008 レオンとデート
二人が向かったのは帝都の貴族街の中でも主に下級貴族がよく利用するカフェである。
しゃれた音楽と落ち着いた店内を好む貴族は多く、昼間でありながら客は多い。
「殿下が来られたら騒ぎになるかと思いましたが」
「案外バレないものだろう。姉上と違って俺は最近まで帝都から離れていたからな」
レオンハルトは変装用のメガネをキラリと光らせる。
皇子といえど多少姿を変えてしまえば分からないもの。下級貴族が来るところに皇子が来るはずもない。そのような先入観もあった。
「美味しいな。セレスティアは普段から友人とお茶をしているのか?」
レオンハルトはティーを口にし、セレスは苦笑いを浮かべる。
「この声のせいで友人は出来なくて、唯一付き合ってくれる友人がいたんですが今、思えば向こうから誘ってきてばかりで私からは何も言えなかったかもしれません」
友人とは絶縁をたたき付けられたオデットのことだ。
男爵令嬢ながら声と美貌で友人の多かったオデットだが愚痴を吐きたい時はよくセレスを付き合わせていた。
身分を考えれば大変なことだが、セレスも一人が寂しかったのでオデットの誘いに乗ったのだ。
「そうか。だが」
レオンハルトは優しい声色を放つ。
「その声のおかげで俺と知り合えた。良いと思わないか」
「そうですね、ふふっ」
レオンハルトは決してセレスの声を蔑まない。
そしてセレスの自虐も否定しない。その声で苦労したことは事実だからだ。
「殿下はその……どうしてアニメ企画を始めたんですか? もちろん帝国のためというのは分かるのですが、何か強い想いが無いと企画を立ち上げることはできないと思うんです」
セレスの言葉にレオンハルトは大きく目を開き、微笑んだ。
よくぞ聞いてくれた。聞かれたかったという含みのある笑みである。
そんな笑みにセレスの目は泳いでしまう。
「そうだな。帝国のためというのは確かに方便だ。俺はアニメを通してやりたいことがある」
レオンハルトは窓側の空を見上げた。
「17歳の頃、今から八年前だな。俺は初陣で南部の国に攻め入った時があった」
「八年前? 五年前ではなくてですか。殿下が初めて総司令として初陣飾ったと報道で見たことがあります」
現在レオンハルトは25歳である。
「君は本当に聡いな。総司令として初陣を飾ったのは五年前だが、八年前にも実は出ていたんだ。いわゆる実地体験という形だな」
「知りませんでした……」
「知らないということは即ち失敗だったということだ。皇子の失敗談なんて表に出せないからな」
「殿下の守護役なども罰せられそうですよね」
「この人生、あの時ほど命の危機を感じたことはないな」
レオンハルトはしみじみと話す。
現在は【鉄血の獅子】として連戦連勝のレオンハルトだが、初めて戦場は地獄だったという。
無能な指揮官の判断ミスで次期皇帝の命の危機に瀕した。
九死に一生で生き残り、その経験から総司令になったレオンハルトはそれから破竹の勢いで名将という扱いとなっている。
「今となってはあの死地が運命の出会いを果たしたと言っていいだろう」
敵軍からの挟撃を受け、当時17歳のレオンハルトは大怪我を負った。
皇子であることがバレないように注意を払いながら何とか逃げようと戦場を彷徨う。
「そんな時、とある少女と出会った」
「少女?」
「大怪我をした俺は川のほとりで倒れていたらしい。11歳くらいのピンク色の長い髪をした少女に介抱されたんだ」
明らかに兵士の格好をしていたレオンハルトを少女は助けたという。
下手をしたら敵軍に見つかり、捕まる可能性もあったというのに少女は助けたらしい。
ある意味運命の出会いと言ってもいいだろう。少女は恐らくその兵士が帝国の皇子だということは知らなかったに違いない。
「だが結局それっきりだ。少女の名前も分からず、声も知らない」
「声もですか?」
「爆裂魔法を受けた影響で耳をやられてな。感覚が戻ったのも帝国に戻ってからだったよ」
レオンハルトは介抱されて、動けるようになったら書き置きだけ残してその場から立ち去った。
介抱してくれた者達に危害が加わらないようにしたかったからだ。
そうして何とか生き延びたレオンハルトは体調を整えた後、その場所にもう一度立ち寄った。
その時すでに少女の姿は存在しなかった。
「まさか敵軍の手に落ちてしまったんですか」
「近くの集落の者に聞いたらどうやらあの時期、流浪の民があのあたりにいたらしい。少女は流浪の民だった可能性が高い」
「それだったら良かったです」
はぁと安心したように声を上げるセレスの姿をレオンハルトは嬉しそうに見つめる。
