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07.少女の祈り

 とはいえ、表向きは普通の町だ。いや、裏も表もないのかもしれない。

 リークはそう思いつつ、キャサリンについて歩いた。まずは町の概要を知るため図書館へ寄る。そこでは当時の新聞を閲覧することができた。

 町は四方、山に囲まれている。山火事が発生したのは東側だ。その日は乾燥が激しく、風も強かったという。


***


 奇跡は始め、一人の少女に起こった。身寄りがなく、教会へ預けられていた少女(当時十二歳)の習慣は、就寝前にマリア像のもとへ行き、お祈りをすることだった。

「マリア様。どうか私をあなたの子供にしてください」

 親のない寂しさを、マリアにすがることで紛らわせていたのである。

 そして運命の日。

 いつものようにマリア像の前に両膝ついて指を組んだ少女は、深く息を吐いて目を閉じた。

「ああマリア様。今日こそあなたの子供にしてくださるのね」

 少女が祈りを捧げる教会は、激しい炎に包まれていた。山火事の起きた場所にほど近い教会である。風にあおられた炎がまわって来るのは早い。

 逃げ惑う人々の叫び声が建物の外から聞こえてきても、少女は幸福に満ちた表情で、静かにマリア像の前へ座っていた。ただひたすら、その時を待っていたのだ。炎が身を焦がし、死に至る瞬間を。しかし——

〝逃げて!〟

 不意に声が聞こえた。少年の声だ。

 少女は驚いて目を開けた。

〝逃げて! さあ、はやく!〟

 焼け崩れようとする教会に響き渡る声。少女は戸惑いの表情を浮かべ、マリア像を仰いだ。

「逃げろとおっしゃるの? 私を子供にしてくださるのではないの?」

「逃げて!」

 急に耳元で声がした。現実味を帯びた声に少女が振り返った時、マリア像のそばにかかっていた十字架が倒れてきた。

「キャア!」

 あわや下敷きに、という瞬間。突然あらわれた少年がその背で十字架を受け止めた。少年は少女とそう変わらない年格好に見えた。

「さあ、行って!」

 少女は驚きで頭を真っ白にしながら、出口へ向かって走った。そして教会が崩れ落ちる寸前に、脱出したのである。

 巻き上がる炎を茫然と見つめていた少女は、やがて涙を流した。自分のせいで少年が死んでしまったと思ったのだ。

「……ごめんなさい。ごめんなさい」

 ところが、通りすがりの町人に連れられ広場の噴水前へたどり着くと、その少年がいた。少女は驚愕して目を見開いた。少年が腰掛けている噴水は光り輝き、まるで手招きするように、町の人たちを呼び集めている。

 少年は少女を見て微笑んだ。

「よかった。じゃあ僕はそろそろ帰らなきゃ」

「……帰るって、どこに?」

「僕が住んでいる町へ。ここの火事のことを周りの人に知らせなきゃ」

 山間の小さな村である。町の消防では手が回らないので、外部に働きかけて応援を頼むと言うのだ。

 少年は必要なことだけ告げ終わると、淡く白い光に包まれて消えてしまった。

 

 数時間後。近隣の町から応援が駆けつけ、火は無事に消し止められた。が、広範囲に渡る大火事だったため、鎮火には三日を要した。それまでは夜になると必ず噴水前に少年が現れ、人々を勇気づけたという。

 のちに、少年は天使だったのではないかと噂されたが、真偽のほどは定かではない。しかし噴水の輝きと少年の導きによって、大規模な火災だったのにもかかわらず、一人の死傷者も出さなかったことは真実である。


***


 リークは次に、一ヶ月後に発行された新聞を読んだ。それによると、少年は遠く離れた都市に住む少年であることが判明した、と記されている。

 少年はその期間、睡眠中に夢を見ていた。大火災に見舞われた小さな町の夢である。

 当日、少年は飛び起きて叫んだ。

「火事だよ!」

 隣室で寝ようとしていた両親が驚いて様子を見に行くと、少年は背中に十字の火傷を負っていたという。

 あまりに奇妙な出来事であったため、両親は念のため警察や消防に呼びかけ、火災にあっている町を探した。すると見事に合致する場所があったというわけだ。


 新聞から目を外し、

「まさかこれで奇跡と認定されたわけじゃないですよね?」

 とリークが尋ねると、

「当然でしょ?」

 とキャサリンは答えた。

「不思議な話だけど、霊現象のひとつとしてはありがちよ」

「じゃあ、何が決定的だったんですか?」

「そ、れ、が! わからないから調べに来たんでしょ!」

「あ、はい。そうでした。すみません」

「とにかく記事のコピーを取って。あとは当時を知る人たちに聞き込みしましょう」

「話してくれると思いますか?」

 キャサリンはリークの顔をパッと見て、不敵に笑った。

「あら。そこを聞き出してこそ真の記者じゃなくて?」

 ごもっともと思いつつ、リークは胃が痛くなった。公に伝えられていない奇跡を住人が話したがるとは、とうてい思えなかったからだ。

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