06.再会の町
天空の彼方から響いてくる歌声を聞いた。
そんな夢から覚めたリークは、電子音を鳴らす目覚ましを止め、ベッドから離れた。
あれから月日は流れ、マイクがいなくなった日を思い出させる冬も幾度か過ぎ去り、リークは大人になった。大学を卒業し、新聞雑誌社に就職が決まったばかりだ。出社一日目にして取材である。だがベテランをつけてもらえるという話なので、心配はしていない。
取材の場所は、リークが住む街から電車で二時間、地下鉄に乗り換えて三十分、さらに電車に乗って一時間のところにある、山間の小さな町だ。養豚業などで生計を立てる者が多く、一見村に近いような町だが、商店街もあるし、世帯数も二万近くある。そして、観光収入も得ている。
今日はその観光名所について調べるのだ。
リークが町に到着したのは午前十時。駅で待っていると、女の人に声をかけられた。
「はあい、あなたでしょ? ライフ新聞の新人さんは」
三十五、六の金髪女性である。リークはその顔を、目を見開いて眺めた。
「私、キャサリン・マーカーよ。今日はよろしくね」
差し出された手を、リークは一瞬遅れて握った。
「よろしくお願いします。僕はリーク……リーク・J・ゴールドバーグ。お久しぶりですね? 覚えていますか?」
今度はキャサリンが目を見開いた。
「え……ええ! 覚えてるわ! まあ、嘘! 本当に?」
すっかり背が高くなり、見違えるように男らしくなったリークを、キャサリンは見上げた。
「ハンサムね。彼女はもういるの?」
リークは照れくさそうに頭をかいた。
「いや」
「あらそう? でも大丈夫。すぐにできるわ。それより弟さんは元気? 相変わらず歌ってるのかしら?」
「いえ、実は七つの時に交通事故で……」
リークの告白に、キャサリンはハッとして表情を曇らせた。
「ごめんなさい」
「いえ。あなたに会えたので」
そう言って安心したように微笑むリークを、キャサリンは不思議そうに眺めた。
「どういうこと?」
「僕、また会いたい人に大きく手を振ると、なぜか必ず会えるんです。マイクが死んだ時も、そうしたんです。だから」
だからまた会える、とリークは言いたいのだ。だがそれは、相手が生きていればこそ叶うことだろう。そう思いつつも、キャサリンは驚いた様子で話をつないだ。
「じゃあ、私にまた会いたいと思ってくれたの? あの時に」
「はい」
「あら、嬉しいこと言ってくれるわね。でも仕事は厳しく教えるわよ? 覚悟してね」
「え、嫌だなあ。勘弁してください」
二人は互いの冗談に笑いながら、駅を出た。
六十年代を彷彿とさせる古い町並みだ。駅前には花が開いたような形の真っ白な噴水があって、周囲は石畳が続く。その道を行きながら、リークはポソリと話し始めた。
「マイクが死んだ時、家族は割と冷静だったんです。もちろん悲しかったけど、周りの人のほうがショックを受けてて、ちょっと混乱してたんで、そうならざるをえなかったって感じなんですけど。でも僕たち、きっと心のどこかで覚悟を決めていたんです。マイクはもうすぐ逝ってしまうってこと」
キャサリンは黙って聞くつもりだったが、眉をひそめて首をかしげた。
「どうして?」
「マイクが二歳の時、言ったんです。今よりも少し大きくなったら、神様のところへ帰るって。マイクは自分で自分のことを天使だって言ってたんです」
「ホント?」
「ええ。最初はみんな赤ちゃんの言うことだからって気にしてなかったんですけど、あんなふうに歌われたら」
リークは苦笑したが、キャサリンは「確かにそうだ」とうなずいた。
「そうね。本当に天使だったのかもしれないわね」
「信じますか?」
キャサリンはリークを見て笑った。
「ええ。記者なんかやってるとね、たまに聞くのよ。人間の常識じゃ説明つかないような、不思議な話をね」
そして町のパンフレットを広げた。
「見て。この町もちょっと面白いの」
「え?」
「まず、さっき駅前にあったこの噴水。造られたのは一九二八年。特に手入れも修繕もしてないんだけど、真っ白で綺麗だったでしょ?」
「あ、はい」
「資料によると、この町、六三年に大きな火事があったの。山火事が町に広がったらしいのね」
キャサリンによると、焼け出された町の人は、導かれるようにこの噴水の周りに集まったという。熱さのために水を求めたとも言われているが、その時、噴水は白く光り輝いていたという一説もあるらしい。
「天使が導いた、という証言もあったみたいよ。教会に逃げおくれた女の子がいて、その天使に助けられたって話もあるの」
「はは。天使って何人いるんですかね」
「ふふっ、そうね。まあとにかく、このへんの歴史から、観光スポットとして有名になったの。とくに信心深いキリスト教徒からは聖地として崇められてるってわけ」
「結構多いですよね。キリストの聖地って」
「ええ。エルサレムを筆頭に、カルメル山、ルルド、リジュー、ファティマ……いろいろあるわ。ここは観光スポットとして有名になったわりには、他ほどにぎわってはいないけど、それなりに収入があるんじゃないかしら」
「なんでそれほど騒がれなかったんでしょうか。聖地って言われるからには奇跡が起きたんですよね? 認定は下りなかったんですか?」
「認定は下りてるの。でもちょっと分からないのよね」
眉根を寄せるキャサリンを見て、リークもつられるように眉間を寄せた。
「奇跡の詳しい内容は公開されていないし、天使の名を口にしてはいけない、災厄が落ちてくる、なんて伝説もあるらしいの。なんかオカルトチックでしょ?」
リークはなんとなく背筋がぞっとした。
「取材ってまさか」
「そう。その奇跡の内容と、この不気味な言い伝えを解析するのよ」
「うわー、嫌だな」
キャサリンはリークの背中をバンと叩いた。
「そんな正直な感想は胸の中だけで呟きなさい! ほら、カメラ持って!」
カメラを投げ渡され、リークは慌てて受けとった。
「わわっ」
「さあ、行くわよ!」




