固定】製回転のこぎりのような物を三つ展開し、回転させながら殲滅を開始した。
コボルドは中々に多いらしく、見える範囲でも二〇近い。まともに戦うのは疲れそうな数だ。
皆が活躍する場面ぐらいは残してやりたいが、要救助者が居る以上、殲滅は早く済ませた方が良いだろう。
広場で楽しんでいた一〇匹ほどのコボルドを数秒で斬り倒し、広場に居た生存者の安全はひとまず確保できた。
見張りか何かは知らないが木の上で弓を装備しているコボルドも斬る。その際、チェーンソーで木を切るような騒音が鳴り響いて──勢いあまって木の幹を斬ってしまったらしい。バサバサと大きな音を立てながら木が途中から傾いていく。
とりあえず、【魔力知覚】経由で周囲を歩いていたコボルドも一通り狩って、一区切り。
「アニマ、ボリー、この巣にある小屋の中に、他にも人が居ないかを確認する。怪しい匂い……は無理だと思うが、音で違和感があったらすぐに言え。行くぞ」
「わかりました」
「あ、ああ」
小屋を一つ制圧した後はその小屋の中に生存者と駆を避難させ、残りの小屋を殲滅し始めた。
相変わらず建物の陰に隠れて奇襲を狙うコボルドも居たが、【魔力知覚】の関係で位置はバレバレなので、コボルドなのかどうか目視で確認する手間があるぐらいだ。
結果として、広場に居た生存者二人の他に、もう一人の生存者を発見。生存者達は駆の【蘇生魔法】による治療が完了して、安心したのか倒れてしまった。
小屋に居た生存者は荷物を奪われていたが、それらしき荷物が置かれている小屋も発見したので、返すことに。
至近距離ならアニマ達もなんとか匂いも識別できるということだったので、本人の物を選別して返却、後は袋に詰めている。
「しっかしまぁ、なんというか……」
「攻撃力が過剰とは聞いていたが、ユーリ一人で済みそうだな」
やることが終わってほっと息を吐くと、ジーナとボリーから何やら感心したような言葉を贈られた。
「殲滅するだけならね。生存者を守って治してどうこうとか、索敵までやり出すと流石に手が足りないよ。連れて帰るのも辛い物があるし」
「そうですね、早く目が覚めるといいんですけど……ところで、えっと、なんで建物に入ったんです? 悠理さん」
「前は終わったと思ったところで、矢を撃たれたんだよ。今回は大きな音を立てちゃったから、結構な範囲から集まってくる可能性もあるしね」
「えっと……私とボリーさんが周辺を注意しておけばいいんですね?」
「そういうこと。大変だろうけど、頼んだよ?」
「はいっ」
「わかった」




