074 公開:アウレアに咲く恋~③
そして物語は後半戦へ。
シーン8へと移り、物語は一気に動き出した。音楽も壮大となり、観客は声を出さずじっと見つめる。
:フィオは募る想い、姫の務め、迫る期限の板挟みとなっていた。アルベリクは目覚めた王から呼び出しがあり、言葉を告げられる。そしてカイゼルもまた帝国に呼び出され、主戦派である兄皇子からの圧力を受けていた。
『フィオレンツァ様』
:夜、王城の庭園でアルベリクはフィオと会っていた。
『お父様に言われたわ。もう長くないと……。亡くなったら王位を私が受け継ぐ話もしました。引き継ぎもしましたし、大きな混乱はあれど……時間と共に落ち着くでしょう』
『殿下はどうされるのです』
『自分で決めて良いとは言われました。国を思えばカイゼルに嫁ぐことがベストでしょう。……悪い人ではない。アルベリクもそう思うでしょう』
『ええ。あいつは良い奴だと思います。ですがヴァルガルドはそうじゃない。カイゼルは立場の強くない側です。皇帝の声一つで変わってしまうんです』
:アルベリクはさらに続ける。
『フィオ。俺と逃げよう。国王様からも頼まれた。もし一人の女性として幸せを願うなら……俺に頼むと』
:フィオは驚き、首を横に振る。
『ルーヴェリアを捨てることなんてできるはずないわ!』
『フィオが頑張っていることは皆、分かっている! ヴァルガルドからは逃れられないことも。そのためにフィオだけが犠牲になることを皆は望んでいない』
『わ、私は……』
『逃がすわけにいかないよ』
:そこに現れたのはカイゼルだった。
『期限まで残りわずかだ。この国を守るためにも……フィオは僕と結婚してもらう』
:カイゼルは剣を抜く。夜空は雲によって覆われ、しっとりした湿気が三人を囲う。雨がパラパラと降り始めた。
:アルベリクも大剣を抜き、カイゼルに向ける。
『アルベリク、君を倒しフィオを貰う』
『させるか。カイゼル……おまえを倒しフィオを守りぬく』
『二人とも待って! 剣を納めてっ!』
そのままシーン9へと繋がり、大雨の中フィオを求め二人の男が剣を振った。
:フィオの心は揺れていた。国を守るための婚姻。長年そばにいてくれた幼馴染みへの想い。そしていつの間にか芽生えていたカイゼルへの淡い気持ち。どれも選べずどれも裏切れない。その板挟みはフィオだけでなく二人の男をも静かに追い詰めていった。
『フィオを守るのは俺だ。お前じゃない!」
:いつもならへらりと笑って受け流すカイゼル。けれどこの時ばかりは違った。ちゃらけた笑みはすっかり消えている。氷のような青の瞳がまっすぐにアルベリクを射抜いた。
『奇遇だね。僕も譲る気はないよ』
:甲高い金属音が、夜の静寂を切り裂いた。騎士団長の剣は重く的確だった。叩きつけられる一撃の一つひとつに平民から這い上がってきた男の揺るぎない覚悟が宿っている。
:対するカイゼルの剣は鋭くしなやかだった。皇子としての矜持と口にできない想いの丈をすべて切っ先に込めて打ち返す。
:二人の影が、月光の下で激しく交錯する。一歩間違えれば死を伴う実剣での戦い。皇子と騎士団長。模擬戦でもないのにその立場の者が決闘をするなどありない。言葉にできない想いをただぶつけ合うことしかできない。そんな不器用な男たちの戦いだった。
(予告動画にあったシーンだわ!)
(アルベリク様もカイゼル様も素敵!)