セレスの善良な心が嬉しかったのだろう。
レオンハルトにとって流浪の民は恩人で間違いないのだから。
「結局それからは会えず仕舞いだ。だがその後から夢を見るようになった」
「夢……ですか?」
「あの少女と似て否なる天使のような微笑みを持つ少女が夢の中で現れた。辛い時、悔しい時、疲れてる時、夢の中で少女を見る時がある。その後の目覚めは本当に健やかなんだ」
(八年前で11歳くらい少女だから今の私と同い年かしら)
「だが夢で天使が語りかけてくるんだがどうしても声が聞こえないんだ。どんな声かが分からない」
「元になった少女の声を知らないからでしょうか」
「恐らくな。俺は夢で会う天使の笑顔が星のように感じた。だからその少女の名をステラと付けた。俺は現実で夢の中のステラと会いたいと思ったんだ」
レオンハルトは思いの丈を吐く。
「そんなモヤモヤを心に抱えてる時にオスカー卿のイラストを見た。ほどよくデフォルメされ、顔立ちがすっと入るような気がしてな」
同時期レオンハルトはアニマ・メドゥスの魔法を何かに利用できないか考えてた時期でもあった。
それを組み合わせてオスカーのイラストを動かしてステラを動かそうとしたのだ。
これがアニメの始まりと言える。
「そういう話だったのですね。殿下は夢の中じゃなくて、アニメでステラさんに出会おうとしたんですね」
「ああ、だがオスカー卿でも想像のステラと完全一致したイラストは生まれなかった。ここは辛抱強く待つしかないだろう」
「殿下のアニメへの想いを理解しました。私にも手伝わせてください」
「ああ、セレスティアには存分に手伝ってもらうぞ」
「へ?」
そんな食い気味に言われると思っていなかったのかセレスは困惑する。
レオンハルトはようやく本題に入れると言った感じで肩をすくめた。
「俺は運命の出会いを果たした」
「それはステラ……のことですよね」
「ああ、ただステラではない。声だ。セレスティア。君の声がステラの姿とマッチしていたんだ。まさかイラストより早くステラの声と出会えるとは想わなかったぞ。これは運命だろう」
「わ、私ですか!?」
「君の声と出会って、こうやって話す内に夢の中でステラの声が聞こえるようになったんだ」
さらにレオンは言葉を続ける。
「オスカー卿がステラのイラストを描けるようになれば、アニマ・メドゥスを使い、君の声を吹き込む。そうすれば現実の世界でステラと会うことができる。だからセレスティアには俺の側にいて声をかけ続けて欲しいんだ」
あまりに大胆な言葉にセレスティアの顔が赤くなる。
セレスティアに求めているのはステラの声というのは分かっている。
だけどそこまで直接に言われて照れないはずがない。相手は帝国一の美男子だ。
「お、お手洗いに!」
耐えられなくなり、立ち上がった。
セレスは化粧室へ行き、心を落ち着かせる。
恥ずかしい気持ちがありながらも嬉しい気持ちが収まらない。
婚約者だったロデリックにもここまでの気持ちが浮かんだことはなかった。ロデリックが内心セレスを見下していると分かっているからだ。
ただ一つだけ胸にしこりとして残るものがあった。
(殿下は夢の中のステラを想っている。でもそのステラの元は私と同い年くらいのピンク髪の女性。もし実在のその人が現れたら夢の中のステラのイメージは置き換わるんじゃ)
あの口ぶりからセレスはピンク髪の女性の代替に過ぎないのではと感じていた。
もし本物が現れてしまったら君が本物のステラだとなり、セレスは瞬く間に捨てられてしまうだろう。
時々本物を探していると言っていた。広大な大帝国の情報網であればいずれは見つかるに違いない。
(捨てられる前に離れた方がいいのかな)
セレスは大きく横に首を振った。
(私に求められてるのは声の演技。どんな事情だとしても皇子殿下の期待には応えなければならないわ。そもそも子爵家の時点で皇族と関わりなんてそう持てるものではない)
セレスはパチンと頬を叩いた。
「これはビジネスの関係。そう思えばいいんだわ」
例えレオンハルトの本物の想い人が現れたとしてもプロジェクトを成功に導けるなら捨てられることはない。
アニメの演者の第一人者になるのだから。
気合いを入れ、化粧室から出た時、聞き覚えのある声が座席の方から聞こえてくる。
「ねぇ、そこの顔の良い方。一人ならあたし達と一緒にお話しでもしない?」
(この声、まさか)
そこにはセレスの親友であったオデット・ヴェルナー。そしてオデットの取り巻きであった貴族令嬢がいたのだ。




