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005 アニマ・メドゥス

 翌日の13時、セレスは指定された住所へ向かう。

 そこは帝都中心部、貴族街の下層に位置する場所。王城や帝国楽劇場(グローリア・ハレ)など最高峰の者しかないのが上層とすれば下層は貴族に必要なもの全てが存在する。

 

「ここね」


 到着したのは貴族街下層、住宅街のやや小さめの外れにある一軒家。住所はここで間違いない。

 ヴィンターフェルトのアトリエと書かれている。


「ヴィンターフェルトは侯爵家よね。でも」


 セレスは侯爵家以上の家柄も全て頭に入っている。

 上位貴族を知らないというのは無礼に値するからだ。アトリエがあるということは芸術方面に秀でた家柄なのかもしれない。


「レオンハルト殿下もこちらにいるのかな」

「セレスティア・ハルモニア様ですね。お待ちしておりました」


 入口にはスーツでびしっと決めた男性がいた。


「わっ! あなたは」

「私はレオンハルト殿下の側近を務めているディートリヒと申します」


 ディートリヒは姿勢よく、品の良い艶のある緑髪をまとめていた。

 レオンハルトより少し年上だろうか。


「詳しい話は上の部屋で聞くと言付けを頂いています。どうぞ、上の部屋へお進みください」

「ご丁寧にありがとうございます」


 皇子の側近であれば下級貴族の二子、三子の可能性が高い。もしかしたら上級貴族の生まれの可能性もある。

 側近だからと言って侮った態度はできない。


 屋敷の中に入ったセレスだが、たくさんの部屋があってどこかが分からない。

 もう一回ディートリヒに聞こうかと思ったがすでにいなくなっていた。

 手始めに一番大きな部屋へ入ってみる。


「わぁ」


 そこにはたくさんの絵画が置かれていた。

 自然と共に人物絵が中央に描かれており、今にも動きだそうだ。

 しかしセレスは違和感を覚える。


「どの絵も凄く上手だけど、一般的な絵画と違う気がする」


 一般的な絵画とはグラデーションが豊富で質感と素材感を細かく表現されている。

 また輪郭線を色の変化を表現しているのがセオリー。

 だがこの絵画は境界線がはっきりと書かれており、陰影の階層も少ない。

 輪郭線もあって、ベタ塗りが均一となっている。

 女性が書かれているが人物にしては目が大きく、顔立ちが幼く見えた。


「そこで何をやってる」

「ひゃい!」


 部屋の中に入ってきたのは茶色の髪を持つ壮年の男性だった。ひげ面ではあるがちゃんと整われていて、汚さを感じない。

 四十代くらいだろうか。威厳の中に美しさを感じる顔立ち。赤の瞳に力が宿っているように見える。ただ若干濁りがあるようだ

 男性は声を上げた。


「私の絵を見ていたのか」

「はい……。ということはあなた様がこちらの絵を」

「ああ」


「素晴らしい絵画だと思いました。まるで今にも動き出しそうなほど躍動感を覚えます。私、この絵画が好きです。あ、申し遅れました。私、ハルモニア家令嬢、セレスティア・ハルモニアと申します」