第一回の予告動画ではこの場面のシーンが使用されている。レオンもここを選択するのが良いと判断したからだ。二人のヒーローの戦いに観客は心を奪われていた。
そしてその戦いに大きな声が響く。
『二人とも止めて下さい!』
:フィオの澄んだ声が夜気を貫いた。
『あなたたちが傷つけ合うのを見るくらいなら……』
:フィオの声は震える。そして飛び出す。それはちょうどアルベリクとカイゼルの両剣が重なり合うタイミングだった。
:その行為に剣が止まった。
:月明かりの下、肩で息をしながら二人は泣きそうなフィオの顔を見つめる。勝者も敗者もいなかった。ただ、誰ひとり幸せにならない戦いの虚しさだけがしんと中庭に残っていた。
:そんな時、突然その場に女性の伝令が現れる。
『申し上げます! ヴァルガルド軍が国境を越え、王国に侵攻開始しました!』
:その場にいた三人は皆、一様に驚く。何より一番驚いていたのは。
『馬鹿な!』
:ヴァルガルド皇子であるカイゼルだった
間髪いれずシーン10へと繋がっていく。
どうやら第一皇子派の将が国境の部隊にして本国の命令を待たず、独断でルーヴェリアへと攻め込んだのだ。
ルーヴェリアのアウレアの花の蜜は誰もが欲しがるものだが、言ってしまえば誰も入手できない状況にすればいい。
ルーヴェリアを滅ぼしてしまえばイーブン。戦争を求める主戦派の言い分である。だからこそカイゼルは余計な血を流さないためにルーヴェリアへと交渉していたのだ。
カイゼルは主戦派の所へ行くが、派閥が違うので説得はできず……無力のまま終わる……展開にはならなかった。
:王都の防衛ラインにアルベリクが指揮する王国軍がいる。そこにカイゼル指揮する第二皇子派の軍が現れた。
『おまえ達もルーヴェリアを攻めるのか!』
『違うよ。僕は皇帝陛下からこの交渉を任されている』
:だがカイゼルは分かっていた。皇帝陛下はどちらでも良いのだ。ルーヴェリアと生かすも殺すもどちらでも良いことに。アウレアの蜂蜜の利権は欲しいが無くても国力が下がるわけではない。どっちに転んでも皇帝は困らない。そういうことだった。
『僕にとって主戦派は逆賊だ。これより第二皇子派は未来の花嫁の祖国であるルーヴェリアを防衛する!』
『おーっ!』
カイゼルを慕う帝国軍の兵士が唸りを上げる。
『信じていいんだな』
『僕が守りたいのはフィオの笑顔だからさ』
場面は最終決戦のシーン11にさしかかる。ルーヴェリア軍+第二皇子派VS主戦派の戦争。戦いは一進一退となっていた。
ライバル同士だったヒーロー二人の共闘に大ホールの観客は大きく盛り上がっていた。
いよいよ最終局面へとなる。
『カイゼル。お前と肩を並べる日が来るとはな」
『ふふ。僕だってこんな未来は予想してなかったよ』
:軽口を交わしながらも二人の動きには一切の迷いがなかった。アルベリクの重い剣が押し寄せる兵を薙ぎ払う。その生まれた隙間をカイゼルの鋭い刃が、的確に突き抜ける。
:まるで、長年連れ添った戦友のような呼吸。ライバルだった二人にしか出せない、見事な連携だった。背中を預け合えるのは、互いの強さを、誰よりも知っているからこそ。
:幾人もの兵を退け、二人はついに、戦場の中央へとたどり着いた。そこに男が立っていた。ヴァルガルドの将。今回の独断侵攻の首謀者。血に塗れた大剣を提げ、苛立たしげに二人を睨めつけている。
『カイゼル殿下正気か!』
:将の声は怒りに震えていた。
『祖国の兵に剣を向けるなど。貴殿はそれでも帝国の皇子か』
カイゼルは剣の切っ先を将へと向ける。
その横顔からもういつもの軽さは消えていた。
『皇帝陛下の命に背く兵に罰を与えに来ただけだよ』
静かなれど芯の通った声だった。
『命令も待たず、勝手に兵を動かして、ルーヴェリアを焼こうとした。帝国の名を汚す行いだ。兄上ならともかく僕が見過ごせるわけないだろう』
