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077 打ち上げ

 今宵は初期メンバーとその関係者だけで集まる細やかなパーティがオスカーのアトリエで開催される。

 本来であれば皇子肝いりのプロジェクトのため大々的なパーティを開くのが常だが、中心人物のオスカーが行く必要がないと言ったため、譲歩案でアトリエ内での開催となった。

 この初期メンバーだけでアニメを作ったわけではないので後日改めて大々的なパーティが開かれることになる。


(私もステラではなく主題歌の作詞担当として行くことになるから……気兼ねなく役のことを話せるのはここだけなのよね)


「みなさん、料理が出来ましたよ!」


 アトリエの歓談室のテーブルにたくさんの料理が並べられた。

 セレス、レオン、オスカー、ジュリアン、リディア。配膳の手伝いでディートリヒとエルがいる。

 レオンは飲み物を手に立ち上がる。乾杯の音頭を取るようだ。


「【アウレアに咲く恋】の初日公演は予約席完売、立ち見席も完売、物販も想定以上の売り上げで再生産を進めている。興業としてはこれまでない成功と言えるだろう」


 パチパチパチと全員から拍手が捧げられる。


「後日、盛大なパーティを開く予定だが今宵は見知ったメンバーだけで楽しもうじゃないか。乾杯」


 軽い口調の言葉に皆がグラスを鳴らして飲み物を口にしていく。


「殿下、例のものが届きました」


 レオンはディートリヒから新聞を渡された。


「ほう。ふむ、悪くない内容だ。明日が楽しみだな」


 レオンがセレス達に新聞を渡す。


「これが明日の朝刊だ。一面二面を見てみろ」


「もう入手したんですね。えっと……」


【一面】


 帝国楽劇、未曾有の大敗

 新星公演、空席の海に沈む

 帝国楽劇場(グローリア・ハレ)に何が起きたのか

 帝国の栄光を一身に背負う殿堂、帝国楽劇場。

 その由緒ある舞台が、昨夜、開場以来かつてない光景を目にすることとなった。空席である。

 毎年、貴顕紳士淑女がこぞって詰めかける新星公演。今年もまた満員が約束されたはずのその夜、客席の半ばは虚しく空いたまま埋まることがなかった。選り抜きの若き才能たちが精魂を込めて詠い上げたその歌声はまばらな拍手の中へと寂しく吸い込まれていったのである。

 いったい、何が起きたのか。

 答えは同じ時間、下層の貴族会館アーデルスハレにあった。

 貴顕の足はこぞってそちらへと流れていたのだ。あの新参の興業「アニメ」とやらへと。

 筆者は長年この帝国の楽劇を見守ってきたからこそ帝国楽劇が芸術の頂であると信じて疑わぬ。

 今回の新生公演も見事の一言であった。だからこそこの光景は痛恨の極みと言うほかない。磨き抜かれた本物の芸が、なぜ生まれて間もない流行り物に客を奪われねばならぬのか。

 時代が変わろうとしているのか。

 あるいは我らが何かを、見誤っていたのか。

 認めたくはない。認めたくはないが、昨夜の帝国楽劇場(グローリア・ハレ)の空席はあまりに雄弁であった。

 (楽劇評担当・コンラート)


【二面】


 新興業「アニメ」、満員御礼

 アーデルスハレを埋め尽くした熱狂。侮れぬ新時代の芸術か。レオンハルト皇子殿下のプロジェクトである。

 アーデルスハレはまるで様相を異にしていた。

 八百の客席は早々に埋まり、入りきれぬ者が立ち見の列をなす。聞けば扉の外にまで、観たくとも観られなかった貴婦人たちが溢れていたという。下層の会館がこれほどの熱気に包まれた夜がかつてあっただろうか。

 演目は『アウレアに咲く恋』。


 小国の姫と二人の貴公子が織りなす恋物語である。動く絵が、声を持ち、音楽を伴って観る者の前で生き生きと躍動する。その技術の妙には本紙とて瞠目せざるを得ない。

 とりわけ観客の心を掴んだのは終幕の後に披露された二人の貴公子による歌「フィオレッタ」なる一曲であったという。会場を出た貴婦人方は皆、頬を上気させ、口々にその名を囁いていた「私はアルベリク様だ」「いいえ、カイゼル様こそ」

 だがそれにも増して人々を驚かせたものがある。

 声だ。

 この物語のヒロイン可憐な姫フィオレンツァ。その澄みきった愛らしい声。そして敵国の皇子カイゼルのどこか小悪魔めいた甘い美声。この似ても似つかぬ二つの声がなんと、たったひとりの演者によって演じ分けられていたというのである。