「……オスカー・ヴィンターフェルトだ」


「オスカー様。お会いできて光栄です。この絵画は」

「絵画ではない。私はイラストと呼んでいる」

「イラスト! 良い言葉ですね」


 濁っていたオスカーの瞳から邪気が消えていくようだ。


「殿下が言っていた……。ふむ、耳は確かなようだ」

「オスカー様?」

「セレスティア。来てくれたのか」

「レオンハルト殿下!」


 部屋にひょっこりとレオンハルトが顔を出す。

 その姿にセレスの表情も朗らかになる。


「オスカー卿。セレスティアの件、構わないか?」

「ええ、私はイラストを描き続けるだけですから。部屋から出てくれ」


 オスカーはバタンと扉を閉めてしまう。

 そのままセレスとレオンハルトは閉め出されてしまった。


「あの……私、何かまずいことをしたでしょうか」

「気にしなくてもいい。オスカー卿は昔からあんな感じだ。むしろ喜んでいるように思えたが、何か言ったのか?」

「今にも動き出しそうなほど素晴らしいイラストと率直な気持ちを述べました。不快に思われたのであれば後で謝罪を」


 セレスは心配そうな表情を浮かべたが、レオンハルトはにやりと笑うのみだった。

 レオンハルトはセレスを連れて奥の部屋と向かう。


「セレスティア。ここに来てくれたということは俺のプロジェクトに賛同してくれたと思っていいのか」

「はい! まだ自分の声に自信はありませんが、殿下を信じさせてください」

「ありがとう。なら俺がやろうとしていることを説明するとしよう。ディートリヒ」

「はい、少々お待ちください」


 いつのまにか後ろにいたディートリヒが一枚のイラストを取り出す。

 それをボードに貼り付けた。


「オスカー様が書かれた人物画ですね」


 先ほど見たオスカーが描いたイラストと同じタッチで今度は男の子が書かれていた。

 目は大きく、線もはっきりしている人物絵だが笑っているのだろう。感情が非常に分かりやすく描かれていた。

 レオンハルトは手を翳し、魔力を籠める。


「ーーー」


 レオンハルトの声と同時にイラストに描かれたキャンバスが光り始めたのだ。


 すると絵画の中の人物が動き始めた。


「嘘っ! イラストの中が動いて、人が……なんで、えっ!?」


 準備体操をするように体を動かしていく。

 それだけではない。イラストの中の風景が立体に奥行きがあるように見えて、まるで動画のように時間が流れ始めたのだ。

 セレスはありえないことに混乱してしつつもその動画を食い入るように見てしまう。

 人物が歩き、走り、飛び上がるのだ。そして最後に目の前のセレスと目が合った。


『またお会いしましょう』

「喋った!」


 棒読みではあったが確かに動画の中の男の子が喋ったのだ。

 そうして魔法は解かれて、再び動かぬイラストへと戻る。


「殿下、これはいったい……」

「俺がやろうとしていることがここに詰まっている。セレスティア、何か分かるか」


 イラストの中の人物が動き出すなんて普通じゃありえない。

 そんなの聞いたことも……。セレスは頭の中で考える。絵画の中身が動く、そういえば兄であるヴィルヘルムが言っていたことを思い出した。


「もしや【アニマ・メドゥス】ですか」

「っ!? まさか知っているとは思わなかった。君は本当に聡明だな」

「はい……そのち、近いです」


 当てられたことに驚いたのかレオンハルトはセレスの両肩を掴み、声を上げた。

 帝国一の美男子が至近距離まで近づかれたらさすがのセレスもびっくりする。


「ああ、すまない。そう、アニマ・メドゥス。この魔法を使ったんだ」


 帝国の創作魔法の一つである【アニマ・メドゥス】

 一言で話すなら画像に命を吹き込んで動かすことができる魔法だ。


「この魔法は戦時下で使うために開発された軍隊魔法で作戦図にこの魔法をかけることで部隊の動きを動画化することができる」


 魔法を使う者のイメージが反映される仕組みとなっている。

 動画化することにより味方部隊の動き、包囲の流れが動いてみえるため軍隊の作戦を視覚的に理解することができる。

 複雑な作戦も視覚的に理解できることは言葉が通じない他国の傭兵部隊にも伝達が可能となる。


 それだけではない。

 戦闘の様子を見た従軍画家がスケッチして魔法を使うことで後に再生し、分析や訓練に使うことができる。

 大帝国の戦闘の強さはこの【アニマ・メドゥス】によるものであることが大きい。


「この魔法自体は十年以上前から存在するものだ。俺はこの魔法を戦闘だけに使うべきではないと思ったんだ。もしかしたら新しい興業も使えるんじゃないかと思った」


 レオンハルトは指をイラストの方に向けた。


「帝国楽劇と違う、大衆向けの興業。その名も」


 セレスは聞き入っていた。レオンハルトがやろうとしていることが理解できたからだ。

 自分の役目、役割もおそらくこれだろうと理解した。


「アニマ・メドゥス楽劇。略して【アニメ】。セレスティア。君には登場演者としてヒロイン役を演じてほしい」


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