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006 ヒロイン

「アニメっ! それが殿下の目指す新たな興業なのですね」

「ああ、オスカー卿が描いた絵画であるイラストを魔法で動かしていく。中の人物の声を演者が吹き込むのだ」

「さっきの男の子の声、もしかして殿下がされたのですか?」


 セレスに問われ、レオンハルトは恥ずかしそうに頷く。


「あれは試しだ。俺は姉上と違って演技の才能はないからな。棒読みで悪かったな」

「言ってませんよ!?」


(でも恥ずかしがってる殿下、可愛い)


 これが本当に【鉄血の獅子】の姿なのかと思うくらいセレスがレオンハルトと打ち解けていた。

 アニマ・メドゥスの魔法は発動者のイメージで動くことになるため、アニメの監督、脚本はレオンハルトが行うつもりだ。


「皇子としての御仕事もあるのに、脚本まで……大丈夫なのですか?」

「もともと俺は脚本作りは趣味みたいなものだ。父上からも戦争が終わったら皇位継承まで自由にしていいと言われたからな。かなりの時間を我慢したんだ。これからは自由にやらせてもらうさ」


 姉であるヨノエルと似ていないと言うが、芸術的な面で言えば十分継承していると言えるかもしれない。


「失礼します」


 ディートリヒが違うイラストをボードに貼り付けた。

 そこには親子だろうか。二人の女の子と一人の母親らしき姿がある。


「これもオスカー侯爵が描かれたイラストなのですよね。このイラストも今にも動きそうです」

「セレスティア。このイラストに君の声を吹き込みたい。やれるか?」

「三人分ってことですよね。できるでしょうか」


「あの丘の上で君は小動物に語りかけてたじゃないか。何て言ったっけ」

「わー! 止めてください! 見られてるって分かってたらやりませんでした」


 婚約破棄された憤りを丘の上で小動物に語りかけて晴らしていたのだ。

 まさかレオンハルトに聞かれていたとは思わず、セレスは顔を赤くして後悔する。


「たくさんの声色を練習して出せるようになりました。でも意識しないと地声が出てしまうので実生活には役に立ちませんよ」

「だがアニメには役立つだろう。君の努力をこのイラストに吹き込んで欲しい」


(殿下は本当に褒めるのが上手。そんな風に言われたら頑張ってしまいたくなる)


 セレスは軽く声を調整した。


「これが台本だ。イメージして欲しい」


 レオンハルトから渡された台本の中身を読んでみる。

 一般的な貴族の屋敷の中でお話だ。二人の姉妹の令嬢とその母親との会話劇となっている。


「殿下が書かれたのですね。文才があって凄いと思います」

「趣味だからな。偽名だが大衆向けの本として出したこともあるんだ。バレた時はかなり叱られたがな」

「是非とも読んでみたいです」


「機会があれば持っていこう。じゃあ、アニマ・メドゥスを使うぞ。イラストに向けて喋ってくれたらそのまま録音されるよう設定している」

「分かりました」


 セレスは台本を持って、イラストの前へ立つ。

 レオンハルトがアニマ・メドゥスを使うとそのイラストが動き始めた。


 色のついた成人女性と二人の娘に命が吹き込まれたように動き出したのだ。

 セレスは息を吸った。


『お母様、質問してもいいですか!』


 イラストの動きに合わせて、セレスは声を上げた


(姉妹の妹、イリアと名付けた、社交デビュー前の十四歳という設定。まだ幼いからかなり声色を高くしているな)


 レオンハルトはセレスが声を吹き込む様子を後ろで眺めていた。

 台本として家族のお茶会を想定した内容となっている。


『イリア、教養は繰り返して身につくものよ。それより姿勢。背筋を伸ばして』


(母親役は二人の子育てをする夫人設定。イリアの声から一変して声色の重さが増した。セレスティアは十九歳だったな。それでこの声の重量。よほど練習したように思える)


『アリア、来週の園遊会の準備は大丈夫かしら』

『はい、ですがあまり気乗りしなくて……。噂話ばかりだと困ります。はぁ』


(姉の方はアリアと名付けた。これは地声に近いな。声色のスイッチもスムーズ。初めてなのに演技も上手い。棒読みでもないし、感情も乗っている。これは予想以上かもしれんな)


 最初は辿々しい所があったものの、終盤はスムーズに声色を変え、台本の内容を読み上げた。

 そして最後の台詞。


『さて、夕食の前に少し休みましょう。お父様もお帰りになるわ。食事を楽しみましょう』

『はい」

『は~い!』


 母親の声に姉妹が高い声色で応じる。

 そうして魔法は効果は消え、動いていた3キャラは再び絵に戻った。


「ふぅ……」


 セレスは大きな声を吐く。

 レオンハルトが目線をあげるとディートリヒがお疲れ様ですと丁寧に声をかけ、セレスに飲み物とハンカチを差し出した。


「ありがとうございます! あ、汗……出てたんですね」

「演技に入り込んでいたようだった。演技経験は無いと思っていたが」

「目の前のイラストが動いているのが楽しくて熱が入ったんだと思います。何より楽しかったです」

「そうか。他に感想はあるか」


 レオンハルトの問い、セレスはうーんと考える。


「動きに合わせて口を合わせるのが難しく感じました。ワンテンポ遅れてしまう所がありますね。目印のようなものがあれば分かりやすいと感じます。あとは息継ぎですね。どうしても母から姉、姉から妹に声を帰る時に息継ぎが必要になるので」


「なるほどな。前者は魔法の構築を考えてみる。後者は編集でどうにかなると思うが、いずれは演者を増やして対応したいな」

「複数人で収録できれば解決しそうですね」


 1回目の感想を述べた後、ディートリヒはイラストを回収する。


「さぁ、出来上がりをチェックするしようか」

「出来上がりですか?」

「アニメは収録して終わりじゃないぞ。関係者で確認して終わりとなる」

「わ、私の声が聞かれるといことですか! は、恥ずかしいです」


 収録自体は楽しかったが、コンプレックスのある声を他人に聞かれることに恥ずかしさが勝る。セレスは何とか止めようとしたがレオンハルトは準備を進めた。


「君は一度自分の声をアニメを通して聞いた方がいい。本当に恥ずかしいかどうかはそこで判断したらいいんじゃないか」

「殿下……」


「俺が良いと思ったんだ。ここにはセレスティアを傷つけるやつなんていない。ディートリヒも聞いててどうだった」


 セレスはディートリヒの方に視線を向ける。ディートリヒはにこりと笑った。


「もう一度聞きたいと思いました。早く準備をしたくてうずうずしております」

「殿下もディートリヒさんもからかっていると思います!」


 セレスは訴えるが聞き入れられるはずもなく、もう一度オスカーのいる部屋へ行くことになった。


(オスカー様だけなら……。大人の方だから笑ったりしないでしょうし)


 オスカーの作業室をノックする。


「はーい!」


 その時、今まで聞いたことのない可愛らしい声が響いた。


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