 俄かには信じがたい。

 あの清らかな姫君あの不敵な皇子が、同じ喉から生まれていたなど。

 その声の演者の名は「ステラ」とだけ伝えられている。

  素顔も素性も一切が謎に包まれたまま。ただその透明な歌声だけが観た者すべての耳に深く焼きついて離れない。会場の外では早くも「あの声の主はいったい何者か」と噂が噂を呼んでいた。

 筆者はこれまでこの「アニメ」なるものを帝国楽劇には及ぶはずもない俗なる見世物と見なしてきた。その見立てを間違っていたのかもしれない。

 あの会場を満たした熱狂は紛れもなく本物であった。

 好むと好まざるとにかかわらず、我らはこの新参者の名を、記憶に留めておく必要があるのかもしれない。余談だが筆者の推しはアルベリクである。プロマイドも全種購入した。湯けむりのプロマイドだけ人気すぎて購入できなかったので再販を求めたい。

 (文化面担当・ヘレーネ)


「凄いことになってますね」


 セレスは大きく口を開けて感情深く声を出した。

 一面では楽劇の惨敗を嘆き、二面では新興業の成功を正当に評価した形となっている。

 この新聞が朝刊として貴族街だけでなく平民街の方にまで広がるのだろう。


「セレス、新星公演の方はどうだった」


 唯一初回公演を見にいったセレスに問う。セレスは1回頷いた。


「凄い出来でした。本公演に劣らないくらい。惨敗と書いていますが明日以降は埋まるでしょうし、評価も例年通りになると思います。宣伝をしてなかった分、ちゃんと練習に励んでいたのはさすがだと思いました」

「向こうの入場の方が多いからさすがに収益は勝てないか。まぁいい。この帝国でアニメ興業が大きな爪痕を残せたと言ってもいいな」


 レオンの言葉に全員が納得したような表情を取る。

 再び歓談となり、思い思いの食事を取るがレオンは話を続けた。


「ここで次の展望を話しておきたいと思う。オスカー卿が今にも帰りそうだからな」

「……」


 腹を満たし、コーヒーを飲み始めたオスカー。このまま作画室に戻りそうだったのもあった。事実だったのか腕を組み、黙り込む。


「まず、今回のアニメが好評だったことから【火竜討伐記~復讐の焔とリボンの騎士】の再上映を行いたい。しかし、あの作品は第一回だったこともあり今の技術で作られていない」


 第一回は力作業で収録した面が多く、制作者の苦労が色濃く出ていた。

 そのため声も音楽も再収録し、今の技術で再上映を行うという。


「またアデライードを演じられるんですね! あそこの演技とかも今なら上手くやれそうです」

「そうだね。録音室ならノイズも最小限に抑えられるし、もっと良い物に仕上げられると思うよ」

「わたしは作り直すほどの不満はないから……。ああ、主題歌を作りましょうか。アデライードが歌ってる感じでどう?」

「また私ですか! アデライードの声で歌うのはちょっと……」

「カイゼルはノリノリだったじゃない」

「地声に近い声は恥ずかしいですよ!」


「主題歌かぁ、楽しみだね」

「オスカー卿。主題歌用のイラストを頼みたい。なるべく男性受けするように」

「ジュリアン!? レオン様!? もう決定じゃないですか!」

「リディア」

「分かりました。できる限り恥ずかしい作詞をしてしまいそうな曲にしますね」

「ちょっと! どちらにしろ作詞担当は私ですからまともな歌詞にしますからね!」


 こうして【火竜討伐記~復讐の焔とリボンの騎士】の再上映に向けてのお話が進むことになる。レオンの話はまだ終わらない。


「それと平行して第三作上映について始動しようと思っている。今回の成功で予算も付くし、大々的に広げていくぞ」

「レオン様。ではついに……」

「ああ、大帝国の平民に向けてアニメを広げていく。第三回上映は商業地区にあるカイザーアリーナを考えている」

「カイザーアリーナ、ってことは8000人くらい入るんだね」

「10倍以上。大きく出たわね。でもやりがいはあると思いますわ」


 ジュリアンとリディアは続けて感想を述べる。

 カイザーアリーナ。貴族街ではなく、平民街の商業地区。貴族と平民が共存してる区域にある大型娯楽施設だ。

 主に使用されているのは帝国でも人気のある賭博である競馬。

 馬術競技や年1回の剣技大会もそこで行われる。文化的な発表も行われたことはあるが、帝国楽劇は基本帝国楽劇場(グローリア・ハレ)しか行われないので、アニメの放映が行われれば大きな話題となる。


