05.命の輝き
「もうすぐクリスマスだね。マイクは何が欲しい?」
リークはマイクの手を引いて帰る道すがら、尋ねてみた。マイクは七歳、リークはもうすぐ十五歳だ。
リークの問いかけに、しばらくうつむいていたマイクは、軽く首をかしげた。
「うーん。ない」
「また? もうちょっとよく考えようよ。何かひとつくらいあるだろう?」
「うーん。ない」
キャサリンが去ったあとも、数人の報道関係者が街を訪れ、マイクを雑誌や新聞、ラジオやテレビで紹介したがったが、どこからも紹介されることはなかった。ゴールドバーグ夫妻が頑として首を縦にふらなかったからだ。おかげで、ちらほら噂を聞いてやって来る人はいたが、たいした騒ぎにはならず、一家は平穏な毎日を過ごしている。
しかしマイクは相変わらずで、リークは少し困っていた。教会でやるクリスマス会で、プレゼントの交換があるからだ。相手はくじ引きで決まっている。リークの相手はマイクだ。
きっと贈るものはなんでもいいのだろう。でもリークはそれが思いつかなかった。そこで単純に、マイクが欲しいものをあげようと思ったのだ。が、予想通りの答えが返ってきて、リークは途方にくれた。
「もう、なんでもいいから、なにか言って? 本当に何かない?」
「うーん……でも、ないと思うから」
「え? なに?」
「四葉のクローバーのチャームをつけてる、緑色のテディ・ベアだよ。 あれ、どこ行っちゃったのかなあ?」
「テディ・ベア?」
「うん。むかし持ってたよ?」
「え? いつ?」
「むかし」
リークは首をひねった。マイクが生まれてからこの七年間で、そういったものがあった記憶はないのである。
「覚えてないなあ」
リークが呟くと、マイクはクスッと笑った。
「そりゃそうだよ。ずっと前だもん」
マイクは言って、リークの手を離し、駆け出した。
「あ、ちょっと! 待ってよ!」
マイクを追いかけて、リークは家に帰り着いた。それから物置や屋根裏部屋を見て回り、箱をひっくり返しながら、マイクの言うクマのぬいぐるみを探してみた。しかし、一番上の兄ジョージが子供の頃持っていたテディ・ベアは茶色で、次女シェリーが持っているのは白。ごくごく一般的な配色である。
「グリーンなんて……思い違いじゃないのかな?」
そう思って聞きただしてみても、マイクは絶対にグリーンだと言いはるので、リークはそっと溜め息ついた。
「じゃあ、もっと探してみるよ。新しいのでもいいでしょ? お店を回ってみる」
「うん。ありがとう」
リークはその日から商店街やデパートへ赴いて、グリーンのテディ・ベアを探し歩いた。だが大抵は茶色かベージュか白で、変わった色は青しかない。お店の人に聞いてみても、返って来る答えはノーだ。カタログにも載っていないと言うのである。
マイクにああ言ったものの、考えていたより大変そうだと、リークは焦った。今からなら取り消せるかもしれないとも思った。が、思い直して強く首を振った。
「だめだめ! 約束は守らなきゃ」
だが、その三週間後。
「お手上げだよ」
学校上がりや休日を使って探し続けたリークは、ついにそう言ってベッドに身を投げ、天井を仰いだ。明日はイヴである。
「もう間に合わない」
焦りと諦めが、リークの中でぐるぐると回った。しかし、探さないわけにいかないという想いもあった。どんなおもちゃも、結局は人にやってしまうマイクである。そんなマイクが欲しいと言うからには、今度こそ誰にもやらないで、大切に持っておくだろう。そう思うと諦めがつかないのだ。
リークは勢いをつけて起き上がった。
「よし。明日がラストチャンスだ」
***
クリスマスのネオンが街に灯り始め、うっすら暮れだした道を、リークは手ぶらのまま家へ向かって歩いた。隣町まで行って一日中探し歩いたが、見つからなかったのだ。足はすっかり棒のようになっている。だがそんな疲れよりも、マイクにどう言い訳しようかと考える気持ちに意識を取られていた。
マイクはきっと残念に思うはずだ。でも隠して笑いかけてくれるだろう。
それが分かるだけに、リークは余計つらかった。
「帰りたくないな……」
ただ喜ぶ顔が見たかっただけなのに、と、リークは立ち止まりそうになった。しかし帰らないわけにはいかないと、自分の足を叱咤しながら歩く。
その重い足がさらに速度を落として止まったのは、自宅から五十メートルも離れていない場所だ。
異様な人だかりがあった。庭を埋め尽くすほどの人がいる。
近寄ると、悲鳴のような声を上げて泣いている老婦人の姿が目に飛び込み、ついでむせび泣く大人達の声が聞こえた。
リークは嫌な予感がして、石のように固まった。そこへ近所のおばさんが駆け寄り、腕をつかんで、何かを訴えた。
「リーク! どこへ行ってたの!? マイクが、マイクが……!」
子猫を助けて車にはねられたのだと言った。その先は聞かなくても分かった。
リークは降り始めた雪を見上げた。薄いグレーの空から落ちてくる雪は顔に当たって解け、身も心も冷やす。疲れ切った身体と、ショックのあまり思考能力を失った頭と、七年間の思い出と。
今よりも少し大きくなったら、神様のところへ帰る——そう言った幼いマイクの顔が思い出されて、リークは震えた。コートのポケットの中で拳を握りしめ、残った力を振り絞るように、人垣を抜けて家に入る。その足はもつれそうだった。
玄関ではすでに出棺の準備が整っていた。取り囲むようにいた父や母、兄や姉は、リークを見て道をあけた。お別れの挨拶をしろという意味である。
リークはポケットから手を出し、そっと近づき膝を折った。
「マイク……今は少しだけ、神様を怨んでもいいよね?」
小さな棺に頬を寄せてリークが呟くと、周囲から呻き泣く声が漏れた。
葬儀は街をあげておこなわれた。埋葬されたのは西にある丘だ。墓石の周りには供えきれないほどの花束やオモチャが集められた。そして牧師が死者に捧げる祈りの言葉を告げ終わると、誰が指揮をするでもなくレクイエムが歌われた。
街のみんなが歌う。冷えた空気を震わせるような声。その荘厳な風景から、いかにマイクが愛されていたのか、伝わってくる。
リークは何気なく顔を上げ、丘の下に広がる墓所の向こうの、さらに遠くに連なるモミの木林を見つめた。すると、ちょうど雲間から差して来た陽が、上に降り積もった雪を輝かせた。
リークはそこに向かい、ゆっくりと天へ向けて腕を伸ばし、大きく手を振った。
周囲の人は不思議そうに首をかしげたが、リークは気にすることもなく、ただ手を振り続けた。
きっとまた会える。
そう信じて。