『綺麗事を! 戦果こそが帝国の正義。軟弱な皇子はここで死ねっ!』
:将が咆哮とともに斬りかかる。巨躯から繰り出される一撃は、凄まじい。まともに受ければ、剣ごと叩き伏せられる。そう確信させるほどの重い刃。
『アルベリク!』
『分かっている』
名を呼ぶより早くアルベリクが前へ出ていた。
:アルベリクの大剣が将の大剣を真っ向から受け止める。鋼と鋼が噛み合い火花が飛び散った。膂力でも騎士団長は一歩も退かない。
「小国の兵が儂の剣を受け止めるだと!」
「俺を……ルーヴェリアを舐めるな!」
:将の顔が驚愕に歪む。そのわずかな隙をカイゼルは逃さない。。
「もらった」
:カイゼルが、地を蹴った。受け止められた大剣の脇を白金の影が駆け抜ける。カイゼルの鋭い刃が将の懐へと深く吸い込まれていった。
「ぐ……ぁ……!」
:将が大きくよろめく。すかさずアルベリクが踏み込んだ。鍔迫り合いを弾き返し渾身の一撃を叩き込む。二振りの剣が、同時に閃いた。
「終わりだ」
:将の巨躯が、ぐらりと傾ぐ。血に塗れた大剣が、音を立てて地に落ちた。
『馬鹿な、この儂が平民あがりの騎士と、出来損ないの皇子如きに……」
:恨み言を吐き出しながら、将は、ゆっくりと膝をつく。そのまま前のめりに、大地へと崩れ落ちた。二度と、動くことはなかった。
:戦場にしんと静寂が落ちる。やがてそれを破るようにルーヴェリア兵たちの勝鬨が湧き上がった。歓声の中で二人はどちらからともなく拳を打ち合わせる。
:そこにはもう敵意もわだかまりも欠片ほども残っていなかった。ただ、肩を並べて死線をくぐった二人の男の確かな絆だけがそこにはあった。
:戦が終わりルーヴェリアに再び穏やかな日々が戻ってきた。暴走した将は討たれ、ヴァルガルド本国とも、ひとまずの停戦が結ばれた。
:聖域のアウレアは、何事もなかったかのように、今日も金色に咲いている。城下には蜂蜜の市が立ち、子どもたちの笑い声が、変わらず通りに響いていた。
:カイゼルは戦が終わると一度祖国へと帰っていった。婚姻の話も戦の責任もこれからの両国のことも何ひとつはっきりとした答えは出ないまま。別れ際彼はいつものようにへらりと笑ってみせた。
『じゃあねフィオ。ちょっとだけ寂しくなるな』
:そう言い残して去っていく背中を、フィオは、ただ黙って見送ることしかできなかった。
:そして季節は、めぐる。
そのまま最後のシーン12が進んだ。
:再び、アウレアの花が咲き誇る頃。聖域の花畑にフィオは立っていた。その傍らには、変わらず寄り添うようにアルベリクの姿がある。
『……平和だな』
『ええ、本当に。でも彼がいない平和は物足りなく感じます』
:穏やかな風が、二人の間を吹き抜けていく。その時だった。城下の方からひとつの人影がのんびりと歩いてくる。
:白金の髪が陽の光を受けてきらりと揺れた。
『やあ。……また、会いに来ちゃった』
:カイゼルだった。悪戯っぽい笑みは、あの頃のまま。まるで、昨日の続きのような気軽さで、彼は手を振っている。
『もう。連絡もなしに来るなんて』
:呆れたように、けどどこか嬉しそうにフィオが笑う。アルベリクがもまたやれやれと肩をすくめた。
『……騒がしいのが戻ってきたな』
『ひどいなあ。これでも急いで来たんだよ?』
:三人の間に流れる、まだ名前のつかない関係。
『で?』
:カイゼルはじろりとフィオを見る。
『フィオは僕とアルベリク、どっちを選んでくれるの?』
『え!? それは……その。ア、アルベリクから何か言って』
『俺も気になる。フィオ教えてくれ』
『アルベリクまで! 二人とも私を揶揄っているでしょっ!』
:フィオはまだ答えを出していない。幼馴染みの誠実な騎士を選ぶのか。それとも敵だったはずのあの皇子を選ぶのか。
:金色の花びらが三人の間をふわりと舞っていく。その光景はまるで一枚の絵のように優しく温かかった。この物語の続きはまだ誰も知らない。




