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007 観賞会

「はーい!」


 今まで聞いたことのない可愛らしい声が響いた。

 扉が開き、目線を避けると可愛らしい十歳くらいの女の子がそこにはいた。


「殿下、ディートリヒ様。あと……えっと」

「エル。こちらはセレスティア様です。子爵家の方ですのでご挨拶を」


 ディートリヒの言葉にエルと呼ばれた少女は後ろに下がり、礼をする。


「初めまして! オスカー様のお世話を担当しているエルと申します。セレスティア様宜しくお願いします」


 ディートリヒが言葉を先に促したということはセレスよりも身分は高くないのかもしれない。

 セレスはエルの側に寄り声をかける。


「ご丁寧にありがとう。宜しくお願いね、エルちゃん」

「はい! セレスティア様とてもお綺麗です! オスカー様! そんなお綺麗な令嬢様をこんな汚いアトリエに入れちゃだめですよ!」

「……ふぅ」


 オスカーが面倒くさそうにため息をつく。


「想像が付くと思うがオスカー卿は出不精、人嫌いでね。侯爵家の役目も親族に任せている状況だ。そんな彼が唯一世話係として認めたのがあのエルだ」

「そうだったんですね」


 テキパキでアトリエの中の汚れがエルによって払われていく。

 昨日掃除したばかりなのにもうこんなに! と愚痴を言うところから結構な頻度でお世話をしているのだろう。

 アーティストあるあると言えるのもしれない。

 ディートリヒが壁にセレスの声を吹き込んだイラストを掲示した。


「ではオスカー卿、エル。先ほどセレスティアの声を収録したショートアニメを上映する。俺達のプロジェクトの始まりの一作。よく見てくれ」

「ふむ」

「わ~楽しみです!」


(ここにいる人達が殿下のプロジェクトの関係者なのね。うぅ、なんかドキドキする)


 アニメ・メドゥスの魔法が発動し、イラストに書かれた人物達が動き始めた。


『お母様、質問してもいいですか!』


「これ、セレスティア様のお声ですか! 凄く可愛いです」

「エル。上演中は静かになさい」

「ご、ごめんなさい」


 オスカーに叱られてエルはしゅんと縮こまってしまった。


(妹の方はエルちゃんのような子が声を当てる方がいいんだろうけど……)


 年齢的にもそちらの方が合っている。しかし誰もそれを推薦することはない。

 ここにいる全員がアニメに熱中してしまっているのだ。

 オスカーの描いたイラストが魔法の力で動き、セレスの声が吹き込まれ、その動画の中だけ命が吹き込まれたように物語が表現される。

 帝国楽劇しか見たことにない。もしくは見てすらいない者達にとってそのアニメはとても新鮮だった。


『さて、夕食の前に少し休みましょう。お父様もお帰りになるわ。食事を楽しみましょう』

『はい』

『はーい』


 最後のシーンが終わり、アニメはまた動かないイラストへと変わる。


 全員がまだ動けずにいた。企画立案したレオンハルトですらまだ動けなかったのだ。

 最初に声を出したのはオスカーだった。


「イラストだけでは半信半疑だったが……声がつくと見違えるな」


 一番の年長者であるオスカーの言葉に全員が注目する。


「ああ、これもセレスティアの声のおかげだろう。君の声のおかげで動くだけのイラストがアニメに生まれ変わった」

「……」


 セレスティアは自分の声がとにかく嫌いだった。

 子供のようで、甲高くて、作りものっぽい声。ヨノエルのような澄んだ耳心地の良い清流のような声にほど遠い。

 でも。


「私の声、アニメに向いているんですね。こうやってアニメ化されたものを聞いて分かった気がします」

「君の声はとても通りがいい。声にこもった情報が耳にすっと入ってくるんだ。それにオスカー卿のイラストの効果も大きいだろう」


 オスカーが描くイラストは適度にデフォルメされているため、セレスの通りの良い甘い声がマッチングしている。

 これが一般的な絵画であればここまで評価が上がらなかった。


「でもまだ息継ぎの音や台本のページめくりの音。余計な音が入り込んでいますね」

「ああ。このあたりは何とかしようと思うが、セレスティアの方でも改善出来る所はお願いしたい。エル。君はどう思った」


「すっごく面白かったです! 登場した人達みんなセレスティア様が声をされたんですよね! どうやったら大人と子供の声を使い分けられるんですか!」

「え~と、練習かな」

「エルも出来るようになりたいです!」


(良かった。喜んでくれてるみたい。嫌でたまらなかった私の声がみんな喜ばせている。嬉しい」


「……ふっ」


 セレスの喜んでる姿をレオンハルトは微笑ましく眺めていた。

 そのままレオンハルトはディートリヒに指示し、イラストを回収。そして。


「本日をもってアニメ上映プロジェクトを始動とする」


 皇子らしく、全員に通達をした。まず、オスカーとエルを見る。


「オスカー卿は第一回上映会に向けてイラストを生産してくれ。困ったことがあったらすぐに報告して欲しい。エル、オスカー卿の健康体を維持させてくれ。食事と睡眠はしっかり取らせること」

「はいです!」

「かなりの枚数を描いてもらうことになるが大丈夫か」

「殿下」


 オスカーの重厚な声が響く。


「強いやる気を頂きました。半分の時間で描いて見せます」

「そうか。でも無理だけはしないでくれ」


 モチベーションが上がったオスカーはさっそくイラストを作成し始めた。

 エルはそれを支えるということで部屋を出た。


「ディートリヒは上映会の会場の確保。候補は後で俺に相談しろ」

「承知しました」


 ディートリヒはイラストを抱えて、去って行く。

 セレスとレオンハルトだけが残った。


「殿下、私はどうしたらいいでしょうか。声の演技の練習とかした方が……」

「そうだな。だがアニメは前例のない興業だ。むしろセレスが第一人者になるほどだ」

「そうですよね……」

「まだやることはたくさんのある。そこで頼みがあるんだが、このプロジェクトの副責任者になってくれないか?」

「はい!?」


 いきなりのことにセレスは動揺する。


「副責任者といっても大した仕事はないはずだ。俺の判断にズレがないかどうか相談に乗ってほしい」


(それってつまり……殿下とお会いできるチャンスが増えるってこと? で、でも)


 セレスは嬉しさと緊張が入り交じっていた。

 帝国一の美男子がすぐ側にいるだけでもドキドキする。子爵令嬢という立場ゆえに深い関係になることはないと分かっていながらもセレスはレオンハルトに惹かれていく気持ちを感じていた。


「オスカー様はダメなのですか。侯爵様ですし」

「あれだぞ。いけると思うか?」


 作業部屋の方からガリガリと手を動かす音が聞こえてくる。

 芸術畑の人間に往々にしてこういうものだ。


「ですよね」

「ディートリヒさんでは駄目なのですか?」

「あいつはあくまで俺の従者だ。演者でもないしな」


 レオンハルトがにゅっとセレスティアの近づく。


「俺は君と一緒にやりたいんだ。その気持ちを組んで欲しいな」


 甘い声で囁かれて、セレスは心臓はきゅっと跳ね上がることになる。


「殿下、私のことからかってます!」

「すまない。可愛い反応をするんでな」


 レオンハルトには自分が良い男であるという自覚があるのだろう。

 だからこそセレスのような社交界に慣れてないものには効果的といえる。


「お詫びにケーキでも奢らせてくれないか。少しプロジェクトの話もしたい。俺に付き合って欲しい」

「……はい」


 そんな言葉につられてしまい、了承するしかなかった。


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