 大型娯楽施設委だけあり貴族向けの個室や皇族のボックスも存在する。まさに帝国民全員が見ることができる施設だ。

 収容人数は約8000人。これが埋まることになればさらに大きな話題を生み、帝国国内、国外にまで伝わるだろう。


「とにかく規模を大きくする予定だ。上映時間は2時間。登場キャラも増やし、アニメでしかできない迫力のある作品にする予定だ」

「そうなると今のメンバーだけでは人手が足りないですよね。登場キャラも増やすなら……声優を増やさないとですし。私も女性なら大体演じられますが、違った声色の方がいた方が良いと思います」

「僕も声質が一種類だからね。僕もセレスくらいいろいろな声を出せればアウレアももう少し……」


 アウレアに咲く恋でモブ声がほとんど女性だったのはセレスが器用なのもあるがジュリアンの声が強すぎて目立ってしまうからという理由もあった。

 ジュリアンはアルベリクと声質に合う敵軍の将を演じたが、さらに国王や皇帝、兄皇子なども演じたら誰が誰か分からなくなっていた可能性があったのだ。


「リスクはあるが新たに声優を採用したいと考えている。最低一人は平民を入れたい。セレス、ジュリアン。君達が講師役も兼ねて、声優を育てて欲しい」

「僕達がですか!?」

「でも人を増やしていくならそうなりますよね……」

「オーディションをするかどうかはまた後日決めようか。次は」


 レオンはオスカーとリディアの方を見る。


「二人には以前相談したな。オスカー卿の場合は許可という話だが」

「オスカー様にはどんな相談をされたのですか?」

「はい!」


 セレスの問いに答えたのはお世話役のエルだった。


「エルもアニメ制作に携わりたいと思いまして! いっぱい練習しました」


 ばっと用紙を取り出して見せるとそこにはカイゼルとアルベリクのイラストが描かれていた。


「まさかエルちゃんが描いたの?」

「オスカー様のイラストを模写したのです。少しでもイラスト制作のお手伝いをしたくて」

「凄く上手だわ。すごいわね」

「うん。イラストを描ける人は何人いても足りることはないもんね」


 エルのイラストを見てリディアもジュリアンも褒める。


「今回のアニメの上映にイラストに適正のある画家を招待している。アニメ制作に興味を持ってくれるなら、次回ではエルや新しい画家にもイラストを描かせ、オスカー卿にはメインの仕事だけでなく、監修もお願いする予定だ」


「ローザの影響で私が描き始めたように……、若者が描き始めることが本望ですから」


 オスカーの許可ももらったのでイラストレーターを増やしアニメ制作の円滑化を目標としていた。


「下手な絵を描くようであれば問答無用で突っ返しますが」

「鉄血の獅子と呼ばれた俺が言うのも何だかなるべく優しく頼む」


 何となく未来を想像し、セレスとジュリアンは軽く青ざめる表情を見せた。

 レオンはリディアに視線を送る。


「わたしは皇立音楽院のツテを使って、ソノーラ魔法に適正のある奏手を探します。すでにアテはあるので何人かは今回のアニメに招待したわ」


 2時間の放映となるとBGMの量もかなり多くなる。リディアはソノーラ魔法によるコンサートを再開したいので時間が圧倒的に足りない。

 そこでソノーラ魔法の奏手を探して負荷を軽減するのが目的である。

 皇立音楽院で目が出なかった生徒はかなりの数がいたのでその中から適正者を探し、そちらの道で進めるようにとリディアは考えていた。


「BGMや効果音は少しずつ引き継いでいきます。ただ主題歌の作曲はわたしが担当しますね。あれ、一番好きなので」


 ちゃっかりとやりたい所は守っていく。それがリディアでもあった。


「レオン様、監督業や脚本はどうされるのですか? 皇務を考えると分業も考えた方が良いのでは」

「今回は無理だな。脚本は趣味だから譲るのは億劫だが、いつまでもというわけにも行くまい。第四回からは本格的に考える予定だ」


 いずれは監督、脚本がレオンではない作品も増えていくのだろう。

 セレスは寂しいと感じつつも仕方ないと納得した。


「初報はこんな所だな。よし、みんな十分英気を養って、次のプロジェクトにって……オスカー卿はもういないのか」

「はいです。オスカー様の話題が終わったタイミングですぐに上へ行きました」


 しっかり見ていたエルの言葉に皆が笑みを浮かべた。楽しい歓談はまだまだ続く。


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